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第四十八話

今回文量多目ですが、なんとか1話でまとめました。舞台は着実に揃って来ています。

夏休みに入っての初めてのバイトの休日。浩也は惰眠をむさぼる事も許されず、1人バスに揺られ、市立体育館前で降りた後、建物へと足を運ぶ。海の家とは違ったアスファルトの焼けるような照り返しの中、浩也は汗だくになりつつ、何度目かの溜息を吐く。本来であれば、誰か一緒に連れて来たかったのだが、同じ日に休みとなった陽子には、今日はまいをプールに連れて行く約束をしているとの事で断られ、朋樹も自身の部活があるからと断られた。先日の飛鳥との一悶着もあり、1人は避けたかったのだが、結果1人でくる事になってしまっている。


『まあ、しょうがない。なるようになるさ』


半ばやけっぱちな心情で浩也は建物に入ると、前回同様に観客席へと向かう。会場は大会も上位校同士の戦いとなっていることから、選手の親類等の応援もあって、それなりに人もおり、前回のように男子1人という状況でも目立つ事なく、浩也はホッとする。すると浩也に向けて手を振る男子生徒が1人、クラスメイトで田中詩織の彼氏でもある高崎幹夫がそこにいた。


「おう、高城、やっときたか。お前が応援に来ない日々、俺がどれだけ寂しい思いをしたか。何が悲しくて、バスケ部でもないのに、大会の応援に皆勤しているんだか。お前にはわかるまい」


