第四十九話
今回は再び海の家。少し夏休みの消化ペースを上げないと、夏休み編が膨大な量となりそう。書きたい話はまだまだあるのですが、そこが悩ましいです。
浩也の夏のバイトでは初めての土日、今日は当初の予定通り、有里奈とめぐみが合流する初日である。有里奈とは、家の前から一緒にバイト先に向かい、西条駅、西ヶ浜駅それぞれで陽子とめぐみを合流して、浩也達は海の家に向かう。朝8:00というまだ早い時間なのにもかかわらず、西ヶ浜駅には海水浴目当てらしい客がチラホラおり、浩也は今日という日の混雑を予想して、辟易とした表情を見せる。
「なあ陽子、これヤバくないか?」
「浩也君、言わないで、気付かないようにしてたのに。大変なのはわかっているわ、でももう少しだけ、現実逃避させてっ」
陽子はそう言って、悲壮感を漂わせる。そんな2人のやり取りに、めぐみが不思議そうな顔をして、浩也達に聞いてくる。
「ねえ、そんなに今日、大変になるの?」
「ああ、めぐみと有里奈は今日が初日だから、わからんと思うが、この数日、うちの店だけがやたら繁盛してる。しかも今日、2人がいるだろう?ヤバい想像しか湧かない」
「またまたーっ、確かに有里奈先輩や陽子ちゃん、まあ甘く見積もって私も含めて可愛い女子がいるからって、そんなに人は呼べないよ。ねえ、陽子ちゃん?」
「ふっ、めぐ、海にいる人達は人種が違うの。あれはもう、女子なら手当たり次第の人達なの。浩也君の場合はその逆だけど。不味いわ、確実に不味い」
まだ事の重大さに気付いていないめぐみに、陽子は半ば震えながら、訥々と説明する。浩也も全く同じ意見だったが、同じく事の重大さに気付いていない有里奈が能天気な発言をする。
「フフフッ、でもヒロを彼氏って言えば、平気なんでしょ。大丈夫だよ、陽子ちゃん」
すると浩也は盛大に溜息を吐くと、有里奈達にいい含める様に、宣言する。
「いいか、海の家のバイトを舐めるな、確実に店はパニックになる。もうこの際、俺をどう利用しようと構わん。ただ俺は一歩も動けないと思え」
それに陽子ただ1人が真剣な表情で頷く。一方の有里奈とめぐみは半信半疑で曖昧にうなづくだけだった。
そしていよいよ店が開け、30分もしないうちに、浩也と陽子の苦言は現実のものとなる。人、人、人の嵐である。
「えっ、えっ、何?これどうなってるのっ」
時間はまだ9:30を回ったところだ。なのに周囲の店を他所にこの店だけが、やたら繁盛してる、有里奈は思わずパニックに落ち入り、店内で右往左往する。するとそこに陽子が現れ、有里奈に声をかける。
「有里奈先輩、落ち着いてっ、まだ全然、人来てないですから。今からテンパってたら、この後、持ちませんよ。まずは片っ端からオーダーを聞く、さあ、頑張って下さい!」
有里奈は陽子にまだ序の口と言われて、思わず挫けそうになるが、何とか持ちこたえると、お客様の元にオーダーを取りに行く。すると今度は陽子の元にめぐが泣き言を言いにくるか
「陽子ちゃーん、聞いてないよ、うちのファミレスでも花火大会の時くらいだよ、ここ迄の混雑っ。オーダーとってもとっても人減らないよー」
「ほらほら、泣き言言ってないで、どんどん料理運んじゃいなさい。お客様は食べ終わらないと出ていかないの、ほらさっさと動く」
「ひぇーっ」
そうしてめぐは叫びながら、料理を取り行く。陽子はふと焼き場を見ると、若い女子達を中心に既に浩也の前が列をなしている。店の繁盛の原因は実はこれである。若い女子が浩也を見つけて、焼き場に群がる。それに目を付けた男子がさらに群がる。そして列をなした店に興味を持って家族連れやらが、やってくるのである。
大学生3人トリオもこの日ばかりは自分の仕事に追われ、最初こそ英吉も有里奈やめぐにちょっかいかけたそうにしていたが、今はそんな余裕さえ見せずに、一生にこき使われていた。
