第四十七話
今回で下準備その1が終了。次回は理緒回で下準備2です。ちなみに有里奈と理緒の邂逅も近い気がします。
浩也が店のバイトに勤しむ傍ら、女子会とやらの様子が一段落ついたように感じて、浩也は手すきのタイミングを見計らって、女子会の席へと近づく。
「おい由貴姉、俺はいつまでバイトに勤しまなきゃならないんだ」
浩也は不満を隠そうともせずに、ジト目を由貴に送ると、由貴は悪びれもせずに、すまして言う。
「あら、浩也、何でバイトしているの?ああ、自主的に手伝ってくれてるのね。ありがとう。でももう大丈夫よ。飛鳥ちゃん、バイトに戻ってくれる?私もそろそろ仕事に戻るわ」
「はい、由貴さん。高城先輩もお疲れ様でした」
そう言って飛鳥は立ち上がって、バックヤードへと向かっていく。浩也はもはやどうでも良くなって、大きく溜息をついた後、着替えるべく、控え室へと向かう。
「はは、なんか浩也君、疲れてましたね。海の家バイトの後でさらに労働なので、仕方がないですけど」
そう言って、疲れてトボトボと歩く浩也の後ろ姿を見ながら、陽子は苦笑いをする。すると有里奈が思い出したように、陽子にバイトの様子を聞いてくる。
「あっ、そうだ。陽子ちゃん、バイトってどんな感じ?今日はそれを聞きたくて、2人を誘ったんだった」
「あー、そうですね。とにかく忙しいっていうのはあるんですが、やたら浮かれている人が多いですね」
陽子は思い出しながら、辟易とした表情で答える。
「浮かれた人?」
「はい、さっきも言いましたけど、やたら声を掛けられるんですよ。ナンパまがいと言いますか。店の店員に声をかけるくらいなら、外で歩いてる女子に声をかければいいのに、もう手あたり次第なんですかね」
「そんなに多いの?それはちょっと怖いなぁ」
陽子の説明に有里奈は軽く怖気付く。陽子も苦笑してそれに同意する。
「実際に浩也君が近くにいて、彼氏って事にしてくれてるので、そこまで怖さは感じないですが、もしいなかったらと思うとちょっと怖いかもですね」
そう言って陽子はうんうんと頷く。しかも相手が浩也だと、大抵の男子は諦める。単純に彼氏だからだけでなく、イケメンという要素も大きいのだろう。
「うーん、それだと有里奈、ちょっと危なくない?」
すると有里奈と陽子の話を聞いていたしずが、有里奈に懸念を示す。
「ふぇっ、え、なんで?私もヒロを彼氏にすれば良いんじゃないの?」
「あー、そうすると浩也君、私と有里奈先輩の2人の彼氏って事になりますね。流石にバレちゃいますね」
しずの言いたい事を理解した陽子が、説明に補足を加える。陽子としては、有里奈達がバイトにくるタイミングだけ、彼女役を辞めてもいいのだが、平日と辻褄が合わなくなるので、思わず悩んでしまう。そんな時に着替え終わった浩也が有里奈達の席へと戻ってくる。
「いやー、酷い目にあった。まさか働かせられるとは思わなかった。お前らも少しは助けてくれてもいいだろうに」
浩也はそう言いながら、空いている席に座ると、ジト目で女子陣を見る。すると何やら思い悩んでいる様相で浩也を眺めている。
「ん?どうかしたか?」
「ああ、うん、今海の家のバイトの事を話してたんだけど」
「海の家のバイト?」
それに何を思い悩むのだろうと浩也は不思議そうな顔をする。すると陽子が事情を説明する。
「ほら、海の家のバイトって、浮かれた人が多いでしょう?だから、どう撃退したらいいかで悩んでて」
そこで浩也はようやく話の内容に合点する。
「ああ、俺や陽子はカップルって事にしてるから、問題ないけど、有里奈やめぐみは問題かもな。流石に全員俺の彼女ってわけにはいかないだろうから」
「そう、かと言って、その日だけ有里奈先輩の彼氏って事にしても、平日と辻褄が合わないでしょう。私もどうあしらったらいいか、わかんないし」
陽子はそう言って困った顔をする。浩也もそう言われると、あまりその場しのぎの対応は得策ではない気がする。一同が押し黙ったところで、能天気な由貴がやってきて、話しかけてくる。
「何、お通夜見たいになってるの?ほらそろそろ飛鳥ちゃんも上げるから、一緒に帰っちゃって頂戴」
「ああ、実は・・・」
と浩也が思い悩んでいる内容を由貴に説明する。すると由貴は笑って、無茶な事を言ってくる。
「あらいいじゃない、全員彼女で。モテまくり、ハーレムよ。まあ、男子には恨まれるし、女子には加わりたいっていう人も出てくるだろうけど。どうせ一度会うか、会わないかの人達でしょ。気にする必要ないわよ」
「すげー適当に、滅茶苦茶な事言ってくれるな」
