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04「起爆剤となるもの」

 死ぬ。

 そう思った瞬間、全身に強い力が巡った。


 熱くて、高潔な力。クレナ=ヴァリエンスから注がれた吸血鬼の血だった。

 強い力を宿した血が、心臓から手足の末端まで走る。細胞のひとつひとつが強化され、人間としての面影を残していた肉体が、瞬く間に、より純粋な吸血鬼のものへと変化した。


 ――防げる。


 目にも留らぬ速さだった白刃が、途端に鈍く感じた。

 この速さなら止められる。


「《血堅盾(ブラッディ・シールド)》」


 コンマ一秒で『血舞踏(ブラッティ・アーツ)』を発動する。

 いつもの俺なら絶対にできない芸当だ。


 左手の甲から流れ出す血液を、小さな盾の形に固定。

 迫り来る白刃を、真紅の盾で斜め上方に受け流した。


「……ミュア」


 不思議と頭は混乱していない。

 いきなり妹に殺されかけたというのに、何故か俺の感情は穏やかなままだ。


「これは――何のつもりだ?」


 意図したわけではない。

 だが、今の一言を発したと同時に、俺は全身から殺気のようなものを放っていた。


 ビリビリと辺りの大気が揺れる。

 しかし目の前にいる少女は一歩も退くことなく、真剣な面構えで俺を見つめた。


「やはり、その力は……」


 ミュアが何か含みのある独り言を零す。


「兄さん。そのまま何もしないで暫くお待ちください。……その力は、じきに治まる筈です」


 ミュアは剣を鞘の中に戻し、戦う姿勢を解いていた。

 彼女から戦意が消えていることを確認した俺は、言われた通り暫く待つ。

 すると、ゆっくりと、全身を巡っていた力が消えていった。


「今、のは……」


 間違える筈がない。

 今のは――吸血鬼の、王の力だ。


「素質系の能力は、その人が辿り着く終着点を示しています」


 ミュアが言う。


「例えば私の【素質系・剣】は、私が一流の剣士になるという終着点を示しています。実際、私は一流の剣士に近づいていますが……これは必ずしも、私の意思と合致するとは限りません」


「……どういうことだ?」


「強い素質系の能力には、引力があるんです。……引っ張られるんですよ。何もしなくても、勝手に終着点へと誘導されるんです」


 ミュアと同じ素質系の能力者だからか。

 彼女の告げる言葉の意味がなんとなくわかった。


 それは恐らく、「運命」という言葉と似ている。

 今のミュアの言葉が正しければ、素質系の能力者は、その能力に沿った人生を歩むという運命に束縛されていることになる。


「待て。じゃあ、なんだ。俺たち素質系の能力者は……未来が決まっているということか?」


 だとすると――俺は、亜人の王になることが決まっているのか?

 まるで想像できない。所詮、俺は学生だ。一国の、一種族の長を、俺如きが務められる筈がない。


「そこまでの強制力はありません。ですが、能力に関わりながら生きていると、そうなる可能性は高いと思います」


 ミュアはあくまで冷静に答えた。


「素質系の能力者は、感情が昂ぶることによって、その引力が激しくなる時があります。そうなると、途端に力が漲り、一時的とは言え終着点の力を引き出せるようになることがあります」


「……さっきの、俺のことだな」


「はい。私はこれを、潜在能力の前借り(・・・・・・・・)と呼んでいます」


 潜在能力の前借り。……意味は文字通りか。

 先程の俺は、いつかなるかもしれない王の力を一時的に前借りしたのだ。


「兄さんの能力は、【素質系・眷属】ではありませんね?」


 その問いを聞くと同時に、俺は硬直した。

 どう答えるべきか。ここまで重要な情報を聞いてしまった以上、正直に伝えるべきかもしれない。しかしクレナの母、エルネーゼさんの忠告が蘇る。この力の正体はできるだけ隠した方がいいのも事実だ。


 だが……こうして沈黙している時点で、恐らくミュアは悟っただろう。

 こういう時、兄妹は不便だ。嘘がすぐに見破られる。


「ただの眷属が終着点なら、そこまで大きな前借りは生じません。……本当はどんな能力なのか、凄く気になりますが、今は敢えて聞かないことにします。できれば、その力の正体はあまり人に言わない方がいいでしょう」


 実感を込めて、ミュアは言う。


「もし兄さんが、能力に引っ張られた人生を拒むというのであれば……潜在能力の前借りは極力避けてください。前借りをすればするほど、その引力は強くなります。つまり、より終着点へと近づいてしまいます」


 そう言って、ミュアは心配した様子で俺の顔を見つめた。


「兄さん。どうか気をつけてください。素質系の能力は、あらゆる分野における金の卵です。下手な輩に目を付けられると――――利用される可能性があります」



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