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34「序列1位決定戦」


 九月三日、午後五時。

 悪魔学校のグラウンドには大勢の悪魔たちが集まっていた。


 これからグラウンドで、序列一位決定戦が行われる。

 まだ挑戦者も応戦者も姿を現わしていないというのに、グラウンドには既に熱気が立ち込めていた。

 控え室からそんな光景を目の当たりにして、俺はゴクリと唾を飲む。


「……学外からも、観客が来ているのか」


「ウォレン様の時と違って、今回の挑戦者は、新進気鋭で注目されているケイル様ですからね~。学校もお祭りのように考えているのでしょう」


 魔界でそれなりに注目を集めている俺の戦いということもあり、今回は色んなところから観客が来ていた。

 段差のある観客席は昨晩、教員たちが徹夜で用意したらしい。よく見れば特別豪華な来賓席も用意されており、そこには如何にも貴族らしい、贅沢な衣服を着飾った悪魔が座していた。


「……そろそろだな」


 いよいよ、ライガットとの序列戦だ。

 気合を入れて、控え室を出ようとすると……エレミーが背中に抱きついてきた。


「ケイル様。……どうか、ご無事で」


 背中に触れるエレミーの身体は小刻みに震えていた。

 その様子に、俺はほんの少し安心した。……自分よりも、自分のことを心配してくれる人がいる。その、なんと心強いことか。


「行ってくる」


 エレミーの、期待と不安を背中に感じながら、俺は戦場へ足を運んだ。

 最後の決戦――きっと俺が、悪魔でいられる最後の時間だ。


 歓声が耳を劈く。

 観客たちの間を抜け、グラウンドの中心に出ると、ライガットが佇んでいた。


「お前が、本物か」


 俺を見て、ライガットが小さな声で呟く。


「本物?」


「気にするな。……旧友の冗談を、真に受けるつもりはない」


 旧友とは誰のことだろうか。心当たりはウォレンしかいない。

 ウォレンが俺について何か言っていたのだろうか。……今はそんなこと関係ないか。


「ライガット。先に、こちらの目的を伝えておく」


 これだけ歓声が響いていれば、俺たちの声は誰にも聞こえないだろう。

 俺は堂々と、ライガットに告げた。


「俺は、お前を倒した後……ガシャスの身柄を押さえるつもりだ。グノーシスという薬についても、公にさせてもらう」


「……そうか。そこまで知っているのか」


 ガシャスは神妙な面持ちで相槌を打った。


「グノーシスを使っているという話は、本当だったんだな?」


「今更、否定する気はない。……グノーシスは亜人の種族特性を強化する薬だ。元は注射器で直接摂取するタイプの薬だったが……ガシャスが改良して、錠剤の形にした」


 ガシャスと協力している件についても、ライガットは隠さない。

 その、微塵も後ろめたさを感じていない様子に、小さな苛立ちを覚えた。


「ライガット。お前は、ガシャスがヴィネ一族を滅ぼしたことを知っているのか?」


「ああ。既に聞かされている」


「……その上で、協力しているのか?」


 訊くと、ライガットは情けない笑みを浮かべた。


「そうだ。それが、序列一位の正体だ」


 丁寧……いや、開き直ったようにライガットは言った。

 審判が現れ、俺たちの顔を見る。

 序列戦が始まる直前、ライガットは告げた。


「どうか――私の弱さを砕いてくれ」


 戦いの火蓋が切られた。




 ◇




 嵐と雷が衝突し、眩い閃光が舞い散る葉の如く、グラウンドの中心で咲きこぼれた。

 その光景を、エレミーは……リリ、アランと共に眺める。


 初手はお互い、小手調べのようなものだった。

 今更、互いの実力など知る必要はない筈だが――ケイルもライガットも、神妙な面持ちをしている。知識として理解していた相手の強さを、今、実際に身体で感じ取ったのだ。


「で? 結局、勝算はあんのかよ?」


 アランが、グラウンドの中心に立つケイルを見据えて訊く。


「ライガット様の強さには隙がありませんから、これといった策は用意できませんでしたね~」


「ってことは、純粋に正面からぶつかり合うってことか」


 アランが難しい顔をする。

 エレミーと同じく、アランもケイルの実力を知る身だ。しかし同時に、ライガットの実力も知っている。搦め手があるならともかく、正攻法で挑むとなれば、その勝率は予想できない。


