21「主VS眷属」
屋敷を出ると、すぐに見知った男と遭遇した。
「……また、お前か」
「そう言うなよ。俺だって、好きでやってるわけじゃねぇんだからよ」
屋根の上に座っている、悪魔の男が言った。
ギルフォードさんは……いや、ギルフォードは最早、自身と帝国との繋がりを隠そうとしていない。だから、この男を堂々と吸血鬼領に招き入れ、そして今、俺のもとに差し向けている。
男が屋根から飛び降り、目の前で着地した。
黄金の瞳が俺を睨む。
「成る程、また"格"が上がってんな。……ちっ、化物が」
悪態をつく男のもとへ、五人の刺客が現われた。全員、背丈も格好も、種族もバラバラだ。人間に、悪魔に、エルフに、獣人。帝国軍の狗とみていいだろう。
「やれ」
男が命じると同時、五人が動いた。
獣人が素早く肉薄する。その背後で、耳長の男――エルフが、頭上に大きな氷塊を生み出す。
五対一。しかも相手は軍の狗だ。実戦経験は、ヴァリエンス家の護衛よりも積んでいる。
しかし、そんな厄介な者たちを相手にしても、今の俺には余裕があった。
「『血舞踏』――」
獣人の猛攻を、《血短剣》で凌ぎながら、俺はもう一つの『血舞踏』を発動してみせる。
「――《血旋嵐》」
巨大な旋風が三つ、顕現した。
「なっ!?」
「く、でかい!?」
五人の刺客は、あっという間に真紅の旋風によって切り裂かれた。
「……後はお前だけだぞ」
悪魔の男に告げる。
すると――。
「そうだな。んじゃ、撤退するわ」
「は?」
男はケラケラと笑みを浮かべた。
「感謝するぜ。お前がこいつらをぶっ飛ばしてくれたから、堂々とトンズラできる」
「……お前の役割は、俺を止めることじゃないのか」
「お前と違って、俺ぁ眷属じゃねえ、ただの雇われの身なんでな。風向きが悪くなれば逃げるに決まってんだろ」
そう言って男は踵を返した。
「あばよ。できればもう二度と会いたくねぇぜ」
最後にそう告げて、男が消える。
拍子抜けした気分だが――助かった。あの男は厄介だ。相手にしなくても済むなら、それに越したことはない。
しかし……なんとなく、あの男とはまた何処かで会うような気がした。
倒れた五人の間を駆け抜け、ギルフォードの屋敷へと向かう。
その道中、何度も襲撃を受けた。
「いたぞ!」
「奴を止めろぉぉ!!」
ギルフォードの屋敷に辿り着くと、甲冑を被った男たちが立ち塞がった。
ギルフォードの護衛だろうか。いずれにせよ倒すしかない。
「邪魔だッ!!」
真紅の鎌を放ち、護衛たちを倒していく。
晩餐会で使用した大部屋を突き抜け、更に奥の扉を抜けると――教会のような場所に出た。
「いい場所だろう?」
男の声が響く。
「ここは吸血鬼領で唯一、太陽と月の光が届く場所だ。特に夜がお気に入りでね。ステンドグラスから射し込む月明かりを見ていると、心が落ち着くんだ」
月明かりが射し込むステンドグラスの傍に、その男はいた。
長い金髪。白い肌。優男のような顔をしているが、無駄な肉付きがない偉丈夫でもある。
タキシード姿の男を、俺は怒気を込めて睨んだ。
「ギルフォード……っ!」
「おや、敬称は止めたのかい。嫌われたものだな」
ギルフォードが笑う。
その傍には、花嫁衣装と思しき白いドレスを纏ったクレナがいた。
「今、丁度、式のリハーサルを行っていたところでね。どうだい? クレナも随分と美しくなっただろう」
ギルフォードが楽しそうに言う。
「ケイル、君……」
クレナが俺の名を呟いた。
晩餐会の時と同じ――酷く落ち込んだ顔だ。
彼女をギルフォードから離すべく、俺は口を開く。
「クレナ、よく聞いてくれ。エルネーゼさんは病気じゃない。毒を盛られていたんだ。……その犯人が、そこにいるギルフォードだ」
エルネーゼさんの件をはっきりと告げる。
しかし、クレナとギルフォードは、何も反応しなかった。
「だから、どうしたと言うんだ?」
「な――っ!?」
何故、否定しない?
いや――何故、クレナは驚かない?
