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03「VS剣姫」

 家の庭に出た俺は、夜風に肌寒さを覚えながらミュアと相対した。


 何故、ミュアが模擬戦を提案したのかはわからない。

 しかし俺はこれを「良い機会だ」と考えた。


 吸血鬼領での一件を経て、己の能力を自覚した俺は――多分、以前と比べると強くなっている。


 しかし今の俺は、自分がどれだけ強いのかよくわかっていなかった。

 王の力を発動すれば、吸血鬼の王弟すら凌駕できる。だがその力はまだ完全には使いこなせていない。……この不安定な状態で、俺はどこまで戦えるのだろうか。後学のためにも、知っておいて損はない。


「ふふ、兄さんと模擬戦をするのは久しぶりですね」


「ああ……本当に久しぶりだ。最後にやったのは、ミュアがギルドに登録する前だな」


「私はあれからも、兄さんと模擬戦をしたいと思ってましたよ?」


「いや……流石に剣姫と戦うのは無理だ」


 子供の頃はよくミュアと模擬戦をしていた。

 だがミュアの成長速度はあまりにも凄まじく、俺が最後に勝てたのは本当に昔……学園の初等部に通う前のことである。以来、俺はずっとミュアに負け続けている。


 今までの俺なら、きっと今回の提案を拒否していただろう。

 だが俺の頭には、ある人物からの言葉が浮かんでいた。


『近い将来、貴方も剣姫と肩を並べるほど、有名になっているかもしれませんね』


 それは吸血鬼領に向かう前。

 ゴブリンの巣を破壊するという依頼を共に受けた妖精族の男、ピクシスに言われた言葉だった。


 こんな俺でも、いつかミュアの隣に立てる時がくるだろうか。

 せめて、兄としての沽券くらいは取り戻したい。


「では……兄さん。準備を」


「……ああ」


 ミュアが練習用の刃引きした剣を抜き、構える。

 俺は常備している短刀で左手の甲を斬りつけ、そこから垂れた血に意識を込めた。


 双方、唇を引き結び、睨み合う。

 互いが戦闘態勢に入った瞬間――ミュアが疾駆した。


「ッ!?」


 どう考えても、ミュアは俺より格上だ。

 その格上が、まさか早々に攻撃してくるとは正直思っていなかった。


「微塵も油断してないってか……っ!」


 ありがたい話だが――迷惑な話だッ!


 振り抜かれる剣筋は、今までの俺なら見切れなかっただろう。

 だが亜人の眷属になった俺は、基本的な肉体の性能が向上している。


 間一髪、紙一重でミュアの一撃を避けた俺は、瞬時に攻撃へと転じた。


「『血舞踏』――《血閃鎌(ブラッディ・サイス)》ッ!!」


 ミュアは動きが速い。

 この間合いで大振りの攻撃をしては間違いなく隙を突かれると判断した俺は、威力よりも速度を優先して技を選んだ。


 血の鎌が三つ、ミュアの方へ飛ぶ。

 しかしミュアは軽々とした動きで二つの鎌を避け、残るひとつを剣で斬った。


 ――敵わない。


 本能が叫ぶ。

 目の前にいるのは血を分けた妹だ。けれど、どう足掻いても彼女には勝てそうにない。


 ――もしかして。


 ミュアの剣を避けながら、俺は彼女に対する認識を改める。


 ――いや、もしかしなくても。


 肉眼では捉えることすら難しい剣筋を、紙一重で避け続ける。

 ミュアが手加減してくれているのか。それとも俺が幸運に恵まれているのか。まだ俺は決定打をうけていない。


 けれど、戦いは拮抗しているわけではない。

 防戦一方の中、俺はかつてないほど戦慄した。


 ――ミュアは、あのギルフォードよりも強いんじゃないか?


