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16「規格外の眷属」

タイトルちょっと変えました。

 翌朝。

 天明旅団の入り口に、四人の男女が集まっていた。


「それじゃあ皆、今日から暫くよろしくね!」


 クレナが言う。

 彼女の目の前には、俺と、ファナと、アイナがいた。


「吸血鬼領へはここから馬車で三日かかります。到着後、向こうで数日滞在することに加え、復路のことも考慮すると、皆様にはこれから十日近くクレナ様を護衛していただくことになると思います」


「吸血鬼領でも護衛は必要?」


 説明するファナに対し、アイナが短く訊く。


「不要……と言いたいところですが、帝国は既に何度か吸血鬼領に侵入し、クレナ様を襲っています。吸血鬼領には私以外にも多くの護衛がいますが、数は多いに越したことありません」


「わかった」


 アイナが納得する。


「では、馬車を門の前で待たせていますので、早速行きましょう」


 ファナが段取りよく計画を進める。

 王都グランセルは、魔物の襲撃を警戒した城塞都市となっている。城塞には四つの門があり、そのうちの一つから俺たちは出た。


 門の前には一台の幌馬車が用意されていた。ファナが馬車を手配する際、主であるクレナのことを気遣ったのだろう、車体の状態がとてもいい。先日の依頼で使ったものとは天と地ほどの差がある。日を跨ぐ旅になるため、荷台の上には寝袋や火起こし用の薪などが置かれている。


「ケイルさん」


 馬車に乗ろうとする俺に、ファナが声をかけた。


「昨晩は、その……すみませんでした」


 ファナがぺこりと頭を下げて謝罪した。


「私は多分、貴方に嫉妬していたんだと思います」


「嫉妬?」


「はい。貴方は、私がいない間、クレナ様の支えになっていたようですから」


 人一倍、責任感のあるファナは、それが許せなかったのだろう。

 俺ではなく、自分自身が許せなかったのだ。


「よろしければ、正式にクレナ様の護衛になりませんか? 実力は十分ありますし、貴方さえよろしければ、吸血鬼領に戻った後すぐに推薦させていただきます」


 唐突なファナの提案に、俺は目を丸くした。

 護衛――悪くないかもしれない。定職に就くという安心感はある。しかし、たかが学生である俺にはまだ、正式な護衛がどういったものなのか想像できなかった。


「……少し、考えさせてくれ」


「承知いたしました」


 ファナが小さく頷く。


「ところで、話は変わりますが」


 途端に、ファナは鋭い目つきで俺を睨んだ。


「昨晩の、私の醜態。……誰かに言えば殺します」


「……はい」


 あの、子供みたいに泣きじゃくっていたことを言っているのだろう。

 鋭い眼光に射貫かれた俺は、鼻白みながら首を縦に振った。


 全員が馬車に乗った後。御者が緩やかに馬を走らせた。

 門を出て、街道を暫く進む。


「そう言えば、ケイル君とアイナさんは、学園を休学しても良かったの?」


 クレナが訊く。

 俺たちは今回、クレナと共に吸血鬼領へ行くにあたり、学園を暫く休むことにしていた。


「ああ。ヘイリア学園は貴族の子息令嬢も多く通っているから、急な欠席にも寛大なんだ。貴族たちは急用が入ることも多いみたいだからな。……まあ、代わりに帰ってきたら、色んな課題をしなくちゃいけないが」


 俺の言葉に同意を示すように、アイナが頷いた。

 そこで、ふと疑問を抱く。


「クレナは、護衛に内緒で吸血鬼領を出てきたんだよな? なら、学園への転校手続きとかは全て自分でやったのか?」


「ううん。そーゆーのはママにやってもらったの」


「……ん? ちょっと待て。それじゃあクレナの母親は、お前が吸血鬼領を出ると知っていたのか?」


「そだよ。ママは私の考えに賛成してくれたから」


 ということは、なんだ。

 ヴァリエンス家に仕える護衛たちは、親子二人に謀られたのか。


「ファナ……お前、相当苦労してるだろ」


「…………ええ。それはもう、本当に」


 ファナは苦虫を噛み潰したような顔で肯定した。


「もしかして、クレナの母親も、クレナと似た感じなのか?」


「はい。クレナ様の脳天気指数が10だとすると、母君の脳天気指数は100くらいですね」


「つまり10クレナか。……最早、想像できないな」


「私の名前で変な単位作るのやめてくれる!?」


 クレナが抗議する。

 しかし俺とファナは無視した。


「そう言えば、ケイルさんはどうして、クレナ様の眷属になったんですか? 確かに人間は、眷属になることで、他の種族の能力を手に入れられますが……代わりに、眷属になっている間は、人間としての能力が使えません。態々、吸血鬼の力を使わなくとも、人間のまま戦えばいいじゃないですか」


 ファナが訊く。その疑問はもっともだ。

 この場にいる他の二人、クレナとアイナは俺の事情を知っている。ファナにだけ隠す意味はないだろう。


「信じられないかもしれないが……俺には、能力がないんだ。いや、自覚していないだけで本当はあるのかもしれないが……とにかく、俺はこの歳になっても、未だに自分の能力がどんなものなのか分からなくてな。だから、眷属にならないと戦えない」


