第四十三話
更新遅れました。次の更新は明日になるかもです。
『あちぃぃーっ』
浩也は今灼熱地獄の中にいた。海の家バイトの初日、西ヶ浜海岸には家族連れ、友人、カップルなど様々な人間達で溢れている。小さな子供達は波打ち際でキャッキャッとはしゃぎ、それを親たちは微笑ましげに眺めている。カップル達は海に入り浮き輪片手にイチャつき、ビーチバレーを楽しむものもいる。しかし浩也は、それらに脇目もふらず、一心不乱に鉄板の前で格闘していた。
「お兄さん、焼きそば2つ」
「はい、お待たせっす」
若い女子達が嬉しげに焼きそばを受け取ると、浩也に話しかけてくる。
「お兄さんって、学生さん?地元の人?」
浩也は手を動かしながらも、愛想良く返事をする。
「はい、学生っす、地元の人間っす」
「へー、うちらこの辺あまり来たことないから、バイト終わったら、どっか遊びに連れてってくれない?」
「遊びっすか?いやー、でもツレがいるんで」
浩也はそう言うと目線だけで、店内で注文を聞いている陽子をさす。そしてたまたま目線を向けたタイミングで、陽子と目が合い、陽子は浩也に微笑み返す。
「あーもう、彼女つきかー。やっぱこのクラスだとそうなるよねー」
その女子達は、そう言うとその場から立ち去っていく。これで何度目だろう、浩也はそう考えて辟易とする。どうやらこの鉄板の前での作業は、イケメン補正でも働くらしい。さっきからああやってナンパまがいの女子が後を絶たない。お陰で浩也の前には、今、人が長蛇の列をなしており、浩也はひたすら鉄板の前に釘付けだった。
「お兄さん、焼きそばとお好み焼き1つずつ」
「ありがとうございます、合わせて1000円になります」
そうやって考えている間もなく、次々と注文が来るので、考えている暇がない。仕方がないので、浩也は陽子を彼女に仕立てて、難を逃れているが、陽子がいなかったらと思うとゾッとするのだった。
バイトは、陽子が店内の給仕、牛山ことモウさんが店の外で用具の貸し出しを担当し、一生はレジ周りと片付け、他にも飲みものとかの販売、そして英吉は実質補欠である。休憩に入る人間の代理で、それ以外の時間は、専ら掃除である。さっきまでは更衣室の清掃をひたすらしており、今は牛山に代わって用具担当をやっている。浩也の休憩は、中の方が落ち着いたタイミングでタエさんが代わってくれるらしいが、店は一向に落ち着く気配を見せなかった。
『まあ看板娘が目立ってるからな』
店の繁盛の理由の1つが陽子の存在だ。陽子は人見知りもせず、愛想も良い。しかもまいと接する事もある為、小さい子への気配りも効く。今はコンタクト姿で、陽子の顔立ちの良さが、際立っており実は浩也同様、男性客から声がかかる事もしばしばだった。
「お姉さん、お姉さんって、彼氏いるの?」
先程から何度となく繰り返されるやり取りである。本来であれば、悪態の1つでも吐きたくなるが、流石に客なので、我慢しつつ、しれっと嘘をつく。
「えー、彼氏ですか?彼氏なら、ほらあそこに」
陽子はそう言って、浩也に目線を送る。するとたまたま店の中の様子を見た浩也と目が合う。陽子はそれに笑顔を返すと、浩也も優しく微笑んだ後、再び接客に戻っていく。
「うへぇ、ちょー、ラブラブじゃん。しかもめっちゃイケメン。駄目だ、あれには勝てない」
「フフフッ、そんな事無いですよ。お兄さん達もイケてます。でも私は彼氏一筋なので、他を当たってくださいね」
陽子はそう言って、笑顔を見せた後、ほかの客のところへ向かう。その時の陽子の内心は、勝手に彼氏扱いしての申し訳なさ半分、ラブラブと見られての嬉しさ半分で、思わず、頬を染める。