「取り敢えず、離陸はしたけど、安定飛行までは程遠いわね」
陽子はそう零した後、新米2人のフォローに再び店内を駆けずり回るのだった。
そうしてお昼時、店は最大のピークを迎える。海岸には人が溢れかえっており、何もこんな状態で海に入らなくてもと浩也は盛大に疑問を抱くが、それでも人は楽しそうな笑顔を浮かべてはしゃいでいる。勿論、浩也にはそんな余裕が与えられるはずもなく、只々接客に調理にと忙殺されているが、それでも長蛇の列が一向に止む気配を見せない。
『こりゃマジヤバいかも』
流石に調理と接客の双方をこなすのに限界を感じ始めたところで、浩也の隣に有里奈が並ぶ。
「ん?有里奈?」
「陽子ちゃんが、ヒロが大変そうだから、接客をしてあげてって。一応、私とめぐちゃんの2人で交代しながら、接客するから、ヒロは調理に集中して」
浩也は店の中に目を向けると、陽子もめぐみも忙しなく動いており、とても人を回せる様な状況ではないのだが、それでも人を回してくれた事に、浩也は凄く感謝する。
『流石は陽子、こりゃ後でお礼をしないとな』
浩也は内心で陽子にお礼をしようと心に決めた後、有里奈に向かって、笑顔で言う。
「有里奈、サンキューな、バンバン作るから、ドンドン売っちゃってくれ」
「うん、こっちは任せてっ」
そうして2人は息の合ったところを見せながら、販売していく。ただ誤算だったのは、有里奈にしても、めぐみにしても、2人が店前に姿を見せたことで、明らかに列が増えた事である。結局、その日の材料が尽きるまで、列は消えることがなく、浩也が休憩に入れたのは、16:00を回ったところだった。
「うおー、疲れたーっ」
浩也が休憩に入って木陰で寝そべった後、そう声を漏らす。流石に今日はやりきった。焼き場で販売する商品は全て材料が尽きるまで、売り切っており、今日の浩也は後片付けのみで、もうやれる事が無かった。有里奈もめぐみも初日にしては十分に動いており、流石に人の引けたこの時間は店内で少しだけゆっくりとした時間を過ごしていた。
「浩也君、お疲れ様」
そう言って近付いてきたのは陽子。浩也も頑張ったとは思うが、今日に関して言えば、MVPは間違いなく陽子だろう。勿論、自分の仕事もキッチリこなしつつ、新人2人のフォローもこなし、且つ、全体への指示出しも行う。まさに陽子らしいリーダーシップの取り方だった。だから浩也も心からの言葉を漏らす。
「ああ、お疲れ様、今日は助かったよ。お陰で焼き場の材料は空っぽだ。あれ本当は3日分の材料だったんだぜ。さっき源治さんが泡食って明日の材料を集めに行ったよ」
「フフフッ、浩也君に感謝されるなんて、なんかこそばゆいわね。でもなんとか今日を乗り切ったし、良かったわね。まあ明日は明日で大変なんだけど」
「ああ、でも明日はなんか助っ人を呼んだらしいぞ。誰が来るかは知らんけど」
「それは嬉しいわね。流石に、今日は休憩まわすのも一苦労だったし。それにしても、有里奈先輩もめぐも凄い人気だったわ。本当モテる人って大変よね」
陽子はそうしみじみと言う。そう言う陽子もかなりの男子に声を掛けられているのだが、それはあくまで2人のおまけだと思っていた。だから勘違いする陽子を勿体ないと思い、素直に陽子を評価する。
「陽子の鈍さも大概だな。何度陽子の彼氏って事で睨まれた事か。陽子は間違いなく可愛いぞ。有里奈やめぐみにも負けないくらいな。もっと自覚した方がいいぞ」
もっとも自覚していない浩也にそう言われた事で、少し複雑な気分にもなるが、浩也に可愛いと言われた事が素直に嬉しかった。だからもう1人の鈍い男子にも同じを言ってやる。
「浩也君、鈍いはお互い様でしょう、浩也君もカッコいいわ。それこそ藤田君に負けないくらいにね。出なきゃあんなに人並ばないから」
「お、おうっ」
