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第四十話

修羅場って、主人公はどうしても情け無くなりますね。難しいです。

その瞬間、店は多少混雑しており、浩也は女子バスケ部の面々を多少離れた4人席にわけて案内する。


「すいません、混んでて離れた場所に案内となってしまいまして」


「ああ、うん、良いのよ。それよりさっきの大丈夫なの?」


申し訳無さそうに謝罪する浩也に対し、バスケ部キャプテンの滝沢香奈はその事は全然気にせず、むしろ先程の出来事に興味津々の表情を見せる。


「はい?さっきのとは何でしょうか?それよりもこちらがメニューとなりますので、お決まりの頃お伺いしますね」


浩也はメニューを開き、笑顔で応対する。正直、浩也も事情が全くわからないので、しらばっくれるのが最善と判断していた。


「あっ、うん、ありがとう」


浩也の綺麗な所作に思わず反応が遅れた滝沢は、思わずお礼を言ってしまう。浩也はすかさずその席を離れると、さも機嫌が悪いという態度全開の理緒の席へと向かう。


「いらっしゃいませ、すいません、皆さんの席が離れるようになっちゃって。席が空いたら、お近くに移動するようにしますので」


とまずはウェイターとしての職務を優先する。するとそれを無視するように、理緒が浩也を低い声で問い詰める。


「ちょっと、浩也、なんであの子がここで働いてるの?」


浩也は何故問い詰められる?と思わなくもないが、あからさまに機嫌が悪い理緒をこれ以上刺激するのはマズイと本能で判断し、慎重に解答する。


「バイトの募集で応募して?」


「そーいう事じゃなくてって、浩也に聞いても無駄か。あーもう、ムカつく」


理緒が何にご立腹なのかは知らないので、浩也はただ困惑するばかりだ。するとここでも詩織が間をとりなしてくれる。


「ほらほら、理緒。折角、美味しいケーキを食べにきたんだから、剥れてちゃ勿体無いでしょ。高城君も気にしないで。ただ虫の居所が悪いだけだから」


「ん、なんかすまん。頼むよ」


浩也はそう言って、その場を離れる。理緒の側に座る三上と結城も状況がわからず困惑した表情を見せていたが、詩織が落ち着いている事で、やれやれといった表情にかわる。


「さて理緒、お姉さんがお話を伺いましょうか。溜め込んでも仕方ないでしょ」


そして浩也がバックヤードに入って見えなくなった所で、詩織が理緒にニッコリ微笑んだ。


対する浩也はバックヤードでもう1人の当事者と対面する。ちなみに由貴もいて、こちらは完全に野次馬だった。


「なあ水谷、お前、理緒となんかあったのか?」


浩也は表面上ニッコリしている水谷に対し、単刀直入に聞く。ただその水谷の表情も固さのあるもので、これは一筋縄ではいかないなと浩也は思う。


「先輩には申し訳無いのですが、黙秘します」


「はあ、素直に話すとは思わなかったけどな。じゃあ簡単な質問を一つだけ、理緒とは知り合いなのか?」


すると水谷は少しだけ考えた後答える。


「一度だけです。話した事があるのは。それ以上は黙秘します」


「はいはい、まあ良いよ。ただ仕事に支障はきたすなよ」


浩也はそう言って、それ以上聞き出そうとするのは諦める。まあその1度でなんかあったんだろう。それ以上は当人同士の問題だ。するとむしろ早々に諦めた浩也に、水谷は呆気に取られる。


「えっ、先輩良いんですか?私、井上先輩怒らせてしまいましたけど」


「んー、まあ良いよ。なんかお互い様なような気もするしな」


するとむしろ水谷の方が困ったような表情になる。もっと一方的に責められるか、困惑させるかだと思ったのだ。でも浩也はそのどちらでもなく、双方を見て、公平に接してくる。それに飛鳥は思わず、毒気を抜かれる。


「はあ、私、後で井上先輩に謝ってきます。ちょっと言い方が悪かったですから」


どういう心境の変化かさっぱりわからない浩也は、思わず目を眇める。


「まあさっぱり話がわからんが、良いのか?」


「はい、元々、このバイトが決まった時点で、話をしにいこうと思ってたんです。ただあの人、全然変わってなくて、それでイラッとしちゃっただけなんで」


浩也はその説明を聞いてもさっぱり意味がわからなかったが、考えたところで理解はできないだろうと考えを放棄する。すると外野の由貴がニヤニヤして近寄ってくる。


「あんた全然わかってないみたいだけど、ちゃんと考えないと後で苦労するわよ」


と予言めいた事を言い、浩也はなら答えを教えてくれと思いつつ、深く溜息をついた。


結局その後、浩也は理緒とも水谷とも余り話す時間を取れないまま、バイト終了の時間を迎える。理緒は予定通り、浩也に送ってもらうべく、田中詩織と2人残っており、バスケ部のほかの面々は、少し前に帰っていた。


「ああ、田中さんも付き合ってくれてたんだ、ありがとう。理緒、バイトが終わったから、一緒に帰ろう。ただ水谷も送らなきゃいけないから、一緒に帰ることになるがいいか?」


