表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/106

13「襲撃」

 ホブ・ゴブリンを討伐した俺たちは、すぐに洞窟の外へ向かった。

 まだ巣の中にはゴブリンたちが多数残っている。しかしホブ・ゴブリンを倒した以上、残党は無視していい。残りはまとめて生き埋めだ。


(あれは……)


 出口に向かいながら、考える。


(あれは……本当に、俺がやったことなのか……?)


 今にも瞼の裏に焼き付いている。

 あの時。俺は一瞬――そう、一瞬だけ意識を失った。いや、手放した・・・・と言うべきか。


 だが恐らくそれは、あくまで体感の時間だったのだろう。

 気がつけば俺の目の前には、ゴブリンたちの死体があった。あれはどう考えても一瞬の出来事ではない。俺が意識を失っているうちに何かがあったのだ。


 意識を取り戻した時、俺はまず、「アイナがやったのだ」と考えた。

 だが、すぐにそれは間違いだと気づいた。何故なら――俺の手には、感触が残っていたのだ。

 ゴブリンたちを殲滅する感触が。首を刎ね、胴を消し飛ばし、大剣をへし折った感触が、残り香として身体中に纏わり付いている。


「ノウン、そろそろ」


「……ああ」


 アイナの呼びかけに頷く。

 まだ作戦は終了していない。油断禁物だ。


 外からの陽光が見えた。出口だ。

 アイナが先に出て、次に俺が出る。

 ピクシスが予想した通り、外は雨が降っていた。雲ひとつなかった空が、いつの間にか雨雲に覆い尽くされている。


 後方から、大勢のゴブリンたちが追ってきた。

 だが、奴らが外に出ることはない。


「『血舞踏ブラッディ・アーツ』――《血堅盾ブラッディ・シールド》!」


 洞窟の出入り口に、大きな血の盾を展開する。

 洞窟内のゴブリンは、俺たちを追うべく外に出ようとした直後、その盾に衝突した。


 外にいた見張りたちが、ここで漸く俺とアイナの存在に気づく。

 しかし、遅い。


「――今だ!」


 アイナと共に山を駆け上りながら、合図を出す。


「待ってたぜ!」


 待機していたドロスが、大声で返事をした。

 遠くでドロスが、その太い腕を振りかぶる。能力【強化系・腕力】によって、人外の腕力を手に入れた男が、その拳を地面に叩き付けた。


 轟音が響く。

 山肌が大きく揺れ、ドロスたちが用意したらしい土砂が一斉に崩れだした。

 水を吸って重たくなった土砂が、あっという間に洞窟の入り口を塞ぐ。更にその付近にいるゴブリンたちを、纏めて飲み込んだ。


「……作戦成功だな」


 土砂崩れが止んだ後、俺たちは合流し、事の終わりを見届けた。

 作戦は文句なしの成功だった。巣の入り口は完全に塞がっており、中にいるゴブリンはいずれ餓死するだろう。或いは既に土砂に飲み込まれているかもしれない。外にいたゴブリンたちも、土砂に圧殺されている筈だ。


「ノウン君、無事だった!?」


「ああ、なんとか」


 クレナが心配した様子で駆け寄ってきたので、俺は笑みを浮かべて答えた。

 しかし、クレナは何故か不意に立ち止まり、目を見開いて俺のことを凝視する。


「……嘘。どういう、こと?」


 クレナが、まるで信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


「"格"が、上がっていますね」


 ピクシスが、俺を見て言う。


「うまく言い表せませんが……僕たちが待機している間、一瞬だけ、ゴブリンの巣から物凄い力を感じました。今は収まっていますが……あれは、もしかしてノウンさんですか?」


「……わからない。悪いが、自覚がないんだ」


 俺はまだ、吸血鬼になって日も浅い。

 もしかすると、意識を失ったのも吸血鬼としての特性なのかもしれない。

 ドロスとピクシスには、俺の正体が人間であることを伏せている。疑いを避けるためにも、この話題を口にすることは憚られた。


「そこの獣人はどうなの? ……何も心当たりはないの?」


 クレナが訝しむようにアイナを睨む。


「ごめんなさい。私も、良く分からないわ」


 アイナが言う。――本当か?

