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18「仮初めの婚約」

 部屋を出たギルフォードは、勝手知ったる様子でヴァリエンス家の別邸を歩いた。

 ギルフォードにとって、ヴァリエンス家の現当主エルネーゼは、妹のような存在である。彼女との付き合いは長く、ギルフォードは過去に何度もこの別邸に足を運んだことがあった。

 しかし今、ギルフォードが探しているのはエルネーゼではない。


「クレナ」


 別邸の中庭に辿り着き、声をかける。

 ベンチに座っていたクレナが、ゆっくりと振り返った。


「君は、何か悩み事があると、いつもここに来るね」


「……駄目ですか?」


「いいや、寧ろ安心した。ここを飛び出て王都に向かったと聞いた時は驚いたが、どうやら君自身は昔から何も変わっていないらしい。思えば君は、子供の頃から少し破天荒なところがあったからね。……いや、あの頃と比べると、少しマシになったくらいか」


「……子供の頃の話は、しないでください」


「申し訳ないが、それはできない。今日はその、子供の頃の話をしに来たんだ」


 そう言ってギルフォードは、クレナの隣に腰掛けた。


「覚えているかい? 私たちが婚約を交わした日のことを」


「……はい。でもあれは、周りにいる人たちが勝手に勘違いしたから、仕方なく交わした、形式上のもので……」


「それを、本物にする気はないかい?」


 ギルフォードの言葉に、クレナは驚愕する。


「どういうこと、ですか?」


「王弟という立場にいても、ままならないことが多くてね。その最たる例が伴侶の選択だ。君と私の婚約は、既に多くの同胞が知る事実だが……あれ以来、私たちの間には全く進展がないからね。これが形式上のものであると、薄々感づかれたらしい。だからここ数年、私はあらゆる吸血鬼から縁談を持ちかけられている」


「それは……喜ばしいこと、ですよね? 偽りの婚約が自然消滅したことで、ギルフォード様はこれから、ちゃんとしたお相手を選ぶことができますし……」


「ちゃんとしたお相手、か……」


 ギルフォードは指を組み、視線を落とした。


「私に縁談を持ちかける吸血鬼は、皆、王家の栄華にあやかりたいと考えるだけの輩だ。誰も本当の意味で、私のことなど考えていない」


「そ、そんなことは……っ」


「君も似たような立場だからわかる筈だ。クレナ。君もここ数年、幾つもの縁談を持ちかけられているだろう?」


 ギルフォードの問いに、クレナは何も答えない。その無言は肯定の証だった。

 クレナは幼い頃から、非常に見目麗しい少女として吸血鬼たちの注目を浴びていた。母親であるエルネーゼもかつては傾国の美女とまで言われた人物だ。ヴァリエンス家の冨や地位を求める者は大勢いる。だがそれ以上に、クレナ自身の魅力に惹かれ、多くの男たちが彼女を妻に迎えたがっていた。


 それは――クレナにとって、束縛の一つだった。

 彼らはクレナの理解者である風に装っているが、決してそうではない。何故ならクレナは最初から縁談なんて望んでいないのだ。かねてより貴族らしい日々を嫌い、束縛とは無縁の生活に憧れていたクレナにとって、相手が誰であろうと縁談を持ちかけられること自体が苦痛だった。

 縁談を持ちかける男たちはクレナの本心に気づいていない。しかしギルフォードは見抜いている。


「私たちが婚約を交わしたのは、君がまだ十歳にも満たない頃だ。お互い実感がわかないのも無理はない。しかし私は……今まで黙っていたが、あの日以来、少しずつ君に惹かれていた。今、こうして話しながら確信したよ。私は君に魅了されている」


「ギルフォード様……」


「クレナ、真剣に考えて欲しい。君は私のことを良く知っているし、私も君のことは良く知っているつもりだ。ならお互い、良く知らない相手と結ばれるよりは、ずっと幸せな未来が待っていると思わないかい?」


