02「ミュアの能力講座」
「兄さん! お帰りなさ――――うっ! アバズレの臭いッ!!」
「……いい加減、慣れてくれ」
家に帰った俺は、溜息混じりに答えた。
ここ最近、俺はギルドで依頼を受けるためにクレナかアイナの眷属になることが多い。しかしミュアは、俺が彼女たちの眷属になることが気に入らないらしい。
ギルドから帰ってきた俺は、まだクレナの眷属のままだった。
クレナの眷属となった状態でミュアと接すると、大体今みたいな言葉を吐かれる。
「ぐぬぬ……本人がいないだけ、まだマシとしましょう。…………それで、兄さんは今日もバイトに行ってたんですか?」
「ああ。ほら、今日の稼ぎは結構多いぞ」
そう言って、俺は貨幣が入った袋をテーブルの上に置いた。
その金は、俺が最近始めた居酒屋のバイトで稼いだことになっている。
俺がギルドに所属していることは、まだミュアには内緒にしていた。――当たり前だ。バレたら金貨三百枚とか、王家御用達の馬車とかが勝手に押しつけられるのだ。
ミュアに相談すれば万事解決?
話を聞いてくれる相手なら苦労しない。
「お金なら問題ないと言っていますのに」
「ミュアが気にしていなくても、俺が気にするんだ。いつまでも妹に養われるのもおかしいだろ」
「……一生、養ってあげますのに」
ゾッとするわ。
潜めた声でそういうこと言うのやめて。
「ミュア。実は相談に乗って欲しいことがあるんだが」
「相談、ですか? 恋愛相談だった場合は斬り捨てますけれど」
「……誰を?」
「兄さんの相手を」
絶対にしないでおこう。
一瞬、クレナの笑顔が脳裏に過ぎる。……吸血鬼領での一件以来、どうしても彼女のことを意識してしまう瞬間がある。ミュアの前で、クレナのことを話題にするのは暫く控えた方が良さそうだ。
「安心してくれ。恋愛相談ではない。……俺の能力については知っているよな?」
「はい。【素質系・眷属】ですよね」
その返答に俺は頷いた。
――彼女には嘘を伝えてある。
これは吸血鬼領から王都に戻る直前、クレナの母であるエルネーゼさんと相談した結果だ。俺の本当の力【素質系・王】は、下手に話が広まると悪用を目論む輩が現われるかもしれない。そのため極力、事実を伝える相手は選ぶように決めていた。
だが、俺が亜人の眷属にならないと戦えないという事実は、遅かれ早かれ露見するだろう。そこで【素質系・眷属】という、実在するかどうかも定かではない能力でカモフラージュすることにした。これなら俺が積極的に亜人の眷属となっても、誰も疑わない。そういう能力だからと説明できる。
「その、能力なんだが――」
椅子に腰を下ろし、対面に座るミュアに相談を始める。
本当の能力を悟られないよう注意しながら事情を説明した。
端的に述べれば、発揮する力にムラがあること。
以前は爆発的な力を発揮できたが、今はその力を使えない。
理由は、何なのか――。
「――結論から言うと、それは能力の問題ではなく、兄さん自身の特徴だと思います」
ミュアは俺の説明を聞いた後、すぐに答えてみせた。
「人間の種族特性が七種類あることについては、兄さんも理解していますよね」
「ああ。素質系、支配系、模倣系、強化系、契約系、吸収系、覚醒系……この七つだな」
「その七つのうち、素質系と覚醒系の能力だけは、常時発動型なんです。『こうすれば力を使える』という類いの能力ではありません」
言われてみれば、その通りだ。
素質系は、頭で考えて力を発動する類いの能力ではない。常時発動型とは要するに、発動の制御が効かない能力とも言い換えられる。……一体、どうすれば能力を意のままに操れるのか。そうした考え自体が間違いだったのかもしれない。
「素質系と覚醒系の違いは、ご存知ですか?」
「確か……素質系が、特定の技能に対する熟練度が少しずつ成長することに対して、覚醒系はある瞬間を境に一気に成長するんだよな。でも代わりに覚醒系は、一度覚醒した後は、努力しても中々その技能が伸びない。素質系は成長こそ遅いが、努力さえすれば何処までも伸びる」
「その通りです。二つの能力は、いわゆる秀才か天才か……この違いに通じるところがあります。兄さんは覚醒系ではなく素質系ですので、爆発的な成長というのは本来起こり得ない現象です」
ミュアの説明に俺は頷く。
「つまり……もし兄さんが過去に、その能力で爆発的な力を発揮したというのであれば、それは火事場の馬鹿力である可能性が高いと思います」
「火事場の馬鹿力?」
「本来なら発揮できなかった力ということです」
その一言には俺も納得した。
俺が王としての力を振るった時の状況は、非常に特異なものだった。
あの状況下では、稀な事例が起きてもおかしくない。
「覚醒系と違って、素質系の力にはムラがあります。ですがそれは能力の性質ではなく、その人自身が元々抱えている特徴である場合が殆どです。……思い出してください。兄さんは、自分がどういう状態の時、爆発的な力を発揮しましたか?」
「俺は……」
あの時のことを思い出す。
あの時、俺はどういう状態だった?
――クレナを守りたい。
――大切な「誰か」を守りたい。
あの時。
俺の頭を占めていたのは、きっとそういう感情だ。
「恐らく兄さんは、その状態になれば、火事場の馬鹿力を発揮できる性格なんだと思います」
ミュアが言う。
つまり俺は、誰かを守ろうとした時に、普段以上の力を発揮できるということか。
――本当に?
よく思い出せ。
本当に俺は、あの時、ただ誰かを守りたいとしか思っていなかったのか?
違う気がする。いいや、きっと違う。
頭の片隅に忌避感があった。
それは恐らく、俺が今まで見て見ぬ振りをしてきたものだ。
目を逸らすな。
あの力の根源は、きっと、もっと、どす黒い。
あの時、俺は――。
――頭が怒りに染まっていた。
そうだ。
――身体中の細胞が、熱く煮えたぎっていた。
そうだ。
その通りだ。
理性ではなく本能に従っていた。
――あいつを殺さなければと本気で思った。
「っ!?」
思い至ったひとつの可能性に、俺は立ち上がった。
まさか、そんな――俺はそこまで、残酷な性分だったのか?
「兄さん?」
「あ、ああ、いや。……なんでもない」
浮かんだ思考を消し、再び椅子に座った。
額に冷や汗を浮かばせる俺に対し、ミュアは心配そうな視線を注ぐ。
「兄さん」
ミュアが、神妙な面持ちで俺を呼んだ。
「私と、模擬戦してみませんか?」




