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31「ライガットの手の内」


【序列戦 スケジュール】

・序列1位決定戦

  日時:9/1 17時00分

  場所:第1演習場

 挑戦者:ウォレン=ベリアル(序列2位)

 応戦者:ライガット=バアル(序列1位)




 掲示板に張り出されたその情報を、俺は無言で一瞥した。

 九月一日。この日の放課後、悪魔学校の校舎から生徒たちの姿が消えた。その行き先は勿論、第一演習場だ。


 序列一位決定戦。

 この学校の頂点を決めるための戦いが、今、始まろうとしている。


「ケイル様~、こちらの方が見えますよ~」


 エレミー、リリと共に第一演習場に足を運んだ俺は、ごった返した人混みに顔を顰めた。

 悪魔学校には演習場と呼ばれる屋内施設が五つある。第一演習場はその中でも最も広い空間だった。

 戦いがよく見える席はないか手分けして探していると、エレミーが丁度いい場所を見つける。


「助かった」


「いえいえ~。ケイル様のためなら、お安いご用ですよ~」


 エレミーが手招きした位置へ移動する。

 やや狭いが、そこには丁度二人分のスペースがあった。


 ……ん? 二人分(・・・)


「あ、リリ様の席はありませんので、他の場所へどうぞ」


 エレミーは最早、笑みすら浮かべず、事務的に告げた。

 リリは額に青筋を立てる。


「……あ、貴女が退けば、丁度いいんじゃないかしら?」


「あぁん?」


「ひっ」


 定番の口喧嘩だった。

 リリも一応、抵抗はするが、毎回エレミーに凄まれて口を閉ざしてしまう。根が臆病なのだろう。もう何度も同じ光景を見ていた。


「し、仕方ないわね……」


 そう言ってリリは俺たちのもとから離れた。

 まさか本当に一人だけ別の場所へ移動するのだろうか。流石にそれは可哀想だと思い、いっそ引き留めようとしたが――。


「……《魅了》」


 リリは、近くにいる男に能力を使用した。


「そ、そこ、退いてくれる?」


「はい! リリ様のためならば!!」


 男が恍惚とした表情を浮かべながら、遠くへ走り去る。

 一人分のスペースが空き、リリはそこへ当たり前のように腰を下ろした。


「ケ、ケイル様! 序列戦、楽しみですね!」


「……ああ」


 心情的には序列戦どころではなくなってきた。

 リリも存外ふてぶてしい。立ち去った男に申し訳なくて、額に手をやる。


 このままテンションが下がったまま、大事な序列戦を観る羽目になるのだろうか……そう思っていたが、そんな不安は次の瞬間に消し飛んだ。


 歓声が響く。

 演習場の中心に、二人の男が現れた。

 右側から姿を現わしたのは、背の高い黒髪の男――ウォレン=ベリアル。

 左側から姿を現わしたのは、金の長髪を下ろした男――ライガット=バアル。

 二人の登場に、場の空気が熱を帯びる。


「……本当に、やるんだな」 


 正直、ウォレンの提案はありがたい。

 俺は今まで、相手のことをよく知らないまま序列戦に臨んでいた。能力の詳細だけは事前にエレミーから聞いていたが、具体的な戦法なども事前に調査していれば、もっと楽に立ち回れた場面が多々ある。


 今の俺が気にするべき点は、戦いの勝敗ではなく、ライガットがどこまで手の内を見せるかだ。俺はそれを、身体を張ってくれたウォレンのためにも集中して観察しなければならない。


