第四十五話
今回は少し短め、次回への繋ぎ的な話になっちゃいました。次回は女子会なので、キリよくです。
浩也達がその場を立ち去った後、その場は騒然とする。有里奈には、予備校では相当数のファンを抱えており、当然、浩也と有里奈がハグした瞬間を目にしたものの中にもそのファンは存在した。
「おっおい、見たか今のっ、俺の有里奈嬢が事もあろうか公衆の面前で抱き合うだと」
「し、しかもだっ、有里奈様は嬉しそうにしてなかったか?」
「いや流石にそれはないだろう、あれはテレた表情だって、て、テレただとーっ」
そんな男子のくだらない話の一方で、有里奈とは関係のない女子達は、抱きしめた男子の方に注目する。
「ねえねえ、見た?あの男子、ちょーカッコ良くない?」
「見た見た、あんなカッコいい男子にギュッとされるなんてちょー羨ましいっ」
「でもでも、あの2人って付き合ってる感じじゃなくない?なんか熱烈とかドキドキって感じがしないっていうか。あれなら、ウチらにもワンチャンあるかもーっ」
完全に話題独占状態である。そんな事になっているとは、つゆ知らず、浩也は少し離れた場所までくると、してやったりの表情を浮かべる。
「はははっ、見たかアイツら。すげー焦ってたぞ。いや〜、今頃、話題独占だな。いや〜、楽しかった」
「ちょっ、ヒロ、もうやり過ぎよ。これで明日から予備校行きづらくなっちゃうじゃん。ああ、明日質問されまくっちゃうよー」
「まあ頑張れ。俺の事は好きに言っていいから。どっちにしろ、幼馴染で仲が良いって言うつもりだったんだろ。なら、一気に広まって良いじゃないか」
浩也が悪びれもせずにそう言うと、ようやく追いかけてきた陽子としず先輩が合流する。
「もう、勝手に先へ行かないでよ。ホント、浩也君悪ノリし過ぎ。まあ、周りにあれこれ言われるのはイラッとするから、やりたくなるのはわかるけど、ほら、彼女なんて呆然としちゃって」
「あっ、悪い、陽子としず先輩は初めてか。しず先輩すいません、驚かせてしまったみたいで」
そこで初対面を置き去りにした事に気付いた浩也は、申し訳無さそうに謝罪する。ただ謝られたしずは、謝られるのはそこっ?と有里奈を見る。有里奈は明日の心配こそしているが、ハグされた事自体は既に落ち着いているのか、しずの視線を受けても不思議そうな顔をする。ただそんなしずの気持ちを汲んだ陽子が挨拶がてら、フォローを入れる。
「あ、あのあらためまして、北見陽子です。浩也君の友人で有里奈先輩とは、中学時代の後輩です。それとあの、さっきの事は気にしない方が良いですよ」
「えっ、だって抱きついて・・・」
「ああそうなんですけど、抱きついた瞬間、浩也君悪戯が成功して大喜びする小学生みたいな顔をしてまして、多分、有里奈先輩もそれに気付いているから、動じてないんじゃないかと」
すると浩也は感心するように、陽子を褒める。
「流石は陽子、良くわかってるな。100点だ。周囲の奴ら、気になるなら聞いてくればいいのに、コソコソ聞き耳立ててるだけだからな。だから諦めるなり行動を起こすなりしやすくなるように挑発した。まあ残り半分は悪戯心だが」
「もう、悪戯心が先でしょ。まあ私もなんだか周りが慌てるの楽しかったけど」
そう言って浩也と有里奈が笑い合う。そんな光景に思わず毒気を抜かれたしずは、がっくり肩を落とし、ジト目で有里奈達を見た後、申し訳無さそうに陽子に話しかける。
「ごめんなさい、どうやら慌ててたの私だけみたい。あっ、私は早瀬静香。しず先輩でもしずさんでもどっちでもいいわ。有里奈の友達で幼馴染君の先輩かしら。とりあえずさっきはありがとう、よろしくね」
「いえいえ、悪いのは浩也君一択ですから。気にしないで下さい。これからよろしくお願いします。しず先輩」
2人はそう言って、微笑み合う。
「それでこれからどうするんだ?どっか店でも入るのか?」
浩也がみんなが落ち着いたところを見計らって、今後の予定を確認すると、それには有里奈が珍しく悪い笑みで答える。
「勿論、由貴ちゃんのお店に行こうよ。色々、聞きたい事があるしね」
「うへぇ。やっぱそうなりますか」
有里奈のその顔を見て嫌な予感を感じてた浩也は、思わずそう零す。そんな2人を陽子としずはただ不思議そうに眺めるのだった。
