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第四十一話

失礼しました。予約ボタン押し忘れてました。

その後、水谷を家の近くに送るまで、会話らしい会話のないまま、3人は帰り道を歩いていた。時折、水谷は質問をしてきて、浩也は淡々とそれに答えるくらいで、理緒のほうからはこれといって話しかけられることはなかった。


「それでは先輩、また暫くはお会いできませんが、店のほうに戻るようになったら、よろしくお願いします。それまでには、一通り仕事はできるようになってますので」


「ああ、盆明けには一度、店にも顔を出すから。その時はよろしくな」


浩也はそう言って、笑顔を見せる。今日の仕事っぷりを見ている限り、特段問題があるようにも見えなかったので、恐らく大丈夫だろうと思った。すると今度は理緒のほうに顔を向け、水谷は話し出す。


「井上先輩、私は舞台に上がりましたので、もう遠慮はしませんよ。いつまでもそのままなら、私は先に進むだけですので」


理緒をそれを聞くと、さも嫌そうに水谷を見る。ただ理緒も黙って言われっぱなしでいる性質ではないので、そこから笑みを浮かべて水谷に忠告をする。


「なら先輩として、1つだけ忠告してあげる。私だけに注意してるみたいだけど、そんなに簡単じゃないわよ。私が今の私でいるのは、勿論私の問題もあるけど、私だけの問題ってわけじゃないから」


「それはどういう意味ですか?」


「後は自分で考えなさいよ。そこまで優しくないからね。さあ、浩也帰ろう」


「ん?話は終わったのか?まあなんだかわからんが、程ほどにな」


浩也は2人が会話を始めたところで、余りに険悪な雰囲気になるのならまた間に入るつもりだったが、そこまで険悪な雰囲気でもないので黙って聞いていたが、意味はさっぱり理解できなかった。ただそんな浩也の表情に、理緒も水谷さえもがっくりとして、思わず肩の力を抜く。


「井上先輩、言った事は良く判りませんでしたが、相手は強敵だと言うのはわかりました」


「そうよ、難敵中の難敵よ。でも負けないけどね」


「なら私も負けません。敵が強い方が燃えるタイプなので」


「あら、そこは私も一緒」


そこで今日初めて、2人は顔を見合わせて笑い合う。ただ浩也はその笑顔を見て、なぜが、ほっとするどころか、背筋が凍る思いをするのだった。


そして水谷と別れた後、今度は理緒を送るべく、浩也と理緒は来た道を戻っていく。理緒の雰囲気は先ほどまでの険のあるものから、柔らかいものに戻っており、浩也も少しだけ安堵する。


「ねえ浩也、あの子から告白されたんでしょ?」


そんな時に理緒がいきなり爆弾を落としてくる。少し気の緩んでいた浩也は思わず、言葉を詰まらせそうになるが、何とか落ち着いて、言葉を返す。


「んー、まあそうなるのかな。やっぱあれはそういう意味だよな」


「なにその曖昧な感想は?あの子に好きとか言われたんじゃないの?」


浩也の微妙な反応に、思わず理緒は呆れた表情を見せる。理緒は水谷が謝罪に来たときに、謝罪と同時に、宣戦布告をされたのだ。私は明確に浩也に好意を伝えたのだと。


「まあ直接好きと言われたわけじゃないけどな。サッカー部のマネージャーにならなかったのは、俺がいないからだとか、バイトも俺がいるから募集したとかな」


「何よそれ、好きといっているようなもんじゃない。別に勘違いじゃないわよ」


「んーやっぱそうなのか。ほら、俺、モテた事ないだろう?なんか勘違いだとすると水谷にも悪いからな」


浩也はそう言って、1人納得するように頷いている。ただ理緒は流石に少しイラついて、思わず断言する。


「どう考えても勘違いなわけないでしょ。全く、鈍いにも程があるわっ」


「おっ、おう」


浩也はそう断言されて、思わず同意する。まあ勘違いだったとしても、恥をかくのは自分だし、折角だから好意だと思って受け取る事にする。ただ理緒はそれでは終わらず、更に質問を重ねてくる。