「少なくとも、才能という点なら、ケイル様は決して劣っていないと思いますよ」


 稲妻が走り、風がうねるグラウンドを眺めながら、エレミーは言った。


「ヴィネ一族の《狂飆》には、五つの技があります。昨日、ケイル様がその修練を行ったところ……たった半日で、全てを習得してみせました」


 ウォレンとの戦いでケイルが使用した、《疾風槍の雨(レーゲン・ドラグニル)》という技は、ケイル自身が編み出したものであるため計算に含んでいない。


 昨日教えた技は、どれも簡単に習得できるものではなかった。

 冷静に思い返せば、ケイルは《疾風槍(ドラグニル)》もすぐに習得していた。あの時点で片鱗は見えていたのだろう。


「や、やっぱりケイル様は、天才ね……っ!」


「そうですね~」


 興奮したリリに、エレミーも同意する。

 実際は――天才どころではない。

 ライガットがドーピングによって強化されていることを考えると、才能の一点に関して言えば、ケイルの方が勝っている可能性が高いだろう。


「……やはり、私の目に狂いはありませんでした」


 仄かな罪悪感はある。

 過程は必ずしも正しかったとは限らない。断言できるのは、ケイルを眷属にした自分の判断が間違っていなかったということだ。


 その圧倒的な才覚を期待していた。

 誰も寄せ付けない、天賦の強さを――。


「ケイル様は――――誰よりも魔王に相応しい」




 ◆




 嵐と雷が幾度も衝突を繰り返す。

 お互い、調子は上々のようだ。終始冷静に戦ってみせるライガットに、俺はこのままでは勝てないことを悟る。だがそれは相手も同じ筈だ。ただの雷で、俺が負傷することはない。