「はは、そこは彼氏なんだから、仕方がないだろう。俺はただの友達だ。毎日来たらキモいだろう」


浩也は打ちひしがれる高崎に苦笑いを零し、会場の中を見る。海生高校の試合はまだで、表にも出てきていない。


「事前練習はこれからか?」


「ん?ああ、多分な。俺も今さっき来たばかりだ。そろそろ出てくるところだと思うけど」


すると海生高校の生徒たちがゾロゾロと会場に入ってきてアップをし始める。


「おっ、出てきた、出てきた」


浩也はそう呟きながら、理緒を探す。理緒は直ぐに見つかったのだが、浩也は何やら難しい顔をしだす。


「ん、高城、変な顔をしてどうした」


「ん、ああいや、そういえば最近、理緒の調子はどうなんだ?」


「あー、トーナメントに入ったあたりから、あんま調子良くないかもな。なんかミスも多いし」


高崎はそう言って少し渋い表情になる。浩也はそれを聞いて、1つ溜息を吐くと高崎に聞く。


「このアップの後、試合って直ぐなのか?」


「いや、その前に少し時間があるはずだぞ。下に行けば、顔を出す事も出来るんじゃないか?」


高崎は少し考えた後、そう答えると浩也は再び溜息を吐く。


「高崎、お前は下に激励にでも行くのか?」


「うーん、試合前は結構気が立ってるからな。顔見るくらいはしたいけど」


「そうか、なら俺は下に行ってくるよ。このままだと多分ボロ負けだぞ」


浩也はそう言うと、早速とばかりに移動を始める。高崎も少し悩むが、そう言われると様子が気になったのか、浩也の後を追いかける。


下ではコーチからの指示も終わったのか、各々が個別に集中しており、そんな中、浩也は理緒を探す。


『いた!』


浩也が見つけた理緒は、良くいえば試合前に集中しているようにも見えるが、悪く言えば気負いすぎで、浩也の目には後者にしか見えなかった。


「よう」


浩也は理緒の前に立ちそう声をかけるが、理緒は一瞥した後、少し拗ねた声でいう。


「今試合前で集中してるから、後にして」


浩也はそれを聞いて、こりゃ荒療治が必要かと内心溜息を吐く。


「なあ理緒、1つだけ聞かせてくれ、痛いのと優しいの、どっちが良い?」


「はあ?あんた試合前で気難しい時に、何訳のわかんない事言ってるの?ほんと迷惑なんだけど」


完全に苛立つ理緒は、浩也にかなり辛辣な事を言う。しかし浩也はさして気にする事もなく、もう一度同じ事を聞く。


「まあまあ、そういきり立つな。答えてくれたら、観客席に戻るから。で、痛いのと優しいのどっちが良い?」


訝しむ理緒は、浩也を睨みつつも渋々それに答える。


「じゃあ、優しいの、ほら、答えっ」


そうして理緒が答えた瞬間、浩也は理緒を優しく抱きしめる。理緒は何が起こったのかわからず、呆然と抱きしめられながら、立ち尽くす。


『えっ浩也に抱きしめられてるっ?』


抱きしめてくれる浩也の体は暖かくて、優しくて、少し清涼感のする香りがして、急に理緒の心拍数が跳ね上がる。


『えっえっえーっ』


すると耳元で浩也が優しく声をかける。


「くっくっ、サプライズ成功だな」


そう言って、いつものイタズラ好きの笑顔を見せて理緒から離れる。


『あっ』


理緒は内心そう言葉を零すが浩也には当然聞こえず、浩也はサプライズの理由を説明しだす。


「理緒、お前、アホだろ。俺が前に来たときなんて言ったか覚えてないのか?俺は楽しめって言ったんだ。そんなしかめっ面で楽しめる訳ないだろ、このアホ」


理緒はそれを聞いて、少しだけ不満気な表情を見せる。確かにトーナメントに入り理緒は調子を落としていた。飛鳥の件もそうなのだが、特に昨日聞いた噂が理緒の心を荒れたものにした。榎本有里奈が誰かと付き合っていると言う噂。間違いなく相手は浩也しか考えられず、その事だけで理緒は胸が締め付けられた。昨日浩也が応援に来てくれるとLINEをくれた時は嬉しさよりも不安が勝った。正直、顔を合わすのが怖かった。だからつい邪険にしてしまったのだが、でも浩也は全然、浩也のままだった。


「もう一回」


「はい?」


「もう一回ギュッとして。サプライズが足らない」


すると浩也は、理緒の頬を摘むと横にグーッと引っ張る。


「ひろひゃ、ひたひ」


「ちなみに今のが痛いのな、もう大丈夫だろ」


「むーっ、なら試合に勝ったらもう1回サプライズね。優しいやつで」


理緒は自分の頬をさすりながら、そんな事を言ってくる。浩也はすっかり調子を取り戻した理緒を見て、出血サービスをしてやる。


「あっ、エヘヘ」


浩也が出血大サービスでもう一度だけ優しく抱きしめてやると、理緒は頬を染めながら、すっかり落ち着いた表情になる。ちなみにさっきも今も抱きしめる度に、後ろでワーキャー言われているが、一旦は無視だ。


「今のはサプライズの前貸しだ。しっかり勝ってこいよ」


「フフフッ、任せて!きっちりのしをつけて返してあげるわ」


そう意気込んだ顔に、先程までの気負いはない。なので浩也は安心して、観客席に戻ろうとしたところで、2人の元にバスケ部メンバーがやってくる。


「理緒、なんで高城くんに抱きしめられてるのっ、ずるいっ」


そう言ってきたのは三上佐知。他のバスケ部メンバーもうんうんと頷いている。理緒はあまりの勢いに思わず顔を痙攣らせる。


「充電?」


「ずるいっ、高城くん、なら私も充電して欲しい」


すると今度は浩也が顔を痙攣らせ、理緒に助けを求めるが、理緒は苦笑いした後、とんでもない事を言う。


「確かに私だけ充電したら、悪いわね、浩也、希望者全員に充電してあげて」


「えーっ、マジか?」


「マジ、マジ」


理緒はそう言って、諦めろと言った視線を送ってくる。理緒にしてみれば、正直私のだから駄目と言いたいくらいだったが、残念ながらまだ私のじゃない。だから貸してあげるしかなかった。そして浩也は仕方がないので、手を広げてやると、浩也の胸に佐知が飛び込んでくる。


「あっ、私も」


「次は私よっ」


その後浩也は試合が始まる直前まで、充電作業に従事する事になる。それを側から見ていた高崎が、傍にいる詩織にボソッっと呟く。


「あれ俺も立候補したら、あんなに長蛇の列になるものか?」


「バカな事言ってないの。あれはイケメン限定よ。幹夫はそこそこなんだから、私で我慢してなさい」


そう言って高崎は詩織に抱きつかれると、顔を少し赤くする。


「ああ俺はこっちの方がいいや、あれはあんまり幸せそうに見えん」


高崎はそう言って嬉しそうな笑顔で、詩織を抱きしめ返した。


さて肝心の試合はと言うと、ベスト8をかけた大事な一戦。双方ともにやる気十分といった戦いのはずだったが、相手の戦意が明らかにおかしい。あるものは羨ましそうに、またあるものは怒り狂い、またあるものは、既に涙目と情緒不安定にも程がある。一方の海生高校女子バスケ部メンバーは始めからマウントを取ったかのように、自信漲る表情を見せており、既に戦う前から、勝負はついているようなものだった。


「なあ高崎、なんか相手チーム、様子が変じゃないか?」


「高城、言ってやるな。彼女達も色々あるんだ」


高崎は知っている。試合の前の充電ショーで、相手の戦意を浩也が挫きまくっていた事を。浩也はそんな高崎を見て不思議そうな顔をしながらも、高崎のやつ、どこから情報を仕入れてんだ?などと見当違いな事を考えている。そうして始まった試合は案の定、海生高校の圧勝に終わり、これなら喝を入れる必要もなかったか、などとはたまた見当違いな事を考えていた。