「……エレミー。ふと疑問に思ったんだが、もしウォレンがライガットに勝ったら、俺は序列一位にならなくちゃいけないのか?」


 親天派であるライガットが魔王にならないよう、序列一位の座から引きずり下ろす。

 それが俺たちの目的だった筈だが……冷静に考えれば、それは俺がやる必要はない。ウォレンがライガットに勝っても目的を果たせる。


「その心配は、不要だと思いますよ~。……あの男では、ライガットに勝てないと思います」


「……そんなに、ライガットは強いのか」


「はい。きっとケイル様だけが、勝てると思います~」


 エレミーが明るく微笑みながら告げる。

 信頼されているのは嬉しいが……果たしてその信頼はどこから生まれているのか、少し気になった。


「ケ、ケイル様! 始まるみたいですよっ!」


 リリが俺の服を引っ張って言う。

 演習場の中心で。審判が声を張り上げた。


「序列一位決定戦――開始ッ!」


 瞬間、稲妻と爆炎が炸裂した。




 ◇




 初手はどちらも技を使っていなかった。

 ベリアル一族の《獄炎》と、バアル一族の《雷霆》が衝突しただけだ。


 双方、共に大した力を使ったつもりはない。

 にも拘わらず、二つの衝突は激しい閃光を生み出し、観客の九割以上がウォレンとライガットの姿を見失った。


「んだよ。どうせ、てめぇのことだから序盤は様子見だろうと思ったが……意外とやる気になってくれているのか?」


「……他の相手なら、様子見していたかもしれないな」


 不敵な笑みを浮かべて問うウォレンに対し、ライガットは小さな声で答えた。

 その掌に、雷が集束する。


「私は、お前を見くびったことなど一度もない」


 稲妻が走る。

 ライガットの技である《雷槍(ランサ)》だ。その軌道は単調な一直線だが、凄まじい速度を誇り、回避は極めて難しい。


「《炎剣(エスパーダ)》ッ!!」


 ウォレンは瞬時に炎の剣を生み出し、飛来する雷の槍を斬り伏せる。


「なあ、ライガット」


 戦いながら、ウォレンは言った。


「てめぇ……何があったんだよ。随分とくすんだ目になっちまったじゃねぇか」


 ウォレンはライガットを鋭く睨んだ。

 かつて、その黄金の瞳は力強く輝いており、同時に利発そうでもあった。しかし今のライガットの瞳はどこか死んでいる(・・・・・)。こうして戦っている間も、まるで他人事のように全てを眺めており、その目からは意志を感じない。少なくともウォレンにはそう見えた。


「お前に、私の重圧が理解できるか?」


 僅かに表情を歪め、ライガットが言った。

 怒りではない。疲労と諦念の感情を込めて、ライガットは言う。


「生まれた頃から王の器だと持て囃され、ずっと魔王になるためだけの日々を歩んできた。……失敗は許されない。失望されたら未来が潰える。そんな私の重圧を、お前如きが理解できる筈もない」


 そう言って、ライガットは頭上に腕を伸ばした。


「――《黄雷宮殿(パレス)》」


 ライガットを中心に、雷の宮殿が顕現する。

 演習場を囲むように雷の柱が立った。更に頭上には稲妻の屋根が現れる。

 雷の力で空間そのものを支配する、ライガットの得意技だった。


「《獄炎流(オウラ)》ッ!!」


 ウォレンの掌から、炎の濁流が生まれる。

 空間を自由に駆け回る稲妻が、炎の濁流に飲まれ、激しい火花が散った。


「へっ、そうかい。……なら朗報があるぜ」


「朗報……?」


 眉を潜めるライガットに、ウォレンは言う。


「近々、てめぇの前に本物(・・)が現れる。……てめぇと違って、くだらねぇ薬に頼らなくても勝手に王になっちまうような、本物の素質だ」


 ライガットの濁った眼に、動揺が走ったような気がした。


「いっそ派手に負けちまいな。そうすりゃスッキリするかもしれねぇぜ」


「……戯言だな」


 ライガットはウォレンの言葉を信じなかった。

 しかし、かつては切磋琢磨した仲だからこそ、ウォレンは気づく。今、ライガットの胸中は、決して穏やかではない筈だ。


「《炎帝馬(エンペラドル)》――ッ!!」


 ウォレンはレベル2の力を行使した。

 炎の使い魔が嘶く。この馬は、本物の生物のように自分の意志で動き、それでいて決してウォレンの邪魔をしない。序列戦においては二対一の状況を生み出す力と言ってもいい。


 それでも油断はしない。

 炎の馬がライガットへ突進を仕掛ける。その背後で、ウォレンは一切気を緩めることなく攻撃する隙を窺っていたが――。


「《《不可視の雷槍(クリア・ランサ)》》」


 最大限に強めた警戒を、その稲妻は無慈悲に貫いた。




 ◆




 その光景を見て、どれだけの者が異常に気づいただろうか。

 序列一位と二位の戦いは、それまでの序列戦とは明らかに次元が違っていた。観客の殆どは序盤で二人の姿を見失い、更にライガットが《黄雷宮殿(パレス)》を発動した辺りからは、あまりの眩しさに目も開けられていられない程だった。