「で、どうするの?あの子と付き合うの?」


「ん?付き合わないぞ。何で付き合うんだ?」


「なんでって、好意を示されたんでしょ?そしたら付き合うとか付き合わないとかの話になるんじゃないの?」


「いや、ぶっちゃけ付き合おうと言われたわけでもないし、そもそも水谷の事はあんま知らないしな。それにお前もいつも言ってるだろう?良く知らない奴と付き合うとか考えられないって」


逆に今度は浩也のほうが、呆れた表情になって、理緒に文句を言う。理緒は理緒で、ああ浩也ってこういう奴だったと改めて、納得する。浩也は良くも悪くも真面目なのだ。軽い気持ちで付き合わないし、付き合うなら、ちゃんと相手の事を思って、決断する。だからこそ自分も彼が好きなのだ。少なくても自分にはまだまだアドバンテージがあるらしい。


「ふーん、あの子、中学の時に会ったときにはまだまだ子供だったのに、随分可愛くなってたじゃない。今なら結構モテると思うけど、いいの?勿体なくない?」


「んー、確かに可愛くなったけど、お互いのこと、知らないことだらけだからな。だから水谷も付き合いたいとか言ってこなかったんじゃないか?」


浩也は何となくそんな気がして、理緒に言う。理緒は理緒で、同じ事を感じていたので、相手のしたたかさに嫌な顔をする。


「ふーん、ならお互いの事をわかったら、付き合うの?」


「わからん、そもそも女子と付き合おうと思った事がないからな。だからいつかはそういう事を考えなければいけないのかもな」


多分それも浩也の本心なのだろう。今告白されたら多分断る。でもお互いの事が理解し合えて、その上で好きという感情があれば、付き合うのかもしれない。そうなったら、浩也はあの子の彼氏になってしまう。


「おーおー、この女ったらし」


「いや、モテまくっているお前に言われたくないんだが」


浩也はそう言って肩を竦める。理緒はそんな浩也を見て、お店での田中詩織との会話を思い出す。詩織はいらだっている理緒の気持ちを知っていた上で、こう理緒に言ったのだ。


『理緒はそろそろ決めないといけないわね。あの一年生は表舞台に上がったんでしょ?表に上がらず舞台袖にいつまでいたって、ヒロインにはなれないもの。1つの舞台にヒロインは1人。舞台袖にいる人間は役者じゃないんだから、ヒロインになることはないからね。ふふふっ、ヒロインになりたいって子、何人現れるかしら。監督さんも大変ね』


そんな事はわかっている。ただまだヒロインを選ぶオーディションは先だと思っていただけだ。ただオーディションは早まった。ならどこかのタイミングで舞台に上がる必要がある。まだ自分にはアドバンテージはある。監督は私の事を良く知っているのだから。理緒はそんな事を考えつつ、浩也を見て、胸のうちで静かな闘志を燃やすのだった。


そしてその夜、もう1人のヒロイン候補にもオーディションが早まった通知が届く。由貴が早速、有里奈に対して、LINEを送ったのだ。由貴にしてみれば、有里奈を応援する気持ちはある。ただ、あくまでそれは応援で、味方ではない。それは以前も同じ事を言った。最終的に浩也が誰を選んだとしても、それはそれだとも思っている。だからこそ、今日、浩也に好意をよせるあの女子を採用したのだ。その想いがちゃんとしたものだと、感じたからだ。


『贔屓はするけど、それを活かすのはあなた次第よ』


そうLINEでは締めくられている。それは有里奈には有り難い事だった。


「はあ、やっぱりそういう子が現れちゃったか」


有里奈にしてみれば、遅かれ早かれそういう存在が現れるとは思っていた。少なくても浩也の身近には、あの子がいるのだ。そう、理緒が有里奈の存在を知るように、有里奈もまた理緒のことを知っていた。いつの頃からか、浩也に身近にいるようになった女子。有里奈の同級生にも振られた人間が後をたたず、それでいて、真っ直ぐに浩也だけを見つめている。


正直、彼女がもっと早く表舞台に上がると思っていたが、彼女はそれをしなかった。だが有里奈には、その気持ちが痛い程よくわかる。今の立場が心地良いからだ。それを手放してまで表舞台に立つのはリスクがある。


