23「エピローグ」
事態は意外にも円滑に収束した。
今回の一件は当事者が限られている。
数こそ多いが、問題の渦中にいたのは、ほぼ全員がヴァリエンス家の従者およびギルフォードの部下たちだ。例外は領外から来た俺とアイナの二人のみである。
ヴァリエンス家の従者やギルフォードの部下からすれば、俺たちの行ったことは領主への凶行である。また、ギルフォードは領民に、クレナとの式を挙げることを広く通達していたため、式の中止は多くの混乱を招くと思われた。
しかし、混乱は少なかった。
理由は簡単。他ならぬギルフォード自身が、事態の収束に尽力したからである。
「……平和ですね」
ギルフォードを倒してから、二日が経過した。
時刻は午後二時。エルネーゼさんが、部屋の窓から昼下がりの外を眺めて呟いた。
丁度、先程、エルネーゼさんはアイナが用意した解毒薬を飲んだ。
これほど早く解毒薬が手に入ったのはアイナのおかげだ。彼女は俺がギルフォードを倒した後、すぐに吸血鬼領を飛び出て解毒薬の入手に努めたらしい。
エルネーゼさんは今もヴァリエンス家の邸宅で安静にしている。ただ、その表情は心なしか以前よりも健康そうだった。解毒薬が早々に効果を発揮したのか。それとも――大きな悩みが取り払われたのか。いずれにせよ、エルネーゼさんは快調に向かっている。
「一昨日の争いが、嘘のようです」
「……そうですね。ギルフォードさんが、騒ぎをいち早く鎮めてくれましたから」
そう答えると、エルネーゼさんは真紅の瞳で俺を見た。
「貴方はギルフォード様に、死ねと命じたのではないのですか?」
エルネーゼさんの問いに、俺は頷いた。
「そうしました。結果、確かに今までのギルフォードは死にました」
今までの? とエルネーゼさんは首を傾げた。
「記憶を消したんです」
「記憶を……?」
「はい。種族戦争に関する記憶だけを、消しておきました」
ギルフォードに「死ね」と命じた後、俺はすぐに事後処理に取りかかった。
あのままだと俺たちは吸血鬼領における大罪人だ。たとえ事件の真相を語ったところで、外部の人間である俺の話を、領民たちが信じることはない。
そこで――ギルフォードを使うことにした。
丁度、ギルフォードが使っていた『血舞踏』がヒントになったのだ。俺は《血骨傀儡》を模倣し、それによってギルフォードの自然治癒力を強制的に向上させた。手応えからして、多少ギルフォードの寿命が縮んだような気がするが、文句を言われる筋合いはない。
蘇ったギルフォードに対し、今度は種族戦争に関する記憶を抹消するよう命令した。うまくいくかは分からなかったが、無事、成功したらしい。俺がクレナの血に眠る記憶から『血舞踏』を自在に使えたように、もしかすると吸血鬼の記憶は、脳だけでなく血にも宿っているのかもしれない。なら、吸血鬼の血を操るという行為は、記憶を操るという行為に等しいことになる。
記憶を失ったギルフォードは――驚くほど温厚な性格をしていた。
ギルフォードは、酒宴の席で悪酔いし、その勢いでクレナとの式を挙げると宣言したことになっている。我ながら適当な記憶の改竄だったが、ギルフォードは真っ青な顔をして、領民のひとり一人に謝罪をして回った。
斯くして事態は収束した。
ギルフォードの部下やヴァリエンス家の従者たちは些か不審がっていたものの、誠実に謝罪を続けるギルフォードと、そこに加えたエルネーゼさんの説得により、やがて大人しく引き下がった。
温厚で誠実になったギルフォードを見ていると、少しばかり思うところもある。
もしかすると、あの男も被害者なのではないだろうか。戦争によって心が歪んだ、哀れな――。
「貴方が同情する必要はありません」
エルネーゼさんが言った。
「貴方は最上の結果を出しました。ギルフォード様は今度こそ、一点の曇りもない良政に努めるでしょう。……重ね重ね、感謝いたします」
「……いえ」
これは吸血鬼領ではなく、俺自身のためにしたことだ。
エルネーゼさんの礼を、遠慮がちに受け止める。
「ところで、娘とはその後、どうですか?」
「はい?」
少し言い回しに不自然さを感じたが、要はクレナの状況を知りたいのだろう。
俺はなるべくエルネーゼさんを安心させるべく、微笑を浮かべて答えた。
「クレナは元気ですよ。昨日までは落ち込んでいましたが、ファナや他の従者たちに慰められているうちに、すっかり元の調子に――」
「そうではなくて」
エルネーゼさんが言う。
「もう肉体関係は結びましたか?」
「に――っ!?」
突然の発言に、俺は咽せた。
そんな俺の様子を見て、エルネーゼさんは溜息を零す。
「まだですか。……はぁ、駄目ですねあの子は。あれだけ早く既成事実を作るようにと言っておいたのに」
「い、いや、その、俺とクレナは、そういう関係じゃあ……」
エルネーゼさんの誤解を解こうとした、その時。
ドアの向こうから、クレナがやって来る。
「ママ! くだもの沢山貰ってきたよ!」
