第五十六話
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イベントの表彰も終わり、イベント会場の人もまばらになった頃合で、浩也達はようやく解放されて海の家に戻ってきていた。勿論その場には、理緒もついてきており、浩也を含めイベント参加者が一同に会していた。
「いやー、楽しかったわね。イベントそのものも盛り上がったし、浩也と陽子ちゃんも優勝しちゃうし、運営としても企画したかいがあったわ」
と運営スタッフであり、今回の立役者でもある由貴がご満悦でそう話す。ちなみに今この場にいるのは、イベント参加者の6名と由貴の計7名だ。他の海の家のバイトメンバーは、イベントの撤去作業を手伝っており、この場にはいない。
「いや、完全に俺だけが苦労した気がするんだが。大体最後の決定が、何で俺に回ってくるんだ?他の審査員もいただろうっ」
「だって、あれ、あんた以外が決めたら収拾つかなくなってたわよ。特に有里奈と理緒ちゃんのファンときたら、完全に敵対してたんだから。あの司会者、どっちか選んでたら、確実に襲われてたわね」
由貴は不機嫌な浩也を尻目に、あっけらかんとした表情で、手をひらひらと振る。まあ確かに浩也以外が選んだとしたら、色々と問題がありそうなのは、薄々感じていたので、浩也は舌打ちをするのに留める。
「ちっ、まあそれはいい。それより何でコンテストに理緒まできてるんだ?」
「あら、浩也は私がここにいたら不味いって言うの?」
陽子をミスに選んだところから理緒はずっとこの調子だ。それは有里奈も同様で、同じく浩也に食って掛かる。
「そうよ、別に理緒ちゃんがいたっていいじゃない。それより何で陽子ちゃんが彼女なのかを聞きたいんだけど」
「あっ、私もそれが不満。彼女役なら私でも良かったのに」
「だー、それはさっきも説明しただろっ。陽子は海の家でずっと彼女役だったんだよ。だからその流れだ。そもそも理緒はバイト関係ないだろ?」
浩也もだんだん面倒くさくなって、口調がぞんざいになる。すると由貴が苦笑交じりに仲裁に入る。
「はいはい、まあ彼女役の話はいいじゃない。所詮は役なんでしょ。それより浩也、あんたちゃんと状況は理解しているのよね?」
すると女性陣の注目が一気に浩也へと集まる。確かに陽子は彼女役だが、由貴の言う通り、所詮役でしかない。それ以上に大事なのは、役ではない存在なのだ。ただ浩也はその視線を平然と受け止め、言葉を返す。
「ああ、ちゃんと理解しているぞ。水谷、ん、いや飛鳥と有里奈、陽子、理緒に告白されたっていう事実の事だろ。一応、今現段階の結論もちゃんと考えた」
「へー、あんたにしちゃ、上出来じゃない。ちゃんと飛鳥ちゃんを同等に扱っているところも褒めてあげる。で、結論って、この中の誰かと付き合うって答えがでたって事?」
由貴の一言でその場の空気が固まる。飛鳥は名前で呼んでくれたことに喜んだ矢先、ビクッと震え、有里奈は両手の平を握って、浩也を見つめ、理緒もまた浩也をジッと見つめてる。ただ1人、陽子だけが違和感を覚え、腑に落ちない顔をする。だから浩也がニヤリといつものいたずらっ子の表情を見せた時、ああ、ろくでもない事だと直感する。
「うんにゃ、とりあえず、今現時点で誰の気持ちにも答えられないので、振る事にする。ごめんなさい」
浩也はそう言って、頭を下げる。
「えーっ、ちょっ、ヒロ、どういう事?」
「浩也、さっき考えてくれるって言ってたじゃん」
「振られた、浩也先輩に振られた」
思いっきり動揺する3人を尻目に、陽子はああ、そういう事かと合点する。さっき浩也が決めた事とはこの事だったのだ。そしてその意味もちゃんと理解する。そんな陽子を由貴が見ていて、陽子に質問する。
「陽子ちゃんはなんか驚いていない見たいだけど、どういう事?」