 剣姫。それは世界最高の女性剣士に与えられる、名誉ある二つ名だ。

 それを十代のうちに手に入れた者は、歴史上二人しかいない。初代剣姫と――目の前にいる少女だ。


 初代剣姫が誕生したのは百年以上も前のこと。

 つまりミュアは、最低でも百年に一人の才覚を宿している。


「ッつ、おぉおおぉおッ!!」


 目の前にいる少女が、ギルフォードよりも強いと仮定する。

 だとすると――手加減なんてする必要はない。


 自分の実力を知ることができれば、それでいいと思っていた。

 ミュアとの差を実感できれば、それで満足だと思っていた。


 ――違う。


 ミュアは、そんな生半可な気持ちで相手にしてはいけない。

 俺はもっと、全力で挑むべきだ。


「『血舞踏(ブラッティ・アーツ)』――――」


 吸血鬼領での経験は、凄惨で、非常に危険なものだったが――無駄ではなかった。

 体内を巡る血液に意識を集中させ、その技を発動する。


「――《血守護陣(ブラッディ・アイギス)》ッ!!」


「っ!?」


 巨大な血の盾を幾重にも生み出す。

 ここで初めて、ミュアが驚愕の声を漏らした。


 今、発動した《血守護陣(ブラッディ・アイギス)》は、攻守一体の技だ。

 盾で斬撃を防いだ後、そのままシールドバッシュの要領でミュアを攻撃する。


「このまま――押し潰すッ!!」


 三つの盾で斬撃を防ぎ、八つの盾をミュアの方へ飛ばす。

 ミュアはその小柄な体躯を素早く動かし、的確に盾を避けた。

 だが――。


「そこだッ!!」


 八枚の盾は、全てミュアの動きを誘導するためのフェイク。

 四方を盾に囲まれたミュアが動きを止めた。その瞬間を狙って、最初に斬撃を防いだ三枚の盾をぶつける。


 吸血鬼領での経験は確実に活きている。

 あの時と比べて、俺は確実に『血舞踏(ブラッティ・アーツ)』を使いこなせている。


 三つの盾がミュアのもとへ突撃し、バコン! と大きな音が響いた。

 一瞬、湧き上がる喜びをすぐに押し殺す。

 まだ俺の勝ちが決定したわけではない。


 次の瞬間。

 ミュアの周りに浮いていた盾が、細かく切り刻まれた。


「今のは、少し驚きましたが…………」


 崩れ落ちる十一枚の盾の中から、ミュアが姿を表す。


「――私を倒すには、まだ足りません」


 ゾワリ、と。鳥肌が立った。

 恐怖がある。絶望がある。だが、それ以上に――戦意が滾る。


 ――もっと。


 殆ど無意識に考えた。


 ――もっと、強い力を。


 今のままでは倒せない。

 だからもっと、強い力を引き出さなくてはならない。

 そう思い、胸の奥にある悍ましい力に、手を伸ばした時――。


「――ぐっ!?」


 途端に激しい頭痛を覚え、俺は蹲った。


 今、自分が何をしたのか良く覚えていない。

 ただ、この痛みには覚えがある。

 吸血鬼領から帰ってきた後。俺が王の力を使おうとすると、いつもこの頭痛が発生した。


「勝負あり、ですね」


 頭を押さえ、呻いていると、頭上から声が振ってきた。

 顔を上げると、俺の首筋にミュアの剣が添えられていることに気づく。


「……まいった」


 最早、立ち上がる気力すらない。

 完敗だった。


 体力よりも精神面が擦り切れている。

 何が、ミュアと肩を並べられる時がくるかもしれないだ……全く、差が縮まっていないじゃないか。


 凹んでいると、ふと、ミュアが無言でこちらを見つめていることに気づいた。

 ミュアにしては珍しい。俺の前では饒舌で、いつも明るく楽しそうにしているのに、何故か今の彼女は神妙な面持ちを浮かべていた。


「……先に、謝罪しておきます」


 ミュアが小さな声で言う。


「すみません。……本当にすみません! 今から兄さんに、凄く失礼なことをします!!」


「え、あ、うん……?」


「本当にすみません! 本当にすみません! でも、多分確認した方がいいと思うんです! だからどうか許してください!! 何でもしますから!!」


「あ、ああ。取り敢えず、わかった……」


 何がしたいのかはわからないが、少なくとも俺のために何かをしてくれることはわかった。

 首を縦に振り、ミュアが何をするのか気になりつつも、抵抗の意思はないことを示す。


 ミュアは呼吸を整えた後――――腰に差している、真剣の柄に手を添えた。


「では――――失礼します」


 ミュアが告げる。

 刹那、目にも留まらぬ速さで、鋭い白刃が俺の首筋へと吸い込まれ――――。


 ――そして俺は、身体の奥に眠る膨大な力を、爆発させた。



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