「いぇーい、勝った勝った!今日は楽しかった!」


上機嫌な理緒は浩也に振り向きながら、後ろ向きに歩く。今浩也達は、試合を終えた帰り道、理緒の希望により西条中学に寄り道する途中の道である。


「はいはい、試合前にあれ程悲壮感漂わせてたのに、あれは一体どこいったんだ?まあ良いけど」


「フフフッ、浩也、それはそれよ。そんな細かい事気にしないの」


「はいはい、で、なんで突然、中学なんだ?」


浩也は上機嫌な理緒に何を言っても無駄とばかりに、話をかえる。夕方近くになったとはいえ、日差しはまだまだ強く、正直、散歩向きの時間帯ではない。どうせ寄り道するなら、どっか店に入って、クーラーの下で冷たい飲み物でも飲みたいところだった。


「ん、あー、確認よ、確認。スタート地点の」


「はぁ?なんの事だ?」


理緒はそれだけ言うとスカートをはためかせながら、くるりと正面を向く。理緒の表情が見えなくなった事で、ますます何を考えているのわからない。なので浩也はその答えを諦め、軽く溜息を吐く。


そうして中学校について連れてこられた場所は、浩也が部活の時に良く涼みに来ていた体育館脇の日陰だった。


「おー懐かしいなぁ、昔良く休んだっけ。ここ涼しいんだよな」


浩也はそう言うと昔の様にのんびりと寝そべる。そんな浩也を傍に見ながら、理緒もまた別の感慨に耽る。そうここが理緒の初恋の出発地点。だからここに来たかったのだ。


「ねえ、浩也」


「ん?」


寝そべっていた浩也は目線だけを理緒に向け返事をする。


「榎本先輩と浩也って、どんな関係なの?」


「ああ、なんか考えてるふうだから何かと思ったが、その事か。あれ、理緒はどんな噂を聞いたんだ?」


「聞いてるのは私なんだけど、まあいいわ。私が聞いたのは、2人が付き合ってるって噂」


そこで浩也は上体を起こし、フムフムと頷き始める。


「なるほど、噂はそういう方向でやっぱ広がるか。まあ、理緒ん時と同じだな」


逆に一向に答えを言わない浩也に対し、理緒は少しイラついてくる。


「で?」


「ん?」


「だからどんな関係って聞いてるんだけど」


そこで浩也は初めて自分が意図せず焦らしてたことに気付き、苦笑混じりに謝罪する。


「ああ、悪い悪い。別に勿体ぶってた訳じゃないんだけど。俺と有里奈は幼馴染だ。あー、有里奈って、榎本先輩な。付き合いは家族ぐるみだから、それこそ物心つく前からの知り合いだ。ん、答えこれで良かったか?」


「ああ、やっぱり知り合いだったんだ」


「あれ?言ったことあったっけ?」


「前に1度だけ見かけた事があるの。1度だけ。ただその時は見間違いかと思って聞かなかったけどね」


「ああ、まあそういう事もあるか。別に地元だと並んで歩く事もあるからな」


浩也はそう言って、さして気にする素振りも見せずに言う。理緒はそこでもう一つ聞きたかった事を聞く。


「でも私今まで知らなかったけど、隠してたの?」


「まあな。アイツ有名人だろ。だから俺に迷惑をかけるのが嫌で、内緒にしてたけど、この間、もういいかって話になってな。だから内緒にするのを解禁した。まあ、噂はすぐ広まるとは思っていたけど、予想以上だったな」


そう言って浩也は肩を竦める。ここまでは予定通り。理緒はいよいよとばかりに、本題を切り出す。目的は有里奈のことを聞き出すだけではない。


「ふーん、榎本先輩とは良く会うの?」


「いやそうでもないぞ、アイツ受験生だしな。ああ、ただ海の家のバイトに土日だけ入るな」


「へー、海の家のバイトにいるんだ。なら私も冷やかしに行っちゃおうかしら。大会終われば、土日でもいけるしね」


理緒の目的は有里奈との接触だ。自分だけ知っているのは性に合わない。相手をライバルとみるなら、相手にもライバルと見られたい。だからこそ、浩也がいる場で、出来れば浩也に気付かれない様に、1度接触したかった。


「ああ、ただナンパ野郎が多いのと、俺は忙しすぎて相手できんと思うから、それはあらかじめ言っておく。マジ忙し過ぎるから」


理緒はそれを聞いて、薄っすらと笑みを浮かべる。浩也とのんびり話せないのは残念だが、それはいい。これでようやく肩を並べられる。そう心の中で決意するのだった。


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