クレナが満面の笑みを浮かべて言った。
彼女は大きな籠の中に、一杯のフルーツを入れて持ってきた。
律儀に部屋のドアを閉めたクレナは、その後、俺の存在に気づく。
「あ、ケ、ケイル君……」
クレナは俺を見るなり、頬を赤く染め、そっと視線を逸らした。
気まずい。だが、仕方ない。一昨日の出来事は今でも鮮明に覚えている。
クレナの洗脳を解くためとは言え、俺は随分と本音を吐露してしまった。俺はクレナのことをどんな風に思っていたのか、包み隠さず本人に伝えてしまったのだ。流石に恥ずかしいというか、とにかく顔を合わせづらい。
「クレナ。純情なままではケイル君を射止められませんよ?」
「ママっ!?」
エルネーゼさんの唐突な発言に、クレナが顔を真っ赤にして驚く。
「今時、純情なだけでは古いのです。さあ、もっとグイグイいきなさい。女の魅力を全開にするのです」
「ママ! ママっ!? へ、変なこと言わないで! ケケ、ケイル君も! ご、誤解だからね! ママの言ってること全部誤解だから!」
「何が誤解ですか。昨晩もずっと、ベッドの上でニヤニヤしながら『ケイル君』『ケイル君』と呟いていたくせに」
「ぎにゃああぁぁあぁああぁぁあ!!」
クレナが悲鳴を上げる。
俺は額に手をやり、天井を仰ぎ見た。
俺は今、どんな顔をしたらいいのだろうか。
「なんで!? なんで知ってるの!?」
「様子を見に行っただけです。あんなことがあったから、少しは落ち込んでいるかと思ったのですが……全然、心配いりませんでしたね。ああでも、枕にキスするのはもうやめなさい。シーツが唾液だらけで、今朝、メイドが困っていました」
「うわあああああああああああ――っっ!!!?」
クレナが半泣きになって部屋を飛び出た。
俺は彼女が残していった籠を持ち上げ、エルネーゼさんの傍に置く。
「どうですか? 可愛い子でしょう?」
エルネーゼさんが得意気に訊いたが、俺は無視した。
この後、クレナたちと一緒に吸血鬼領を観光する予定なのだが……どんな顔で会えばいいのか分からない。
「……後で顔を合わせる身にもなってください」
そう言うと、エルネーゼさんは他人事のように「ふふ」と笑った。
「あの子はああ見えて奥手ですから。早い内に行動して欲しいのですけれど……」
「その……お、俺たち、まだ学生なんですけど」
「関係ありません」
エルネーゼさんが、少しだけ真面目なトーンで言う。
「貴方も、自覚しているでしょう。自身の能力を」
その一言に俺は押し黙った。
エルネーゼさんの言う通り、いい加減、俺も自身の能力を自覚していた。
「貴方の力は――――【素質系・王】」
エルネーゼさんが言う。
「吸血鬼だけではない。貴方は、あらゆる種族の王になる可能性を秘めている。……それ故に、これから貴方は様々な苦難に巻き込まれるでしょう。貴方のことを知った亜人は、すぐに貴方を自陣に引き込もうとする筈です」
「それは……流石に、大袈裟なんじゃ」
「大袈裟ではありません。私自身、この一件で確信いたしました。貴方は味方になると、この上なく頼もしい存在ですが、敵に回すとあまりにも恐ろしい。味方にとっても敵にとっても切り札である貴方は、十中八九、世界が放っておかないでしょう」
エルネーゼさんの言葉を、俺は黙って聞いた。
「だ、か、ら。今のうちにクレナとの関係を進めて欲しいのです。貴方は男性ですから、遅かれ早かれ、各陣営が最上級のハニートラップを仕掛けてくるでしょう。そうなってからでは遅いというのに、全くあの子はいつまでたっても悠長な……」
ブツブツと不満を漏らすエルネーゼさんに、俺は苦笑した。
エルネーゼさんはこう言っているが、やはり俺としては――考えすぎだと思う。
どんな能力を持っていようが、所詮、俺はただの人間だ。
寧ろ、つい最近まで落ちこぼれと罵られていたような、見下されてきた人間である。
「ケイル。観光」
ドアを開け、アイナが俺に向かって言う。
「ああ」
俺はエルネーゼさんに一礼して、アイナと共に部屋を出た。
亜人たちが俺を奪い合う。……だとすると、アイナもまた俺のことを狙っているのだろうか?
(……馬鹿馬鹿しい。流石に、自意識過剰だ)
俺は、屋敷の外で待っているクレナとファナに、手を振った。
◇
――しかし。その馬鹿馬鹿しい予想は、的中していた。
「虎の子から連絡がありました」
獣人の里。またの名を獣人領。
その中枢にある木造の屋敷で、複数の獣人が声を交わしていた。
「件の人間、やはり王の素質を宿していたようです」
「おお、では遂に……」
「ええ」
獣人の女が、頷く。
「これより、王の代替わりを行います」
これにて吸血鬼編、完結です!
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次章「獣人編」です。
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