第四十二話
今回は恋愛成分薄めです。海の家バイト編の主要メンバー紹介的な感じです。
夏休み初日、本来学生なら誰もがのんびりと過ごしたいと思っている中、浩也は朝7:30に西条駅の改札で陽子を待っていた。しかも昨日の出来事で精神的に疲労困憊である。有里奈とは、幼馴染と公表する事で合意した後、どうやって公表するかは、有里奈に任せることにした。本人も手段までは考えが及んでおらず、ちょっと考えるとだけ言われている。まあ、相手はあの有里奈なのだから、公表されれば、あっという間に広まるだろうと思っている。だから、そこはなるようになるだろうと考えを放棄していた。
水谷の件も結局は問題の先送りだ。直接会う機会でもあれば、何かしらの対応を考える必要はあるが、今は考えても答えは決まっている。それでは流石に水谷に不誠実なので、少なくても、もう少し判断する材料を得てから、考えようと思っている。
ただそんな何も出来ない状態にストレスは感じ、それが浩也に疲労を与えていたりする。
「浩也君、お待たせって、なんか疲れてない?」
浩也がダルそうに立っているところに、陽子が朗らかに現れる。浩也はそんな陽子に思わず、憎まれ口を叩く。
「ええ、とっても疲れてますよ。疲労困憊ですよ。陽子さんは、お元気そうですね」
「なんだか凄いやさぐれてるんだけど、大丈夫?」
そんな浩也を怒るかと思いきや心配する陽子を見て、浩也は少し申し訳なくなる。
「あー、なんでもない。折角の夏休み初日、惰眠も貪れず、ちょっとイラついただけだ。まあ、陽子の爽やかな様子を見たら、気分が落ち着いた。今日からバイト、よろしくな」
「たしかにもう少し寝たくなるよね、まあその分、終わりも早いんだし、張り切っていきましょう」
陽子は浩也の気分が持ち直したのを見て、少しホッとして笑顔になる。浩也は誘ったのは自分なのだから、自分が陽子をフォローするべきなのに、心配させてしまった事に反省する。
『まあ自分の事は後回し。まずはバイトに集中しないと』
浩也はそう思って陽子に笑顔を向けた後、こっそりと気合を入れ直すのだった。
バイト先には予定通り、8:00過ぎには到着する。そこで今回の仕事場である海の家の中に陽子を伴って入ると、大きな声で挨拶をする。
「お疲れ様ですっ。今日からお世話になる高城浩也ですが、オーナーの源治さんはいらっしゃいますか?」
「おーう、まっとったよ。今日からよろしくな。早速だが料理場担当を紹介しよう。おーい、タミさん」
源治が奥に声をかけると、恰幅のいいおばちゃんが、愛想のいい笑顔でやってくる。
「はいはい、ああ、あんたが雄坊の後釜かい。ありゃ随分と若いね。しかも良い男。私は皆川民江よ、よろしくねぇ」
「はい、自分は高城浩也っす。よろしくお願いします。それと彼女は北見陽子です。自分と同じ平日も働きますので、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
そう言って2人は礼儀正しくお辞儀をする。2人のキチンとした応対に民江は目を細める。
「ふふふっ、若いのにしっかりしてるわね。あの3バカにも見せてやりたいわ。えーと、ヒロ坊に陽子ちゃんね。大変だろうけど、よろしくね。それとヒロ坊には、焼き場もやってもらうから、頑張んなね」
「焼き場ですか?」
「そう、陽子ちゃんは注文聞いたりの接客がメイン。ヒロ坊は、鉄板の前で焼きそばやお好み焼きとかを作ってもらうから。夏場はホント暑いから、水分補給はしっかりね」
「ああ焼き場ってそういう事ですか。わかりました。それと後3人ほどバイトの方がいると聞いたのですが」
浩也は事前に聞いていた仕事内容なので、問題ない旨頷いた後、そういえばと質問する。すると民江は呆れた表情で、言葉を返す。
「ああ、あの3バカは、ギリギリにならないとこないのよ。まったく仕事はおそいわ、接客は下手くそで大変なのよ。何かあったら、私がとっちめるから、どんどん言って頂戴」
「はぁ、そうですか。じゃあ、きたときに挨拶させていただきます」
浩也は思わず返事に困るが、なんとか返事をすると、陽子に苦笑いをする。すると今度は陽子が質問する。
「あの一応服装は自由で念の為、下に水着を着といてくれって言われたんですけど、どこで着替えたら良いですか?」
「ああそれなら、そこの更衣室を使っておくれ。それと貴重品は預かって、店の金庫に入れちゃうから、何か飲み食いする分だけ、手元に持ってな」
そう民江が説明した後、2人は小銭だけポケットに入れた後、財布を民江に渡し、陽子は1人着替えにいく。
「あら、ヒロ坊は着替え良いのかい?」
「はい、海パンはズボンの下に履いてるんで。あとはエプロンつけて、タオルを頭に巻くだけです」
「はははっ、そういうところは男の子だね、あの3バカときたら、かっこつけているのか、一丁前にわざわざここで毎回着替えるんだよ」
浩也としては、着替えるのが面倒くさいだけで、特段へんな事をしているつもりはないのだが、民江の感覚では、男の子っぽいらしい。
