第三十九話
今回、賛否両論出そうな回ですが、そろそろ雰囲気を変えていかないとと思ってます。
クラス会も終わり、夏休み前のダラダラとした空気の授業をこなしつつ、ようやく学校は終業式の日を迎える。この1学期の成績は、1年の最後の成績表よりも良い結果だった事もあり、浩也は夏休み前、最後のホームルームをのんびりとした気分で聞いている。
ちなみにクラス会で話のあったキャンプは予定通り、引率者候補の陽子の姉も了承し、娘のまいも参加することになった。場所もキャンプ場の都合で、土日は避けて欲しいと要望はあったが、浩也達もバイトや家の手伝いで土日をあけられない事もあり、むしろ都合が良かった。そうして日程もメンバーも決定し、女子の親御さんからも反対が出なかったことで、無事開催が決定した。
浩也がそんな事をぼんやり考えてると、教師が教壇からおりて、気がつくとホームルームが終了している。浩也は荷物をまとめて、さてバイトにでも行きますかと思っているところで、理緒がやって来る。
「浩也、今日は、お店でバイトでしょ。部活終わったら、遊びに行っても良い?」
「別に構わないけど、1人で来るのか?」
浩也は、わざわざ聞きにきた理緒の顔を見て、なんだか乗り気ではない雰囲気を感じて、そう聞いてみる。すると理緒は、つまんなそうな顔をして、返事をする。
「部活の子達と一緒。この前あったキャプテンいるでしょ。キャプテンも行きたいって言ってて、3年生含めて遊びに行くから」
「あーそういう事か。大変だな。先輩、後輩の上下関係って」
浩也は理緒の口ぶりから、先輩に無理やり誘われて仕方無しに来るのだと勘違いし、そう言葉を返す。ただ実際は、夏休みに浩也と会う機会が少なくなるので、今日は浩也に甘えようと考えていたところに、バスケ部メンバーから誘われたので、不貞腐れているだけだった。ただそうとは素直に言えないので、理緒は浩也の勘違いに乗っかることにする。
「別に嫌な先輩とかじゃないのよ。キャプテンも良い人だし。ただ今日は気乗りがしなかっただけ」
「ふーん、そうか。まあ遅くなるようなら、また家までは送ってやるよ。ここで理緒のお母さんの点数を下げるわけにもいかないからな」
浩也は夏のキャンプの事を考えて、そう言ってくる。理緒はそれには素直に喜んで、ニッコリと微笑む。
「そうね、家のお母さんの浩也の評価は、凄く良いから、下がらないようにしないとね。よく、今度遊びにつれてきなさいって言ってるもん」
「いや、お気持ちだけで充分ですと伝えてくれ。流石にハードルが高すぎます」
「フフフッ、そうね。お母さんだけならまだしも、お父さんとかと鉢合わせになったら、大変だもんね」
浩也はそれを聞いて顔を引きつらせる。有里奈のところのように、家族ぐるみだと一切そういったプレッシャーはないが、流石に初対面の男親に会うのは、御免こうむりたい。なんせ、ただの友達なのだから。だから、浩也は間違ってもお父さんには会わないようにと深く祈るのだった。
その後、途中のコンビニで簡単な昼食を済ますと、浩也はバイト先に入る。今日は流石に学校の終業式後という事もあり、これから結構な数の海生高校の生徒達がやってくるだろうと思う。浩也は急いでホールに入らなきゃなと、控え室に入ると、そこでは、由貴が海生高校の女子生徒と面談の最中だった。
「あ、悪い、面談中だった?」
「ああ、浩也。これからホールに入るんでしょ?なら着替えて良いわよ。もう面談も終わったし、私達が出て行くから」
由貴はそう言って、履歴書片手に立ち上がる。面談されている女子の方も、それに倣って立ち上がる。浩也はその女子に目をやると、どこかであった事があるようなと、変な既視感を覚える。
「あら浩也、その様子だとこの子が誰だか思い出せないみたいね」
浩也の不思議そうな顔を見て、由貴は呆れた表情を見せる。浩也もそこまで言われると思い出せないのが申し訳なく思い、頭を捻るが、どうしてか、ピントが合わない。するとその女子の方がクスクス笑い出し、浩也に種明かしをしだす。