まるで全てを知っていて、その上で受け入れているかのようだ。
「さあ、クレナ。もう一度、君の言葉で説明してやりなさい」
ギルフォードの言葉に、クレナが小さく首を縦に振る。
「ケイル君。私は……ギルフォード様と結婚する」
か細い声で告げるクレナ。
その様子に、俺は悟った。
「お前――クレナに何をした」
ギルフォードを睨む。
しかし、ギルフォードは楽しそうに笑むだけで、答えはしなかった。
「クレナ。どうも彼は聞き分けが悪いらしい。――どうすればいいか、分かるね?」
「……はい、ギルフォード様」
クレナが頷く。
直後――クレナが羽を広げ、一気に俺へと接近してきた。
「クレナッ!?」
驚愕する俺の目の前で、クレナが真紅の短剣を握った。
マズい――攻撃される。
「ちっ!!」
クレナが振るう短剣を避けながら、俺は《血堅盾》を展開した。
短剣を盾で弾く。するとクレナは赤い斬撃を飛ばしてきた。
「クレナ、よせ!」
呼びかけてもクレナは攻撃の手を休めない。
やむを得ず、俺はクレナへと肉薄した。クレナが再び《血短剣》を握るが、その腕を素早く叩き落とす。
「――《血堅盾》ッ!」
体勢を崩したクレナを床に倒し、紅の盾で押さえつけた。
クレナは苦しそうに呻くが、彼女の腕力では俺の腕力に勝てない。
「クレナ、止めてくれ。……お前を、傷つけたくない」
クレナに言う。
すると、遠くで俺たちの様子を眺めていたギルフォードが吹き出した。
「傷つける? どうやら君は、現実が見えていないようだね」
ギルフォードがクククと笑い声を漏らす。
直後――クレナから、得体の知れない圧力が放たれた。
「『血舞踏』……」
クレナが何かを呟く。
(やばい――っ!!)
脳内の警鐘が激しく鳴っていた。
慌ててクレナから離れる。
刹那――。
「――《血鮮処華》」
クレナの全身から、真紅の刃が生えた。
まるで目の前に、真っ赤な華が咲いたかのような光景だった。刃とも爪とも牙とも捉えられる、鋭利なそれは、さながらクレナを中心とした花弁の如く咲き誇る。
立ち上がったクレナは、白いドレスの上から、真っ赤な刃のドレスを纏っていた。
十中八九、『血舞踏』の中でも高度な類いだ。
(くそっ……自分では"格"を感じられないから、すっかり忘れていた……)
頬を垂れる冷や汗を拭いながら、俺は現状を再認識した。
(王族かつ純血のクレナは――かなり、"格"が高い)
当然、手強い。
いつの日か、クレナ本人も言っていたではないか。自分はそこらの吸血鬼よりも強いと。――どうやらそれは、真実だったらしい。
「……護衛、いらないだろ」
思わずそんな悪態を吐いてしまうくらいには、現実逃避したかった。
クレナが接近する。距離を置こうと思ったが、突然全身に悪寒が走り、慌てて血の盾を展開した。次の瞬間、盾がクレナの伸ばした爪によって貫かれている。
今のクレナは全身が凶器だ。
迂闊に近づけない。距離を詰められると危険だ。
クレナが羽を広げ、そこから無数の羽のような刃を飛ばしてきた。
「《血堅盾》ッ!」
盾で刃の嵐を防ぐ。
しかし、盾はすぐにひび割れた。これでは耐えきれない。
「――《血守護陣》ッ!!」
複数の盾を展開し、それを自在に操れる『血舞踏』を発動する。
俺は盾を全て目の前に展開し、刃の嵐をどうにか凌いだ。
「クレナ、頼む! 目を覚ましてくれ!」
俺は叫んだ。
戦いは想定していた以上に苛烈になった。このままでは俺も――クレナも、無事では済まない。だから叫ぶ。この戦いは続けてはならない。
「自信家だな」
そんな俺に対し、ギルフォードが言う。
「クレナがこれだけ拒んでいると言うのに、君はそれでも頑なに説得を試みる。しかし……彼女が今、正気ではないという証拠はどこにある? 彼女が本心から君を拒絶しているとは思わないのか? 君は一体、何を信じている?」
ギルフォードの問いに、俺は荒々しい息を吐きながら答えた。
「俺が信じているのは……クレナ自身だ」
そう告げて、クレナを真っ直ぐ見据える。
「なあ、クレナ。お前、言ってたよな。早く明日が来て欲しいと、久しぶりに思えたって。……吸血鬼領を出て、学園に通って、良かったって言ってたよな? 体育祭とか文化祭とか、修学旅行とか、武闘祭とか……全部、楽しみだって言ってたよな!?」
クレナが、ピクリと反応したような気がした。
「あんなに楽しそうに……あんなに、幸せそうに話していたんだ。それが全部、嘘だというのか? ――――そんな筈ないだろ!」
思いの丈をのせて告げる。
クレナの足が止まった。
「目を覚ませ! お前は何のために吸血鬼領を抜け出したんだ! 折角、掴みかけていたものを、こんなところで捨てる気か! ――ここで全てを諦めてもいいのか!?」
