第五話
本日2話目。明日も2話掲載する予定です。
浩也は昼食時間での訪問だった為、教室への帰りがけ、購買でパンを買って教室へと戻る。ただし当然ながらピーク時を逃して買えたパンは残り物であり、不人気NO1とされるミルクパンをその時あわせて買ったコーヒー牛乳で流し込みながら、急ぎ食事をする。
海生高校生徒の昼食事情は人によってまちまちであり、手作り弁当を持参、コンビニや購買で買ってきたものを食べるもの、そして学食である。学食も旧校舎側にあり、昼食時には賑わいを見せるが、レパートリー自体は多くなく、浩也などは気分で学食へ行ったり、買ったものを食べたりしている。母親である泰子は弁当を作りたがっていたりするが、基本、前日のおかずの余りものを詰めるだけなので、連日同じものを食べる気にもなれず、高校に入ってからは断っている。
そんな浩也の貧しい昼食っぷりをクラスメートの男子が、浩也の席にからかいにやって来る。一人は藤田朋樹、サッカー部のエースにして身長180㎝を超えるイケメンだ。栗色の柔らかそうな髪を中央で分けて、後ろへ流す少女漫画の主人公みたいな奴である。ちなみに成績も優秀で性格も良いとなれば、引く手数多だろう。浩也とは中学時代に入っていたサッカー部で仲良くなり、クラスも何度か一緒になったこともあって、浩也にしてみれば、一番の親友である。
そしてもう一人坊主頭で人懐っこいガタイの良い奴が近づいてくる。中川孝太だ。身長こそ浩也とそう変わらないが、浩也と違いその体形は幅がありがっしりしている。坊主頭でご他聞に漏れず野球部である。1年からレギュラーでサードを守っている主力選手だ。海生高校の野球部は、県立にしては強いほうで、去年は県大会でベスト4まで進んでいる。孝太とは、今年初めて同じクラスになり、元々知り合いだった朋樹経由で仲良くなっている。クラスでは男女問わず人見知りでぶっきらぼうな浩也だが、孝太は臆せず人懐っこさをだし、孝太がボケて浩也が突っ込むという構図が出来上がっている。
「浩也、今日学食行かなかったのか?先に出て行ったから、学食で追いつこうと思って行ったら、いなかっただろ?」
「そうそう、かと言って今見れば、随分わびしい食生活をおくってるじゃん」
「わびしい食生活は余計だ。ちょっと用があって、人に会ってただけだ。それで食いっぱぐれただけだ」
浩也は不機嫌そうにそう返す。この2人には多少きつく当っても気にされない為、そのまま地をだす。すると孝太が変に勘を働かせて、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「その人って女か?」
「ノーコメント」
「て言う事は女だな。男だったら男だっていうだろう」
浩也は内心なるほどなと思うが、表情は不機嫌な表情を崩さない。それを含めて勘ぐっているのはわかっているのだ。すると朋樹が珍しく孝太の茶化しに乗ってくる。
「おー、ついに浩也にも井上以外に女の影か?お父さんは嬉しいよ」
「誰がお父さんだ。それに理緒の話が何で出てくる?」
浩也は面倒くさそうにジト目で朋樹を眺めると、その名前がでてきた人物のほうに目を向ける。するとその人物は話を聞いていたのか、ニヤつきながら、浩也達の方に近づいてくる。
「あらー、正妻を差し置いて女に会いに行っていたなんて、浩也、どういうことよ」
「うるせー、どういう事もくそもあるか。大体お前ら人の心配してないで、自分の心配をしてろ。このモテ野郎共がっ、あっ、孝太すまん、お前は別だ」
「ちょっと待てー、俺にだって女の子の1人や2人、あっ、すいません。嘘つきました」
そんな孝太に浩也は無言で右手を差し出し、二人は固い握手を結ぶ。そんな二人を理緒はしらーっとした目つきで見ながら、再び正妻の立場を振りかざす。
「そういうのはどうでも良いんだけど。それより浩也、浮気?浮気なの?」
モテない男子の悲哀をわからんなんてなどと思いつつ、浩也は内心話がそれなかった事に舌打ちをする。
「そもそも何で理緒に浮気とか言われなければならないんだ?大体会ってたのは、保健室の養護教員だぞ?」
「へっ、あのロケットおっぱいの二ノ宮先生?」
なんだ、そのロケットおっぱいって、浩也は呆れた目で理緒を見た後、ロケットおっぱいは無視し、説明を続ける。
「そっ、あの人、うちの従姉の友人でその姉から伝言頼まれたから伝えに行っただけだ。ただ、言うとその反応が、こうだからな」
「なっ、浩也、なんだそのうらやまし設定は。って言うか、ロケットおっぱいを眺めに行くなら、なんで、誘ってくれないんだ。ひっ酷いじゃないか」
孝太は机をバンバン叩きながら血の涙を流している。理緒はハハハッと乾いた笑いを零し、少し後ずさる。朋樹も苦笑いだ。