そうして4人は連れだって浩也のバイト先である「カフェジラソーレ」へと到着する。勿論、4人を出迎えたのは由貴で、満面の笑みで話しかけてくる。
「有里奈いらっしゃい、待ってたわよ。それにしずちゃんと陽子ちゃんだったかしら、いらっしゃい。浩也、あんた働いていくの?」
「誰が働くかっ、過酷な労働後だ」
「はははっ、源治さんから聞いているわよ。なんでもえらい人気らしいじゃん。長蛇の列でナンパされまくりとか」
「ナンパっ!?」
そんな浩也と由貴の会話に有里奈が思わず反応する。すると浩也は嫌な顔で、大変さを説明する。
「確かによく声をかけられるが、ありゃ、挨拶みたいなもんだ。相手が誰でもいいって感じで、断るのも面倒くさい。陽子がいなかったら、大変な事になってた」
有里奈はまだ不審な表情を見せて、名前の出てきた陽子に目を向ける。陽子は陽子で、苦笑いを浮かべ、その説明を引き継ぐ。
「浩也君、ナンパの度に、私を彼女に仕立てて断ってるみたいなんです。私も実は同じ事をしてまして。浩也君を彼氏というと、大抵の男子は諦めてくれるので」
そこでしずが納得したように、話をまとめる。
「あーなるほど。ようは2人がカップルっていう事にして、ナンパする人をかわしてると。あら、いい手ね」
有里奈は話としては納得したが、浩也と陽子がカップルとか、羨ましすぎて、思わず不満顔になる。そんな有里奈を苦笑いで見た後、由貴は全員を店の中へと案内する。
「ほらほら、そういう話は中に入ってからして頂戴。飛鳥ちゃーん、4名様案内してくれる?」
「はーい、って高城先輩に、あれ陽子さん?」
「えーっ、飛鳥?ここで働いてるの?」
由貴に呼ばれて店の中から現れた飛鳥を見て、陽子が思わず声を上げる。
「あれ?陽子達、知り合いか?」
「ああ、うん。ほら春香繋がりで。中学の時、何回かあそんだこともあるんだよ」
「はい、陽子さんとはなんとなく話もあったので、仲良くさせてもらってたんです」
そう言って飛鳥は笑みを零す。すると由貴が苦笑しながらあいだに入る。
「ほらほら、積もる話もわかるけど、席についてからね。他にもお客様いるんだから」
「あっ、すいません、こちらへどうぞ」
そこでようやく席へ案内されたところで、飛鳥がとある人物を見て、絶句する。飛鳥の視線先には有里奈がおり、平然と浩也の隣に腰をかけている。
『榎本先輩がなんでここにっ!?』
飛鳥は直接面識はないが、その姿を見かけた事は何度かある。海生高校の生徒会長という事もあるが、学年が2つも上の先輩にもかかわらず、1年生の飛鳥達でも知らない人がいないくらいの有名人でその可愛いさが称えられる人物である。今この瞬間、目の前にいるだけでも目を奪われるほどの可愛らしさだ。
「ああ、水谷は初めてか?」
浩也が有里奈を見て呆けている水谷を見て、そう声を掛けると、それには有里奈が先に答える。
「うん、初めましてだよね、海生高校3年でヒロの幼馴染の榎本有里奈です。宜しくね」
「あっ、はい、あの浩也先輩とは中学のサッカー部の後輩で、陽子さんとも仲良くさせて貰っている水谷飛鳥です。宜しくお願いします」
有里奈が挨拶をしたことで、それにならうように、飛鳥が挨拶をする。しかし幼馴染だの、ヒロだのの言葉で混乱は増すばかりだった。すると人数分の水を持った由貴がやってきて、申し訳なさそうな顔で浩也に話しかける。
「浩也、悪いんだけどちょっと雄二くんのところに行ってくれる?なんか海の家のバイトの様子を聞きたいんだって」
「ん?ああ、了解。じゃあちょっと行ってくる」
浩也はそう言って席を立つと、由貴が空いた席に座り、ニマリと悪い顔をする。
「さあ、これからガールズトークの開催よ。色々聞きたい事があるんでしょ、注文は適当に選んでおいたから、ほら、飛鳥ちゃんも座りなさい」
そう言って由貴は楽しそうに喋り出す。この時バックヤードに行った浩也は違う意味で絶句する。
「おう浩也、早く着替えてこい。料理ができたから、運んでくれ」
そう言って平然と料理を並べ始める雄二を見て、嵌められた事を悟る。そう、浩也は由貴に嵌められたのだ。バックヤードからホールを見ると、由貴が浩也の座っていた席に座り、事もあろうか水谷まで席についていた。
浩也は仕方がないので、控え室に入り着替えを済ますと、急ぎ給仕を開始するのだった。