『でも海の家のバイトってモテるのね。勘違いしないようにしないと』
お互いが知らないところで、同じ事をしており、妙に気が合う2人だった。
そうして時間が15:00を過ぎた後、先に休憩に入ったタエさんが戻ってくる。
「ヒロ坊、ご苦労様。休憩に入って良いよ」
「うっす。休憩入ります」
浩也はそう言って厨房を抜けて、店の裏手の木陰に行くと、先に休憩していた陽子と鉢合わせになる。
「ああ、陽子も休憩か?」
浩也はそう言って、陽子の隣のスペースに腰をおろすと、手に持っていた焼きそばを食べ出す。
「ええっ、浩也君、今お昼なの?」
「ん?ああ、むしろ今日初めての休憩だ」
「そう言えば、長蛇の列だったもんね。中も混んでたけど、そっちは中々、人が引けなかったし」
陽子はそう言って、少し同情する。浩也のところだけ替えがおらず、タエさんが手が空くまで休みに入れない。ただ浩也はそんな事を気にもせずに、あっけらかんと言う。
「忙しい時は、こんなもんだろ。まあ、長蛇の列って事は、売上にも貢献出来てるって事だしな。それよりも陽子の方は大丈夫か?バイト初めてだろ」
「うん、タエさんが気を使ってくれるし、中村さんも近づかなければ、しっかり仕事するから、なんとか出来てるかな」
「そうそう、中村さんって意外に優秀だよな。あれで女子が苦手でなければ、接客の方も行けるのに」
「フフフッ、本当。私がすれ違うだけで、真っ赤になるんだもん。全然、三次元を超越なんてできて無いわね」
確かにと浩也は思う。中村はレジや飲みもの周りの販売も担当しているが、女子と接する機会も多い。あくまで客なので、意識はしないようにしているが、たまに僅かな接触があるとそれだけで動揺するので、思春期真っ盛りの男子そのものだった。
「牛山さんは案外、天職みたいだし、問題はなあ」
浩也はそこまで言って軽く溜息を吐く。牛山もその仕事っぷりは安定している。用具の貸し出しや販売だが、料金表はある為、そこを指差すだけである。体はガッシリしているが、表情は温和な為、お客様を不快にさせる事もなく淡々と仕事をこなしている。ただ最大の問題は小林英吉だ。
「あの人って何が得意なんだろう?接客すればお客さん怒らすし、掃除や片付けも雑だし、なんかモテるみたいな勘違いしてるし、正直近付きたく無いんだけど」
「そうだなぁ、雑用全般にバイトの休憩の為の補欠だな、ありゃ。そんなにモテたきゃ焼き場やればいいのに」
「焼き場?」
「ああ、なんかあそこで寡黙に仕事してると、イケメン補正がかかるみたいだぞ。俺なんかでも、やたら女子に声掛けられまくったし」
補正なしでイケメンの浩也が、勘違いをして、補正云々言っているが、陽子は思わず突っ込んでいいか、悩んでしまう。
「へ、へぇ、それでその女子達とはどうなったの?」
「ああ、そうだった。陽子に謝らなければならなかった。一応陽子を彼女に仕立て、全部断った。勝手に名前使って悪かったな」
浩也はそう言って、少しバツの悪そうに謝罪する。すると陽子は乾いた笑みをこぼしながら、かぶりを振る。
「あはは、それなら謝らなくていいよ。私も同じ事したから」
「陽子も?」
「うん、なんか海の家のバイトって、浮ついた人が多いのか、やたら声掛けられるの。いちいち相手するのも面倒だから、浩也君を彼氏って事で、あしらってるの」
「はははっ、そう、やたらモテるんだよな。店の店員ナンパしてどうすんだって話だが」
「ホント、流石に客だから悪い顔出来ないし、あっ、だから声掛けられるのか」
陽子はそう言って、自分の言ったことに納得する。
「なるほどな、流石に店の店員は話し易いか。やっぱ海の家補正だな」
