35「エピローグ」
ライガットとの戦いから、三日が経過した頃。
俺は、エレミーの眷属から元の人間に戻り――全ての記憶を取り戻した。
「その……今まで、本当に申し訳ございませんでした」
ヴィネ一族の屋敷にて。
記憶を取り戻した俺に対し、エレミーは深々と頭を下げた。
俺は、青い角が生えたその頭に――力強く拳骨を落とす。
「みょぎゃっ!?」
「今ので許す」
「そ、そこはもうちょっと、手加減するところじゃないですか~……?」
「手加減したら、エレミーの罪悪感も残るだろ」
そう言うと、エレミーは唇を引き結ぶ。
ふと、俺は自分の頭に触れた。
以前まで生えていた角が今はない。それが本来の姿ではあるが……今まで角が生えていたので、酷い違和感があった。
「しかし……お前、最悪のタイミングで俺から記憶を奪ったんだな」
「と、言いますと?」
「こっちは獣人王と戦って、くたくたの状態だったのに、あのタイミングで襲われるとは……流石に抵抗できなかった」
「ふふ~ん、そうだろうと思って狙いました!」
「もう一発殴るぞ」
「すみませんでした」
やっぱり少しだけでもいいから罪悪感は残した方がよかったかもしれない。
「では、早く魔界の外へ出ましょう。今、この魔界はケイル様の話題で持ちきりですから、下手に長居するとあっという間に囲まれてしまいますよ」
「……そうだな」
俺はクローゼットからフード付きの旅装束を取り出し、顔を隠してからエレミーと屋敷を出た。
魔界に人間がいると目立つ。加えて俺は、角を失っただけで顔は変わっていないので、この状態でも注目を浴びれば俺がケイル=ヴィネだとバレてしまうかもしれない。だから顔を隠す必要があった。
「エレミー。ライガットとガシャスは、今、どうしているんだ?」
「どちらも捕まっていますよ。もっとも、ライガット様は序列戦でグノーシスを使ったことくらいしか問題を起こしていませんし、すぐに解放されると思います。……今は、ガシャスの悪事の参考人として拘束されているようなものですね」
「……そうか」
そもそもライガットは、グノーシスを使わなくても強かったのだ。
ライガットが最後に見せた、清々しい笑みを思い出す。今のライガットなら、たとえどのような境遇になっても、再び返り咲くことができるだろう。
「……門まで、もう少しですね~」
「……そうだな」
お互い、つい声音が硬くなる。
今まで殆ど一緒にいたため、いざ別れるとなると……抵抗があった。
「エレミーは引き続き、悪魔学校に通うんだよな?」
「はい。ヴィネ一族の生き残りとして、立派な成果を残してきます。……ケイル様には、負けそうですけどね~」
「俺はエレミーの力で、序列一位になれたんだけどな」
本来の俺はただの人間で、大した力もない。
エレミーの眷属になったからこそ、ライガットに勝つことができたのだ。
「さあ……ここで、お別れですね」
「……ああ」
門の前に辿り着いたところで、エレミーは足を止めた。
俺はここから一人で門を潜らねばならない。この先に、俺の帰る場所があるのだから。
「ほら、さっさと行ってください。それとも寂しいんですか~?」
「お前……最後までその調子か」
でも、その方がエレミーらしいかもしれない。
しんみりとした空気よりも、明るい空気を保ったまま、俺は門へ向かおうとした。
その時――。
「いやだぁ~~!! ケイル様~~~! 行かないで~~~~!!」
遠くから、誰かの泣き喚く声が聞こえる。
見れば、大粒の涙を流しながら髪を振り回す少女がいた。
「リリ……」
「ケイル様は私と結婚するのにぃぃ~~~! どうして行っちゃうの~~~!!」
その様子に顔が引き攣る。
しんみりでも、明るいわけでもない、微妙な空気になってしまった。
そんな、今でも暴れ回りそうなリリを、アランが迷惑そうな顔で食い止めている。
「さっさと行け」
二人の傍で、面倒臭そうに佇んでいたウォレンが言った。
「後のことは全部任せろ。……これ以上、余所者の世話になってたまるか」
「……ああ、任せた」
ウォレンはアランから、俺が人間であることを聞いたようだった。
アラン曰く、飲み物を吹き出すほど驚いたそうだが……その光景を見られなかったことが悔やまれる。
改めて、門へ向かって歩き出す。
その前に……最後に一度だけ、俺は振り返った。
「エレミー」
「なんでしょうか~?」
エレミーはいつも通りの様子だった。
その、どこか人をからかっているような笑みに、俺は何度か救われた気がする。
「色々あったけど……なんだかんだ、一緒にいて楽しかったぞ」
返事には期待していない。
自分の思いを伝え、満足した俺は歩き出そうとしたが――。
「なんで、そんなこと言うんですか……」
エレミーは、先程までの明るい態度をなくし、顔を伏せて言った。
両手の拳を握り締めたエレミーは、全身をぷるぷると震わせながら――泣き叫ぶ。
「なんでそんなこと言うんですかっ! ケイル様の馬鹿~~ッ!! うわぁ~~~ん!!」
まさか、あのエレミーが……これほど盛大に泣くとは思わなかった。
そのあまりの泣きっぷりに、思わず俺の方まで泣きそうになる。
歯を食いしばり、涙をぐっと堪えた。
ここで泣いてしまうと、本当にもう帰れない気がする。
「絶対に――絶対に! 会いに行きますからね!!」
エレミーが涙を流しながら言った。
その言葉に、俺は目尻に溜まった涙を指で拭い、笑ってみせる。
「ああ……待ってる」
俺の声は、震えていた。
もう振り返ってはならない。真っ直ぐ門の方へ向かう。
門の先に……見慣れた少女たちの姿が見えた。




