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20「まだ何も返せていない」

 晩餐会の内容は殆ど覚えていなかった。

 食事は多分、美味しかったと思う。平民の俺が本来、口にできないほど上等な食材が使われていた筈だ。食事の合間に、ギルフォードさんとも何度か会話した。クレナは殆ど黙っていたが、それでも幾らか声を交わしたと思う。


 しかし――晩餐会の間。俺の頭の中はずっと疑問で一杯だった。

 そのせいで食事の内容も会話の内容も、殆ど記憶にない。


(クレナが、ギルフォードさんと結婚する……?)


 晩餐会が終わった後、俺とファナはヴァリエンス家への帰路についた。

 クレナはいない。彼女はギルフォードさんの屋敷に泊まるらしい。


 ギルフォードさんとクレナが結婚する。この事実に、不自然な点はなかった。二人は元々、婚約者だったとのことだ。それは形式上のものだったそうだが、仮初めの関係を続けるうちに、お互い心を惹かれ合ったのだろう……と考えれば、今回の結婚は自然のことである。

 しかし――。


(学園には、もう戻らない……?)


 晩餐会ではアルコールの入ったワインも提供されていた。

 だが俺はそれを飲んでいない。俺の頭は間違いなく冷えている。


 冷静に思考する。――あれだけ学園での日々を楽しみにしていたクレナが、こんないきなり、その全てを捨て去るような真似をするだろうか。学園を卒業したら結婚するというならまだしも、今すぐに結婚するからもう王都には戻らないだなんて。いくらなんでも急すぎるのではないか?


