第六十八話
なぜか書いているうちに陽子ターンになってしまいました。
そしてキャンプ2日目。とは言っても、その日は午前中のんびりと過ごし、午後には早々に帰宅の段取りである。男子も女子もそれぞれに夜の会話で寝るのが遅くなった為、朝はのんびりめだったのだが、1人の少女の行動により、浩也はいち早く目を覚ますことになる。
「どーんっ」
「ぐへぇっ」
浩也は腹部に重たいものと可愛らしい声を聞き、思わず呻き声を上げる。
「ひーろー、あさだよーっ、あーさーっ」
浩也の腹部に馬乗りになったまいからのモーニングコールに、浩也は苦笑いで答える。
「ま、まいちゃん、おはよー。ママはどうしたのかな」
「うーん、ママはねー、おちゃけくさくて、まだねんねなのー」
どうやらまいの母親である京子さんは夕べの深酒がたたって、まだご就寝らしい。なので浩也はもう1人の身内のことを聞いてみる。
「あー、そうか、ママはまだおねんねかー。それなら陽子ちゃんはもう起きているのか?」
するとまいは浩也のお腹の上で、可愛いらしく首を傾げる。
「うーんと、ようこちゃんは、わかんない。いちばんにひーろーにおはよーしにきたのー」
おっと、どうやら身内より先に挨拶に来たらしい。浩也はそんなまいを可愛いらしく思い、優しくその頭を撫でてやる。まいは御満悦の表情を見せて、気持ち良さげにする。とは言え、他のメンバーはまだ寝ていることもあるので、あまり騒ぐのも悪いと思い、浩也はまいに言う。
「よーし、じゃあまいちゃん、お散歩でも行くか?コンビニまで行って、朝ご飯でも買ってこよー」
「うん、ごはん、ごはん」
浩也は簡単に身支度だけして、まいを連れてそーっと部屋を出ると、出た先の廊下で陽子と出会う。
「あっ、まい、どこ行ってたのって、浩也君っ」
陽子はまいと一緒に浩也がいた事にびっくりして、思わず声を上げる。ちなみに今の陽子はパジャマ姿で、完全に寝起き姿だ。浩也はその事に触れようかどうか迷ったが、一旦、スルーして、事情説明を優先する。
「今まいちゃんにおはよーの挨拶をされたところだ。折角起きたから、これから散歩がてら、コンビニで朝飯でも買ってこようと思ってな」
「ごはんー、ごはんー」
まいは買い物に行くのが楽しみなのか、小躍りしている。そんな浩也とまいを見て、陽子は慌てて、浩也に言う。
「浩也君、5分、5分だけ待ってっ」
「ああ、無理しなくていいぞ、まいちゃんのめんどうは俺が見るから」
「いいからっ、5分したらすぐ来るから」
陽子はそう言うと、慌てて自分達の部屋へと戻っていく。浩也は、別にまいと2人、のんびり散歩がてらと思っていたので、陽子は律儀なやつだななどと思っていたが、陽子にしてみれば、浩也と朝の散歩デートが出来る事なんて、滅多にない事なので、この機会を逃すわけにはいかなかった。そうして待つこと5分。陽子はラフな格好ながら、身支度を整え、髪もゴムで一本にまとめて、ポニーテールスタイルで登場する。もともと陽子は化粧するたちではないが、唇には、淡い色のリップだけはつけていた。
「そんな無理しなくても、良かったんだぞ」
浩也は陽子に気を遣ってそう言うが、陽子はちょっと不満げに本音を言う。
「いいの、私も浩也君と朝の散歩に行きたかったんだから、ほら行きましょう!」
「ああ、まあ俺も陽子と散歩は素直に嬉しいけどな。じゃあ、まいちゃん、コンビニに向けてレッツゴー!」
「ごー!」
陽子は徐に浩也が嬉しいなどと言うので、思わずドキッとするが、当の言った本人は、無意識でいった言葉なので、そんな陽子の動揺を知るはずもない。陽子は2人が仲良く手を繋いで歩く姿を見ながら、本当鈍いんだからと思いつつ、浩也のまいとは繋いでない手のほうを繋ぐ。
「ん、手繋ぐなら、まいちゃんの反対の手のほうが良くないか?」
「良いの、まいと私で両手に華でしょ、ねーまいー?」
「うん、みんな、なかよくだねーっ」
陽子がそう言ってまいに呼びかけると、まいも笑顔で同調する。そうなると浩也は文句を言えず、まあ朝で人気もないので、いいかと諦める。そしてのんびりと歩き出したところで、浩也は陽子にはなしかける。
「そうそう、陽子、昨日孝彦に告白されたんだって」
「いきなりその話題なの?この清々しい朝の空気の中で」
「ははっ、すまん、すまん。一応、結果も聞いているんだが、陽子からも聞いておきたくてな」
浩也も流石に朝一の話題にしては、中身の濃い話なので、そう言われると、笑って誤魔化すしかない。
「もう、まあ気にしてくれたって事で許してあげるけど。一応、きっぱり断りました。好きな人がいるのでってね」
「ああ、それでか」
「何が?」
