33「皆のヒーロー」
エレミーの事情を全て知った翌日。
俺たちは、悪魔学校へ向かっていた。
「そうか。ライガットは、ガシャスから薬を受け取っていたのか」
「はい。薬の名前はグノーシス。……恐らくその効果は、ウォレン様が仰っていた通り、亜人の種族特性を強化するものと見て間違いないでしょう。……ガシャスは、グノーシスを取引材料にして、ライガット様を傀儡にするつもりです」
エレミーが神妙な面持ちで告げる。
そういう意味ではライガットも被害者だ。ウォレンも、あくまでライガットは誑かされたと言っていた。……俺にとって、ライガットはまさに強者そのものに見えていたが、ガシャスの魔の手が入り込むような弱みがあったのかもしれない。
いずれにせよ、ライガットに関しては頭で考える必要はない。
次の序列戦で直接確かめればいいだけだ。
「ケイル様。序列戦のスケジュールについてですが……」
「……今日申し込んで、明日戦うつもりだ」
エレミーの事情は分かったが、俺が記憶を早く取り戻したいのも本音である。
しかし、焦っているつもりはない。
少なくとも俺は――勝算はあると思っている。
「ケイル様。ヴィネ一族のレベル2についてですが……」
その問いに、俺は自信を持って答えた。
「大丈夫だ。なんとなく、使い方は分かっている」
目を丸くするエレミーに、俺は続けて言った。
「昨日、エレミーに真相を聞いてから、なんとなく調子がいいんだ。……特に、俺がエレミーの眷属であると知ってからは、この悪魔の身体がしっくりきている」
以前から、この身体には違和感を覚えることが多かった。
自分は悪魔である筈なのに、何故か悪魔の身体では再現できないような技の数々が、感覚として残っていたのだ。
俺は人間で、今は悪魔の眷属となっている。
ならきっと――他の亜人の眷属になった時もあるのだろう。
それが、俺の身体に刻まれていた不思議な感覚の正体だ。
「……こんなことなら、最初から正直に事情を打ち明けておくべきでしたね~」
エレミーがその顔に後悔を滲ませて呟く。
「それは……どうだろうな。別に俺は、正義の味方というわけじゃないし、正直に説明されていたら逃げていたんじゃないか?」
「いえ、ケイル様は正義の味方ですよ~。皆のヒーローってやつです」
「そんな馬鹿な」
いつもの冗談だろう。
昨日から不安定な状態だったエレミーも、少しずつ本来の調子を取り戻しているのかもしれない。
その時――俺たちの傍を、二人の兵士が横切った。
どちらも酷く焦った様子だ。
「急げ! とにかく急げッ!」
「もう少し腕の立つ兵士を呼んで来い! たった二人と言えど絶対に油断するな! あの吸血鬼と獣人……尋常ではなく強いぞ!」
兵士たちは急いで魔界の外側へと向かう。
二人組の襲撃者……俺が悪魔学校へ通い始めた頃から、ずっと耳にしている騒ぎだ。
「エレミー。以前から気になっていたが、もしかしてこの騒ぎは……」
「……ケイル様のお仲間が、ケイル様を取り返そうとしているみたいですね」
なんとなく、そんな予感がしていた。
俺の記憶が奪われた時期と、襲撃者が現れるようになった時期が符合する。それに……吸血鬼や獣人といったキーワードを聞くと、頭の中にぼんやりと二人の少女が思い浮かぶ。多分、俺はその二人に心当たりがあるのだろう。
きっとその二人は、俺を探してわざわざ魔界にまで来てくれたのだろう。
最低でも、無事を伝えたい。
「エレミー。少し、行ってくる」
「ぁ……」
兵士たちが向かった方へ歩き出すと、エレミーがか細い声を零した。
振り返ると、エレミーはまるで見捨てられた子供のように、不安気な顔をしている。
その姿を見て、俺は落ち着いてエレミーに告げた。
「心配するな。ちゃんと戻ってくるから」
「………………はい」
エレミーが抱える不安は巨大な筈だが、彼女はそれを飲み込み、頷いてみせた。
魔界は、城塞都市のように壁で囲まれており、出入りは東西南北にある四つの門からでしかできない。但し、魔界は都市ではなく国家規模の土地を持っているため、コストの都合上、その壁はお世辞にも頑強とは言えなかった。高さもあまりないため、物理的な侵入対策としては些か心許ない設計だ。
だから、外壁の近辺には多数の兵士が配置されている。