「まずは私も自分の立ち位置をはっきりさせなきゃ」


そう、有里奈にはまだやるべき事がある。これまでは、浩也に遠慮してきた。ただもうこの先、その遠慮は命取りだ。だから有里奈は、まず表舞台に立つ前に、スタートラインに立つ事を決意した。


浩也は胸のスマホが震えるのを感じて、その画面を見る。理緒を送った後の帰り道、ようやく家にたどり着くと思った矢先の出来事である。正直、その日浩也は既に疲れ果てていて、思わず無視をしようかと思っていたが、その差し出し人を見て、堪らず溜息と共に返事を返す。


『今はまだ外。もうすぐ家に着く』


『ならコンビニに集合だね!』


『いや、疲れたから、帰りたいんだが』


『良いじゃん、少しくらい。コンビニで待っててね』


『はいはい、了解』


浩也はそう返事を返して、コンビニの前でボーッとする。とにかく今日は疲れた。人生初の告白のようなものと、その後の理緒と水谷の諍いで、疲労困憊だった。告白自体は嬉しいものでもあり、困惑するものでもある。まあ水谷自身、結論を求めるような話ではなかったので、そこは一先ず安心だが、そう悠長にもしてられない。結局はいつかは結論を出す必要があるからだ。勿論、その前にフラれる可能性も十分あるのだが。


そうして取り留めのない事が浮かんでは消えていくのを感じている時に、LINEの差し出し人が現れる。そこにいるのは、有里奈だった。相変わらず、近所のコンビニと言う事もあり、無防備な部屋着姿だ。


「こらこら、相変わらず無防備過ぎる。俺がムラムラしたら、困るだろ」


「フフッ、ヒロがムラムラしてくれるなんて、全然想像出来ないけど。ちょっと待ってて。アイス買ってくるから」


有里奈はそう言って、浩也の苦言を聞き流すと、1人コンビニの中に入っていく。浩也は、一瞬、俺も男なんだが、と思わなくもなかったが、だからどうこうするとも思えず、渋い顔をして有里奈を待つ。程なくして、有里奈は棒アイスを片手に浩也の元にやってくると、笑顔を見せて声をかけてくる。


「ヒロ、なんか疲れてない?」


「まあバイト帰りだからな、疲れもする」


浩也はそう言葉を返すが、有里奈がわざわざここにきた理由には、察しがついていた。有里奈も浩也が察しをつけているのに気が付いているので、回りくどく言わずに、直球で聞く。


「由貴ちゃんから、聞いたよ。告白されたんでしょ」


「チッ、やっぱり聞いてたか。はいはい、告白されました」


浩也は両手を上げて、降参のポーズをとる。有里奈はそれを見て微笑んで、質問を重ねる。


「それでどうするの?」


「ん?どうもしない。別に付き合ってくれって言われたわけでもないしな」


浩也はそう言って、肩を竦める。有里奈はちょっとだけ考えた後、言葉を続ける。


「それっていつかは答えを出さなきゃいけないやつだよね」


「まあ、そうなるな。今答えを求められたら、断るしかないけど。まあそうじゃないからな」


「ふーん、なら私からも1つ相談があるんだけど」


「相談?」


有里奈がそうやって浩也に頼み込むような事は、滅多にないので、何事かと浩也は訝る。


「そう、私、浩也と幼馴染って、もう隠すのをやめようと思って」


「ん?良いのか?」


「うん、浩也がこれまで隠したがった風にしてたけど、本当は私からのお願いだからね。でももう良いの。浩也には迷惑をかけちゃうけど、私自身がそうしたいから」


そう元々、幼馴染を内緒にしようと言ったのは、有里奈の方だった。浩也に迷惑をかけたくなくて、内緒の関係にした。浩也は別に気にしないと言ってくれたのにも関わらず。でももうそれはやめにする。まず自分の立ち位置を明確にする必要があるからだ。まずそこから始めないと、表舞台に堂々と上がれない。


浩也はそれを聞いて、ここでも心境の変化が波及したのだと実感する。よくも悪くも、それぞれの関係が変化するのかもしれないと感じた。だからそれに対しての答えは既に決まっていた。


「別にいいぞ。まあもう陽子にもめぐみにも話してるしな。幸い夏休みだし、そう面倒にもならないだろう」


浩也はそういうと、有里奈に対し優しく微笑んだ。


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