12「亜人は人に非ず」
アイナと共に洞窟へと接近する。
足音を立てず、息を潜めて移動した。
「ノウン、私の後を」
アイナの指示に無言で従う。
獣人は、人間や吸血鬼と比べて、自然に適した能力を持っている。鋭い嗅覚や聴覚でゴブリンの警戒網を探り、アイナは洞窟へと先導した。
「後ろは任せる」
「ああ」
任せると言われても、俺の役目は警戒であって戦闘ではない。
戦闘は最小限でいい。俺とアイナの目的はホブ・ゴブリンを倒すことだけだ。他の個体は土砂崩れで生き埋めにできる。
アイナも、無駄な戦闘を避けるよう意識して動いていた。
前方を歩くアイナが足を止め、唇に人差し指を立てる。そのジェスチャーに従い、俺は口を閉ざした。物陰に隠れる俺たちの目の前を、二体のゴブリンが通り過ぎる。
ゴブリンは洞窟内に巣を作ることが多い。しかし本来は夜行性ではなく、完全な暗闇では目が見えないため、洞窟内にはあちこちに篝火が設置されていた。これで俺たちも視界を確保できる。
「……分かれ道だな」
暫く洞窟を進むと、分かれ道に差し掛かった。
道はそれぞれ左右に伸びており、どちらも暗がりが広がっているため先が見えない。
「こっち。臭いがする」
アイナが正しい道を選ぶ。
分かれ道に入った、その時――横合いから三体のゴブリンが飛び出した。
「アイナ!」
「一体任せる」
アイナの指示を受け、俺はすぐさま腰からナイフを取り出した。
ギルドへ登録する前、クレナから「持っておいた方がいい」と言われ、渡されたものだ。ナイフで自身の手の甲を軽く斬り、血を流す。
「『血舞踏』――《血閃鎌》ッ!」
手の甲から飛び出した真紅の血が、鎌の形状と化し、迫り来るゴブリンの身体を串刺しにした。
――もう一体、いける。
想像以上に早く倒せた。
アイナはこの後、ホブ・ゴブリンとの戦闘がある。彼女の負担はできるだけ減らしておきたい。そう思い、二体目のゴブリンを標的に定めたが――。
「終わり」
アイナが淡々とした口調で告げる。
丁度、アイナが二体目のゴブリンを蹴り殺したところだった。
その蹴りは凄まじい威力を発揮し、ゴブリンの身体は吹き飛ぶことなく、目の前で破砕した。真っ赤な血飛沫が壁面に飛び散る。
「……流石、天明旅団きっての有望株だな」
顔色一つ変えずにゴブリン二体をあっさり倒したアイナに、俺は言う。
「貴方も凄い。『血舞踏』って、吸血鬼の中でも一部しか使えないのに」
「……そうなのか?」
初耳だった。
「使えるのは吸血鬼の貴族と、後は訓練を受けた特殊な兵士たちだけ。人間でいうなら、由緒ある騎士団の剣技みたいなもの」
「……でも、俺、普通に使えたぞ」
「普通は使えない。貴方は普通ではない」
多分、褒められているのだろうが、あまり褒められている気分ではなかった。
その後も何度か戦闘を挟みつつ、ホブ・ゴブリンのもとへと移動する。
「いた」
アイナが小さな声で告げる。
これまで狭い道が続いていたが、その空間だけは広々とした部屋だった。まるで王様がその威厳を示すためのような、玉座の間を彷彿とさせる空間だ。中央には人やら動物やらの骨で組み立てられた椅子があり、その上に、緑色の巨人が腰を下ろしている。
ホブ・ゴブリン。
身の丈三メィトルはある巨大なゴブリンだ。
「周りにいる護衛は俺に任せてくれ。アイナは真っ直ぐ、ホブに突っ込めばいい」
ホブ・ゴブリンの周囲には、護衛と思しき二体のゴブリンがいる。
先程の戦闘で確信した。少なくとも今の俺は、ゴブリンくらいなら余裕で倒せる。俺の言葉にアイナは首を縦に振った。
「行く」
そう告げて、アイナがホブ・ゴブリン目掛けて飛び出した。
同時に俺も、血を操作しながら二体のゴブリンに接近する。
「『血舞踏』――」
血を凝固させ、より大きく、強い……破壊力のある武器を生み出す。
俺はそれを、二体のゴブリンへと振るった。
「――《血戦斧》ッ!」
巨大な斧が、二体のゴブリンを壁面へと弾き飛ばす。
玉座に座っていたホブ・ゴブリンが驚愕し、慌てて立ち上がった。
刹那。アイナの鋭い爪が、ホブ・ゴブリンの喉元へと迫る。
ガキン、と金属同士が衝突したような音が響いた。
アイナの突き出した爪は、ホブ・ゴブリンが持つ大剣によって防がれていた。
「ちっ」
舌打ちをしたアイナが一度後退する。
ゴブリンは武器を持つことがある。しかしゴブリン自身の体型が子供に近いため、武器を持つといっても大抵は棍棒や短剣など小さいものだ。だが、ホブ・ゴブリンには大の男以上の巨体がある。その巨躯が振り抜く大剣の威力は、中々厄介だ。
(援護、したいところだが……流石に感づかれたか)