「ああ、多分なんですけど、浩也君、今、答えが出ないから問題を先送りにするんじゃなくて、一旦リセットしたんですよ。まあ確かに告白されて返事しないで先送りって、浩也君ぽくないですし」
するとそれを聞いてた浩也がしたり顔で、陽子を褒める。
「流石は陽子。良く判ってるな。陽子が言ってただろ、好きになったら揺るがないって。今俺は、仮に誰かと付き合ったとしても、揺るがない自信がないからな。だから、誰も選べない。選べないのに、返事しないのは、相手に悪いだろ。だったら、一度断って、相手にはフリーになってもらいたいんだ。だって俺は1人しかいないんだぜ、結局選べるのは1人だ。俺が選ばなかった奴が、その間、時間を無駄に過ごすのは勿体ないだろう」
すると理緒が、浩也に問う。
「もし浩也が選んだときに、その相手に誰か他の人が側にいたらどうするの?」
「まあ、それでもアタックして駄目なら諦めるしかないな。それは俺の優柔不断が招いた結果だ。甘んじて受け入れるしかないだろう。ただ、そう簡単に諦めるかはわからんが」
すると今度は有里奈が質問する。
「なら振られた今、この後私からアタックするのは?」
「んー、それは素直に嬉しいけど、選ぶかどうかはわからんぞ。ただ彼女は作ってみようと思っているけどな」
すると今度は飛鳥が食いつく。
「なら、リセットなら、私にもチャンスをくれますか?」
「ははっ、飛鳥のことは正直よく知らないからな。まずはお互いの事を知る機会くらいは考えるさ」
すると由貴が呆れ顔で言う。
「浩也、あんたほんと馬鹿ね。もしかしたらこの中の誰かはあなたの彼女じゃなく、他の誰かのものになっちゃうかも知れないのよ。ほんとにそれでいいの?」
「んー、まあ正直これでいいかは、俺にもわからん。ただ、自分の気持ちがはっきりしないうちに誰かと付き合う気はしないな。それで愛想つかされても、俺はそれしか選べん」
すると陽子がフフフッと笑う。やっぱり浩也は浩也らしい。結局、誰よりも真面目で優しいのだ。そして陽子は理緒や有里奈、飛鳥と目を合わすと、彼女達も同じ思いを抱いているらしかった。だから、陽子は誰よりも先に断言する。
「じゃあ、振られた私から一言言うわ、私は振られたからって、別に好きという気持ちは揺るがないわ。まあ有里奈先輩や理緒、飛鳥ほどにモテないしね」
「あっ、陽子、やっぱズルイ。浩也、私は浩也が好き。ライバルが多くても、関係ない。これからも目一杯、甘えるし、目一杯側にいるから、よろしくね」
「もー、2人とも抜け駆けだよ。ヒロ、私はまだ幼馴染だけど、別に幼馴染でいたいわけじゃないからね。ちゃんと答えを聞かせてもらうんだから」
「もー、皆さん、少しは後輩に譲ってくださいよ。浩也先輩、私はもっともっと浩也先輩の事が知りたいです。それから私の事ももっと知って貰いたいです。だから、よろしくお願いします」
すると浩也が怯んだ表情を見せて、盛大に溜息をつく。
「はあ、お前ら今確実に振ったんだが。少しは他に目を向けるとかないのか?」
すると由貴が朗らかに笑い、浩也をからかう。
「フフフッ、浩也、あんたのモテないも年貢の納め時ね。あんたモテんじゃない。しかもミスも含めた美少女だらけよ。そうは思わない、めぐみちゃん」
それまで完全に外野にいためぐみはそれにノッて、ニヤニヤしだす。
「そうですよねー。いいなー。私も浩也ガールズに加えてもらおうかしら」
「浩也ガールズは止めろっ、俺はそんな趣味も作った覚えもねーっ」
そうして、その場が大爆笑となる。自称モテない彼が、自分がモテると知った瞬間だった。
