第五十九話
夏祭り編といってもそう長い展開ではないですが。
浩也と有里奈は一度家に戻った後、有里奈の家の前で再び合流する。浩也はバイト上がりの装いから、シャワーを浴びた後、シャツだけ変えた格好でそのままきたが、有里奈はわざわざ浴衣に着替えての登場だ。有里奈は細身で浴衣が似合う。髪もアップして、その首筋の白い肌が艶めかしく、紺地の浴衣に良く映えていた。
「はは、やっぱ有里奈は浴衣が似合うな。それは素直に毎年思うよ」
有里奈は浩也の素直な褒め言葉に、頬を赤らめながら、嬉しそうに言う。
「ふふっ、それは素直に嬉しいかも。そう言って貰えると着替えた甲斐があるし、暑いのも我慢しがいあるもの」
「ああ、やっぱ暑いのか。まあTシャツ一枚よりかは遥かに暑そうだけどな。そういうのは、女子って大変だと思うよ」
「うん、でも、やっぱ気分だからね。それじゃあ、陽子ちゃんところに行こう」
有里奈はそう言って、笑顔で前を歩き出す。浩也は有里奈に並びながら、ふと思う。そういえば毎年、こうやって夏祭りに有里奈ときているが、2人きりじゃない夏祭りは、いつ以来だろうと。多分、中学に入ってからは、幼馴染である事を隠す為、友人と連れだってというのをやめた気がする。それが有里奈にとっていい事なのかはわからないが、そう悪い事でもない気がした浩也であった。
そして陽子達と合流して、いざお祭りへと出発する。ちなみに陽子も浴衣に着替えており、白地に朝顔が描かれた涼しげな印象の浴衣だ。まいは女の子用の甚平姿で、ピンク色の可愛らしい姿だった。2人とも夏祭りの装いとしては、ばっちりであり、良く見るとその髪には先日プレゼントした髪留めが2人して使われていて、それもとても良く似合っていた。
陽子の家から神社までは、歩いて20分。まだ3歳のまいを歩かせるのは大変なので、浩也が肩車でまいを運ぶ。
「うわー、たかーい、ひとがいっぱ〜い」
「ほら、まい、あんまはしゃがないの」
そう言って、陽子はまいを窘める。子供が祭りに初めて行くのである。興奮するなというのは無理である。なので、陽子はあまり強く言えず、浩也に申し訳無さそうにする。
「陽子、あんま気にするな。言うほど、はしゃいでないし、興奮するなって、無理だろう?」
「うん、でもごめんね、肩車も大変でしょ」
「ははっ、大丈夫、大丈夫。軽い軽い、なーっ、まいちゃん」
「うーん、だってひーろーだもんねっ」
そう言って、浩也は笑顔を見せ、まいもそれにあわせて笑顔で答える。するとそんな陽子に有里奈が優しく話しかける。
「ヒロがああ言っているんだから、陽子ちゃんも気にしなくていいよ。ヒロってできない事は約束しないから、あれも全然大丈夫だと思うよ。私も陽子ちゃんもいるし、まいちゃんの電池が切れたら、おんぶもしてあげられるから」
「有難うございます、有里奈先輩。とりあえず今はお言葉に甘える事にします。まいも凄く楽しみにしていたみたいで、私が帰ってからもはしゃぎっぱなしなんです。でもあんなに浩也君になつくなんて」
「フフフッ、ヒロってあれで昔から面倒見がいいのよ。子供の時も近所の小さい子の面倒見てたりしたし。人見知りの癖に、小さい子には人見知りしないの。だから懐かれるんだろうけどね」
そう言って、有里奈は懐かしそうに、昔話を始める。陽子はそれを少しだけ羨ましい気持ちになるが、とは言え、それは有里奈だけの大切なもの。陽子は陽子で、これから大切な時間を作ればいいのだと思って、羨む気持ちを押し込める。
「浩也君って、本当に不思議ですよね。ああでも女子に好かれる体質なのかも。老若男女問わず」
