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第七十八話

 二学期初めの始業式が終わり、浩也は仲間内で昼飯を食べた後、仲間達は部活に向かい、浩也は一人バイトへと向かう。


 昇降口をクグって、正門に向けてのんびり歩いていると、数人の女子の集団がいる。浩也は特段気にも止めず、その脇を通り抜けようとすると、その中の1人から声が掛かる。


「あっ、あの高城先輩!」


 浩也は何事かと思い、周囲を見回すが、自分以外誰もいない。それで声がした方に目をやると、その女子集団が、浩也を取り囲むように集まってくる。


『はっ?俺?』


 浩也の内心は動揺で、心臓がバクバクしているが、表向きは、愛想の無い浩也だ。


「えっと、君達は?」


 残念ながら、メンバーの中に見知った子は多分いない。まあ浩也の場合、女子の交友関係は決して深くないので、単純に覚えていない可能性はあるが。


「あ、あの、私達女子バレー部です」


「はい?えっとその女子バレー部の人が何の用?」


 浩也は頭に疑問符を浮かべながら、何とかそう質問する。彼女達は非常に恥ずかしそうではあるが、モジモジしながらも、浩也に用向きを説明する。


「あっ、あの先輩は女子バスケの応援に行ってましたよね?」


「女バス?ああ理緒の応援か?」


「はい、ですです。実は私とか、女子バレーの先輩も応援に行ってまして、あの時の女子バスケの作戦に感銘を受けまして」


 作戦?あの時彼女らは何か作戦らしきものを実行してただろうか?思い当たるものが無い浩也は頭を捻る。


「えっと、思い当たるものが無くてよく分からないんだけど」


「あっ、で、ですからあの時その女子バスケ部の方々とその、ギュッと・・・・・・」


 その女子はそこまで言ったところで顔を真っ赤にさせて、押し黙ってしまう。ただ浩也には伝わらない。


「ギュッと?どういう事?」


「はわわ、ですから、そのハグをされてましたよね?」


「ハグ?・・・・・・ええっ、アレ作戦とか思われちゃってるの?」


 そこで浩也は、漸く思い至る。ああ確かに理緒のせいで、晒し者ショーさせられた。何?アレ作戦扱いされてるの?なぜ?何の意味が?


 さっぱり意味が分からない浩也は、唖然として上手く言葉が出ない。


「えっ、違うんですか?バスケ部のキャプテンがそう言ってたので、凄い作戦だと思ってたんですが、相手の戦意を挫く、必殺技だって」


「お、おおう」


 そこで浩也は、ようやく事の経緯が頭に過ぎる。成る程、浩也とハグしたのを見て、相手がやる気を失ったと。ああ確かに、あの時の相手ってなんかチグハグだったもんなぁ。って言うかアホばっかかっ。浩也は内心で悪態を吐く。


 そこでなんとか気を持ち直し、猫被りモードを発動する。


「ああまず一つ訂正。アレは作戦ではありません」


 浩也の狼狽っぷりを見て薄々気が付いたのだろう。残念そうな顔をするが、大きな動揺は見られない。


「ではその、何でハグを?」


 まあそれも当然の疑問である。なので浩也は筋道を立てて説明する。


「アレは元々、理緒の為だけにやろうとしてた事。他のメンバーは便乗された感じかな。俺と理緒は中学からの友人で仲が良い。アイツがなんかメンタル的に弱ってたから、ショック療法でハグをした。ほら、人ってビックリすると気持ちがリセットされるでしょう?それをたまたま他のメンバーが見ていて、理緒が恥し紛れに、他のメンバーにもOK出しちゃったって事。だから理緒がいなけりゃしてないし、ましてや作戦でもない」


「はあぁ、そうですかぁ。今度うちの部でも大事な試合があるので、是非やってもらいたかったんですが」


 どうやら噂の尾鰭は、変な方にも派生してたみたいだ。浩也は水際で回避出来たことに安堵する。


「申し訳ないけど、そんなの誰にでもっていうわけにはいかないかな。ごめんね」


「あっいえ、全然、私達も無茶なお願いだと分かってはいたんで」


「まあ俺以外で、それこそバレー部の誰かの彼氏とかにでもお願いしたら?その方が後腐れない気がするし」


 浩也は何も赤の他人で無くても、それなら身内で良いじゃないかと思う。


「駄目ですっ。そう言うのはイケメン絶対です、高城先輩か双璧の藤田先輩しか意味がありませんっ」


「お、おおう」


 最後の一言は余分だったと反省する浩也は、ここでも朋樹の名前がでるのかと思わず感心した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日のバイトは何処か浮ついた空気が漂っていた。この店には珍しい男子の集団がいて、カップル率は低く、女子の集団が多いのもその理由なのかも知れない。