 それでも、俺は辛うじて二人の動きを読み取ることができていた。

 両隣に座るエレミーとリリも同様。なんとか、ライガットとウォレンの戦いについていくことができているが――。


「なんだ、今の……?」


 遂に俺は、二人の戦いについていけなくなってしまった。

 何が起きたのか分からない。気がつけば、ウォレンの身体に雷が直撃していた。


「《不可視の雷霆》……そ、それが、ライガット=バアルの、レベル2」


 リリが、訥々と告げる。


「その、効果は……当たるまで見えない雷(・・・・・・・・・・)




 ◇




 バアル一族のレベル2――《不可視の雷霆》。

 その恐怖を、ウォレンは久々に体感した。


「ぐ、ぁ……ッ!?」


 胸に走った激痛に、ウォレンは苦悶の表情を浮かべた。

 レベル2を発動したライガットの攻撃は、全て目に見えなくなる。


「あれから、少しは成長したようだが……差は開いたままだな」


 蹲るウォレンに対し、ライガットは冷めた目で言った。

 見れば、既に《炎帝馬(エンペラドル)》が倒されている。ウォレンのレベル2である炎の使い魔は、稲妻によって焼かれ、床に横たわっていた。


「なにが、差だ……クソみてぇな手を使いやがって」


 ウォレンが呻く。

 直後、閃光が輝いた。


「が――ッ!?」


「今となっては、ただの負け惜しみだな」


 気がついた頃には攻撃を受けている。

 倒れたウォレンを、ライガットは傍で見下ろした。


「或いは、お前が……私を圧倒するほどの力を持っていれば、話は違ったかもしれない」


「……なんだ、そりゃ? てめぇ、自分が落ちぶれた理由を他人になすりつける気かよ?」


 ウォレンが苛立ちを露わにする。

 対し、ライガットは……頼りなく笑った。 


「少しくらいは、付き合ってくれてもいいだろう」


 その掌に、雷が集束する。


「私は……お前たちが抱えるべきだった期待を、一身に引き受けているのだから」


 轟音が響いた。

 直上から降り注ぐ稲妻にウォレンは身体を焼かれる。一瞬、気を失ったが、あまりの激痛に目を覚ました。


「がぁあぁあぁぁああぁぁぁああぁあああああぁ――ッッ!?」


 閃光が絶え間なく迸る。演習場のほぼ全域を、黄色い稲妻が埋め尽くしていた。

 前は――怪しげな薬を飲む前は、ここまで強くなかった筈だ。

 レベル2は以前から習得していたが、不可視にできるのは精々規模の小さい雷のみだった。雷の出力自体もここまで高くない。以前も圧倒的な強さを持っていたが、攻略の糸口は幾つかあった。


 今や、彼我の差は絶望的に広がっていた。

 手も足も出ない。傷一つつけられない。

 言葉も力も、ライガットには届かない。


「……おい」


 観客席の方から、声が聞こえた。


「これ……一位と二位の戦いなんだろ?」


「圧倒的じゃねぇかよ……」


 悠然と佇む序列一位。

 床を惨めに這いつくばる序列二位。

 その差は、火を見るより明らかだった。


「へっ、どいつもこいつも……今に見てろよ」


 意識を失う直前、ウォレンは不敵な笑みを浮かべた。

 観客席にいる一人の男と目が合う。


 ケイル=ヴィネ。

 その目は見開かれていたが、同時に決意が灯されていた。


 あの男も分かっているのだろう。

 ライガット=バアルを倒すのは――お前だ。


「もうすぐ……本物が来るぜ」



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