 彼女は俺が意識を取り戻した後、興奮した素振りを見せていた。しかし結局、あの時のアイナの心境は分からず終いである。


「ま、なんにせよ、依頼はこれで終了だ! さっさと戻ろうぜ!」


「……そうですね。もう日も暮れていますし、早く帰りましょう」


 ドロスとピクシスの言葉に、俺も頷く。

 本来の目的を忘れてはならない。今から戻れば日が落ちるまでにギルドに辿り着く。ガリアさんにもう一度会い、Eランクにしてもらおう。


 遠くで待たせている馬車の方へ、歩いて向かう。

 その時――。


「ん?」


 先頭を歩くドロスが疑問の声を発した。


「どうしました?」


 ピクシスが訊く。

 ドロスは立ち止まり、遠くを見ていた。


「なんだ、あいつ? ……悪魔か?」


 雨が止み、空には夜の帳が下りていた。

 月明かりが美しい夜空のもとに、黄金の双眸が輝いていた。


 黄金の瞳は悪魔の証だ。

 その人影を見た瞬間――――俺とクレナは、状況を把握した。


「みんな、逃げて!」


 クレナが叫ぶ。

 直後、巨大な火炎が飛来した。


「――《血堅盾ブラッディ・シールド》ッ!!」


 咄嗟に両手を前に突き出し、真紅の盾を展開する。

 炎は盾と鬩ぎ合った末、破裂し、四方へ飛び散った。


「よお、また会ったな。糞ども」


 悪魔が、俺とクレナを睨んで言う。

 ドロスとピクシスは、唐突な出来事に硬直していた。


「ノウン、あの悪魔は?」


 アイナが訊いた。

 どう答えるべきか……なるべく巻き込みたくなかったが、今更だ。


「……帝国の軍人だ。訳あって、アンを狙っている」


 アイナがスッとその目を細めた。

 警戒心を露わにする。奴はきっと――ホブ・ゴブリンよりも強い。


「ヴァリエンスの嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ、さっさと諦めな。たとえ何処へ逃げようと、俺たちはお前を追い続けるぜ」


 悪魔の男がクレナを睨んで言う。

 ピクシスが「ヴァリエンス……?」と小さな声で疑問を発す。だが今はその疑問に応える余裕がない。


「そらッ!!」


 男が再び、燃え盛る炎を放った。

 先程よりも大きい炎塊が、大気を灼きながら飛来する。


(――防げる)


 吸血鬼としての本能が、俺を突き動かした。

 片腕を前に突き出し、血を操る。


「《血堅盾ブラッディ・シールド》」


 爆炎を防ぎきる。

 盾に弾かれた炎塊に、悪魔の男が目を見開いた。


「……は? おいおい、どういうこった。今のは、眷属に防がれるような――」


 驚愕する男へ、俺は更に『血舞踏』を繰り出す。


「――《血閃鎌ブラッディ・サイス》」


 赤黒い、三日月状の斬撃を放つ。

 真紅の鎌が男を切り裂いた。男は間一髪で避けたようだが、右半身に深い傷を負っている。


「なんだ、そりゃ……」


 男が、苛立ちを露わにして言う。


「てめぇ、なんだその、"格"の高さは……この前と全然違うじゃねぇかッ!」


 やはり、自覚はないが――俺の"格"は高くなっているらしい。

 いや、"格"の変化ではなくとも、薄々気づいていたことだ。

 少なくとも今の俺は、以前の俺よりも確実に強くなっている。


「くそッ! この俺のォ――ベリアルの炎を、舐めてんじゃねぇぞォ!!」


 男の頭上に巨大な炎が現われた。

 先程のものより更に大きい。これは防げないかもしれない。


 しかし、その時。

 突如、闇夜を切り裂くかのように、一人の少女が躍り出た。


「なッ!?」


 男の背後から、謎の少女が現われる。その少女は無駄のない動きで短刀を抜き、男の首を刎ねようとした。


 慌てて飛び退いた男は、その拍子に頭上の炎塊の制御を手放す。

 炎が弾け、周囲に火の粉が飛び散った。


 降り注ぐ火の粉の中、その少女が俺たちの方を一瞥した。

 背の低い、桃色がかった銀髪の少女だった。髪は短くサッパリとしており、身体のシルエットが見える薄い衣服を纏っている。左手には短刀を逆手に握っており、その真紅の瞳は怜悧な輝きを灯していた。


「ファナちゃん!?」


 クレナが驚きと共に叫ぶ。

 ファナ。そう呼ばれた少女が、深々と頭を下げた。


「お久しぶりです、クレナ様。――すみません、少し遅くなりました」


 そう言って、少女は再び男の方を見た。


「ヴァリエンス家の護衛か。……ちっ、流石に分が悪ぃな」


 男が俺たちと、突如現われた少女を見て、舌打ちする。

 男が踵を返して高く跳躍した。黒い双翼を広げ、男は何処かへと飛んでいく。


「お、おい。なんだったんだ、今のは……」


「できれば、説明していただきたいですね」


 ドロスとピクシスが、半ば呆然としながら訊く。

 俺とクレナは視線を交錯させた。

 もう誤魔化すのは無理だ。そう判断した俺たちは、事情を説明することにした。






 ◇






「……帝国に、特種兵装か」


 クレナの抱える問題について一通り説明した後。ドロスが神妙な面持ちで呟いた。


 帝国の軍に狙われていることを説明する過程で、クレナの本名についても説明せざるを得なかった。クレナ=B=ヴァリエンス。その名を聞いて反応したのはピクシスだった。ピクシスはヴァリエンスという家名が吸血鬼の王族であると知っていたらしい。


