19「裏切りの足音」
「毒を盛られているって、間違いないのか……?」
アイナの発言に、俺はすぐに訊き返した。
彼女が言うには、クレナの母、エルネーゼさんは病ではなく、毒によって苦しんでいるとのことだ。
「間違いない。この辺りでは珍しいものだったから気づくのが遅れたけれど、水の中にナルキベナという植物の毒が含まれている。……ナルキベナの毒は、放置すると呼吸中枢が麻痺して、やがて死に至る」
「ど、どうすればいい? すぐにでも解毒を……」
「ナルキベナはこの辺りには棲息しない。だから解毒薬も出回っていない。材料を集め、自分で薬を調合するとしても、今から二日はかかる」
そう言って、アイナはファナの方を見た。
「ファナ、エルネーゼさんが体調を崩したのはいつ?」
「丁度、十日前です」
「なら後、三日は保つ。それまでに薬を作らなくてはならない。……それと、あの水はもう絶対に飲ませないで」
アイナが言う。
「あの水を用意したのは……ヴァリエンス家の、従者です」
ファナが沈痛な面持ちで呟いた。
彼女の心中は察するに余りある。
(ヴァリエンス家の従者に、裏切り者がいるかもしれない……)
ヴァリエンス家の長女クレナの護衛であるファナにとって、それは同僚に裏切り者がいるに等しい。責任感が強い彼女のことだ。もしこの予感が正しければ、彼女はそれを他人事とは思わず、自分の過ちのように感じるだろう。
(もしアイナの言うことが事実なら……辻褄が合ってしまう。クレナが帝国に狙われている件と、エルネーゼさんが毒を盛られた件。……クレナを誘い出すために、帝国が、エルネーゼさんに毒を盛ったと考えれば……)
嫌な予感を巡らせる。
その時、ドアがノックされた。
「失礼いたします」
扉の先から現われたのは、先程クレナをこの部屋まで案内した、初老の男性。……この屋敷で働く従者の一人だった。
「ギルフォード様が、皆様を晩餐会へ招待したいとのことです。既にクレナ様もお待ちになっております」
従者の言葉に、俺とファナ、アイナは顔を見合わせた。
クレナは既に晩餐会の場にいるらしい。少し前、ギルフォードさんがクレナのもとへ向かったが、そのまま二人で屋敷を出たのだろうか。
「すみません。今は、それどころじゃ――」
晩餐会に参加している場合ではない。
そう告げようとしたが、不意にアイナが腕を伸ばし、俺の言葉を遮った。
「丁度良い。ケイルたちは領主に事情を説明してきて。私はエルネーゼさんを診る」
アイナの言葉に、俺は少し遅れてから「ああ」と頷いた。
「……何か、あったのですか?」
従者が不思議そうな顔で訊く。
俺はファナ、アイナと視線を交わした。
(……この従者が、裏切り者である可能性は否定できない)
もしもこの男が裏切り者だった場合、俺たちが毒に感づいたことは隠した方がいい。早まって自決されたり、或いはここで敵対されたりするのは避けたいからだ。
「アイナ、そっちは任せた」
「ええ」
この従者に真実を告げるかどうかも含めて、エルネーゼさんのことは一時的にアイナに任せる。
俺はファナの案内に従い、ギルフォードさんが待つ場所へと向かった。
◇
流石に領主なだけあって、ギルフォードさんの屋敷はこの吸血鬼領の中でも最も大きなものだった。立地も領地の中心かつ一番高い場所だ。周囲を崖に囲まれているため、陽光が射し込むことはないが、見下ろせば街の夜景を一望できる。
既に晩餐会の話は通っているのだろう。屋敷の前で待機していた衛士は、ファナの顔を見るなり一礼して、俺たちを中に入れた。荘厳な扉を抜けると、若い女性の従者が俺たちを晩餐会の場へと案内する。
「やあ、待っていたよ」
突き当たりの扉を開いた先に、ギルフォードさんがいた。
長いテーブルの上に、沢山の豪華な料理が並べられている。ギルフォードさんはその奥にある椅子に腰掛けていた。
「さあ、好きなところに座ってくれたまえ。態々遠いところから来てもらったんだ。領主として、せめてこのくらいの持てなしはさせてもらおう」
ギルフォードさんが微笑して言う。
平民である俺が、これほどの料理を一度に目にするのは生まれて初めてのことだった。しかし、今はその料理に舌鼓を打っている場合ではない。
「すみません、ギルフォードさん。お誘い頂いてありがたいんですが……」
「うん? どうかしたのかい? そう言えば、アイナさんの姿が見当たらないが」
「それが――」
ギルフォードさんに近づき、事情を話す。
全ての説明を終えた時、ギルフォードさんは眉間に皺を寄せていた。
「毒? 馬鹿な。医者が言うには、あれは吸血鬼特有の病だ。アイナさんは獣人だから何か勘違いしたんだろう。それに、ナルキベナはこの辺りには棲息していない」
毒自体はどこからでも取り寄せられる。吸血鬼領は基本的に吸血鬼のみが立ち入りできるそうだが、よもや領民の生活を領内にいる吸血鬼だけで賄っているわけではあるまい。例えば商人など、外界と繋がっている吸血鬼もいる筈だ。
しかしギルフォードさんが言う通り、アイナが吸血鬼の病を知らなかった可能性も十分ある。
事態が如何に深刻であるかを伝えたい。
どう告げるべきか悩んでいると、ファナが口を開いた。
「ギルフォード様。お言葉ですが……獣人の嗅覚は、我々とは比べ物にならないほど鋭敏です。毒の可能性も、十分あるかと……」
ファナがそう言うと、ギルフォードさんは少し考える素振りを見せてから答える。
「……分かった。念のため、商人に解毒薬を手配してもらおう」
解毒薬の手配。
それは、何日かかるのだろうか。
「そんな、悠長なことをしている場合では――」
「ナルキベナの毒は、完全に回るまで二週間近くかかる筈だ。仮に毒の話が本当だったとしても、後三日は保つ。今から動けば必ず間に合うだろう。……気持ちは分かるが、今の私にできることは、これだけだ」
ギルフォードさんの説明に、俺は押し黙った。
後三日は保つ。これはアイナも言っていたことだ。俺は少し焦りすぎているのかもしれない。
「迅速な報告、助かるよ。……立ちっぱなしも疲れるだろうし、取り敢えずかけたまえ。クレナの屋敷から、ここまで来るのは大変だったろう」
ギルフォードさんの言葉に、俺とファナも近くの椅子に腰を下ろした。
手元にあったグラスを口元で軽く揺らす。甘い果実の香りがした。
「実は私も、君たちに報告しなくちゃいけないことがあるんだ」
ギルフォードさんは、グラスを傾け、ワインで喉を潤した後に言った。
「クレナ。入りたまえ」
ギルフォードさんがそう告げると、壁際で待機していた二人のメイドが、奥の扉を開いた。
扉の向こうから、美しいドレスを身に纏ったクレナが現われる。普段はあどけなさを残す印象だったが、ドレスを纏ったクレナは少し大人びて見えた。
だが、その表情は暗い。
絢爛な衣装と相反するように、クレナは俯いていた。
「クレナ……?」
一瞬、その容姿に見惚れたが、クレナの様子がおかしいことに気づき正気に戻る。
「クレナ。自分の言葉で、説明しなさい」
「……はい。ギルフォード様」
クレナは小さく頷いた。
「ごめん、ね。ケイル君。私……もう、学園には戻らない」
ギルフォードさんの隣に立ち、クレナは告げる。
「私、ギルフォード様と、結婚することにしたの」
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