「いや、昨日の夜、修二と孝彦に詰め寄られたんだよ、誰と付き合うのかって」
浩也はそう言って、面倒くさそうに、陽子に答える。
「ああ、そういう事。2人とも諦め悪いんだ」
「まあ、俺と朋樹で説教しておいたけどな。大体他力本願で口説けても意味ないだろうに。少なくても俺なら、脈のない相手には告白なんてしないしな」
「まあ林君は、中学の時同じ学級委員だったから、なんか勘違いさせちゃったのかもだけど」
そう言って苦笑する陽子に浩也が気になった事を聞いてみる。
「そう言えば、卒業した後、孝彦と会ったりとかないのか?」
「えっ、ないわよ。ああ、クラス会の時くらいかしら。個別誘われてたりとかもないし。なんで?」
陽子はそう言って、不思議そうな顔を見せる。浩也はそんな陽子を見ながら、諦観した顔を見せる。
「ああ、いや、大した事じゃないんだが、相手の事を知らないで、よく告白出来るなぁと。そう言った意味じゃ、飛鳥が1番賢いな」
「飛鳥?」
「そう飛鳥。飛鳥って最初告白した時、付き合いたいとか一切言ってこなかったんだぜ。まあコンテストは流れで、告白したみたいになったけど、今でもアイツ、チャンスって言うんだ。もっと私を知って欲しい、もっと俺を知りたいってな。ああそうか、飛鳥の場合、付き合うが最終目標じゃないんだな」
「付き合うじゃない?」
「ああ、多分付き合う、付き合わない以上に相思相愛になりたいんだ。お互いのことを知り合って、お互いのことを好き合ってってやつだな。そう思ったら、相手の事を知りたいし、自分の事を知って貰いたいもんな。うんうん、納得だ」
ただそんな納得顔の浩也に陽子は、まだ腑に落ちない表情をする。
「それって当たり前じゃないの?飛鳥に限らず、私や理緒、有里奈先輩だって見て貰いたいって思ってるし、多分もっと浩也君の事知りたいって思ってるよ」
浩也はこういうところが陽子の良いところだなと素直に感心する。勿論話自体、当たり前の事だが、陽子は自分だけでなく、他の女子達もキチンと含んでそう言うのだ。しかもそれを無意識でするのだから、やっぱ根が良い奴なんだろう。そういう陽子らしい面を見れて、思わず浩也は嬉しくなる。
「勿論、知ってるさ。問題はうちの男子の話な。もし、俺が理緒や陽子を振った時に、チャンスが巡ってくるとは思えん。」
「ええっ、私振られちゃうの?」
すると浩也はニヤリとしながら、その握る手に少しだけ力を入れて、気持ちを込める。
「ああ、現時点で4分の3の確率でな。勿論、まだ誰に俺が告白するかは、決まってないぞ。まあズルズル引っ張るのも性格じゃないしな。秋には決められるようにするよ」
「なら私は、私をもっともっと知って貰って、浩也君をもっともっと良く知って、側に居られるよう待ってるわ」
そう言って朗らかに笑う陽子に、やっぱりこういう陽子を知らないで、告白とか無いよなぁと思う浩也であった。
その後、浩也達はコンビニで朝食を買った後、流石に帰りまで、まいを歩かせるのは可愛そうなので、抱っこしながら行ききた道を戻る。まいはすっかり浩也の抱っこにも慣れており、抱っこされながら、陽気に歌を歌っている。
「本当にまい、浩也君に懐いちゃったよね。ねえ、まい、浩也君の事好き?」
「うん、ひーろーのことだいすき!」
「ははっ、それは素直に嬉しいな。お兄ちゃんもまいちゃんの事、大好きだぞ」
そんなまいに浩也も笑顔で答えて、まいの頭を撫でる。まいはさらに嬉しそうに言葉を続ける。
「まいねー、ひーろーのおよめちゃんになるのー」
すると陽子が少しだけ意地悪な顔をしてまいに言う。
「えー、そしたら陽子ちゃん、浩也君のお嫁さんになれないじゃ無い。陽子ちゃんも浩也君のお嫁さんがいいな」
「んー、じゃあようこちゃんにひーろーあげる。まいねー、ゆうとくんもすきなんだー」
すると恋多き女?であるまいはあっさりと浩也を振って、他の男の子に乗り換える。
「すごいなー、まいちゃんは。それならお兄ちゃんは、陽子ちゃんをお嫁さんにするか」
「ふぇっ、ひ、浩也君?」
「なんだ陽子?俺のお嫁さんは不服か?」
浩也はそう言って、からかい半分で陽子を見る。陽子も流石にまいの前でのリップサービスだとは思っているが、それでも顔を赤らめ、上目遣いで浩也を見る。。
「うっ、駄目じゃ無いです。でもそのお前に、彼女が良いです、って言われたら困るの浩也君でしょ」
「いや、本当、俺に告白したのが陽子だけなら、なんの問題もないんだけどな」
「ふふふっ、そうね、でも駄目よ。現実は4人いるんだから。女ったらしな浩也君」
すると浩也は憮然とした表情で、その表情を間近で見たまいに、不思議そうな顔で頬をペチペチされるのだった。




