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17「吸血鬼領」

 予想に反し、俺たちが吸血鬼領へ向かう途中、襲撃を受けたのは一度だけだった。

 三人の襲撃者を撃退して以来、俺たちは一度も襲われることなく吸血鬼領の手前まで辿り着いた。


「きっと皆の実力に、恐れを成したんだよ!」


 クレナが明るい口調でそう言った。

 そうであれば幸いだが、油断はできない。


「到着しました。ここが、吸血鬼領です」


 ファナが言う。

 山間を進んだ先にある小山に、その都市は聳えていた。山の頂上、即ち山の中央には大きな城が屹立し、その周囲には山肌を覆い尽くすかのように無数の建物が並んでいる。都市の周りには険しい崖が続いており、日光が遮られることで薄暗い景色となっていた。


「……崖に囲まれた、天然要塞といったところか」


「まあ、崖に囲まれているのは、要塞にするためではありませんけどね」


 ファナが説明する。


「遙か昔……種族戦争よりも前の時代。当時の吸血鬼は、日光を浴びることができなかったそうです。その結果、私たちの先祖は、こうした日の当たらない場所に住処を作りました。……現代の吸血鬼は日光を浴びても平気ですが、当時作った街が使いやすいため、今も利用しているというわけです」


 へぇ、と相槌を打つ。

 元を辿れば、この世界には人間しかいなかったらしい。だが次第に、人間にはない特徴を持つ者が現われ……やがて彼らは亜人と呼ばれるようになった。


 亜人の歴史は、人間と比べるとまだ浅い。

 吸血鬼はここ数十年の間で様々な変化を経たようだ。


「吸血鬼領は原則、吸血鬼しか入れません。門の前に到着したら、私がケイルさんとアイナさんの入場許可を貰ってきます」


 ファナの説明に、俺とアイナは頷いた。

 暫くすると、馬車が吸血鬼領の門前で停車する。手筈通りファナが車体から降り、一人で門の方へと向かった。


 待機していた衛士たちと声を交わしつつ、ファナは門の隣にある小部屋へ入る。

 凡そ五分が経過した頃。ファナが、一人の男性と共に部屋から出てきた。


「ギルフォード様……?」


 ファナの隣に経つ男を見て、クレナが軽く驚愕する。

 その人物は、長い金髪を垂らした美男子だった。肌は白く、シミ一つない。遠目で見てもわかるくらいの偉丈夫であり、柔和な表情を浮かべているが、その真紅の双眸からは獅子を彷彿とさせる圧力を感じた。全身から貫禄というものが滲み出ている。


 男はファナと共に、俺たちが乗る馬車に近づく。

 クレナがすぐに馬車から降りた。俺とアイナも、首を傾げつつ車体から降りる。


「クレナ、久しぶりだね」


「は、はい。お久しぶりです。あの、どうしてここに?」


「なに。丁度、私も今、外から帰ってきたところでね。手続きしている間にファナと会ったから、ここまで迎えに来たんだ」


 そう言った後、男は神妙な面持ちになって続けた。


「ファナから話は聞いていると思うが……君の母親は今、原因不明の病にかかっている。幸い感染の恐れはないようだから、早めに様子を見に行くといい」


「……わかりました。お気遣いありがとうございます」


 クレナが静々と礼を述べる。

 その様子に、俺は少なからず驚いていた。あのクレナが、こうも謙虚な態度を取るとは。この男は一体、何者なのだろう。


「それで、こちらの二人が、ファナの言っていた人間と獣人だね?」


 男の問いかけに、隣に立つファナが頷く。


「はい。臨時で雇ったクレナ様の護衛です。二人はクレナ様のご学友でもあります」


 ファナが説明すると、男は微笑を浮かべて俺たちの方を見た。


「初めまして。私はギルフォード=T=オーディルニーズ。現吸血鬼王エドワード=T=オーディルニーズの弟であり、ここの領主を任されているものだ」


 男の肩書きを聞いて、俺は暫し硬直した。

 現吸血鬼王の弟。つまり、クレナよりも遥かに王と繋がりのある貴族だ。クレナが謙虚な態度を取っていたことにも納得する。相手は王の弟であり、尚且つここの領主でもあるのだ。無礼は許されない。