「あら、女子が問題なければ、良いんじゃない?有里奈と陽子ちゃんはどうなの?」
「えっ、私はヒロが良いなら、嬉しいけど」
「私もそうしてくれると、ありがたいです」
有里奈と陽子はそう言って口々に了承してくる。浩也は顔を痙攣らせ、しずに助けを求める視線を送る。しかししずは面白そうに、浩也に首を振る。
「諦めなさい。少なくても、幼馴染君の犠牲で世界は救われるのよ。世界を救う礎になるしかないわ」
「マジかっ」
浩也はそう零してガックリ項垂れたところに飛鳥がやってくる。
「お待たせしましたー?あれ、高城先輩何してるんですか?」
「男の夢を実現できると知って、喜び打ち震えているのよ」
由貴がそう言って、悪い顔をする。飛鳥は何がなんだかわからなかったが、ただそんな浩也を見て、落ち込んでいる高城先輩も可愛いなどと思っていた。
帰り道、浩也は全員を自宅途中まで送った後、最後に有里奈と歩いている。有里奈は何やらご機嫌なご様子だが、浩也の足取りは、対照的に重かった。
「あー本当に疲れた。マジ疲れた。めっちゃ疲れた」
「フフフッ、お疲れ様。でも楽しかった。飛鳥ちゃんとも喋れたし。土日のバイトもますます楽しみになっちゃった」
「ああ、水谷とも話したのか?」
「うん、ちゃんとお話ししました。幼馴染としてね」
「ああ、そういうことね。まあ水谷もびっくりしただろう。なんせあの生徒会長様が幼馴染なんだから」
浩也は幼馴染と公言したことに喜んでいると勘違いして、1人納得をする。その実、有里奈は幼馴染と公言したことよりも、浩也を彼氏と公言出来る事を喜んでいたりするが、そこは微塵も感じさせずに言う。
「フフフッ、ほんとびっくりしてた。でも今度は彼氏役だから、またびっくりしちゃうかもね」
浩也はそんな純粋に楽しそうにする有里奈にジト目を送り、嫌味を言う。
「そのおかげで俺は確実にナンパ男子から睨まれる事になるんだが。大体、彼女がいた事もないのに、ハーレムとか意味わからん」
「ヒロは彼女とか欲しくないの?」
話の流れで有里奈はふと思いついて、思わず聞いてみる。今まで2人でいる時、あまり触れてこなかった恋愛に関する話題である。むしろ言った有里奈本人が思わず動揺してしまう。
『あれ、私なんでこんな事聞いちゃったんだろっ』
しかし浩也はそんな幼馴染の動揺には気付かず、考えなしに答える。
「まあ、縁が無かったって言えばそれまでなんだけど、もうそうも言ってられないのか?ただ彼女がいた事がないから、いる事が想像はつかんな。まあ遊びに行くとかなら、有里奈でも良いわけだし」
あまりにアッケラカンとして答える浩也に、なんだか構えた自分が恥ずかしくなって、有里奈は思わず文句を言う。
「むー、なんかそれって便利な女扱いって感じじゃん。なら私が彼女でも良いんじゃない?」
そして有里奈がまたしても口を滑らす。有里奈の動揺は止まる事を知らない。ただ浩也は冗談として受け取って、思わず笑い出す。
「ははっ、確かに。ただ有里奈の彼氏とかって面倒くさそうだけどな。周りから何言われるかわからん。まあ有里奈が彼女って言うのも、正直ピンとこないけどな」
「もう、また身内扱い?一応、ただの幼馴染なんですけど。結婚も出来るし」
またしても平然とする浩也を腹立たしく思って、有里奈は本音を漏らしてしまう。動揺と苛立ちのオンパレードだった。ただそれも浩也には通じない。
「確かに。ああ、そう言う意味では、そっちの方がイメージが湧くかもな。ほら、有里奈が嫁さんで、家に帰ったら飯作ってるの」
「それって所帯じみているってことかしら。これでも、そこそこ人気のある女子高生なんですけど」
有里奈はそう言ってジト目を送る。浩也のお嫁さんと聞いて、少しだけドキッとするが、その実、家政婦さん扱いのような気がしてならない。ただ浩也は考えなしにではあったが、実は本心を話していた。有里奈とは恋愛とかのイメージは湧かないが、家族としてであれば、イメージが湧くのだ。ただ有里奈が出迎えて「ご飯にする、お風呂にする、それとも私?」と定番?のお嫁さんのセリフを言ったとしても大爆笑する自信はあるのだが。だから浩也は不満顔の有里奈に優しく微笑んで言う。
「知ってるさ。我が幼馴染殿がモテる事くらいは。年上なのに、ちっともお姉さんな感じのしない、可愛い女子だって事くらいはな」
そう直球で攻められた有里奈は思わず顔を真っ赤にし、思わず絶句する。そんな有里奈を見て、浩也はしてやったりの表情を見せる。お互いが本心を垣間見せているのに、お互いが気付かない、実はこれも昔から繰り返される2人の残念な一幕だった。