「……そう、でしたか」


 ファナは先日、俺が学園で落ちこぼれと呼ばれていることまでは探り当てたようだが、どうやらその理由までは調べられなかったらしい。「すみません」と謝罪するファナに、俺は「気にするな」と声をかける。


「てっきり、クレナ様に忠誠を誓った証かと思っていました。眷属は主の命令には逆らえませんから」


 ファナの言葉に、成る程と納得する。

 クレナの命令には絶対に従う。その意思の表れだと彼女は解釈していたらしい。

 しかし、それは違う。


「ケイル君、命令効かないよ。理由はわかんないけれど」


「……効かない、ですか?」


 クレナの言葉に、ファナが訊き返した。


「ケイル君、『お座り』!」


 クレナが命令する。

 しかし俺は、醒めた目でクレナを睨んだ。


「お前……なんて命令してんだ」


「ね? こんな感じ」


 クレナが得意気に言う。

 試すにしても、もう少しマシな命令にして欲しかった。


「ど、どういうことですか。眷属は主の命令に、絶対逆らえない筈では……」


「うーん。なんでだろうね。そういう体質とか?」


 結局、この謎が解明されることはなかった。

 それから、四人で雑談などを交わしつつ、数時間が経過した頃――。


「――来た」


 唐突にアイナが立ち上がり、呟いた。


「数は三人。……悪魔が二人に、人間が一人。真っ直ぐ馬車に向かっている」


「……昨日の悪魔はいるか?」


「いない。不幸中の幸いね」


 昨日の、炎を使っていた悪魔を思い出す。

 多分、あの悪魔はかなり強い部類だ。初めてクレナと会った日、俺があの悪魔を倒すことができたのは、本当に偶々だろう。あの時、奴は俺が眷属であることに油断していた。


 ファナが御者に声をかけ、馬車を停めてもらう。


「手分けしましょう」


 馬車を降りたところで、ファナが俺とアイナに告げた。


「私とアイナさんで悪魔を倒します。ケイルさんは人間の相手をお任せいたします」


「わかった。……多分、人間の戦い方は、俺の方が詳しいからな」


 ファナが頷く。

 やがて、アイナが予知したように、三人の襲撃者が訪れた。


「抵抗するな! 貴様らに勝ち目はない!」


 襲撃者の一人が告げる。しかし、俺たちが素直に従う筈がない。

 アイナが獣人特有の高い身体能力で、一気に悪魔へと肉薄し、殴り飛ばす。次いで、ファナが羽の動きを利用した高速移動でもう一人の悪魔へと接近し、戦闘を開始した。


 俺もまた、人間の襲撃者へと接近する。


「ふん、餓鬼が調子に乗るなッ!」


 襲撃者の男が、勢い良く地面を踏みつけた。

 直後、男の足元の地面が盛り上がり、土の槍が現われる。


 飛来する槍を避けながら、俺はナイフを取り出し、手の甲を傷つけた。

 男は再び地面を強く踏む。今度は岩の砲弾が放たれた。


(土の操作……【支配系・土】か)


 支配系は単純ゆえに強力で、戦闘にも向いている能力だ。男は土を自在に操作して、攻撃を行う。


「――《血堅盾ブラッディ・シールド》!」


 真紅の盾で砲弾を受け流す。

 男が忌々しげに俺を睨んだ。


「吸血鬼め……ッ!」


「生憎、お前と同じ人間だ」


 次々と訪れる砲弾を躱しながら答えると、男が怪訝な顔をした。


「人間……? ではその姿は眷属になっているということか。……愚かな。眷属など――主の命令に逆らえやしない、奴隷も同然だ」


 男は、明らかに俺を見下した様子で言う。


「奴隷風情に、私が負けるものかっ!」


 男の足元から、大量の砲弾が放たれる。


「使いっ走りの狗風情に、負けてたまるかよ」


 砲弾を盾で防ぎながら、俺は集中力を研ぎ澄ませた。


「『血舞踏』――《血旋嵐ブラッディ・ストーム》」


 周囲へ広く分散させた血が、少しずつ風に運ばれるかのように、男を囲む。

 瞬間、男を中心に、真紅の嵐が渦巻いた。


「な、なんだこれは!? こんな『血舞踏』、見たことがないぞ!?」


 喚く男は、あっという間に斬撃の嵐に切り裂かれ、意識を失った。


「ケイルさん。今の技は……」


 丁度、同じタイミングで襲撃者を倒したファナが、こちらに近づいて訊いた。


「昨日、ファナが使っていた『血舞踏』を参考にしてみたんだ。全方位からの攻撃は、中々咄嗟には防げないからな」


「……規格外にも程があります。普通、『血舞踏』を新しく編み出すとなると、数年はかかるものです」


 ファナが感心した様子で言う。


「それに、貴方のその、"格"の高さは……まさか」


 眉間に皺を寄せ、ファナは訊いた。


「ケイルさん。貴方、私やアイナさんの"格"は感じられますか?」


「……そう言えば、感じないな。元が人間だからか?」


 亜人は、他の亜人の"格"を感じ取れる。

 しかし俺は今までアイナやファナの"格"を感じたことがなかった。


 ファナが神妙な面持ちで何かを考える。

 丁度、アイナも襲撃者を倒したらしく、こちらに視線を注いでいた。

 戦いを終えた俺たちは再び馬車に乗り、吸血鬼領を目指した。



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