陽子はそう言って、笑みを零す。すると同じように有里奈も微笑んで、同じ感想を漏らす。
「そうそう、陽子ちゃんに、理緒ちゃん、飛鳥ちゃん、油断してるとどんどんライバルが増えてくの。今度はまいちゃんまでライバルになっちゃうかもね」
「フフフッ、それはまた随分先の話ですね。でもまいが20歳でも浩也君が34歳。歳の差カップルならありえるかも?流石にその歳で独り身だと、浩也君も若い子に靡いちゃうかも」
「ええーっ、ありえる、ありえるよ、陽子ちゃん。これはやっぱ、早くヒロに相手を決めてもらわないと」
そう言って、陽子の冗談に焦りだす有里奈。流石にあわてすぎだが、もし仮に浩也がそこまで1人身だったらなくもない未来なのかも知れない。そう思って、浩也とまいに目を向けると、2人は仲良さげに周囲に目を向けながら、楽しんでいる。
「まあ今の段階だと、歳の離れた兄弟くらいにしか見えないから、大丈夫だと思いますよ。それにそれまで1人身でいるなら、私が貰ってもらいます」
「ああ、ずるい、陽子ちゃん。なら私がもらっちゃう。陽子ちゃんには負けないんだからっ」
有里奈はそう言って、浩也の横に並びかける。陽子もそんな有里奈を可愛らしく思いながらも、自分も有里奈とは反対側に並びかけるのであった。
そうして一向が神社に着いたとき、あたりは人垣で賑わいを見せる。出店からはおいしそうな匂いが立ちこめ、色とりどりの景品が並んだ店もあり、まいのきらきらした目は最高潮に達する。浩也は肩車からまいを降ろして、屈みこんで、まいと目線を合わせて、言い聞かせる。
「まいちゃん、いいかい。今日は人が一杯だから、陽子お姉ちゃんか有里奈お姉ちゃん、それか俺と必ず手を繋いで歩く事。もし離れたら迷子になっちゃうから、これは約束だ。そのかわり、約束を守れるなら、好きなお店に行って、欲しいものを買ってあげる。まいちゃんは約束を守れるかい?」
「うんっ、まいね、やくそくまもれるよ。ゆびきりげんまんだよ」
「おお、そいつは偉いね。指切りげんまんだ」
そう言って浩也はまいの前に小指を出して、指切りげんまんをする。ちなみにその時有里奈は少し羨ましそうにその指切りげんまんを眺めている。本当は有里奈がまいと指切りげんまんをしたかったのだ。それに気付いた浩也が、まいに向かって言う。
「じゃあ次は有里奈お姉ちゃんと約束だ。ほら有里奈、指切りげんまん」
すると有里奈は嬉しそうにまいの前に屈みこんで、指切りげんまんを始める。陽子はそんな2人を微笑ましそうに眺めつつも、浩也にお礼を言う。
「浩也君有難う。出店のお金は私が払うから、浩也君は気にしなくていいよ」
「うーん、その辺は状況次第にしようぜ。俺も今は小金持ちだし、まいちゃんを喜ばしたいしな」
浩也はそう言って、ニカッと笑う。浩也自身も遊び倒す気満々なので、一緒に遊ぶのに、お金を別々というのはまどろっこしいというのが、本音だった。陽子はその表情を見て、どうせ勝手に払っちゃうのだろうと考えて、別の恩返しを考える。
「なら、今度浩也君のプレゼントする時に上乗せする。これももう、決定事項だから」
「いや、別に今、そんな欲しいものなんてないぞ?」
「いーえ、多少無理にでもプレゼントします」
浩也は、まあ当日有耶無耶にすればいいかと、それ以上は抵抗せず、まいのほうを向いて、その手を差し出す。
「じゃあ、まいちゃん、お祭りに向けて、レッツゴー!」
「れっつごー!」
