第七十三話
有里奈回続き。もう1~2話くらい続くかもです。
浩也と有里奈は電車に揺られる事1時間、ようやく水族館の最寄りの駅に着くと、そこから定期便のバスに乗り、水族館へと辿りつく。夏休み終盤という事もあり、浩也達のような高校生くらいのカップルもちらほらおり、子供連れの家族がいたりと、思ったよりも人は盛況だった。
「おー、なんか懐かしいな。10年ぶりくらいか?」
「うーん、小学校3年生の時だったから、そのくらいかな?でもあんまり変わっていないねー」
バスから降りて、建物を見た浩也が、伸びをしながら声をかけると、有里奈も朗らかに返事を返す。随分と久しぶりにこの場所に来たが、なんとなく頭に残っていたイメージが思い起こされ、浩也も少し笑みを零す。
「そうだな。まあ中の魚とかは変わっているのかもしれないけど、建物自体は、変わってないな。ちなみに今日のメインはイルカショーだろ?時間とかってわかるのか?」
「うん、ショーの時間はホームページにのってたよ。今の時間だと、急げば、11時のショーに間に合うけど、どうする?」
「いや、流石について早々はなんか勿体ないだろ。一旦、中を回りつつ、午後のショーでいいんじゃないか?」
「なら、14時のショーだね。お昼をのんびり食べても間に合うから、そうしようか」
「ああ、じゃあチケット買うか」
そう言って浩也達はチケット売り場へと歩を進める。なんと言っても10年ぶりの水族館だ。急いで回ったところでいい事はない。じっくりと楽しむべきだろうと二人はなんとなく同じ事を考える。付き合いの長い二人だからこその阿吽の呼吸なのだが、当人達はそんな事を微塵も意識せずに、のんびりとした空気を楽しんでいた。
そして水族館の中に入り、遊泳する魚たちを冷やかしつつ、館内をゆっくり回る。昼食の時間を含めてもイルカショーまではまだまだ時間があり、慌てる必要がない。有里奈は珍しい色の魚たちを見て、楽しそうに声を上げ、浩也は巨大な魚を見て、これを捌いたらどんな味がするんだろうと、また別の目線で興味を募らせている。
「あっ、ヒロみて、あそこにペンギンがいるよっ」
そういってペンギンを見つけた有里奈が、浩也を引っ張って連れて行こうとする。浩也はそれに苦笑いを浮かべて、有里奈に声をかける。
「おいおい、高校3年にもなって、はしゃぎ過ぎだぞ。あっ、俺ちょっとトイレに行ってくるから、ペンギンのところで、待っててくれ」
「はーい、じゃあペンギン見てくるね、行ってらっしゃい」
有里奈はそう言って、浩也には目もくれず、ペンギンのコーナーに足早に突き進んでいく。浩也はそんな有里奈を見送った後、自分はトイレへと向かい、用を足す。そしてトイレから出てきたところでペンギンコーナーに目を向けると、有里奈の周囲に男子が2名、何やら有里奈に話しかけており、有里奈の表情を見ると大いに困った顔をしている。浩也は、水族館に男子2名で何やってんだと思う反面、早く助けてやらないとと有里奈の傍に近づいていく。
「ねえねえ、一人ならさ、俺たちと遊ぼうよ」
「そうそう、俺ら地元だから、面白いところ知ってるぜ」
「えっ、いや、連れがいるので、大丈夫です」
「いいじゃん、いいじゃん、そんな奴より俺らの方が、絶対楽しませられるぜ」
浩也は少し近づいたときに聞こえてきた会話に、思わず顔を顰める。
『えー、ガチでナンパじゃん。こんなところで?うわ、マジひく』
浩也は内心で悪態をつくが、勿論ほっておく気もないので、少し大きめに声を出し、有里奈に話しかける。
「おーい、有里奈、待たせたな。って誰?知り合い?」
「あっ、ヒロ。ううん、ここでペンギン見てたら話かけられたの」
有里奈はそう言って、あからさまにほっとした表情を見せる。浩也は有里奈の傍に立つとその話かけてきた2人組の男子たちを見て、怪訝な表情を見せる。
「俺の彼女になんか、用ですか?」
「は?いま、俺たちが彼女と話てんじゃん、お前こそ何?」
「ねえ彼女、こんなヤツほっといて、俺らと遊びに行こうよ」
2人は折角見つけた獲物をそう簡単には逃がさないとばかりに、浩也を挑発するように、睨みつけてきた後、浩也を押しのけ、有里奈を捕まえようとする。浩也は、手前にいる男子の胸ぐらをガッとつかみ、もう一人も目で牽制するように、睨みつける。周囲には、家族連れや他のカップルもいるので、そこからは、軽い悲鳴や、何あれ的な声がちらほら上がる。
「こんなところで、人の彼女に手出してんじゃねーよ。ナンパなら相手みてやれ」
「なっ、お前」
浩也に胸ぐらをつかまれた方の男子は、反撃をしようとするが、慌ててその相棒の方が、それを制す。
「お、おい、流石に不味いって。周りも見てるぞ」