 ――ここからは、技の応酬。


 決着をつけるための、本格的な戦いが始まる。


「《疾風槍(ドラグニル)》ッ!!」


 疾風の槍を放つ。

 対し、ライガットも掌をこちらに向けた。


「《雷槍(ランサ)》」


 疾風の槍が、稲妻の槍によって相殺される。

 だが、ライガットの攻撃はこれで終わりではなかった。


「《雷弩砲(バリスタ)》」


 雷の砲撃が放たれる。

 先程の槍と比べ、火力が桁違いに高い。

 先程と同じように相殺することは不可能だと悟った俺は、瞬時に右手を地面につけた。


「――《嵐勢陣(ストームサークル)》」


 昨日、新たに習得したヴィネ一族の技を使う。

 自身を中心に、厚みのある嵐を壁のように展開する技だ。

 ライガットが放った雷の砲撃は、嵐の壁に直撃し、バチバチと轟音を響かせながら徐々に失速した。


 攻撃を防げたからといって、一息つく暇はない。

 いつの間にか、ライガットは俺の頭上に跳躍していた。


「その技、頭上に穴があると見た」


 流石、戦い慣れている。確かな観察眼だ。

 ライガットの言う通り、《嵐勢陣(ストームサークル)》は直上からの攻撃だけは防げない。

 だが、そんなことは当然、技を使っている俺自身が一番理解している。


敢えて(・・・)、そうしているんだ」


 空中なら避けられないだろう。

 頭上からライガットが攻めてくると予想していた俺は、用意していたもう一つの技を発動した。


「――《爆嵐槍(ジャベリン)》ッ!!」


 俺が初めて習得した《疾風槍(ドラグニル)》の強化版である技を放つ。

 直撃すれば爆風が放たれる、凶悪な槍だ。速さだけでなく威力も高い。

 これなら決まると思ったが――。


「火力で負けているつもりはない」


 ライガットはあっさりと、雷の砲撃で俺の槍を相殺してみせた。

 先程も使用していた《雷弩砲(バリスタ)》だ。この技……思ったよりも汎用性が高い。


「《雷電流(カーラント)》」


 大量の雷が、地面を這うように迫り来る。

 これは……ウォレンの《獄炎流(オウラ)》と似た技か。

 それなら軌道も読める。

 こういう時に、使うべき技は――。


「――《風靴(エアリアル)》」


 両足に風が纏わり付く。

 ふわり、と身体が浮いた。

 風を操作し、地面を這う雷が届かない位置まで浮上する。

 そのまま宙に留まる俺を、ライガットは鋭く睨んだ。


「芸が多彩だな。ヴィネ一族の《狂飆》は私も知っているが、それほど流麗に技を使い分けられるとは、驚嘆に値する」


「……それでも、お前に届かなければ意味がない」


 そう告げると、ライガットは小さく笑った。


「惜しいな。それさえ望まなければ、何もかもが手に入っただろうに」


 ライガットが頭上に手を掲げる。

 その掌に雷が集束し――一気に弾けた。


「――《黄雷宮殿(パレス)》」


 雷の宮殿が顕現する。

 頭上に稲妻のアーチができ、目と鼻の先を小さな閃光が走った。

 このまま宙に浮いたままだと、あっという間に焼け焦げてしまうだろう。


「空は封じた。地に落ちてもらう――」


 ライガットが不敵な笑みを浮かべて言う。

 だが、地面に下りた俺は――両足に風を纏ったまま、強く大地を蹴った。

 吹き荒れる風を推進力にして、一瞬でライガットに肉薄し――ゼロ距離で嵐を放つ。 


「ぐ……ッ!?」


「《風靴(エアリアル)》は、宙に浮くためだけの技ではない」


 この技は機動力そのものを強化する技だ。

 後方へ吹き飛ばされたライガットは、呻き声を漏らしながら体勢を整えた。


「……ケイル=ヴィネ。ウォレンとの戦いでは、手を抜いていたのか?」


 ふと、ライガットはそんなことを訊いていた。

 質問の意味が分からず首を傾げると、ライガットは補足する。


「今のお前は、あの時とは大違いだ。単純に強くなったというより……根本的に、何かが変わったように感じる」


 そんなライガットの言葉に、俺はここ数日のことを思い出した。

 何かが変わったとしたら、それはやはり、エレミーの本心を聞いたからだろう。


「……別に、大きな変化があったわけではない」


 バチバチと音を立てて迸る雷の渦中で、俺は告げた。


「ただ……自分の背負っているものを、正しく認識しただけだ」


 家族を皆殺しにされたエレミーの願い。

 ガシャス=バラムが企てた、悪魔への裏切り。

 そういうものを強く意識すればするほど、全身から力が込み上げてくるような気がした。


「……ウォレンの言葉は、正しかったか」


 ライガットが呟く。


「私のように反則を使うことなく、お前は常識の壁を軽々と跳び越えたのだな。……その素質、かつては喉から手が出るほど欲しかった」


 諦念の笑みを浮かべながら、ライガットは言った。

 その時、周囲から絶え間なく聞こえていた雷の音が、急に聞こえなくなった。


 ――雷が消えた?


 違う。

 これは――見えなくなったんだ。


「レベル2……《不可視の雷霆》」


 ライガットがレベル2の発動を宣言する。

 瞬間、俺は最大限の警戒を抱いた。


「――《《不可視の雷槍(クリア・ランサ)》》」


 目には見えない槍が放たれる。

 軌道が直線の技だ。反射的に真横へ飛び退くと、次の瞬間、先程まで立っていた地面に雷の槍が突き刺さった。


「《不可視の雷電流(クリア・カーラント)》」


 ライガットが掌を地面にあてる。

 その動作は確か、地面を這う雷を放つ技だ。瞬時に《風靴》を発動して、跳び上がる。

 直後、背中が焼けた。


「が――ッ!?」


 忘れていた。頭上には《黄雷宮殿(パレス)》が広がっている。

 当たれば見えるという情報は正しいようで、雷に触れた瞬間だけ、俺の目には辺り一帯を覆う雷が見えた。

 しかし、これは――。


「見えないだけでは、ない……ッ!?」


「鋭いな」


 疑問を口に出すと、ライガットは不敵な笑みを浮かべる。 


「《不可視の雷霆》の、正確な効果は……当たるまで認識できない(・・・・・・)雷だ」


 その説明に納得する。

 ライガットの雷は、見えないだけでなく音も消えていたのだ。


「勝算がないなら、ここで降参しろ。時間の無駄は避けたい」


 悠々と告げるライガットに、俺は呼吸を整えながら告げる。


「……自惚れるな」


 掌に風を集束しながら、言った。


レベル2(それ)を使えるのは、お前だけではない」




 ◇




 ケイルとライガットが睨み合う中。

 観客たちは、レベル2を発動したライガットの実力を改めて思い知り、固唾を呑んで勝敗の行方を見届けようとしていた。


「おいおい……このままだと、兄貴の二の舞だぞ」


 アランが心配そうに呟いた。

 対し、エレミーは焦ることなく戦いを見守っている。


「大丈夫ですよ。ケイル様も、レベル2を習得しましたから」


「……やっぱ、してんのか」


 アランが表情を引き攣らせた。

 レベル2は、悪魔の中でも選ばれし者しか到達できない境地だ。人間であるケイルがそこに辿り着くというのは、やはり異常な話だが……今更である。


(ガシャス=バラム。……貴方がヴィネ一族を滅ぼしたのは、計画の漏洩を阻止すること以外に、もう一つ狙いがある)