面と向かって陽子にカッコいいと言われ、思わず浩也が口篭る。普段、お世辞とかを言わない陽子だけに、その言葉に真実味があり、正直テレてしまったのだ。すると普段にない浩也のリアクションに陽子が煽りを入れてくる。
「あれあれ〜、浩也君、もしかしてテレてる?普段、人をテレさせてばっかなのに、以外に褒められ弱い?フフッ、かわいい〜」
「チッ、陽子調子にのるなよ。絶対、3倍返しにしてやる」
「フフッ、はいはい、じゃあ期待して待ってようかしら」
そう言って陽子はクスクスと笑い出す。浩也もなんだかテレてるのが馬鹿らしくなり、思わず笑い出す。結局2人はそんなやり取りをしながら、休憩時間をのんびりと過ごすのだった。
そして店が閉店となり、4人は連れだって家路へとつく。行きとは違い、まずめぐみと西ヶ浜駅で別れ、その後、陽子の家経由で有里奈と帰り道を歩いて行く。
「あーほんと、今日は疲れたね。明日はともかく、月曜日からの予備校がすごく憂鬱」
「ああ、俺と陽子は月曜休みだ。この夏初めて惰眠を貪れる。なんだかんだ、夏休みに入ってから、ずっと忙しいからな」
「むー、いいな。私も予備校休みたいな。朝は流石に学校みたく早くないけど、でも行くの面倒くさいなー」
浩也は暗に有里奈が甘えてきているのを知った上で、それを無視する。
「ちなみに俺は惰眠を貪った後、ただひたすら宿題だな。ここであらかた目処を付けて置かないと後半が厳しくなる。まあ予備校は頑張れ、受験生!」
「なら、月曜日、ヒロのうちで宿題やりに行ってもいい?」
「別に構わないが、うちでやる意味あるか?」
浩也としては、有里奈がいる事自体は邪魔になるわけでもないので、普通に了承はするが、わざわざ来る必要があるのかは正直疑問だった。せめて学年が一緒なり、している勉強が一緒であれば、まだ理解は出来るのだが。
「いいのいいの、宿題なんて、1人でやると途中で垂れちゃうんだもん。だから行く意味あるよ」
「まあ好きにしろ。きたらきたで、親が喜ぶ」
「フフフッ、また泰子さんに料理教えてもらおうかな」
「早速、来る目的が変わってるんだが」
そう言って浩也は少し呆れた表情を見せる。有里奈はそれでもお構いなしに嬉しそうにしているので、まあいいかと諦める。浩也はそこでふと気になった事をきいてみる。
「そう言えば、予備校でこの前の噂とかないのか?」
この前とは先日浩也が有里奈をハグした件である。既に理緒にも噂話が入っているくらいである。当事者の有里奈のところでは、さぞ騒動になっていると思ったのだ。
「あーあれ、大変だよ。みんなに彼氏出来たのって言われるし。女子には幼馴染のいたずらって言ってるけど、へんに勘繰られているかも。男子は話す機会がないから、わからないけど、なんかしずには探りが入っているみたいだし」
「ふーん、しずさんはなんて?」
「やっぱり彼氏かどうかって聞かれてて、面倒くさいから、彼氏でも無いのに抱きつかれる?、て言い返しておいたって」
「おっ、おう。明らかに誤解させるような発言。しずさんらしいと言えばらしいが」
そう言って浩也はなんとか言葉を返すと、少し呆れ顔になる。ただそんな浩也の反応を不服に感じたのか、有里奈は浩也に突っかかる。
「別にいいじゃん、彼氏扱いだって。どうせヒロ、彼女作る気ないんでしょ。幼馴染のピンチなんだから、それぐらい大した問題じゃないでしょ」
「いや、いないのは事実だが、作る気がないわけじゃないぞ。相手がいればの話だが」
「いるの?相手?」
すると浩也は苦笑いをし、両手を挙げる。これ以上反論しても、墓穴を掘るだけである。
「はい、おりません。ここは謹んで、幼馴染の為に誤解を甘んじて受けさせていただきます」
すると有里奈はご満悦で、胸を張る。
「ならよし、バンバン噂を広めよう。そうすれば、私に告白する男子も減るし、一石二鳥、みんなハッピーね」
「いや明らかに俺が不幸だろ・・・」
浩也はご満悦な有里奈の機嫌を損ねないように、ボソッと零すのだった。