ホブ・ゴブリンとの戦闘が始まったことで、辺りからゴブリンが大量に駆けつけてきた。流石に巣の中枢部なだけあって、あっという間に十匹近くのゴブリンが集まった。これらの足止めだけで、手一杯だ。
戦いが長引けばゴブリンたちに囲まれ、洞窟から出られなくなる。
アイナの方を一瞥し、戦況を確認すると――。
アイナが振り抜かれた大剣を防ぎきれず、こちらへ吹き飛んできた。
「アイナッ!?」
勢い良く弾き飛ばされ、地面を転がったアイナのもとへ、慌てて駆け寄った。
「……不覚。あの個体、思ったよりも強い」
アイナが血反吐を零しながら呟く。
両腕で多少は衝撃を緩和できたらしい。しかし、その傷は大きかった。鳩尾から腹の辺りに攻撃を受けたらしく、その部分の衣服が破れている。無駄のない、しなやかな腹部の表面に、大きな痣ができていた。
「一度、撤退した方が――」
「問題ない。すぐに回復する」
アイナが言う。その言葉通り、腹部の痣が目に見えて回復していた。
獣人はその種族特性により、身体能力が非常に高い。その中には自然治癒力も含まれている。
確かにアイナの言う通り、すぐに回復するだろう。
だが一瞬ではない。
「回復するまで、足止めをお願い」
「そう、だよな。それしかないよな……っ!」
状況を把握する。
敵はホブ・ゴブリンに加え、駆けつけた十匹近くのゴブリン。
味方はアイナのみだが、今、彼女は回復中で動けない。
俺はアイナを守りながら、目の前にいる多くの敵を処理しなくてはならない。
「ケイル」
冷や汗を垂らす俺に、アイナが地面に横たわったまま声をかけた。
「亜人の種族特性は、堕ちれば堕ちるほど、使いこなせる」
「堕ちる……?」
「本能に、身を委ねるということ」
アイナが言う。
「亜人は人に非ず。故に、人としての心は不要。それは枷に他ならない」
それは些か、曖昧な言葉だった。
しかし、意味はなんとなく理解した。
ゴブリンたちが雄叫びを上げて迫り来る。
俺は腰を捻り、再び両手で巨大な血の斧を握った。
「――《血戦斧》ッ!」
前列にいるゴブリンたちが吹き飛び、後列にいる別の個体と衝突する。
だがアイナを守るために踏み込みが浅くなってしまった。ゴブリンたちは体勢を立て直し、再び接近してくる。
(今の俺は、人間ではない。吸血鬼だ)
血を操り、《血閃鎌》で肉薄するゴブリンたちを切り裂きながら、考える。
攻めあぐねる部下たちに焦れたのか。ホブ・ゴブリンが大剣を振りかぶった。
真紅の鎌で大剣の軌道を逸らす。
(亜人は人に非ず。故に、人としての心は不要)
戦いながら、アイナの言葉を思い出す。
その言葉を自分の中で噛み砕く。
アイナの言葉が、脳内の隅々に染み渡った。
理由はわからない。ただ、吸血鬼の眷属となった今の俺には、先程の言葉が真理であるように感じた。
まるで、パズルの最後の一ピースが、埋まったかのような感覚だ。
(理性は、枷)
つまりは、そういうことだろう。
俺は今まで、人間らしい感情で、人間らしい考え方で戦ってきた。しかし――。
(研ぎ澄ますべきは――本能)
理性ではない。
本能が、アイナの言葉を正しく解釈する。
(本能に――――従え)
どっぷりと。
全身が、底の見えない沼に沈んだような気がした。
ああ、成る程。――これが、堕ちるということか。
深い意識の水底に、ゆっくりと堕ちる。
そこにいる俺は、人間の姿を保っていなかった。
鮮血のように赤々とした瞳。唇から除く鋭利な牙。厳めしい双翼。
それが、本当の姿であるように思えた。
「『血舞踏』――――」
心地よい感覚の中、俺は目の前にいる獲物たちを見据えた。
「――《■■■》」
何かを唱えたような気がした。
次の瞬間、力が膨れ上がったような気がした。
そして――。
◇
「――え?」
気がついたら。
目の前に――夥しい数の、ゴブリンたちの死体があった。
駆けつけてきたゴブリンたちも――ホブ・ゴブリンすらも、いつの間にか絶命している。
「なんだ、これ……?」
ゴブリンたちは全て、紅の血を飛び散らせて死んでいた。
胸を突かれたものもいれば、胴を消し飛ばされたものもいる。
ホブ・ゴブリンは首を刎ねられていた。持っていた大剣も、中心から真っ二つに折れている。辺り一面に、凄惨な戦いの跡が残っていた。
俺は、何が起きたのか、全く覚えていない。
「本物……」
後方で、地べたに座り込んだアイナが呟いた。
「やはり、貴方は、本物の……!!」
目を見開き、アイナが意味のわからない独り言を呟く。
俺はただ、訳も分からず呆然と立ち尽くした。
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