11「ゴブリンの巣を破壊せよ」
依頼を受注した後、俺たちはドロスが手配した馬車に乗り込んだ。
ドロスとピクシスはランクこそEだが、団員としての経験は長いらしい。馬車の手配は手際よく、御者との値段交渉なども手慣れた様子だった。
蹄の音を聞きながら、王都を出て数分が経過した頃。
「ノウン」
馬車に揺られながら景色を眺める俺に、アイナが声をかけてきた。
「アイナか。なんだ?」
「何故、ノウン?」
言葉足らずの質問だったが、意味は理解できた。
俺が何故、ノウンという偽名を使っているのか訊きたいのだろう。
「……ギルドに登録するためだ。人間のままじゃ、能力を使えないからな」
「それなら、私の眷属になればよかったのに」
会って間もない相手に頼めることではない。天明旅団は偽名での登録を黙認しているとは言え、本来それは認められるべきではない行為だ。俺とクレナも、やむを得ないからそうしているに過ぎない。
それに、俺はともかくクレナの事情を彼女に話すわけにはいかない。下手に踏み込まれると、彼女も標的にされる可能性がある。
「……次があれば頼む」
「ん。次は私がやる」
適当な返事をすると、アイナは力強く頷いた。
「ねえ、ちょっと」
その時、クレナが声をかけてきた。
「アイナさんだっけ? ノウン君の知り合いみたいだけれど……もしかして、貴方がノウン君を獣人にしたの?」
クレナは、馬車の前方にいるドロスとピクシスに聞こえないよう、声を潜めて訊いた。
「そう」
「やっぱり……」
クレナは立ち上がり、腕を組んだ。
「この際だから、はっきり言っておくけれど。ケイ――ノウン君は、私の眷属よ。もう貴方の眷属にはならないわ」
クレナがはっきりと言う。
確かに今は彼女の眷属だが……それはあくまで、護衛が終わるまでの期間だけだ。その後の行動は俺の自由である。
「それは困る」
アイナは普段通りの無機的な様子で言った。
「今は何をしていてもいい。でも、最後は私のもとへ来て欲しい」
それは――どういう意味だろうか。
少し狼狽する。クレナも目を見開いて硬直した。
「大丈夫。丁重にもてなす。妾も十人ぐらい用意する」
「め、妾!?」
とんでもない単語が現われ、声を上げて驚愕した。
「ノ、ノウン君! どういうこと!? こ、こここ、この獣人は、何の話をしているのかなぁ!?」
「し、知らん! 俺だって意味がわからない!」
クレナが焦燥しながら詰め寄ってくる。
だが本当に心当たりがない。そもそもアイナと会ったのも、これで二度目なのだ。
「お取り込み中のところ悪いが……着いたぜ」
慌てふためく俺たちに、ドロスが、気まずそうな顔で声をかけてきた。
◇
「巣は、あの洞窟か」
馬車を降りた先には、険しい山が屹立していた。
ギルドに張り出された依頼用紙から、ゴブリンの巣に関する情報は一通り手に入れている。情報通り、ゴブリンの巣は、山の麓にある洞窟らしい。
洞窟の周辺には、見張り役と思しきゴブリンが複数いた。
軽く数えるだけでも二十匹以上はいる。
「……見張りにしては、数が多いね」
「ありゃあ多分、見張りって言うより、洞窟に入りきらなかった連中だな。……あれを全部倒すのは手間だぞ」
クレナの言葉に反応し、ドロスが説明した。
良く見れば洞窟の周辺に、ゴブリンたちが使う野営の道具がある。洞窟に入りきらなかったゴブリンたちは、あれで夜を越しているのだろう。
数が多過ぎる。これではアイナの力を借りても、長期戦になってしまうだろう。
どうするべきか悩んでいると、ピクシスが空を仰ぎ見た。
「一時間後に、雨が降りますね」
その一言に俺も視線を上げた。
「……雲一つないぞ?」
「ピクシスの天気予報は的中率100%だ。信頼していいと思うぜ」
ドロスが言う。