「ねえあんた学校で何かしたの?」


 由貴が浩也に耳打ちをしてくる。浩也としては、何もしていないとしか言いようがない。少なくても、学校では何もしていない。


「知らん。俺には関係ない」


「関係ないって、どう見てもアンタの一挙一動が監視されているわよ」


 由貴は、そう言って呆れた視線を浩也によこすが、浩也は無視を決め込む。そんな2人にクスクスと笑いながら、飛鳥が近寄ってくる。


「浩也先輩、学校一の有名人になっちゃったんです。時の人ですよ、時の人」


「ああ、そう言う事」


 飛鳥のそんな雑な説明でも理解する由貴。浩也は余計に顔を顰める。


「こら飛鳥、余計な事言うなっ、由貴姉は無駄に楽しもうとするから、タチが悪いんだっ」


「あら〜、浩也、この私にそんな事言って良いの?ミスコンプロデュース忘れた訳じゃないでしょ?」


「クッ」


 そもそも現在のこの状況を仕立て上げたのが、由貴なのだ。これがなければ、もう少しマシな状況だったに違いない。違いないのだ。しかしそんな心境を読み切ったのか、由貴は呆れた顔で、浩也に言う。


「浩也、あんた私を恨むならお門違いってもんよ。そもそも飛鳥ちゃんの告白から、全ては始まったんだから。それに自分はモテないとか言う勘違いが、元々の原因なんだから、全ては身からでた錆びよ」


「グハッ」


 明かなクリティカルヒットである。今だになんでモテるんだと思っている浩也には、痛い言葉だ。そんな浩也を申し訳無さそうに飛鳥が言ってくる。


「アハハ、自分が始まりとか言われると、申し訳ない気持ちにもなりますね。でも浩也先輩には、知ってて欲しかったので、後悔はしてませんけど」


「くそっ、はいはい、甘んじて受け入れますよ。身から出た錆だって。あー、飛鳥は気にする事ない。それも含めて、俺は良い機会だったと思ってるんだ。飛鳥の事も少しは知れてきたしな」


 こういうところが浩也の良いところだ。自分の状況より、飛鳥が申し訳ないと思う必要がないと言う所がだ。浩也としては、そこで飛鳥に負い目を与える気はない。だから自然とそう言う言葉が出る。


「あんたそう言うところが、天然タラシって言われる所よ。まあ良い事だけどね」


 そう言って、由貴はニヤリとする。浩也は再び憮然として、溜息を吐くのだった。



 そんな浩也のバイト先は、2人の人物の登場で、一気に騒然となる。1人は幼馴染みの有里奈。もう1人は同級生の理緒である。


 まず最初に来たのは、有里奈。例の如く、シズさんを伴っての登場だ。浩也はその日、何度も客の女子達から声を掛けられて疲労困憊だった。ああ傍に陽子がいてくれたらと何度も考えていた。


 夏のバイトは、常に切り札を切ることで、難を逃れた。でも流石に飛鳥を彼女扱いするのは、その後の影響度を考えるとリスク過ぎる。とは言え、客を邪険にする事も出来ない。いなし、かわし、惚ける。猫被りモードを駆使して難を逃れていたのに、有里奈が現れた。ケーキセットで長時間粘っていた男子集団からの圧が強まる。


「ちょっ、有里奈、何で来たんだっ」


小声ながら鋭い声の浩也を見て、有里奈は不思議そうな顔をする。


「ふぇっ、な、何でって、由貴ちゃんから誘われたんだけど」


「なっ」


 浩也はすかさず鋭い視線を由貴に送る。由貴の顔は凄く楽しそうだ。ハメられた、そう判断した浩也は、何とかその男集団を回避しつつ、離れた場所に有里奈達を案内する。


 有里奈とシズもその集団を見て、事情を察し、苦笑いだ。


「後輩君、なんか凄いね」


シズは当事者メンバーではないだけに、この状況を客観的に見て、一言添える。


「シズさん、助けて下さい」


 思わず漏れ出る浩也の本音。するとシズは面白そうに、浩也に言う。


「ここで有里奈と恋人宣言すれば、この場は収まるんじゃない?」


「それその後が収拾つかない奴じゃないですか?」


 そうそんな事したら、この場は抑えれても更なる波紋が広がる。断固却下だ。


「なら甘んじて受け入れなさい。今日有里奈も大変だったんだから」


 シズはなら仕方がないとばかりにばっさりと切る。浩也は有里奈が大変と聞き、目線を有里奈に向けると、有里奈も諦め顔を見せる。


「まあちょっと質問責めが大変だった位だから、私は大丈夫。私のは自分が決めた事だから」


「ああそっちもか。まあ俺に出来ることが有れば、言ってくれ。出来ることは協力するから」


 やはり朋樹が言ってた様に、有里奈達は有里奈達で大変なようだ。まあ有里奈の場合は、当人の希望なので、浩也として出来る事は少ないかもしれない。


「うん、有難う。でも極力自分で頑張るよ」


 有里奈はそう力強く返事をする。浩也はやはり俺の幼馴染みは、頑張り屋だなと改めて思うのだった。


 そんな会話をしている時である。


 大きい荷物を抱えた女子が、不満げな表情をして現れる。


「浩也ーっ、浩也成分が足りない。ギュッとして、ギュッと」


 理緒が発したその言葉を聞いた時、周囲の人間皆が氷付いた。


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