29「序列2位決定戦②」
それは、明らかに今まで見た悪魔の能力とは一線を画していた。
ウォレンの背後に佇むのは、巨大な炎の馬だった。真紅の体躯は揺らめいており、鬣は青く迸っている。
動物の形だけを再現したものではない。
その馬は微かに息をしている。――生きている。
ウォレンは、この力を何と言っていた?
確か――。
「レベル2……?」
「ちっ、それすら知らねぇのかよ」
ウォレンは溜息を吐いて、説明した。
「言葉通りの意味だ。悪魔の力には、レベルがあるんだよ。てめぇが今使っている《狂飆》はレベル1。……あらゆる悪魔の力には、もう一段階上のものがある。大抵の悪魔は使えねぇ……一部の、才能のある悪魔だけが到達できる境地だ」
ウォレンが告げる。
「ベリアル一族に伝わる《獄炎》のレベル2は、使い魔の召喚だ。……コイツは俺の使い魔で、《炎帝馬》と言う」
炎の馬……《炎帝馬》がこちらを向いた。
その圧力に、全身の肌が粟立つ。
「分かるだろ? レベルの違いは――次元の違いだ」
次の瞬間、炎の馬がブレたような気がした。
本能が警鐘を鳴らす。咄嗟に飛び退いた直後、先程まで俺の立っていた場所を炎の馬が駆け抜けた。
目にも留まらぬ突進。直撃していれば、一溜まりも無かっただろう。
「――《疾風槍》ッ!!」
嵐の槍を五本展開し、纏めて馬へと放つ。
だが槍は、ジュウと音を立てて掻き消された。
まるで通用していない。
焦燥していると、いつの間にか周囲の気温が激しく上昇していることに気づく。
炎の馬が揺らめいていた。その体躯から、地面を溶かすほどの熱が生み出され――。
「ぐ……ッ!?」
目も開けていられないほどの熱風が放たれる。
あの馬がいる限り、ウォレンに近づくことすらできない。
「ケイル様!」
その時、観客席の方からエレミーの声が聞こえた。
「ヴィネ一族の《狂飆》は、嵐の力です!」
エレミーが大きな声で叫ぶ。
そんなこと、とっくに知っているが……。
「嵐は、全てを吹き飛ばします! 何もかもを――跡形もなく消し去る力ですっ!」
エレミーの言葉が耳に届くと同時に、頭の中でカチリとピースの嵌まる音がした。
彼女は何かを伝えようとしている。
それはきっと、ヴィネ一族の力……《狂飆》の極意だ。
「望んでくださいっ! 貴方は今、何を消し去りたいですか――ッ!?」
エレミーが告げる。
「俺が、消し去りたいのは……」
その問いを、頭の中で何度も反芻した。
俺が、《狂飆》の力で消し去りたいのは何だろうか?
取り敢えず今は、目の前にいる炎の馬が脅威だ。
この圧倒的な炎を消し去ることが俺の望みだろうか?
――否。
そうじゃない。
俺にとって最も消し去りたいものは、頭の中に存在する違和感だ。
記憶の空白部分。そこに手を伸ばすと、いつも邪魔されてしまう。
後少しで思い出せそうなことも、途端に朧気になってしまう。
きっと大切な記憶なのに、その前に不思議な靄が立ち塞がっているのだ。
俺が消し去りたいのは――過去の記憶を覆い隠す、この鬱陶しい靄だ!
そう願った、次の瞬間。
全身から嵐が迸り、炎の馬から放たれる熱風が消滅したような気がした。
「……こ、れは?」
気のせいではない。
何が起きたのかは分からないが――《炎帝馬》の放っていた熱波が、消滅している。
「マジで、覚醒しやがったか……」
ウォレンが、目を見開いて呟く。
本気で驚愕している表情だ。しかし俺は何が起きたのか、よく分かっていない。
「――《炎帝馬》ッ!!」
ウォレンが叫ぶと、その使い魔である炎の馬が疾駆した。
また突進してくる。俺は《疾風槍》を放って足止めしようとしたが――。
「やっぱり、効いてないか……ッ!」
炎の馬は、嵐の槍を軽々と弾いてみせた。
先程は活路を見出したような気がしたが――俺の力は、何も変わっていない。
大きく横に飛び退くことで、馬の突進を辛うじて避ける。
「……まだ不完全だな」
グラウンドの砂粒に塗れて汚れた俺を、ウォレンは真剣な面持ちで睨んだ。
「《獄炎流》」
炎の激浪が放たれた。
予備動作が全くない。体勢を崩したこの状況で、その攻撃を避けることは不可能だった。
目を閉じて激痛を覚悟する。
しかし、いつまで経っても痛みを感じることはなく、俺は恐る恐る目を開いた。
「動くな」
いつの間にか、ウォレンが目の前にいる。
見れば、炎の激浪は俺とウォレンを避けてグラウンドを流れていた。それはまるで……炎のカーテンが、俺たちの姿を外部から隠しているようにも見える。
「その底知れねぇ急成長……てめぇならマジでライガットの野郎をぶっ倒せるかもしれねぇ。……だが、今の実力ではまだ無理だ」
ウォレンが潜めた声で言う。
「てめぇ、一度負けろ」
「……は?」
「最後に一肌脱いでやるって言ってんだ。――いいから負けてろッ!」
ウォレンに思い切り殴られた。
「が……ッ!?」
油断したわけではないが、不意を突かれて蹲る。
同時に、炎の波が霧散した。
ウォレンは蹲る俺の背中に足を乗せ、勝利をアピールする。その光景を見た審判が目を見開いた。
勝者、ウォレン=ベリアル。
朦朧とした意識の中で、審判の声が聞こえた。