「ははっ、そう硬くなる必要はないさ。吸血鬼領の領主をしていると、よく排他的な性格だと勘違いされるが……これでも色んな国を、視察という名目で渡り歩くのが趣味なんだ。人間や他の亜人とも交流はあるし、気楽に接して欲しい」


 ギルフォードさんは砕けた口調で言った。

 その様子に、少し緊張が解れる。


「ケイル=クレイニア、人間です。今はクレナの眷属になっています」


「アイナ=フェイリスタン。獣人」


 まだ声が固い俺に対し、アイナはいつも通りの淡々とした口調で言った。時折、彼女のマイペースな性格が羨ましいと思う。

 自己紹介が済むと、ギルフォードさんは顎に指を添えて何かを考えた。


「ケイル君。君が人間というのは本当かい?」


「? はい。本当ですが……」


「ふむ……先代王の血を引くクレナの眷属とは言え、人間にしては随分と"格"が高いな。何も聞いていなければ、君を吸血鬼と勘違いするところだったよ」


 ギルフォードさんが微かに笑みを浮かべて言う。

 それから、二枚のカードのようなものを取り出して、俺とアイナにそれぞれ手渡した。


「窮屈な思いをさせるようで申し訳ないが、ここにいる間は、この許可証を常に携帯して欲しい。ここに住む吸血鬼の中には、他の種族を忌避する者もいるが……君たちはクレナの友人だ。悪いようにはされないだろう」


 そう言って、ギルフォードさんは立ち去った。

 衛士たちが門を開く。ファナが御者に一言礼を述べ、報酬を支払う。


 そして、俺たちは吸血鬼領へと足を踏み入れた。

 石畳の街道を、老若男女の吸血鬼たちが自由に行き交っていた。道幅はあまり広くない。恐らく馬車などの運行が想定されていないのだろう。


「街というより、巨大な城みたいな感じだな」


「あー、確かにそんな感じかも。王都よりも入り組んでるし、それに至るところに階段や橋、見張り台があるからね」


 階段を上り、天井のある広場を抜けると、今度はまた多くの住宅に囲まれた通路へと出る。まるで迷路のような構造だった。


 吸血鬼領ということもあり、やはり吸血鬼以外の種族がこの場にいるのは珍しいのだろう。俺は今、クレナの眷属であるため、吸血鬼の見た目をしているが、アイナは違う。獣人である彼女には、多くの奇異の目が注がれていた。しかしアイナがそれを気にしている様子はない。


「クレナたちは、ギルフォードさんと旧知の仲なのか?」


 前を歩くクレナに訊いた。

 ギルフォードさんはここの領主であるため、知り合いであることに違和感はない。ただ、先程の様子から、二人はただの領主と領民という関係ではないような気がした。


「うん。まあ、本家と分家で別れているとは言え、私にとってギルフォード様は叔父にあたるからね。昔から色々とお世話になってるの。ファナちゃんは私の専属護衛だから、その繋がりで面識があるんだよね」


 ファナは「はい」と頷いた後、補足するように声を発する。


「それだけではありません。クレナ様とギルフォード様は――」


「あああっ! ファ、ファナちゃん! そそ、それはその、い、言わなくていいから!」


 突然、クレナが叫び声を上げる。


「? は、はあ。分かりました……」


 ファナは驚きを露わにしつつも頷いた。

 何か言いたくないことでもあるのだろうか。少し気になったが、黙っておく。

 アイナは相変わらず、平然とした態度で辺りの景色を眺めていた。






 ◇






「ここが、クレナの家……?」


 目の前に聳える屋敷を見て、俺は思わず顔を引き攣らせた。

 古めかしくもおもむきがある、豪奢な家だった。王都の一等地にも、これほどの邸宅は中々お目にかかれないだろう。


「厳密には、別荘みたいなところだけどね。本邸は領地の方にあるよ」


 そう告げるクレナの顔には、憂いが浮かんでいた。

 当然だ。俺たちが吸血鬼領に赴いたのは、観光のためではない。

 屋敷に入ると、待機していた大勢の使用人と思しき者たちが、一斉に礼をした。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 内装は、古めかしい外観からは予想できないほど綺麗で整っていた。恐らく、吸血鬼領の景観に溶け込むために、外観を調整したのだろう。