「ケイルさん」


 隣を歩くファナが、小さく俺を呼ぶ。


「率直にお尋ねします。……結婚は、クレナ様の意思だと思いますか?」


 その疑問に、俺は暫し口を噤んだ。

 ファナはクレナの専属護衛だ。その彼女が、今のクレナに違和感を抱いている。


「……思わない」


 俺は正直に述べた。


「クレナは、王都に出て、学園に通えたことを本当に喜んでいた。なのに、こんな唐突に学園を辞めるだなんて……正直、信じられない」


 そう告げると、ファナは暫く黙り込んだ。彼女も全く同じ意見らしい。

 俺は「それに――」と言葉を続けた。


「晩餐会での様子を見ればわかる。……この結婚が、本当にクレナの望んだものなら、あんな風に落ち込んだりはしない」


 ファナが小さく頷いた。


「ファナ。エルネーゼさんが本当に毒を盛られていた場合、誰かが意図的にエルネーゼさんを苦しめたことになる。だとしたら、その黒幕は……」


 ファナが無言で俺の腕に触れ、言葉を遮る。


「その続きは、屋敷の中で話しましょう……」


 緊張した面持ちで告げるファナに、俺は小さく頷いた。

 黒幕の正体は、この場では話せない。――ファナも、薄々犯人の正体に気づいているのだ。


「お帰りなさいませ」


 ヴァリエンス家の屋敷に帰ると、使用人たちが礼をした。

 俺とファナはすぐにエルネーゼさんの部屋へと向かう。


「遅い」


 部屋に入るなり、アイナが短く告げた。

 アイナはベッドの傍にある椅子に腰掛けていた。ベッドの上では、エルネーゼさんが苦しそうな様子で眠っている。


「犯人、分かった」


「え?」


 椅子から立ち上がって言うアイナに、俺は疑問の声を発した。

 アイナは部屋の片隅にあるクローゼットへ近づき、その戸口を開く。

 すると――中から、手足と口を縛られてた若い男が現われた。


「なっ!?」


 驚きのあまり声を漏らす。

 服装からして、この男もヴァリエンス家で働く従者の一人だ。男は目尻に涙を溜め、恐怖に染まった表情を浮かべている。


「水の交換をしに来た人」


 アイナが簡潔に告げ、テーブルの上を指さす。

 そこには確かに、新しく用意された水が置かれていた。


「案の定、そっちにも毒が含まれていた」


 アイナの言葉に、俺は彼女の伝えたいことを悟る。


「じゃあ、この人がエルネーゼさんに毒を盛った犯人ということか……?」


「そうだけど、そうじゃない」


 そう言って、アイナは男の口を縛っている白い布を解いた。

 床に落ちた白い布は、カーテンの切れ端だった。良く見ればクローゼットの脇にあるカーテンが、大胆に引き裂かれている。


「ひいっ!? ゆ、許してください! 私は何も知らなかったんです!!」


「黙って」


 困惑する男に、アイナは冷淡な様子で告げた。


「もう一度、同じことを訊く。正直に、はっきりと答えて」


 男が無言で何度も頷く。


「貴方が持ってきた水は、誰が、どうやって用意した?」


「あ、あの水には、医者が処方した微量の薬剤を入れています。わ、私がこの屋敷で、水に薬剤を入れて、ここまで持ってきました」


「なら、その薬剤を貴方に渡したのは誰?」


 その問いに、男は緊張した様子で答えた。


「ギ、ギルフォード様です」


 その答えに――俺は、音を立てずに息を吐いた。


「やっぱり、そうか」


「ケイル、気づいていた?」


「ああ。……実はさっき、晩餐会でギルフォードさんが、クレナと結婚すると発表した。クレナは結婚するから、もう学園には戻らないそうだ」


「……成る程、それは怪しい」


 アイナの言葉に俺は頷く。


「そもそも、クレナが吸血鬼領を出た直後にエルネーゼさんが倒れるなんて、いくらなんでもタイミングが良すぎる。……エルネーゼさんは、クレナを誘い出すために毒を盛られたんだろう。そこに加えて唐突な結婚だ。俺にはギルフォードさんが、クレナを吸血鬼領に縛り付けたがっているようにしか思えない」


 クレナを吸血鬼領に縛り付けることで、最も得をするのは帝国軍だ。彼らの本拠地はこの領土のすぐ傍にあるため、いつでもクレナを襲うことができるし、また血液検査などといった適当な嘘で、クレナの血も盗みやすい。