空はまだ青いが、じきに夕焼けに染まるだろう。雲は何処にも見当たらないが、ピクシスは妖精だ。妖精の種族特性は自然の状態を的確に知ること。……俺たち人間には感じ取れない何かで、雨が降ることを予期しているのかもしれない。
「雨が降るのを待って、土砂崩れを起こしましょう。洞窟内にいる個体は生き埋めにできますし、外に広がっている見張りも一掃できます」
ピクシスの提案は良い策だと感じた。
他の者も同様らしく、首を縦に振る。しかし――。
「駄目。洞窟内からホブの臭いがする」
アイナが言った。
「ホブ?」
アイナの言葉に、俺は首を傾げた。
「ホブ・ゴブリン。ゴブリンの上位種で、通常のゴブリンよりも大きくて力がある。土砂で入り口を塞ぐ程度では、すぐに出られてしまう。巣も作り直される」
「成る程。となると、ホブ・ゴブリンは倒した方がいいか。でも洞窟に突入するなら、外にいるゴブリンも対処しないとマズいよな。挟み撃ちは避けたいし。……かと言って、あれだけの数を一体ずつ倒すのは消耗が激しい。土砂崩れの案も、できれば採用したいところだが……」
「少人数なら、見張りにバレることなく洞窟に入れると思う」
アイナが言う。
見張りにバレさえしなければ、挟み撃ちの心配はない。
「少人数っつっても、誰が行くんだ?」
ドロスが訊いた。
「ホブと戦う以上、まずはこの中で最も強い私が行くのは当然。それと後方の警戒に、もう一人欲しい」
そう言って、アイナは俺の方を見た。
「ノウン、お願い」
「……わかった」
ホブ・ゴブリンとの戦闘は正直、自信がない。しかしその戦闘のサポートならできる筈だ。今の俺には吸血鬼の力がある。
しかし、俺が承諾すると、クレナが不安そうな表情をした。
「ふ、二人だけで大丈夫? 私も手伝った方が――」
「いえ、吸血鬼の種族特性は汎用性があります。二手に分かれるのであれば、それぞれに一人ずつといった配置が好ましいでしょう」
ピクシスが冷静に言った。
「ホブ・ゴブリンの討伐はアイナさんとノウンさんにお任せします。他三人は協力して、土砂崩れを起こす準備をしましょう」
「準備って、具体的にどうすれば……」
「土を砕き、足場を不安定にします。土砂が足りなければ他所から持ってきましょう。この作業にはドロスが役立つ筈です」
「おう」
ドロスが自信ありげに返事をした。
「俺の能力は【強化系・腕力】だ。力仕事なら任せてくれ」
強化系は、文字通り対象を一時的に強化する力だ。
大抵、その対象は末尾に「力」の文字が入る。腕力、脚力、それらを合わせた膂力に、精神力や視力、果ては魅力や学習能力といった、様々なパターンがある。
作戦は決まった。
雨が降るのは一時間後だが、すぐに決行することにした。雨が降ってからでは土が水を吸ってしまう。土砂を運ぶのであれば今のうちに動くべきだ。
しかし早い段階でホブ・ゴブリンを倒してしまえば、異変に気づいたゴブリンたちが、土砂崩れを起こす前に巣から出てきてしまうかもしれない。そんな懸念を俺は伝えたが、ホブ・ゴブリンの臭いを感じ取れるアイナが言うには、ゴブリンの巣はかなり広いらしく、今から向かうことで丁度良いタイミングになるとのことだ。
「では、いきましょう」
ピクシスが合図を出すと同時、一同は二手に分かれた。
「ノウン君、気をつけて!」
「アンもな!」
分かれる直前、クレナと互いに声をかけあった。
【おまけ】
濁点つけるだけで大違い。
「駄目。洞窟内にボブがいる」
「ボブ?」
アイナの言葉に、俺は首を傾げた。
「アメリカの総合格闘家。恐怖を知らず、パワーひとつで全てを蹴散らす恐るべき魔物。暗黒肉弾魔人、筋肉の二世帯住宅といった異名を持つ」
「成る程。撤退しよう」
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