22「最強の眷属」
首筋から、クレナの血が注がれた。
赤くて、熱くて、純粋で、高潔な力の源が――ゆっくりと全身を巡る。
それを異物だと感じることはなかった。寧ろ、欠落しているものが漸く満たされたような気分だった。血が巡る。肉体が熱を帯びる。仄かな高揚感が緊張を解し、視界がぶわりと広がった。
「ははははッ! 威勢の良い餓鬼め! 血を注がれたな!? なら貴様はこれで――私の奴隷だッ!」
ギルフォードが高笑いして叫ぶ。
その様は、酷く滑稽に見えた。
「――《血骨傀儡》ッ!!」
ギルフォードが唱えた直後、全身の内側に、得体の知れない力が広がった。
まるで身体中の血と骨が、俺の意思に反旗を翻したようだった。逆らえば血管は破裂し、骨は砕ける。そんな嫌な未来が思い浮かぶ。
――くだらない。
この程度なのか?
王弟ギルフォードの力は、こんな矮小なものだったのか?
馬鹿みたいな全能感が頭を占めていた。
それは気のせいではなく、本当に今の自分なら何でもできるのだという直感があった。
「クヒヒッ、どうした? 恐怖のあまり声も出ないか? しかし申し訳ないが、私としても人間如きの奴隷は不要でね。――――命令する。『ここで自害しろ』」
ギルフォードが命じると同時に、体内に混じったギルフォードの血が蠢いた。
だが、無意味だ。ギルフォードの血は、俺自身の血より"格"が低い。
「……お前だけは、許さない」
「な――っ!?」
命令に応じることなく告げる俺に、ギルフォードは目を見開いた。
意識を失ったクレナを、ゆっくりと床に寝かせる。
そして、改めてギルフォードを睨んだ。
「ば、馬鹿な!? 何故、私の命令に背ける!? 《血骨傀儡》はちゃんと発動している筈だッ!」
焦燥に駆られたギルフォードは、もう一度、大きく口を開いた。
「命令する! 『死ね』! 『今すぐに死ね』ッ!」
ギルフォードの口から命令が放たれる。
しかし意味はない。ただ鬱陶しいだけだ。
「――『黙れ』」
「ッ!?」
今度は俺の方から命令した。
ギルフォードは途端に声を無くし、信じられないものを見るような目で、俺を見ていた。その口が開くことはない。彼は今、一言も声を発せない状態だ。
「命令を受けた気分はどうだ?」
後退るギルフォードへ、ゆっくりと近づきながら言う。
「立場が逆転したな。俺は今、お前を意のままに操れる」
ギルフォードの顔が青褪めた。
自分でも理解しているのだろう。今、ギルフォードの命は、俺の掌の上にあることを。
「人を操って楽しかったか? 支配者にでもなった気分か? ――悪いが、その気持ちはわからない。何故なら、俺は今、全く楽しくない」
こんなことをしても、ただ虚しいだけだ。
目を見開くギルフォードに、俺は小さく命令する。
「『話せ』」
そう告げると、ギルフォードが「こひゅっ」と、言葉にならない悲鳴を漏らした。
「あ、あぁ…………ば、馬鹿、な……な、なんだ、貴様……そ、その"格"は…………」
話すことを許可した途端、ギルフォードは恐怖に染まった顔で、呟いた。
「あぁ、ああぁあああっ!? 有り得ない……有り得ないッ! なんだその、巫山戯た"格"はぁッ!?」
先程までは強敵だと感じていた筈のギルフォードが、今は取るに足らない小物にしか見えなかった。
どこか窮屈な感覚だった。吸血鬼の力が、肉体の枠を超えて暴れ回ろうとしている。
服が破れ、俺の背中から一対の羽が広がった。
開放感が訪れる。その大きくて、どこか禍々しい羽を見て、ギルフォードは激しく焦った。
「く、くそぉ――ッッ!!!」
狂乱したギルフォードが、無数の血の刃を放った。
一つ一つが巨大な斬撃だった。クレナも十分強かったが、この男はそれ以上の"格"を宿しているのだろう。伊達に王の弟――王弟ではない。
だが――まるで脅威には感じない。
理解した。何故、自分が他の亜人の"格"を感じ取れないのか。
――路傍の石を、見比べるようなものだ。
全て、取るに足らないのだ。