 観客に混じって、ガシャスは戦いを眺めていた。

 その目に余裕の色はない。


(私たちヴィネ一族の能力は、バアル一族にとって最も相性が悪い。……バアル一族の御曹司、ライガット様を駒扱いする貴方にとって、ヴィネ一族は最大の脅威となり得た)


 悔しさと共に、心の中で呟く。

 その力が自分にあればよかった。けれど、自分にそれほどの才能はなかった。だから、ケイルに頼るしかなかったのだ。


(貴方が私たちを殺したのは、天敵を消すため。……でも、貴方は私を殺し損ねた)


 それが、今の状況を生んでいる。

 エレミーは誰にも聞こえない小さな声で、呟いた。


「貴方が恐れた、ヴィネ一族の力を――思い知れ」




 ◆




 目には見えない雷が迫り来る。

 その恐怖に負けることなく、俺は掌を正面に向けた。


「レベル2――――」


 掌に集束した嵐が、普段よりも更に暴力的に渦巻く。

 俺はそれを、解き放った。


「――――《暴き出す狂飆》」


 嵐が広がる。

 痩せた樹木なら軽々と吹き飛ばしてしまいそうなほどの暴風が、グラウンドを包み――その光景に変化が起きた。


「こ、れは……」


 ライガットが目を見開く。

 その能力によって今まで不可視と化していた雷が、再び視認できるようになった。地面に突き刺さっている雷の槍も、周囲に展開されている稲妻の宮殿も、今は全てが姿を現わしている。