 真っ直ぐ伸びる赤絨毯を歩き、クレナは傍にいる初老の男性に声をかける。


「ママは?」


「ご案内いたします」


 男性が速やかにクレナを案内した。俺たちもそれについて行く。

 案内された一室は、清潔感が漂う部屋だった。あまり家具は置かれておらず、小さな花瓶だけが窓際に飾られている。そのすぐ傍にベッドがあり、そこに――銀髪の女性が、腰掛けていた。


「クレナ?」


 女性がか細い声を漏らす。


「ママ……っ!」


 クレナは泣き出しそうな顔で、女性の方へと駆け寄った。

 あの女性が、クレナの母親で間違いないらしい。


 とても美しい女性だった。端正な顔立ちに、絹のように艶のある銀の長髪。こちらへ振り向く際の静々とした所作からは、彼女の落ち着いた性格が滲み出ている。――しかし、その表情はどこか気怠そうで、額には汗が浮かんでいた。頬は真っ白を通り越して青褪めており、一目見るだけで弱りきっていることが窺える。


 クレナは母親の膝元へ顔を埋め、黙って母を抱き締めていた。

 クレナの母は、少し困った様子で笑みを浮かべ、それから俺たちの方を見る。


「初めまして。私はエルネーゼ=B=ヴァリエンス。クレナの母親です」


 クレナの頭を撫でながら、女性は名を告げた。

 俺はアイナと共に軽く頭を下げ、自分の名を伝える。


「ケイル=クレイニアです」


「アイナ=フェイリスタン」


「ケイルさんに、アイナさんね。……あら、ケイルさんはもしかして、クレナの眷属ですか?」


 エルネーゼさんの言葉に、俺は目を見開いた。

 今まで、誰も言い当てられなかったというのに、エルネーゼさんはすぐに俺の正体を見抜いたのだ。母の成せる技というものだろうか。


「はい、そうです」


「そう。……王族や純血の血は、強い力を宿しているから、中々眷属を作りにくいのだけれど、貴方には適性があったのね」


 エルネーゼさんが言う。

 以前、クレナがローレンスの眷属化に失敗したことを思い出す。俺も下手したらああなっていたのだ。


「二人はクレナのご学友かしら?」


「はい。まあ……そんなところです」


 肯定すると、エルネーゼさんはゆっくりと頭を下げた。


「娘のために、こんな遠くまで来て頂きありがとうございます。……ふふっ。良かったわね、クレナ。大事な友達を作ることができて。やっぱり、貴方は外に出して正解だったわ」


 エルネーゼさんが微笑みながら言う。

 しかしクレナは、不安そうな顔をしていた。


「ねえ、ママ。大丈夫なの? 何か私にできることない?」


「ありがとう。でも、心配いらないわ。私の治療は、ちゃんとしたお医者さんに頼んでいるから。……折角、王都に行ったんでしょう? 来てしまった以上は仕方ないけれど、またすぐに学園に戻りなさい。ね?」


 エルネーゼさんの言葉に、クレナはただ押し黙った。


「……ごめんなさい。少し、眠たくなってきたわ」


 そう言って、エルネーゼさんはベッドに横たわる。平気そうに振る舞っているが、やはり体調は芳しくないのだろう。疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。