「キャーッ」
浩也と民江がそんな会話をしていると、陽子が向かった更衣室から陽子の叫び声が聞こえる。浩也は、反応良く更衣室のドアを開けると、着替え途中の陽子の前に大学生らしい、男子が、唖然として立ている。
「陽子、大丈夫か?」
幸いにもしゃがみこんだ陽子は、水着は着けており、目を背ける様な状況ではない。浩也はとりあえず陽子を匿う様に背にして、その男子との間に入る。
「あっ、いや、僕はっ」
相手の男子は浩也が現れ、陽子を庇っている姿を見て、大いに動揺している。するとその大学生の後ろから、民江が拳を振り下ろす。
「ぐはっ」
「こんのー馬鹿たれがっ、女子の更衣室を覗き見するとは、何事だっ」
その様相はまさに鬼のそれだ。殴られた男子は、涙目で頭を抑えたまま、懸命に弁明をはかる。
「いや、違う、タミさん、誤解です。誤解。俺が着替えようとしたら、彼女が先に着替えてて、わっわざとじゃないんですっ」
するとその弁明を聞いたタミさんは、輪をかけて怒り出すともう一度拳を振るう。
「うげぇっ」
「じゃあ、なんでお前は女子更衣室にいるんだいっ、男子用はあっちだろうがっ」
そう、部屋に入る前に浩也も確認したが、確かに女子用で男子更衣室室じゃなかった。するとその男子は、更なる弁解をする。火に油を注ぐとも知らずに。
「ま、まってください。大体、男子更衣室って汚いじゃないですか。だから綺麗な女子更衣室を使おうと」
すると民江は更に拳を震わせ、その大学生を睨む。そして浩也の後ろで、陽子が辛辣な一言を浴びせる。
「あの人、キモい」
「がふっ」
「だったら、着替えがしたくなるぐらい、今日は1日中、掃除でもしてろーっ」
すると陽子の言葉で精神的ダメージを受けた大学生のあごに民江の物理的攻撃が直撃する。
「フブェ」
そして大学生は宙に舞い、完全に白目を向いていた。程なくしてほかの2人の大学生も到着する。勿論、陽子は既に着替え終わっており、今は浩也の肩越しに警戒心MAXである。
そうして先程の大学生も含めた3人が揃ったところで、自己紹介を始める。ちなみに先程の大学生は絶賛土下座中だ。
「えーと状況が全く理解出来ないのですが、僕は中村一生。大学2年だ。そしてこっちのガタイが良いのが、牛山猛。名前はいかついけど、性格はいたって温厚だ。それからコイツは変態だ」
「ちょっと待てっ、これは事故だ。ただのラッキースケベだ」
土下座の変態さんが一生に文句を言う。覗かれた陽子はラッキースケベの一言で片付けようとする変態さんを冷酷に睨みつける。
「ホント、マジキモい」
「ぐはっ」
冷酷な陽子の一言が、変態にクリティカルヒットを与える。すると、一生が少しばかりのフォロー?を入れる。
「まあそこの変態は、間違いなく変態で、下心がないわけでもないが、所詮、ヘタレで20年間彼女なしの童貞野郎だ。気にするな」
「おい待て、一生、テメエも20年間童貞の陰湿オタ野郎だろっ」
「ふんっ、俺は3次元の壁を乗り越えたのだ。リアルなどに興味はない。そこのJK、俺には半径2m以内に近づくな。これは命令だ」
陽子は変態とは違った意味で、警戒心をあらわにし、思わず尋ねる。
「もし近づいたら、どうなるんですか?」
一生はかけた眼鏡を煌めかせると、簡潔に一言言う。
「卒倒する・・・俺が」
「ええーっ」
思わず漏らした声と共に、陽子はこのバイトに暗澹たる思いを抱いてしまう。ただ浩也はもう1人の人物にかすかな期待を持つ。
「牛山さんは、バイトで何を担当されるんですか?」
「モウちゃんは、用具の貸し出しが担当だ。このガタイだからな、うってつけだろう」
話しかけた浩也に対し、なぜか一生が返答する。牛山はそれにうんうんと頷いている。
「ああそうなんですね。牛山さんは、用具貸し出しですか。調理はできないんですか?」
「残念ながら、俺たち3人とも、調理は失格を言い渡されている。当然、モウちゃんもだ」
ことごとく、牛山への質問は、一生が回答してくるので、浩也は民江に目を向ける。すると民江は浩也の意図を汲んで、解説をしてくれる。
「その子は昔から極度の無口なのよ。私もここ最近、その声を聞いたことがないわ」
それに対し、何故か牛山は満足げにうんうん頷く。無口にオタクに変態と中々に強烈なメンバーである。幸いオタクの一生は、女子に対して以外は、比較的まともであり、牛山は無口でも出来そうな仕事を割り振られている。と浩也は最後に変態さんへと話しかける。
「えーと、変態さんは、とりあえず何をされるんでしょうか?」
「ええい、俺には小林英吉という名前があるっ、俺のことは英吉様と呼べっ」
浩也はそれを聞いて面倒くさくなり、今度は一生に目を向ける。一生も面倒くさいのだろう、雑に回答する。
「この変態は、本当に使えんから、雑用全般だ。去年も雄二さんにこき使われてたから、今年も好きに使え」
「はあ、なら今日は更衣室掃除で」
「ウソーん」
英吉はそう叫ぶとその場で蹲る。そして浩也はこの扱いで合ってるなと確信するのだった。




