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第九話

今回は振るシーンを書いて見たくて、ガッツリ振って貰います。なかなかヒロインがガチで振るシーンって無いですよね。告白して、ごめんなさい的なのはありますが。

浩也はその後、そんな4人を残して「バイトの時間だから」と一声かけて離脱する。思った以上に時間を食ったようで、少し小走りでバイト先へと急ぐ。本当はバイト前に軽く何か腹に入れておきたかったが、コンビニによる時間も無さそうだ。バイトの時間中に手すきな時間があればいいが、テスト明けで学生がたむろす可能性が高い為、夜まで我慢する羽目になりそうだった。


店につく頃には、浩也は少し汗が滲んでいた。日頃から体を動かしてはいるので、息が上がるほどではないが、鞄からタオルを取り出して、軽く額を拭う。そしていつものように裏口から店に入り、雄二に挨拶をして、控え室で着替えを済ます。


姿見で身嗜みを確認した時に、そういえば大分髪が伸びたなと少しばかり長くなった襟足を気にする。どっかのタイミングで髪を切りに行きたいが、今週末は朋樹の付き合いがあるので、休みに行くならその次の週になる。ただそこまで我慢できなそうなので、その前の平日で早く上がらせて貰って、切ってくるかななどと考えながら、ホールへと足を向ける。


「ああ、浩也、おはよー。そう言えば、お客さんの中にアンタを探している娘がいたよー。一応もうすぐ来るとは言ったから、挨拶だけしてきちゃいなー」


「ああ、おはようございます?ん、誰だ、探してるのって?」


由貴は声だけかけると奥に引っ込んでしまったので、浩也はそのままホールの中を見回す。


「浩也ーっ」


そこには浩也に向かって手を振る理緒と、浩也を睨みつける3年生が座っていた。


浩也はまず理緒に目を向けて、3年生に目を向けた後、その席に向かう数秒で、さてどう対応をするのが正解なのだろうと考えるが、当然、その短い時間では答えは纏まらない。


3年生は短い髪を茶色に染めて、いかにも精悍な顔つきをしている。やや釣り目がかったところが気の強そうなところを感じさせ、ヤンチャな印象を与える。絡まれると面倒なタイプだ。


浩也はそうこうする内に席に辿り着いてしまったので、取り合えず穏便に猫かぶりモードで対応する事にする。


「いらっしゃいませ、えーと理緒は2回目か。こちらの人は彼氏さんかな?」


「何言ってるのよ、私、彼氏作らないって知ってるでしょっ。先輩よ、先輩。バスケ部男子の」


その先輩とやらは、理緒の彼氏作らない発言にビクッと反応をする。浩也は人が苦心してオブラートに話題提供しているのにぶった切りやがってと、内心で文句を言う。


「ああ、男子バスケ部の先輩でしたか。初めまして、自分は井上理緒さんのクラスメートで高城浩也といいます。何かあれば、お呼びください。理緒もどうぞ、ごゆっくり」


浩也はそこで会心の営業スマイルを繰り出し、その場からの撤収を図る。そもそも理緒の揉め事に首を突っ込む気はなく、しかも今はバイト中だ。後は当人同士で話し合ってもらいたい。しかしそんな浩也の思惑を無視するかのように、理緒が浩也を引き止める。


「ああ、浩也、ちょっと待ってよ。今日も家まで送ってよ、先輩、私は浩也に送ってもらうので今日はもう帰って下さい」


するとその先輩の浩也を睨む目がより一層厳しくなる。浩也はそこで漸く話の流れに察しをつける。理緒としては、学校で告白された後、断りを入れたのに、先輩さんに粘られているようだ。それでここに来て、この先輩さんに付き纏うのを諦めさせる算段だったのだろう。浩也は完全に当て馬で、巻き込まれた状況のようだ。ただそんな理緒の思惑もその先輩さんは聞き入れる様子は無く、諦めてはくれないようだが。


「なあ、井上。俺のどこが駄目なんだ。お前がここに来て、コイツを使って俺を追い払おうとしているのは判っている。コイツも突然話を振られて困ってるだろう。お前もただのクラスメートってだけなんだろ?」


浩也は、おっと、切れまくってるかと思ったが、案外話が判っていらっしゃると素直に感心する。むしろそこまで判っていて、なぜ諦めないのかと不思議に思うほどだ。余程の自信家なのか?付き合ってしまえば、何とかなると思っているのか?どちらにしても理解に苦しむ。


「えーと、確かにただのクラスメートですね。困っているのも事実ですし、なにせバイト中ですから」


浩也が素直に同意した事で先輩はニヤリと笑みを零す。ただし睨むような視線は継続中だ。理緒は少しだけむくれた表情で、そっぽを向いている。


ただ浩也はふと疑問に思う。浩也が事実に同意しただけで理緒と付き合えるかどうかは別物だと思うのだが、取り合えず試しで付き合ってくれとでも言っているのだろうか?なんだか浩也は先輩、後輩の微妙な関係性が、そうさせているような気がしてきた。


なので、理緒と一度目線を合わせて、その先輩に判らないよう口元を少しだけ歪め、言葉を続ける。


「ただ……」


「ただ?」


浩也はあえて少しだけ言いよどんで、その先輩が先を促すよう誘導する。


「理緒が助けを求めるなら、手助けはしますよ。帰り道も一緒ですから、送るくらいもね。勿論、2人の会話に口を挟む気は無いです。彼氏、彼女になったなら、送ったりとかそういう事もしませんしね。自分はただの友達ですから。なので友人から一言言わせて貰うなら、理緒、お前も嫌なら嫌とはっきり言え。駄目なら駄目なところもハッキリとな。自分が思うところはそんなとこです。後は2人でお話下さい。それでは仕事があるので失礼します」