「……私、ちょっと、外で風にあたってくるね」


 クレナが落ち込んだ様子で部屋を出た。

 立ち去るクレナに、ファナが一瞬声をかけようとしたが、直前で留まり唇を引き結ぶ。


 クレナが出ていった後。コンコン、とドアがノックされた。

 ファナがドアを開くと――。


「ギ、ギルフォード様!? どうしてここに!?」


 ドアの外には、ギルフォードさんが立っていた。


「少しクレナに用があってね。彼女に会うついでに、エルネーゼの様子を見に来たんだ」


「そ、それにしたって、護衛の一人も連れずに来るなんて……」


「はははっ、心配はいらない。これでも私は王弟おうていだ。この吸血鬼領で私よりも強い者は存在しない。私に勝てる吸血鬼は、世界でただ一人、兄上だけだよ」


 ギルフォードさんが言う

 だが、ファナは護衛としての立場上、譲ることなく反論した。


「しかし、帝国軍が潜伏している可能性もあります」


 ファナの言葉に、ギルフォードさんが表情を硬くする。


「帝国軍か。……やはり彼らの目的は、クレナの血と見るべきか」


「はい。これまでの状況から察するに、そうとしか思えません」


「クレナが帰ってきたと知れば、帝国軍も何か行動を起こすかもしれないな。警備には気を遣っておこう」


 そう言って、ギルフォードさんは、ベッドの方へと歩み寄った。

 ベッドに横たわり、静かに眠るエルネーゼさんを見て、ギルフォードさんはどこか悔しそうな顔をする。


「エルネーゼ。私にとって、君は妹のようなものだ。だからこそ不甲斐ない。……何もしてやれない兄を許してくれ」


 ギルフォードさんは先代王の養子。対し、エルネーゼさんは先代王の実子だ。二人は腹違いの兄妹と言っても過言ではない。ギルフォードさんが、病に倒れるエルネーゼさんを心配するのは当然のことだった。


「ところで、クレナの姿が見当たらないが」


「外で風にあたると言って出ていきました。恐らく中庭にいるかと」


「あそこか。……クレナは昔から変わらないな」


 過去を懐かしむような笑みを浮かべ、ギルフォードさんは部屋を出た。

 ドアが閉められた後、俺はエルネーゼさんを起こさないよう小声で言う。


「エルネーゼさんもそうだが、ギルフォードさんも、かなり若いよな。クレナの叔父って言うんだから、歳は結構、離れているんだろ?」


「吸血鬼の寿命は、貴方がた人間や獣人よりも遥かに長いので、老化のペースも遅いんです」


 ファナが答える。

 今度は、アイナが疑問を発した。


「護衛は大丈夫? 屋敷の中とは言え、今はクレナさんを一人にしない方がいい思うのだけれど」


「ギルフォード様が向かっているので大丈夫でしょう。本人も言っていた通り、あの方は現存する吸血鬼の中で二番目に強い御方ですから。それに、あの方ならなんとしてもクレナ様をお守りする筈です」


 ファナはそう断言した。


「……信用しているんだな」


「はい。なにせギルフォード様は、クレナ様の婚約者でもありますから」


 ファナの言葉に、俺は一瞬、思考を放棄した。


「……は?」


 呆然とする俺にファナが説明する。


「婚約と言っても、ほぼ形式上のものです。数年前、まだ幼いクレナ様が、ギルフォード様と冗談交じりにそういう会話をしていたというだけのことですが、偶々そこが公的な晩餐会の場でしたので、周りに本気と捉えてられてしまったんです。その場では引っ込みがつかず、結局、見せかけの婚約を結ぶことになったとか」


 事情を聞くと、少しだけ納得した。

 クレナなら、やらかしかねない。


「クレナ様も、ギルフォード様も、本気にはしていないと思いますが……ギルフォード様はとても義理堅い御方ですので、たとえ冗談でできた婚約者だとしても、きっと身を挺してお守りするでしょう」


 ファナが言う。

 成る程。だから彼女はギルフォードさんのことを信用しているのか。


 少し複雑な気分だった。俺とクレナは住む世界が違うのだと、はっきりと告げられたような感覚だった。


(クレナは、どう思ってるんだろう……)


 ファナは「お互い本気にはしていない」と言っていたが、本当にそうとは限らない。もしクレナがギルフォードさんとの婚約に乗り気だった場合、果たして彼女は、今後も王都の学園に通うことができるだろうか。王弟の婚約者が、何の柵もなく他国の学園に通えるとは思えない。


 その時。

 微かな寂寥感を覚える俺の傍で、アイナが急に何処かへ歩き出した。


「さっきから、妙な臭いがすると思っていたけれど……」


 そう呟きながら、アイナは部屋の片隅にあるテーブルの方へ近づいた。

 彼女はテーブルに置かれた透明なグラスを手に取り、鼻の近くに持っていく。

 そして、鋭い目つきでファナの方を見た。


「ファナ。これは、エルネーゼさんが使用していたグラス?」


「ええ。その筈です」


「そう。……なら、彼女は病気にかかっているわけではないわ」


 アイナが、ベッドで眠るエルネーゼさんの方へ目を向けながら言う。


「彼女は、毒を盛られている」




 吸血鬼領の見た目は、崖に囲まれたモンサンミッシェルをイメージしていただければと思います。



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