この男の"格"も、クレナの"格"も、アイナやファナの"格"も、どれも大して変わらない。
取るに足らない些細なものだ。それ故に、感じ取れない。
「『血舞踏』――」
今ならば意識を失うこともないだろう。
この技に、力が追いついた。
使える筈だ。この『血舞踏』を。
「――《血界王》」
その力を発動した瞬間、ギルフォードの放った血の斬撃が、ピタリと宙で静止した。
斬撃だけではない。飛び散る血飛沫や、垂れ落ちる血の一滴一滴までもが停止する。
「そ、そんな……その技を使えるのは、吸血鬼の中でも、ただ一人の筈……ッ!?」
ギルフォードが、目に見えて狼狽した。
どうやらあの男は、この技を知っているらしい。
吸血鬼の種族特性は、血を操ることだ。
ではその血は、自身の肉体で生成された血でなくてはいけないのか。
答えは――否。
何故なら吸血鬼は、文字通り、他者の血を吸血することで生きている。
つまり吸血鬼には、他者の血を、自身の血に変換する力が備わっているのだ。
その力の極致こそが――――《血界王》。
「今、世界中の血が、俺のモノになった」
絶望した様子で後退るギルフォードに、俺は言う。
「お前が何をしようと、もう意味はない」
静止していた血が、俺の意思に応じてメキメキと音を立て、形状を変える。
それらはより大きな血の鎌となって、一斉にギルフォードへと放たれた。
「うわあああああ!? 化物! 化物ォッ!?」
ギルフォードが叫びながら『血舞踏』を繰り出す。
だが、その血も今となっては俺のものだ。
ギルフォードが《血守護陣》を発動した。展開された十枚の盾は、次の瞬間、巨大な斧となってギルフォード自身に襲い掛かる。
ギルフォードが《血閃斬牢》を発動した。頭上に渦巻く血の嵐は、次の瞬間、無数の刃と化してギルフォード自身へと降り注いだ。
「何故だッ! 何故貴様が、人間風情が、それほどの"格"をッ!? その力! その"格"! その『血舞踏』ッ! ――――まるで、王ではないかッ!!」
斧と刃に切り裂かれ、ギルフォードの全身から血が噴き出した。
直後、その飛び散った血が無数の鎌と化して、ギルフォードに襲い掛かる。
「ぐぎゃあッ!!」
ギルフォードが悲鳴を上げて、床に倒れた。
無様な醜態を晒す男へ、俺はゆっくりと歩いて近づく。
「そうだ……有り得ない。この私が、たかが眷属如きに遅れを取るなど、有り得ない! ふは、ははははは! あ、兄上……兄上、なんですよね? 貴方は兄上だ。だから、王の力が使えるんだ」
へたり込んだギルフォードは、俺に媚びるような目を向けた。
「あ、兄上ぇ……私です、貴方の弟、ギルフォードです。しょ、正気に戻ってください。きょ、兄弟で喧嘩などしたら、お、王父がお怒りになられますよ?」
まるで靴でも舐めそうなギルフォードの態度に、俺は冷静に口を開く。
「――『現実を認めろ』」
「あがッ!?」
命令を受け、思考を強制的に正されたギルフォードが悲鳴を漏らす。
「俺は、ケイル=クレイニア」
「ち、違うぅ……貴方は、あ、兄上で……」
「クレナの友人で、今は吸血鬼の眷属だが――」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔となったギルフォードに、はっきりと告げた。
「――正真正銘の、人間だ」
その一言を聞いて、何かが壊れたのか。
ギルフォードは血の涙を垂らして叫びだした。
「あぁああぁぁぁああぁあああぁぁぁぁあ――ッッ!!! ちくしょう! ちくしょぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉ――ッッ!!」
恐怖を忘れて襲い掛かってくるギルフォードに、俺は短く命じる。
「『死ね』」
ギルフォードの全身から、血飛沫が舞った。
次回、吸血鬼編エピローグ。
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