エレミーの家族を殺した天使たちは、恐らくガシャスの手引きによって兵士たちの目から逃れたのだろう。しかし、どうやら襲撃者たちには魔界に侵入するためのツテがないようだ。だから何日も派手に争っているのだろう。……それで未だに捕らえられていないとは、よほどの実力者であることが窺える。
「待て、そこの男!」
兵士たちの後を追って外壁に近づこうとしたら、待機していた他の兵士に止められた。
「ここから先は危険だから、門に向かいたいなら遠回りしてくれ。……先日から、吸血鬼と獣人に何度も襲撃を受けているんだ。戦いに巻き込まれる前に、立ち去りなさい」
純粋にこちらの身を心配してくれているのが分かる。
しかし、申し訳ないが俺はその二人に用があった。
「その二人とは、知り合いです」
「え……?」
「通してください」
目を点にして驚く兵士を他所に、俺は襲撃者たちがいるらしい方へと向かった。
強烈な破壊音が響く。吹き抜けた風が砂塵を払い、その先に広がる光景が見えた。既に外壁は破壊され、二十人近くの兵士たちが倒れていた。
――凄まじい戦いだ。
噂通り襲撃者は二人いる。
一人は銀髪の吸血鬼。吸血鬼の種族特性である血液の操作を駆使して、血の斬撃を次々と放っていた。屈強な悪魔の兵士が、纏めて吹き飛んでいる。
もう一人は金髪の獣人。その耳と尻尾は虎のものだ。身体の一部を獣のものに変えて、迫り来る兵士たちを纏めて薙ぎ倒している。
そんな二人の姿を見て、俺は無性に懐かしい気分になった。
頭は覚えていなくても身体は覚えている。『血舞踏』に『獣化』……どちらも、かつて俺が世話になった力だ。そして、その力は彼女たちから授かったものだ。
「ケイル君!?」
「ケイル!」
懐かしい気分に浸っていると、大きな声で名を呼ばれる。
二人の少女が、俺の存在に気づいて驚愕していた。
「その角……! やっぱりケイル君、悪魔の眷属に……っ!」
吸血鬼の少女が、俺の頭に生えた青い角を見て言った。
両脇で待機していた悪魔の兵士たちが、俺の眼前で槍を交差させる。……これ以上、少女たちに近づいては危険だと暗に告げているのだろう。
「……悪い」
その気になれば、一歩を踏み出せる。
しかし俺は、そこで足を止めて二人に謝罪した。
「もう少しだけ、待っていてくれ。……まだ、やり残したことがあるんだ」
俺は、彼女たちのことをよく覚えていない。
だがきっと二人とも大切な友人だったのだろうと確信している。それでも、今の俺には他に優先するべきことがあった。
「それが終われば、必ず帰ってくる」
決意を告げると、少女たちは深く溜息を吐いた。
「また、何かに巻き込まれたんだね」
「……なんとなく、予想していたわ」
少女たちはあまり驚かなかった。
どうやら俺は過去にも同じようなことをしていたらしい。
「私たちも、以前は巻き込んだ側だったわけだし……引き留めることは、できないかな」
「そうね。……ケイルが自分で決めたことなら、それでいいわ」
それなら問題ない。
今までは自分で決めていなかったが――次の戦いだけは、自分で決めたことだ。
「二人とも……また後で」
少女たちに別れを告げて、再び俺はエレミーのもとへ戻った。
石畳の道を暫く歩くと、思ったよりも早くエレミーと合流する。どうやら俺の後を追って近くまで来ていたらしい。
事の顛末を見届けていたらしいエレミーは、儚げな笑みを浮かべていた。
「エレミー、どうかしたのか?」
「……いえ。ヒーローは、独占できるものではないと、今更ながら理解しました」
「……どういう意味だ?」
尋ねると、エレミーは「さぁ?」と惚けた様子を見せた。
そのまま二人で悪魔学校へ向かう。
もう、エレミーは不安気な表情を見せなかった。
「ケイル=ヴィネ。待っていたぞ」
学校の門を跨いだ直後、よく通る声が聞こえた。
振り向けば、獅子の如き強靱なオーラを纏った、金髪の男がこちらを見ている。
「ライガット……」
生徒たちが序列一位の男に注目し、集まってくる。
大勢の悪魔たちに囲まれる中、ライガットは訊いた。
「私に、挑むのだろう?」
その問いに、俺は覚悟と共に答える。
「――ああ」
【序列戦 スケジュール】
・序列1位決定戦
日時:9/3 17時00分
場所:グラウンド
挑戦者:ケイル=ヴィネ(序列2位)
応戦者:ライガット=バアル(序列1位)