浩也はそう言って、その場から距離をとる。先輩は「あっ、お前」と声を出しかけるが、流石に店内である。大声を出して呼び止める事もできず、忌々しげに浩也の後ろ姿を睨む。


浩也にしてみれば、浩也の立場にできる最大限のフォローを理緒にしたつもりだ。どうせ先輩、後輩の立場上、理緒は遠回しにしか断れなかったのに違いないのだ。かの先輩はそれを良いことに、知ってか知らずしてか明確に断られていない事を理由に理緒に言い寄っていたのだ。わからないが、形だけでもそうなりたいとも言ってそうだ。何の意味があるのか判らんが、見栄とか、虚栄心とかかもしれない。だから浩也は結論を交えて、2人で話し合えと言ったのだ。こうなったら、理緒はハッキリ言うだろう。嫌なところも駄目なところもだ。


そして理緒も浩也のフォローを受けて、笑顔で相手を見据える。浩也が答えを言ってくれたのだ。後はそれに乗っかるだけ。答えを先に浩也が言ったのだから、理緒は形式上、それに答えただけで、仕方なくハッキリ振るのだ。先輩後輩の立場を超えてだ。


「先輩、確かに浩也を出汁に使おうとしました。すいません。これまで何度かお断りを入れていたつもりですが、ご理解いただけて無かったようなので、ハッキリとさせていただきます。まず、お付き合いが嫌なのは、先輩の事を異性として好きだと感じた事が無いからです。先輩としては後輩の面倒見が良くて良い人だと思いますが、私の異性としての好みではありません。異性として好意を感じない方と付き合いたいとは思わないので、お断りします。勿論、付き合ってから好きになるという事もあるかも知れませんが、それもそもそも異性として興味がないので、ありえないです。それと駄目なところですが、私がやんわり断りを入れているのにも関わらず、諦めないところが駄目です。断りに気付いていなかったのならば、その鈍感さが駄目ですし、気付いていたのなら、そのずうずうしさが駄目です。駄目なところを直すと言う事であれば、取り敢えず私へのアプローチは止めてください」


するとその先輩は声を絞り出すように、弁明を始める。


「いや、俺はそもそも井上が俺に好意を持ってくれてると思って」


「勘違いをさせたなら、すいません。確かにバスケ部の先輩として良い人だとは思ってましたが、それを異性への好意だと勘違いされるのは心外です。少なくても、先輩以外の方にも同じように接しているつもりですし」


そこでその先輩は他の席で接客をしている浩也を睨み、理緒に聞く。


「あいつの事が好きなのか?あいつの所為なのか?」


それを聞いて呆れた表情になると、哀れんだ目で言葉を返す。


「駄目なところが1つ増えました。私が先輩と付き合えないのは、私が先輩を好きじゃないからです。浩也には悪い事をしましたが、それ、完全に逆恨みですよね?浩也は関係ないです。それともうこの辺でいいですか?あまり駄目なところを見せられると、嫌いになりますよ。バスケのプレイヤーとしては認めているんですから、がっかりさせないで下さい」


先輩はその後、言葉をつむぐ事ができず、結局その場を後にした。理緒は先輩が店から出て行ったのを確認したところで、机の上にドサッと倒れこむ。


よく告白をするのには勇気がいるというが、それを断るのは気力がいるのだ。今日に関して言えば、気も遣いつつなので、殊更、気力を使った。元はといえば、先輩後輩の関係から強くいえなかった自業自得なのだが、それでも乗り切った自分を褒めてやりたかった。ただそれもこの店に来なければ、出来なかっただろうとも思う。浩也の前で日和った自分を見せるわけにはいかなかった。


そんな理緒の元へ、浩也がケーキの乗った皿を持って訪れる。理緒の事をバイト中ながら気にしてくれてたのだろう。理緒はその事に少しだけ嬉しくなる。


「理緒、話は上手く纏まったんだろ。お疲れ様」


浩也はそう言って手に持った皿を理緒の前に置き、やさしく微笑む。理緒は浩也を見て、不満気にジト目を送る。


「このケーキは?」


「頑張った理緒へのご褒美」


「これはありがたく貰う。でもご褒美が足らない」


理緒は内心、嬉しさがこみ上げてにやけそうになるのを堪え、少しだけ我侭に甘えて見せる。


そもそも浩也がご褒美をあげる必要もないのだが、更なるご褒美要求に浩也は面食らう。とは言え、けしかけたのは浩也でもあるので、ここはお嬢様のご機嫌を取りにいく。


「ならどんなものがお望みですか、お嬢様」


「うーん、浩也、今度の日曜とか暇?」


おっと、ピンポイントで予定がバッティングだな、浩也は、その日は朋樹のキュービット役だと思っているので首を横に振る。


「次の日曜は先約がある。朋樹と遊びに行く」


「むー、ならその次の日曜は?」


「その次なら予定はないな」


「ならデートしよ。それがご褒美で良いよ。決まりね」


浩也はなぜそれがご褒美になり、なぜ浩也がご褒美を提供しなければいけないのか、その全てに疑問を持ちつつ、要は憂さ晴らしがしたいのだろうと結論付ける。まあその鬱憤を溜めるきっかけを作った、それ自体も巻き込まれた感は否めないが、原因でもあるので、溜息をつきながらも、同意する。


「それがお嬢様のお望みとあらば、喜んでお供しますよ」


「うんっ」


浩也が理緒の甘えを受け入れた事が嬉しくて、理緒は胸が苦しくなる。本当は、理緒がお礼を言うべきで、謝罪をしなければいけないところなのに、浩也はそんな事を口にも出さず、理緒を気遣って、甘やかしてくれるのだ。


理緒はそこで顔を上げ、嬉しそうにケーキを口に運びはじめるのだった。


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