 ギルフォードさんは、帝国軍が得をするように行動したのだ。

 つまり――。 


「ギルフォードさんは、帝国軍と繋がっている」


 結論を呟く。

 誰も否定しない。アイナも、ファナも……。二人とも同じ考えを持っているようだ。


「どうする?」


 アイナが短く訊いた。

 黒幕と思しき人物は発覚した。仮に俺たちの推理が的外れだとしても――クレナが結婚に乗り気でないことだけは間違い無い。なら、俺たちのやるべきことは簡単だ。


「クレナを助ける。……俺たちは今、クレナの護衛だ」


 アイナとファナが頷いた。

 その時、ドアがノックされる。

 従者の一人である初老の男性が、部屋に入ってきた。


「失礼いたします。突然のことで申し訳御座いませんが、ケイル様とアイナ様には、即刻、この吸血鬼領を立ち去って頂くことになりました」


 その言葉に、同じヴァリエンス家の従者であるファナが反応する。


「どういうことですか? この二人はギルフォード様から許可を貰って吸血鬼領にいます。それを無断で追い出すことは、ギルフォード様に恥をかかせる行為に――」


「その、ギルフォード様からのお達しです」


 従者が言う。


「先程、遣いの方から連絡がありました。明日、クレナお嬢様とギルフォード様が、式を挙げるとのことです」


 その一言に、俺は目を見開いた。


 ――やられた。


 先手を取られた。

 ギルフォードさんは、本気でクレナをこの地に縛り付ける気だ。そのために外堀を埋めようとしている。


「吸血鬼領の仕来りで、冠婚葬祭の際は、領内に他の種族を入れない決まりになっております。……馬車の手配はいたしますので、どうかご協力を」


 従者は小さく頭を下げたが、悪びれた様子はない。その目は俺とアイナを厄介者としか見ていなかった。 


「……帰る前に、クレナに会わせてください」


「なりません。クレナ様は明日の準備で忙しいとのことです」


「どうしても話したいことがあるんです」


 はっきりと、従者の目を見て告げる。

 しかし――。


「なりません」


 男は頑なに拒否した。


「話にならない」


 アイナがそう言って、強引に部屋を出ようとした。

 その時。ドアの向こうから、更に二人の――甲冑を纏った男が現われる。


「ギルフォード様からは、こうもお達しがありました。――何か勘違いした客人が、暴れ回るかもしれないから、止めてもらいたいと」


 騎士のような格好をした二人の男に、アイナが膝を軽く曲げ、構えた。


「好都合。……無駄な会話を重ねるよりも手っ取り早い」


「野蛮ですな。これだから獣人は」


 従者は溜息を零し、それから両脇に立つ男へ命じる。


「あの二人を捕らえなさい」


 二人の男が一斉に襲い掛かった。

 アイナが右の男を蹴り、部屋の外へと吹き飛ばす。

 俺もすかさずナイフで手の甲を切り、《血閃鎌》で男を壁まで吹き飛ばした。


「ちっ」


 従者の男が焦って部屋を出る。


「俺たちも外に出よう! ここにいるとエルネーゼさんが危険だ!」


 ファナ、アイナと共に、従者を追うように部屋を出た。

 一階のフロントに辿り着いた直後、俺たちは足を止める。

 屋敷の出口は閉じられていた。その周囲に、甲冑を纏った男たちが並んでいる。


「ヴァリエンス家に仕える護衛、総勢三十名。この全てでお相手いたしましょう」


 従者が言う。

 見れば背後や二階にも、護衛の姿がある。完全に囲まれた。


「捕らえなさい。奴らはクレナお嬢様とギルフォード様に仇なす狼藉者です」


 従者が言うと同時、前後左右から護衛たちが襲い掛かった。

 アイナが一人目の護衛を足払いし、体勢を崩したところで蹴り飛ばす。その間に俺は他の護衛を『血舞踏』で対処した。


 その時、二階にいた護衛が血の斬撃を放つ。

 それを――ファナが、同じ血の斬撃で防いだ。


「ファナ。ヴァリエンス家を裏切る気ですか?」


 従者がファナを睨む。

 対し、ファナは堂々と答えた。


「……私が仕えているのはクレナ様です。ヴァリエンス家ではありません」


 ファナの返答に、従者は舌打ちした。


「ファナ=アルクネシアも捕らえろッ!」


 護衛たちが襲い掛かる。今度はファナも標的にされていた。


「二階にいる護衛は私が対処します。ケイルさんとアイナさんは、一階の方を!」


「ああ!」


「わかった」


 ファナの言葉に従い、俺はアイナと共に一階の護衛を処理する。


「《血戦斧ブラッディ・アクス》ッ!!」


 銀甲冑を纏う護衛たちを、巨大な斧で一掃する。

 けたたましい音と共に、三人の護衛が壁際まで吹き飛ばされた。


「な、なんだ、こいつ!? 眷属のくせに『血舞踏』を――っ!?」


 護衛たちは全員、吸血鬼だ。中には『血舞踏』を使う者もいる。

 ひとり一人がそれなりに強い。そんな相手が、次々と目の前に現われる。


「巫山戯るな……」


 戦いながら、沸々と怒りの感情が猛った。

 この護衛たちは知っている筈だ。クレナが無断で吸血鬼領を飛び出たことを。――それだけ、彼女が束縛を嫌っていたことを。


「お前ら、クレナの従者なんだろ! あいつが本気で、この結婚を望んでいると思うのか!?」


「勿論です」


 従者が言った。


「いつか、この日が来るとは思っていました。ギルフォード様は、昔からクレナお嬢様のことをよく可愛がっておられましたから。……ギルフォード様はとても聡明で、人情に厚く、この吸血鬼領を常に正しく導いている御方です。あの御方と結ばれるというのであれば、お嬢様も必ず幸せになるでしょう」


 護衛たちに守られながら、従者が言う。


「エルネーゼ様も、きっと賛成する筈です」


 そう言って、従者は俺から距離を取った。

 入れ替わるように他の護衛たちが襲い掛かってくる。


「くそッ!!」


 素人ならともかく、訓練を積んだ三十人が相手だ。三人だけでは勝ち目がない。

 加えて――俺自身の不調もある。


(『血舞踏』の威力が落ちてる。……クレナの血が、弱まっているんだ)


 眷属化が解けかかっている。俺の身体は少しずつ人間へと戻っていた。

 やがて、疲労困憊となった俺たちは、護衛たちに包囲された。


「勝負ありましたね」


 従者がこちらを見下すように笑う。


「どけよ……」


 従者や護衛を睨む。

 俺はいつの日か、クレナと話したことを思い出した。


(あいつに、感謝しているんだ)