そうして浩也がモテると自覚した後、浩也自身に変化が訪れたかというと、全くそれまでと変らず、自分はいうほどモテないと思っていた。モテた相手が偶々可愛い女子ぞろいというだけであり、有里奈にしろ理緒にしろ、その付き合いが長く、陽子や飛鳥も中学時代からの知り合いと考えると、付き合いが長い分、好かれているのだろうと考えていた。実際には、世の男性の多くが少なからず女子と長い付き合いにあったとしても、それが色恋に繋がらない事実に考えが至らないところが、浩也らしいところであるのだが。ただ浩也としては別にめぐみに惚れられた形跡もなければ、それ以外の女子(海の家のナンパ女子は別にして)に告白されたわけでもない。なので、やはりその4人が特別なのだろうと考えていた。
とは言え、その4人に対してはどうかと考えると、やはり有里奈は幼馴染で身内感があり、理緒は理緒で友達感覚が強い。飛鳥はまだ接点が少なく、陽子は自分と似たところがあって、親近感は沸くが、お互い恋愛に疎い為、そういう気分にまでは至らない。だからどういうきっかけで付き合いたいと思うのか、思い悩むのだった。
「なあ朋樹、お前は春香のどこが気に入って、付き合おうと思ったんだ?」
その日海の家に朋樹と春香のカップルが遊びに来ていた。その日は平日、バイトメンバーは浩也と陽子の2人で、2人が働いてるところを見にきたのだ。
「何だ、いきなり?悪いもんでも食ったか?」
浩也は休憩中で、朋樹と春香の座る席で駄弁っていた。そんな浩也から唐突に繰り出される恋愛話。そもそも浩也と恋愛話が結びつかない朋樹は怪訝な表情を見せる。すると隣の春香がクスクスと笑いだす。
「浩也君、陽子ちゃんに聞いたよー。そう言うこと聞いちゃうなんて、なんか重症だねー」
「ん、何だ、春香?なんか知ってるのか?」
朋樹が何か事情を知っている春香に不思議そうな顔をする。すると春香は浩也を見て、話をしていいか確認する。浩也としても、隠し立てする必要のない相手なので、さばさばとした表情で、首肯する。
「実は浩也君、なんと4人の女子に告白されたの。だから悩んでるんだよねー」
「へっ?4人?有里奈先輩と井上と陽子か?あれ、1人足らないな。あっ、水谷か?」
すると浩也が呆れた表情を見せる。朋樹に全員を言い当てられるとは思っていなかったのだ。
「お前は何で、俺以上に俺の周囲の事情に詳しいんだ?」
「有里奈先輩と井上は鉄板だろ。陽子はもしかしたらだけど、最近仲良かったからな。水谷はほら、部活のときにバイト先教えたのが、俺だ」
すると浩也は朋樹に対ししかめっ面になる。
「お前か、飛鳥を焚きつけたのはっ!お陰で俺がどんだけ酷い目にあったことか」
しかし朋樹は悪びれもせずに、したり顔となる。
「それは身から出た錆びだろう。俺は水谷にバイト先と井上が相変わらず、友達ごっこをやってるぞと教えただけだ。まあ、その後の行動力は水谷の天性だろう」
「そうよね、飛鳥ちゃん、中学の時から浩也君のこと好きだったもんね。それで一度理緒ちゃんに食ってかかった事あったし」
すると浩也は春香を見て、不思議そうな顔を見せる。
「あれ?春香は前から知ってたのか?それに理緒とやり合ったって」
「ああ、浩也君、その辺は知らないんだ。大変だったんだよ、その時。結局は飛鳥ちゃん、理緒ちゃんに言い負かされちゃったんだけどね」
「理緒は口が回るからな」
「ううん、負けたのはそういう事じゃないんだけどね。でもそっから飛鳥はすごく変わったんだよ。勿論、成長期っていうのもあったんだけど、どんどん可愛くなって。今じゃ多分、同学年では、1番人気があるんじゃないかな」
浩也はそれを聞いて、明らかに嫌な顔をする。飛鳥が可愛くなった事ではない、飛鳥が学年で1番というフレーズにだ。そんな浩也の気持ちを感じ取った朋樹はニヤニヤしだす。
「クックッ、有里奈先輩に、井上、水谷と海生高校3学年のナンバー1を完全制覇だな。俺も友人として鼻が高いよ」
「くっ」
浩也はそう言って悔しそうに息を漏らす。よもや女子の事で、朋樹にからかわれるとは思っても見なかった。浩也はなんだって俺なんかと思わずにはいられない、今日この頃だった。