「で、でも……」


 クレナはひたすら困惑していた。

 だからこそ、ギルフォードは優しく、論理的に、諭すように語る。


「クレナ。私は、誰よりも君の傍で、君を守りたいんだ」


 真っ直ぐなギルフォードの言葉を聞いて、クレナが純粋な眼を見開いた。


「酷い言い方になってしまうが……もし、エルネーゼの病がこのまま治らなかったら、君は今まで以上に貴族としての問題を抱えることになるだろう。ヴァリエンス家の当主は君の父親が引き継ぐと思うが、エルネーゼの領地経営の手腕は見事なものだった。彼女の抜けた穴は、恐らく君の父親だけでは埋められない。きっと、君もすぐに手伝いに駆り出される。そうなると……君は一層、束縛されることになるだろう」


 クレナは無言で頷く。


「だが私が傍にいれば、君をそうした事情から守ることができる。私たちが結ばれることで分家と本家の隔たりは消える。つまり私や他の王族が、堂々と君を支えることができるんだ。勿論、君を束縛する気はない。さっきも言ったけれど、私はクレナのことを良く知っているつもりだからね。私は君の、伸び伸びとした性格が好きだ。君が望むのであれば、今後もアールネリア王国の学園に通っても構わない」


 それはクレナにとって――破格の条件と言っても過言ではなかった。

 少なくとも条件だけを考えれば・・・・・・・・・、クレナの理想に近い。ギルフォードは、自身よりも低い身分であるクレナに、これでもかというくらい歩み寄っている。


 しかし、それでも――。

 クレナの頭に、ある少年の姿が過ぎった。


「ギルフォード様、私……」


 何か言わなくてはならない。そう思い、口を開いたクレナだが、胸中にある不思議な感情を言語化することはできなかった。

 そんな彼女の様子に、ギルフォードが先に言葉を発す。


「誰か、気になる人でも?」


 クレナは石像のように硬直した。

 今、何か反応を示せば、それだけで頭の中を見透かされるような気がした。――しかし、その沈黙もまた、肯定の証に他ならなかった。


「ケイル君かい?」


「にゃっ!? ななな、なんでっ!?」


「クレナは普段、活動的だけれど、いざという時は他人を気遣って遠慮するからね。それでも一緒に吸血鬼領まで来たということは、君にとって彼は、人一倍信頼に足る存在なんだろう。あの気難しいファナも、彼には心を開いているようだったし」


 クレナは目に見えて照れていた。

 頬を真っ赤に染める慌てふためく彼女に、ギルフォードは苦笑する。


「そうか。…………そういうことなら、仕方ないな」


 ギルフォードが少し残念そうな顔をした。

 暫く無言が続くと、再びギルフォードが口を開く。


「ところで、クレナ。疑問に思ったことはないかい?」


 不意に、ギルフォードが訊いた。


「以前、君は帝国の人間から、よく血液検査を受けていた筈だ。君もアレが不自然なことには気づいていたね。しかし、外部の人間がこの吸血鬼領に入るには、必ず許可が下りなくてはならない。丁度、今日のケイル君やアイナさんみたいにね」


 唐突な話題転換に、クレナは目を丸くしながらも頷いた。


「さて。では一体、誰が帝国の人間に許可を出していたと思う? ――誰が、彼らを手引きしたんだと思う?」


 ギルフォードが訊く。

 それは――当然、許可を出すことができる者だ。

 その人物は、吸血鬼領の中で一人しかいない。


「まさか――」


 クレナが焦燥に駆られ、立ち上がる。

 直後、その胸に、真紅の杭が穿たれた。


 クレナが目を見開く。

 その瞳に、下卑た笑みを浮かべるギルフォードの顔が映っていた。


「ああ、まったく……」


 ギルフォードが面倒臭そうに溜息を零し、腕から伸びる真紅の杭を、スルリと引き抜いた。クレナが小さな呻き声を漏らしながら倒れる。その小柄な躰を、ギルフォードは片手で支えた。


「本当に、君は仕方ないな・・・・・


 意識を失ったクレナを、ギルフォードは醒めた目で見つめた。



 テンポ優先でサクッと進めました。

 一章、そろそろラストスパートです。


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[気になる点] ゼロの使い魔のルイズの婚約者を叩きのめした展開と似てるな
[一言] ゼロ使思い出した
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