 クレナは俺を、灰色の日々から連れ出してくれた。

 彼女と出会ったおかげで、俺は今までとは違う日々を歩めている。


(まだ、何も返せていないんだ)


 恩を返したい。

 窮屈な日々を抜け出したいと言っていたクレナの、力になってやりたい。


(だから――)


 こんなところで、立ち止まるわけにはいかない。




「――――『どけ』ッ!!」




 燃え滾る感情を乗せて、激しく叫んだ。


 直後――護衛たちが、一斉に跪・・・・・・・・・・いた・・


「な――っ!?」


 従者が驚きの声を発す。

 だがこの男もまた、突然膝を折り、俺の方へと跪いている。

 他の護衛たちも突然のことに狼狽していた。


「な、なんだこれは!?」


「身体が、勝手に……!?」


 この場にいる全員が、俺の方に跪いたまま、動けずにいる。


「これ、は……?」


 振り返ると、護衛だけでなくファナも跪いていた。


「ファナ。なんで、跪いて……」


「わ、わかりません。ですが、ケ、ケイルさんが叫んだ瞬間、こうしなくちゃいけないような気がして……」


 ファナも困惑している。

 何だ? 何が起きた?

 アイナは無事だ。この場で、俺とアイナだけが平然としている。


 その時。扉の開く音がした。

 振り返ると、エルネーゼさんが肩で息をしながらこちらに近づいていた。


「なんとか、間に合いましたね……」


 今にも倒れそうな様子で、エルネーゼさんがやってくる。


「エ、エルネーゼ様!?」


 従者や護衛が驚いていた。

 しかしエルネーゼさんは、汗を浮かべながらも毅然とした様で告げる。


「彼を、行かせなさい」


「し、しかしっ!?」


「事情は全て、聞こえていました。ケイルさん……貴方の判断は正しい。長い間、外の世界に憧れていたあの子が、こんな唐突に全てを諦める筈がありません。それに……部屋で縛られていた従者からも話を聞きました。私の身体には、毒が盛られているようですね」


 エルネーゼさんの言葉に、護衛たちが目を見開いた。

 俺は、無言で首肯する。


「帝国の件も含め、ギルフォード様が一枚噛んでいるのでしょう。あの方が黒幕だと考えれば、全ての辻褄が合います」


 そう言って、エルネーゼさんはアイナの方を見た。


「アイナさん。私の毒は、血液で感染しますか?」


「しません」


「なら、問題ないわね」


 エルネーゼさんが俺の傍までやって来る。


「ケイルさん。貴方、眷属化が解けかかっていますね」


 何故、分かったのだろうか。

 疑問を抱くが、正直に頷いた。


「私の血で一時的に補強しましょう。ですが、恐らく貴方の器には――クレナの血が、最も相応しい。私にできるのは、あくまで応急処置です。できることなら、ギルフォード様と戦う前に、クレナから血を受け取りなさい」


 そう言って、エルネーゼさんは俺の首筋に歯を立てた。


(ぐっ――!?)


 吸血鬼の血が流れてくる。

 身体中が熱い。いつもと同じ――いや、いつも以上に力が湧いてくる。


 もしかして俺は、眷属化する度に身体が吸血鬼に適応していたのだろうか。

 多分、俺はまた強くなった。


「ああ、そんな……この"格"の高さは……」


「馬鹿な、有り得ない。これではまるで……」


 護衛たちは俺を見て恐怖していた。

 エルネーゼさんが血の注入を終え、ゆっくりと俺から離れる。


「ここから先は、貴方一人で行きなさい」


 エルネーゼさんの言葉に、俺は目を丸めた。


「貴方が去れば、彼らの拘束も解かれます。故に、ここに残って彼らに対処する者が必要です」


「……わかりました」


 アイナとファナにも目配せする。

 二人とも頷いた。ここから先は俺一人で動くことになる。


「ケイルさん。娘を、頼みます」


 エルネーゼさんが真剣な顔で言う。

 俺は、その眼差しに真っ直ぐ応えた。


「はい」




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