まいも浩也の手を握ると反対側の手も伸ばして、大きい声を出す。有里奈は浩也に手を繋ぐのを先を越されたと悔しがり、陽子はそんな一行を見て、自分も楽しまなきゃ損よねとばかりに、軽やかな足取りで3人を追いかけた。
出店はくじや射的など遊戯ものや、りんご飴、わたがしなどのお菓子、たこ焼き、焼きそば、お好み焼きと色々な店を渡り歩く。結局、遊戯ものは浩也がまいの分のお金を出し、お菓子は有里奈、食べ物系は陽子が払っている。有里奈は有里奈でお金を払おうとする陽子を無視して、勝手に会計し、まいの喜ぶ顔を堪能していた。陽子は有里奈にも何かお礼を考えないとと思って、心にメモを残しつつ、まいの顔を見る。
「まい、今日は浩也君と有里奈先輩がいて良かったね。一杯お土産できたね」
「うん、ひーろーと、ゆーなちゃんとようこちゃんといっしょでたのしー」
頭にはお面をつけ、手を繋いでいない手にはりんごあめを持ちながら、満面の笑みでまいは陽子に言う。ちなみにわたがしは陽子が持っている。すると浩也が陽子に話かける。
「そろそろ花火が上がるから、それ見たら帰ろうっか。まいちゃんは花火見たことあるか?」
「はなびー?おうちのにわでやったことあるよー」
「はは、それも確かに花火だな。でもこれから見るのはもっと大きい花火だぞ。まあ地元の花火だから、それ程盛大ってわけでもないけどな」
「へーおっきいはなびー?」
まいはイメージがつかないのか、不思議そうな顔をしながら、浩也に聞き返す。浩也は苦笑しながら、よっこいしょとまいを肩車する。
「よし、じゃあおっきい花火が見れるところまで行こう。あー、どーんって大きい音が鳴るから、びっくりするなよー」
そういって浩也達は花火が見やすい場所へと移動する。そこは海辺近くであり、遮蔽物が少なくて、空が開ける場所だった。地元の人間なら誰もが知っている場所なので、周囲には人垣があり、かなり混雑している。まいは浩也の頭にしがみ付き、周囲の人をきょろきょろ見ているが、浩也の肩に乗っているので、迷子の心配がないのか、その表情は笑顔だった。陽子と有里奈もはぐれないようにと、浩也の服をつまみ、花火の上がるのを今か今かと待ちわびる。そして暫くすると、空に綺麗な光がはじける。そしてはじけた後に追いかけるように大きな音が響き渡る。
ドーンッ・・・パチパチッ
その光と音を聞いて、まいの頭を掴む手が強まる。
「きゃーっ」
大きな音にびっくりしたのだろう、強まる手と共にまいの叫び声が響く。浩也は慌ててまいを肩車から抱っこに切り替えて、その表情を見る。
「まいちゃん、大丈夫か?こわかったか?」
「ひーろー、すごい、すごい、ぱっとしてどーんって」
するとまいは楽しそうな表情で目をキラつかせている。
ドーンッ・・・パチパチッ
「きゃーっ」
また違う花火が上がると、また同じように声が上がるが、その表情は楽しそうだ。浩也は少し、ホッとしてそのまま抱っこしながら、目線を花火へと戻す。花火はその後も続き、その度にまいは楽しげに叫び声をあげる。浩也はふと隣の有里奈と陽子を見ると、2人も楽しそうにまいと花火に目をやっているようで、目が合うと、嬉しげな表情を見せる。浩也は、そんな2人に優しげな笑顔を見せた後、周囲に目を配ると、何やら見知った顔らしい人物を遠巻きに見つける。
『理緒!?』
よく見ると理緒は理緒より多少背の高い男子と2人で花火を見に来ているようで、その男子となんだか会話しているようだった。
『あれ?理緒が男子と?あれ、でもアイツは』
その相手の男が気になる浩也は、花火もそこそこに理緒たちに見入るのだった。