「それで、貴女はクレナさんの護衛ということですね?」


 ピクシスが、桃色がかった銀髪の少女に訊く。

 少女はコクリと頷いた。


「ファナ=モンモランシ=アルクネシア、吸血鬼です。アルクネシア家は代々吸血鬼の王族に仕える一族であり、私はクレナ様専属の護衛を務めております」


 ファナは護衛らしく、微かに気を張ったような表情で告げた。

 その自己紹介を聞いて、俺は思わず呟く。


「……護衛、いるじゃないか」


 クレナが気まずそうな顔をした。

 元々、俺が護衛を引き受けたのは、彼女が今、護衛を連れていないからだった筈だ。


「い、いや、その……てっきり、ファナちゃんには、見捨てられたと思ってたから……」


 クレナが言うと、ファナが溜息を零す。


「私がクレナ様を見捨てるわけないでしょう」


「で、でも、私が吸血鬼領を出ても、全然追いかけて来なかったし……それにファナちゃんは、私が王都の学園に通うことに、反対だったから……」


「反対はしても、仲違いをした覚えはありません。……むしろ、クレナ様が、私に何も言わずに吸血鬼領を飛び出したんじゃないですか。私こそ、捨てられたと思いました……」


「そ、そんなことしないよ! ファナちゃんは私の、大切な護衛だもん!」


「クレナ様……」


「ファナちゃん……っ!」


 二人の吸血鬼が、見つめ合っていた。

 何やら誤解が解けたようで、友情を噛み締めているらしい。

 蚊帳の外で見守っている俺たちの視線に、ファナがふと我に返り、頬を紅潮させながら咳払いした。


「そ、それで、クレナ様。こちらの方々は……?」


 ファナの問いに、俺たちの方も自己紹介をした。

 まずクレナが、俺たちの請けている依頼について説明し、それからドロス、ピクシス、アイナといった順に名を告げていった。


 最後に俺の番が回ってくる。

 ここで俺一人が偽名を使うのも不誠実だろう。だから改めて、名を告げた。


「ケイル=クレイニアだ。今は、クレナに護衛として雇われている」


 そう告げると、ファナが眉間に皺を寄せた。


「……ほぅ。クレナ様の護衛ですか」


「あわわわわわ……」


 険しい顔をするファナに、クレナが焦燥した。


(護衛の件は、言わない方が良かったか……?)


 鋭くこちらを睨んでくるファナに、俺は困惑する。


「今、クレイニアと言いましたか?」


 ピクシスが驚いた様子で訊く。

 一瞬、その質問の意図が読めなかったが――そうか。俺の家名も、有名と言えば有名だ。


「ああ。俺は……剣姫ミュアの兄だ」


「し、しかし、その姿は……吸血鬼、ですよね?」


「今はクレナの眷属になっているだけで、本当は人間だ。まあ、俺は俺で少し、事情があってな」


 苦笑して答える。

 ピクシスはまだ幾つか疑問を抱いているように見えたが、一先ず納得してくれたようだ。


「おいおい……大物揃いじゃねぇか」


 ドロスが引き攣った笑みを浮かべながら言う。

 吸血鬼の王族ヴァリエンス家の長女に、天明旅団の最高戦力である剣姫の兄。更には天明旅団きっての有望株であるアイナに、クレナの護衛としてその実力を見せつけたファナ。ドロスの言う通り、濃い面子であることは間違いない。


「クレナ様。少し、大切なお話があります」


 ファナが真剣な面持ちで言う。


「場所を変えましょう」


「……ううん、この場で話していいよ」


 クレナがそう告げると、ファナが一瞬、目を見開く。


「し、しかし、事は深刻で――」


「大丈夫。ここにいる人たちは、私の仲間だから」


 クレナが宥めるように言う。

 彼女は先日も、ミュアとの約束を必要以上に守ろうとしていた。とても素直で、正直な性格をしているのだ。これ以上、ドロスやピクシスたちに隠し事をするのは後ろめたいと感じたのだろう。


「……では」


 ファナは緊張を押し殺すかのように、強く唇を噛んだ後、告げた。


「クレナ様。貴女の母君が今、危篤状態です」







 「面白かった」「続きが読みたい」と思った方は、評価、ブックマーク、感想などで応援して頂ければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