理緒の表情は相変わらず不機嫌ながら、それに対しては渋々承知する。さっき浩也が接客している最中に、水谷が理緒の元に行き、お互いが謝罪しあったからだ。


「別にいいわよ。でも送るのはあの子を先にして。私はその後送ってもらうから」


「ん?それだと結構遠回りになるぞ。遅くなるけどいいのか?」


浩也は、理緒にどんな意図があるのかはわからないが、一応気になる部分は確認しておく。


「それは大丈夫。お母さんにはLINEした」


「ん、わかった。じゃあ着替えてくるから、もうちょっとだけ待ってくれ」


そう言って、浩也は2人から離れてバックヤードにいく。そこには水谷が着替え終わって待っており、浩也は水谷にも声をかける。


「今、着替えてくるから、もう少し待ってくれ。あと理緒も送る約束をしているから、一緒に帰るぞ」


「ああ、井上先輩もですか。わかりました。私は問題ありません」


そう言って水谷はニッコリと微笑む。ただやはり表情に固さはあり、和気藹々とはいかなそうだなと浩也は思うが、こればっかりは仕方がない。


「うん、じゃあ着替えてくる」


浩也はそう言って、控え室へと向かっていった。


そして帰り道、詩織は店からでて早々に別れ、浩也と理緒と水谷の3人で駅へと向かう。理緒と2人だけなら、くだらない話をしながら楽しく帰るところだが、水谷もいることで、さてどうしたものかと思っていると、水谷が話しかけてくる。


「高城先輩、一つ聞いてもいいですか?」


「うん?なんだ?」


「先輩は明日から店のほうには来ないんですか?」


水谷は由貴から話を聞いたのだろう。明日からは浩也が海の家でのバイトで、店には来ないというのを確認してくる。浩也は特に考える事もなく、それにうなずく。


「ああ、明日からは海の家でのバイトだ。店長の雄二さんの叔父さんの店で俺は雄二さんの代理。だからお盆までは、そっちでバイトになるな」


「うーん、残念です。店でバイトだったら、またこうして先輩に送ってもらえるのに」


水谷は浩也が店にいるときは、ディナーの時間まで働けるのだが、いないときは、早番で夕方には帰るシフトになる。なので、お盆まではずっと早番だ。


「まあ、後半は少し休むけど、店でバイトだから、タイミングが合えばな」


するとここまでずっと黙っていた理緒が、質問してくる。


「海の家のバイトって、休みってどうなってるの?」


「休み?あー土日は休み無しだけど、平日はシフトで休みをとる感じになるな」


すると理緒が少し考えたような顔をして、浩也に言ってくる。


「もし平日に試合になったら、応援に来てくれる?」


「ん?試合って土日だけじゃないのか?」


「大会を勝ち進んでトーナメントに入れば、平日も試合があるの。今、うちの学校リーグ戦ではトップだから、多分トーナメントにいける。そしたら平日に試合ができるから、応援に来て欲しい」


理緒はそう言って、ちょっと思いつめたような表情で浩也を見ている。浩也は何となく、理緒の頭に手をやってポンポンと叩く。


「日程が決まったら教えてくれ。シフトだから休みの調整がつけば、行ってやるよ。前にも言ったけど、そんな顔だと上手くいかないぞ。試合は楽しまなきゃな」


すると珍しく理緒はテレたようにそっぽを向き、理緒らしい憎まれ口を叩く。


「誰のせいで、ヘンな顔になってると思ってるのよ。でも約束したからね、キャンセルは無しだからね」


「はいはい、ああ、折角だから朋樹とか陽子とかも誘ってみるか。応援は多いほうがいいだろ」


すると理緒はがっくりした表情を見せて、それでも再び微笑む。


「なら大応援団を結成しなさい、理緒様の雄姿を見せつけてやるわ」


そうして、いつものように会話しだした2人を見て、水谷が口を挟んでくる。


「井上先輩は、そうやっていつも高城先輩に甘えてるんですね。高城先輩も少し甘やかしすぎです」


浩也は甘やかしすぎと言われて、そうなのかと首を傾げる。そもそも大分前からこういう関係だったので、今ではすっかり慣れてしまった。しかもこんな事を言ってくるのは理緒くらいだ。暇な時くらい付き合うのはいいだろうに、と浩也は思った事を口にする。


「うーん、そうか?予定が空いている時に試合の応援に行くくらい、大したことないだろ。流石に予定が空いてない時は断るしな」


「なら先輩の予定が空いていたら、遊びに誘ってもいいですか?」


「お、おう。まあな」


浩也が思わず返答に窮すると、そこで今度は理緒から横やりが入る。


「ちょっと人の真似しないでくれる?私はただ応援があると燃えるから頼んでいるだけなんだけど、ちょっと便乗も良いところじゃない?」


「へー、その割に他の人もくるって聞いて、残念そうにしてませんでした?それに高城先輩が良いって言ってくれるなら、ただの友達さんが文句を言う筋合いは無いと思いますけど」


そう言って、お互いがにらみ合う。


「あーもう、お前ら、喧嘩するなら、どっちも付き合わんぞ!大体、さっき仲直りしたんじゃ無いのか?」


浩也は堪らず揉めそうな2人の間に入って、双方に睨みを効かせる。


「高城先輩、勘違いしないでいただきたいのですが、井上先輩と私は、別に仲良しになった訳ではありません。お互いに謝罪は受けいれただけですので」


「そうね、お互いその認識で合ってるわ。ああ、ただ別に浩也には迷惑かけないわ。あくまでその子と私の、ああでも厳密にはもう少し範囲は広がるかもだけど、そこの問題だから」


「はあ、まあ好きにしてくれ。さっぱりわからん」


浩也はそう言って、匙を投げる。なので、2人との帰り道は、ただただ気まずいだけの時間となった。


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