月明かりが照らす教会に、俺の声が強く響いた。
「ケ、イル、君……」
クレナが小さな声を発す。
その瞳から――涙が、零れていた。
「…………たす、けて」
消え入りそうな、小さな声だった。
それでも――彼女は確かに、助けを求めた。
直後、クレナの身体が硬直する。
見ればその背後で、ギルフォードが忌々しげに顔を歪ませながら、クレナに向かって手を伸ばしていた。
「まさか、一瞬とは言え私の力を破るとはな」
ギルフォードが呟く。
「やっぱり、クレナは、お前が操っていたんだな……ッ!」
俺がそう言うと、ギルフォードは愉快そうに笑った。
「ふはっ、ふはははははははっ!! 馬鹿め! 気づいたところで、貴様にはどうしようもないッ! 私の『血舞踏』――《血骨傀儡》の本懐は、洗脳ではなく隷属だ! たとえ意識が戻ろうと、クレナの身体に私の血が流れている限り、私の命令からは逃れられない!!」
ギルフォードの語った内容を聞いて、俺は一瞬、怒りを押し殺した。
「隷属……それじゃあ、まるで……」
「気づいたか。ああ、そうさ。私の力は、人間だけではない――全ての種族に通用する眷属化だ。当然、同族すら眷属に変えることができる」
下卑た笑みを浮かべてギルフォードが言う。
瞬間。クレナが再び迫った。
「くっ!?」
クレナが真紅の刃で斬りかかってくる。
どれだけ盾で防いでも切りがない。しかし離れると、今度は無数の斬撃が放たれる。
「私はこの力で、もう一度、種族戦争をやり直す!」
ギルフォードが叫ぶ。
「あの戦いに決着がつかなかったのは、どの種族も戦争に徹し切れていなかったからだ! 人間も、亜人も、『戦争を止め、互いに手を取り合うべきだ』という内部からの声に、足を引っ張られてしまった! その末にあるのが今の世だ!」
それは、そうかもしれない。
だが、それの何が悪い。平和を求める者たちの声が、間違いとでも言うのだろうか。
「――愚かだ! 戦争は理由があるから起きる! 勝者を作らないまま放置したところで、所詮は仮初めの平和にしかならない!」
ギルフォードの意思に、俺も思わず口を開いた。
「だから、帝国と手を組んだのか?」
「そうだ。軍資金が欲しかったのでな。幸い、帝国軍人の中には、私に賛同する者も多かった。彼らも再び戦争が起きることを確信していた。だから私は、特種兵装の開発に協力する代わりに、莫大な軍資金を手に入れることにしたのだ。……奴らが言うには、クレナの血は"格"が高い上に、不純物が少ないから兵器化に向いているらしい。過去、私は百近いサンプルを奴らに提供したが、クレナの血が最も高く売れた。クレナは私にとって、金のなる木だ」
そんな――そんな哀れな話、あるだろうか。
クレナは今まで、無自覚に戦争の道具として利用されていたのだ。帝国にとっては兵器。ギルフォードにとっては金。どちらもクレナを利用しているに過ぎない。
「地盤は整った。後は、私の《血骨傀儡》を使えば、今度こそ吸血鬼は一丸となって戦争に臨める! ――次の戦争で勝つのは、我々吸血鬼だ! 我々こそが、この世界を支配するに相応しい!」
大きな声でギルフォードが言う。
この男を、許してはならない。
この男はクレナから尊厳を奪おうとしている。
その時。クレナが一気に距離を詰めてきた。
強引な接近に、対処が遅れ、懐に潜り込まれてしまう。
「クレナ! その男に血を注げッ!」
ギルフォードが言った。
「その男を眷属化した時と同じように、もう一度、お前の血を注げ! そうすれば、お前の体内に流れる私の血も、その男の中に注がれる! 《血骨傀儡》の効果は、ただの眷属化ではない! 感染するのだ! 私の奴隷はねずみ算式に増え続ける!」
ギルフォードは、クレナの血を経由して、今度は俺の身体まで操るつもりだ。
「ケ、イル、君……」
ギルフォードの命令に逆らえず、俺を両手で拘束するクレナが、悲しそうな声を漏らした。
涙を流すその表情を見て、俺はできるだけ優しく、微笑んでみせる。
「大丈夫だ」
クレナの頬を掌で撫でながら、俺は言う。
「クレナ。俺を信じてくれ。俺は――お前だけの眷属だ」
はっきりと告げる。
するとクレナは、何かを決心したかのように、ゆっくりと俺の首筋に顔を近づけた。
「主として、我が、眷属に、命令する……」
クレナが言う。
「……『ギルフォード様を、止めて』」
そう言ってクレナは――――俺の首筋に、歯を立てた。
クレナの血が、俺の身体に注がれる。
全身が熱を帯びる中、俺は答えた。
「その命令――確かに受け取った」
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