「ヴィネ一族のレベル2、《暴き出す狂飆》は……隠されているものを、強引に暴く」


 嵐の渦を眺めながら、俺はライガットに語る。


「暴風が吹き荒れるこの嵐の中では、逃げることも隠れることもできない。正々堂々の勝負……それを強要する力だ」


 そう言いながら、俺は《疾風槍(ドラグニル)》を放った。

 ライガットはこれを素早く避ける。だが、俺は間断なく《疾風槍(ドラグニル)》を放ち続けた。


「ちっ」


 ライガットが舌打ちしながら地面に雷を撃った。

 砂塵が巻き上がる。目眩ましで狙いを逸らして、その隙に反撃するつもりなのだろう。


 しかし――次の瞬間。

 ライガットの姿を隠す砂塵は、グラウンドを包む嵐によって自動的に吹き飛ばされた。


「っ!?」


 想定外だったのか、ライガットは体勢を立て直すために一度後退する。

 だが、後退した筈のライガットは――嵐によって、俺の目の前まで押し出される。


「――《爆嵐槍(ジャベリン)》」


「ぐあ――ッ!?」


 両手を交差して防御するライガットに、高威力の攻撃を叩き込む。

 激しく吹き飛んだライガットは、頬から垂れた血を手の甲で拭った。


「……成る程。確かにこれは、逃げも隠れもできない」


 ライガットが冷や汗を垂らしながら呟いた。

 ヴィネ一族のレベル2《暴き出す狂飆》は、あらゆる認識の阻害を無効化する。

 それは砂塵だろうが、岩だろうが、壁だろうが……距離(・・)だろうが、例外ではない。


「純然な、力比べをするしかないようだな」


「……そういうことだ」


 状況を理解したライガットに、俺は頷く。

 策略が入り込む隙はない。後はただ――思い切り、ぶつかればいいだけだ。


「《雷槍(ランサ)》ッ!!」


「《疾風槍(ドラグニル)》ッ!!」


 雷の槍と疾風の槍が、空中で衝突する。

 眩い閃光が視界を埋め尽くす――直前、嵐によって薙ぎ払われた。

 レベル2を発動している今の俺なら、閃光に目が眩むこともない。


「《雷弩砲(バリスタ)》ッ!!」


「《爆嵐槍(ジャベリン)》ッ!!」


 雷の砲撃を、爆発する槍で迎え撃つ。

 その威力は僅かに後者が上回っていた。


 次々と放たれるライガットの技を、真正面から迎え撃ち続ける。

 徐々に……ライガットの身体に傷が刻まれていった。


「はは……はははっ!」


 気づけば、ライガットはボロボロの姿で笑っていた。


「素晴らしい力だな……私の、隠してきた弱さが、次々と露呈する……!」


 その姿は、はっきり言って惨めだった。

 服は砂まみれで汚れており、身体は傷だらけで今にも倒れそうなほどである。いつもの悠然とした姿はどこにもなく、今のライガットは明らかに弱者の姿をしていた。


 それでも、ライガットは清々しい表情を浮かべていた。

 ライガットは、ずっと――この瞬間を待っていたのかもしれない。


「――《雷鱗巨槌(トール・ハンマー)》ッ!!」


 巨大な雷の槌が、頭上に顕現した。

 学校を軽々と押し潰せるほど大きいその槌を、ライガットは存分に振るおうとしている。それは余裕がないからか――或いは、俺を信用しているからか。


「ライガット」


 右手に嵐を集束しながら、俺は告げた。 


「お望み通り――お前の弱さを、消し飛ばしてやる」


 嵐が掌に集い、巨大な渦と化す。

 その渦はやがて、大きな槍に姿を変えた。


「――《嵐旋轟槍(グングニル)》ッ!!」


 雷の槌と、嵐の槍が衝突する。

 閃光と暴風が溢れ出し――やがて、嵐の槍が、雷の槌を貫通した。


 嵐の槍は、そのままライガットに直撃する。

 宙に吹き飛ばされたライガットは、ドサリと音を立てて地面に落ちた。

 仰向けになって倒れたライガットに、ゆっくりと近づく。


「気分はどうだ?」


「……呪縛から、解き放たれたようだ」


 小さな声で、ライガットは答えた。


「グノーシスを使った上で、この結果だ。……お前に勝つための希望は、一欠片も残っていない」


 空を見つめながら、ライガットは言う。


「私の負けだ」


 その言葉を聞くと同時に、麻痺していた疲労感が全身に広がった。

 周囲を覆っている《暴き出す狂飆》を解除する。


「やっと……終わったか」


 疲労のあまり、声が震えた。

 まるで鉛のプールに浸かっているかのような感触だ。身体が重すぎて、立っているだけでも精一杯である。

 困惑する審判に、自分の勝ちを伝えようと思った、その時――――見慣れた疾風の槍が飛来した。


「ぐあぁッ!?」


 悲鳴を上げたのは俺ではない。

 目にも留まらなく速さで飛来したその槍は、俺のすぐ傍にいた誰か(・・)を吹き飛ばした。


 少し離れたところで、ぐにゃりと空間が歪む。

 現れたのは――額から血を流す、ガシャスだった。

 その手元には、抜き身のナイフが落ちている。


「出てくると、思いましたよ~」


 観客たちがどよめく中、黒髪の少女がこちらに近づく。

 エレミーは、冷たい瞳でガシャスを睨んだ。


「こ、小娘……ッ!? 何故、気づいた……ッ!?」


「たとえ姿を透明化しても、行動が読めていれば簡単に防げます。……ケイル様が、《暴き出す狂飆》を解除した瞬間を、狙っていたんですよね~? バレバレですよ~、ガシャス様?」


 エレミーが笑みを浮かべながら言う。しかしその目だけは全く笑っていなかった。

 ガシャスはライガットの敗北を悟って、自らの手で俺を倒しに来たのだろう。そしてライガットの勝利を偽造するつもりだった。


 こうなる可能性があることは、事前にエレミーから聞いていた。

 だから俺は、驚かない。

 このままエレミーの傍で――――結末を見届ける。


「さぁ、もう言い逃れはできませんよ~? これだけの衆目がある中で、やらかしちゃったんですからね~」


「く、くそ……ッ! まさか貴様ら、最初からこれを計画して……ッ!?」


 ご名答。

 ガシャスを誘い出すために、《暴き出す狂飆》は敢えて解除した。

 策は見事に嵌まり、ガシャスは衆目の中で本性を曝す羽目となった。


「一年間、正体を隠し続けた甲斐がありました」


 エレミーがその手に風を集める。

 吹き荒れる風が、彼女の髪を揺らす。二本の角から、パラパラと黒い塗料が剥がれ落ちた。

 エレミーの、本来の青い角が露わになる。


「青い、角……? そうか……貴様、ヴィネ一族の……ッ!?」


 ガシャスが驚愕した。


「貴方に滅ぼされた一族の恨み――今、返します」


「ま、待て! 待ってくれ!!」


 後退るガシャスに、エレミーは容赦なく掌を向けた。


「――《疾風槍(ドラグニル)》ッ!!」


「ぎゃあああぁああぁぁぁああぁぁあぁあ――ッ!?」


 ガシャスの身体が、大きく吹き飛んだ。




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