「フフフッ、お互い勘違いしないようにしないとね」
などと言い合っているが、ただ単純にモテているだけであり、めぐみあたりに言わせると、犯罪レベルの無自覚さは罪とまで言われかねないのだが、鈍感な2人がそれに気付く事は無かった。
その後店も落ち着き、夕方5:00を過ぎたところで、店仕舞いとなる。土日の営業は6:00迄ともう少し遅くまでやるのだが、既に海岸には人気も少なくなっており、あたりはのんびりとした空気が流れている。
「いやー、今日も働いたなぁ」
その日1番業務量の少ない英吉が、清々しい様子を見せる。ちなみに英吉以外のメンバーは誰もそれに賛同しておらず、しらーっとした空気を醸し出す。そんなおり、バックヤードから売上を締めていた源治がひょこっと顔を出す。
「いや、凄いな。平日だと言うのに今日はこの夏1番の売上じゃぞ、こりゃ、ボーナスでもはずまんといかんの」
源治がニコニコ顔でそう言うと、いち早く英吉が反応する。
「えっ、オーナー、ボーナスっすか」
すると源治がニヤリとし、それに頷く。
「そうさの、売上に対する貢献度で色をつけるかの」
「おおっ、流石オーナー、太っ腹っ」
そこで調子に乗った英吉が、源治を囃し立てる。その時一生は、目を細め、タエさんは納得顔で頷き出す。
「ちなみに今日の売上貢献度一位は浩也。お前さんの焼き場の売上が断トツじゃ。ボーナス期待しとってええぞ」
「うっす、ありがとうございます!」
浩也は礼儀正しく、それに礼を言う。英吉も焼き場が長蛇の列をなしていたの知っていたので、納得顔でそれに頷く。
「流石は我が弟弟子、兄弟子として鼻が高い」
随分と上から目線で英吉がそう言うと、陽子が軽蔑した目線を送る。
「次の評価は店舗の売上じゃが、これは3人が関わっておる。タエさん、一生、陽子ちゃんじゃが、タエさんの報告では、MVPは間違いなく、陽子ちゃんじゃ。ボーナスも弾むがまだ始まったばかり、引き続き頼むぞ」
「は、はい、ありがとうございます。頑張ります」
「流石は陽子、やるじゃん」
浩也は自分が評価された時より喜んで、陽子に声をかける。陽子も嬉しそうに笑顔を見せる。タエさんも一生も異存が無いようで、それには納得顔だ。
「続いてはモウちゃんだが、店の客足に引っ張られて、売上も好調じゃった。ただもう少し営業をしてくれるとのう」
牛山はその発言を気にする事なく、納得顔で頷いている。そんなモウちゃんを見て、源治は思わず苦笑する。既にバイト全員の名前が呼ばれた事で、いよいよ自分の番とばかりに英吉は目を輝かせる。
「オーナー、俺は?」
「ああ、英吉、お前に関しては、割った皿代や勝手に飲み食いしたものの代金、それから店の客をナンパしようとして失敗した客からの苦情等を加味して、給料から差っ引いておくから」
「はっ⁉︎」
英吉はボーナスどころか、給料を減らされる話に思わず唖然とする。すると一生が冷徹な口調で突っ込みを入れる。
「お前、どうして自分もボーナスを貰えると思ったんだ?オーナーは言ったろう、『売上に貢献』って。その時点で察せないお前が、売上に貢献しているはずがないだろう」
すると英吉は慌てたように、陽子にフォローを求める。
「そ、そんな事ないよね、陽子ちゃん」
陽子もまた、一生並みに冷徹な表情で言う。
「中村さんに1票」
続いて英吉は浩也を見て、浩也も答える。
「自分も1票」その後誰1人として、英吉に票を入れるものはおらず、英吉の声がこだまする。
「うそーんっ」
そして英吉以外のバイトメンバーは、その哀愁漂う叫びを聞いて、ただただ溜飲を下げるのであった。