「あの人、うちの従姉が遊びに来たときに何回か連れてきてて、顔見知りなんだ。なんか最近連絡がつき辛いみたいで、直接聞いて来いって話でさ。ただ俺も親しいわけではないからな、孝太。それとロケットおっぱいとか言ってると女子ドン引きだから」
浩也はところどころ事実を交え、嘘をつく。有里奈が幼馴染なのは、この中のメンバーでは朋樹以外は知らない事実なので、あえて伏せている。ちなみに養護教員の二ノ宮先生が由貴姉の友人と言うのは事実で、実際、浩也の家に遊びに来たのも事実だ。浩也が入学した時に浩也は直ぐに気付いたが、向こうは気付いておらず、先日バイト先に二ノ宮先生が来店した際に、発覚したくらいだ。ちなみに二ノ宮先生は酒乱で、由貴姉と遊びに来たときは飲み歩いた後だったらしく、まだ小学生だった浩也は散々絡まれた。二ノ宮先生はその事実を思い出し、平身低頭だったが、浩也にしてみれば、抱き枕よろしくあのロケットおっぱいに抱きしめられながら羽交い絞めにされたのは、良い思い出だ。今の浩也ならば、間違いなくご馳走様でしたと言いたい出来事だ。
「井上、まあ、そう言う話らしいよ。正妻としてはこれで満足?」
そんな浩也の思惑を知っているのかは判らないが、朋樹が話を終わらせようと理緒に聞いてみる。しかし理緒は遊び足りないのか、正妻モードを継続させる。
「ロケットおっぱいに騙されるなんて、許せないわ。離婚よ、離婚」
「はいはい、じゃあ、それでお願いします。ったく、俺の有意義なお昼休みを返してくれ」
「この薄情ものーっ」とか喚いて、悪乗り続行の理緒を軽くいなして、浩也は深く溜息を付いた。
その日のバイトは比較的客足が落ち着いたものだった。カフェタイムの学生達も団体でワイワイというよりかは、カップルや友人2人組みでなにやらひそひそ会話をしている客が大半で、その分浩也も落ち着いて業務をこなしていたが、注文も一通り出し終え、一息つけるタイミングになったところで、腹の虫がグーッとなる。
『ああ、今日の昼、軽かったからなぁ』
これは休憩して腹に何か入れたほうが良いなぁと思い、由貴に声をかける。
「由貴姉、休憩入ってもいいか?腹へった」
由貴は周りの状況を見て、特段問題ない事を確認すると、浩也にOKをだす。
「ん~、まあ今ならちょうどいいか。あーでも、有里奈もそろそろ来るんじゃない?」
「ああ、来たら呼んでくれ。じゃ、休憩入りまーす」
浩也は由貴にそう言うと、厨房の雄二に声をかける。
「雄二さん、腹減ったっす。何か直ぐ作れるものあります?」
雄二も丁度手が空いていたようで、食洗器で洗い終わった食器を拭いていたりする。
「オムライスでいいか」
「はい、ありがとうございます。自分食器を拭いとくんで」
浩也は雄二から布巾を受け取ると、雄二の代わりに残りの食器を拭き始め、雄二が調理を始める。程なくして雄二のほうから良いにおいが立ち込めると、再び浩也のお腹からグーッと悲鳴が上がる。雄二にもその音が聞こえたのか、ニヤリと笑みを零すと皿にチキンライスを乗せ、半熟トロトロの卵をフワリとのせる。そしてその上にデミグラスソースをさらっとかけ、浩也に皿ごと差し出す。
「はいよ」
「あざっす」
浩也は両手でその皿を受け取ると、控え室で食べるべく、途中でスプーンを皿に乗せて移動する。
「うおー、美味そうー」
トロトロの半熟卵にスプーンをいれ、チキンライスにデミグラスソースを絡めて口に入れる。すると卵のトロトロ感とデミグラスソースの濃厚感が口の中でチキンライスと交わり、良いハーモニーを奏でる。チキンライスはケチャップベースでピーマン、玉葱、にんじんなどの刻まれた野菜がふんだんに使われているので、シャキシャキとした食感も味わえる。浩也は、その後、無言でオムライスを口に運び、ものの5分も経たずに、その全てを平らげる。
「うおー、やっぱ美味え」
浩也は思わず吐息を漏らす。家庭でもオムライスという料理は良く出るが、家庭の味だ。でも雄二の作るそれは、同じような材料で調理しているのに、やはりお店で食べる味になる。バイトをするまで調理というものに興味を持ってなかった浩也だが、バイトをするようになって、そういう料理を作ってみたいなと思うようになってきているのは、まさに雄二の影響だった。
『今度雄二さんに作り方教えてもらおう』
浩也は心のメモにそう刻むと、皿を持って厨房まで戻って、雄二に礼を言う。
「ご馳走様でした。マジ美味かったっす。今度作り方教えてください」
「おう、暇な時にな」
雄二は口数こそ少ないが、言ったことは必ず守る。浩也は内心凄く楽しみにして、ホールの方へ戻ろうとすると、玄関の方から来客を知らせるカランコロンと鐘の音が鳴る。由貴が接客中なのだが、そのまま浩也が玄関口に客の出迎えに向かう。
そしてその出迎えた玄関口には有里奈としずのほかに、なぜか副会長の姿があった。