胸ぐらをつかまれた男子が周囲を見ると、確かにこちらを見ていて、中には、水族館の従業員を呼びに行こうとする奴までいる。
「ええー、やだ。こんなところでナンパ?あの二人馬鹿なんじゃないの?」
「ちょっと、水族館の人呼ぼうよ、あれ、絶対あの二人組が悪いよ」
構図としては、若いカップルに男子2人組が絡んでる恰好だ。当然、こんな場所だとカップルが被害者で男子2人組が加害者なのは、簡単に想像つく。実は浩也もこの展開が予想できたので、あえて強気で、相手に応対していた。そして少し胸を押すように手を放すと、再び相手に担架を切る。
「悪いけど、人のデートを邪魔するな。ナンパするなら他の相手にしてくれ」
胸ぐらをつかまれた男子は浩也に押され、2、3歩後ろに後ずさると、チッと短く舌打ちをして、連れと2人でその場を逃げるように立ち去る。浩也は、その2人が視界から見えなくなったところで、軽く息を吐き、有里奈に向けて笑顔を見せる。
「おう、有里奈、大丈夫か?」
「はぁー、怖かったよ。ヒロも相手に掴みかかるんだもん。喧嘩になるんじゃないかと思って、凄くドキドキしたよー」
「ははっ、それは悪かったな。まああの手の奴って、あんま下手にでると、調子に乗るからさ。軽くハッタリをかます位でちょうど良いんだよ。それに流石にこんな人が多いところで、喧嘩なんかはじめないだろ」
浩也はそう言って、本当に少し怯えた表情を見せる有里奈を安心させるように、優しく頭を撫でる。まあ浩也としては、喧嘩になってもそこそこは遣り合える自信はあるし、何より、ヤバくなる前に従業員が飛んでくるとも思っていたので、そこまでの心配はしていなかった。周囲もさっきまでの緊迫した状況から、一転、仲睦まじい二人の姿を見て、弛緩した空気が流れだす。
「あの彼氏君、かっこ良かったよねー。ねえ、もし私が同じ状況になったら、彼みたく守ってくれる?」
「お、おう、も、勿論だよ」
とあるカップルの会話では、ねだる様な表情を見せる彼女にやや引き攣った笑みを返す彼氏の姿が見られ、別のカップルでは痴話喧嘩が勃発する。
「あの彼女だったら、守りたくなるのもわかるよな、すげえ可愛いし」
「えー、ちょっと私じゃあ守る価値ないって事?サイテーッ」
浩也達の周囲にいたカップルたちのそんなやり取りも聞こえてきたところで、浩也は有里奈に話かける。
「そろそろ落ち着いたか?」
「うん、助けてくれてありがとう」
「まあ、今日は彼氏なんだから当然だろ。まあ彼氏でなくても同じことしてるけどな」
「フフフッ、私もそう思う。だから私はヒロの事が大好きなんだよ」
有里奈はそう言って、顔を赤らめながら、浩也の腕に抱きついてくる。浩也としては、まあ有里奈のナンパの護衛役は今回に限ったことではないので、そんなに感謝される程の事でもないのだが、嬉しそうにする有里奈を見て、まあ良かったかとぼんやり考えていた。
その後、二人は昼食後、イルカショーを見て、次の目的地へと向かう。向かう先は日帰り温泉だ。温泉場には一度、駅へと戻った後、再びバスを乗り換えて温泉街へと向かう。水族館を出たのが午後3時過ぎ。バスを乗り継ぎの移動で、なんだかんだ温泉についたのが、午後5時手前で、思ったよりも時間を食ってしまった。温泉にざっくり1時間、夕食に移動と考えると帰りが結構遅い時間になる。まあ相手が有里奈なので、お互いの両親も全く心配をしていないだろうが、これ以上の時間ロスは気をつけようと浩也が考えていると、有里奈がスマホ片手に浩也に話しかけてくる。
「一応、日帰り温泉の候補が2つあるけど、ヒロはどっちがいい?」
浩也は有里奈のスマホを受け取ると、対象の温泉を見比べる。一つは日帰りメインの施設で、所謂、スーパー銭湯のような設備が充実した施設だ。お風呂の種類も複数あり、サウナもついている。もう一つは老舗の高級旅館が、日帰り入浴もやっているパターンのものだ。こちらは風呂の種類は前者に劣るものの、その景観が売りのようで、サイトの画像もその景観が楽しめるものとなっていた。
「うーん、甲乙つけがたいけど、日帰りメインの施設の方がいいか。まあいくつか風呂の種類もあるし、設備も充実しているからな。旅館の方は泊まりならいいけど、俺たち風呂入ったら、帰らなきゃいけないからな」
「うーん、そうだよね。汗もかいてるから、体も洗いたいし。なら設備が整ってる方がいいか。じゃあこっちの温泉に行こうか?」
「ああ、ぱっと入って、少しだけのんびりして、家に帰るか」
正直、旅館のお風呂の景観も捨てがたかったのだが、やはり施設充実は重要だ。特に女子は身支度するのにも時間がかかる。浩也はそう思いながら、地図アプリを開きつつ、目的地へと向かうのだった。