「一応、私が大人っぽくなったって事で、気付けなかったのは、大目に見ておきます。お久しぶりです。中学の時、サッカー部で一緒だった水谷飛鳥です」
「水谷って、2年のマネージャーか?」
名前を聞いて、ようやくピントが合う。ああ、春香の後輩の女子にいたいた、と浩也は合点する。確かに雰囲気が変わったせいでピントが合わなかったのだ。当時の彼女は、まだまだ小学生よりの幼い少女で、今、目の前にいる水谷はその当時の面影を感じさせるが、ここ1、2年で一気に成長したのだろう、女子高生然とした女子になっていた。髪も当時のショートとは違い肩口まで綺麗に伸びており、目のクリッとした愛らしい表情は可愛いだけではなく、大人の魅力も感じさせる。正直、かなり可愛い部類に入る女子だった。
「高城先輩、私もう中学2年ではなく、高校1年なんですけど」
完全に動揺した浩也を見て、水谷は悪戯が成功した事を喜ぶように、クスクスと笑う。
「ああ、そうだなって、海生高校に入ったのか?」
「はい、バッチリ、先輩の後輩ですよ」
「いや、全然知らなかった。へー、あの水谷が。朋樹は知ってるのか?」
「はい、サッカー部のマネージャーをまたやろうかと思っていたので、その時にお会いしました」
「ん?マネージャーはやらないのか?」
そこで浩也は不思議そうな顔をする。話の流れからすると、マネージャーをやってて、バイトは出来ないんじゃないかと思ったのだ。
「はい、高城先輩がサッカー部にいなかったので、入るのは辞めました。高城先輩、サッカー辞めてるとは知らなかったので」
水谷はそう言って、ニッコリとする。浩也は理解が追いつかず、ついオウム返しをしてしまう。
「俺がいないと何で水谷はマネージャーをやらないんだ?」
「やだなー、そこまで言わせるんですか?私は高城先輩を追いかけて海生高校に入ったんです。先輩がいないのに、マネージャーなんてやる訳ないじゃないですか」
「はあっ?」
浩也は思わず声を上げ、隣にいた由貴を見る。事の次第がさっぱり理解出来ないので、助け船を求めた格好だ。ただそんな浩也の期待は脆くも砕かれる。由貴は浩也にしてみればさも邪悪そうな笑みを浮かべて、楽しそうに言う。
「この子のバイトの志望動機を聞いて、面白くなりそうだから、思わず採用しちゃった、テヘッ」
「ちっとも可愛くねーっ」
浩也は思わず全力で突っ込みを入れ、頭を抱えるのであった。
その後、早速ということで、水谷はバイトに入ることになる。水谷の家は浩也達と同じ西条駅で、浩也は知らなかったが、小学校も同じで、家もそう遠くない場所らしかった。女子なので、あまり遅くなると帰り道を親御さんも心配されるので、本当であれば、近所の子を採用するつもりだったらしいのだが、遅くなる時は、浩也が送る前提で採用を決めたらしい。なので今日も浩也の上がる時間まで、取り敢えず働いてみるという事だった。
「じゃあ、俺が一度接客を見せるから、その次の客が入ったら、接客してみてくれ」
「はい、わかりました、先輩」
満面の笑みで嬉しそうに返事をする水谷を見て、浩也は顔を引き攣らせる。当然の如く、浩也が水谷の教育係に任命され、今その業務を教えている。水谷は思った以上に要領が良く、浩也が教える事をみるみる吸収していく。それ自体は、浩也にとっても喜ばしい事なのだが、いかんせん、水谷のバイトの志望動機がいまだ消化しきれず、その接し方が戸惑いという形で現れていた。
「なあ、水谷、お前はどうして」
浩也は自分で消化しきれないものを考えてもしょうがないと思い、意を決して話しかけようとしたところで、店の入り口がカランコロンと音を立てる。
『まあ、聞くのは後でいいか、まずは仕事』
浩也は優先順位をすぐさま切り替え、入り口へと向かう。その後、客がコンスタントに出入りする事になり、接客に片付けにと右往左往し、浩也は結局、モヤモヤを抱えたまま、仕事を優先し続ける。
本当であれば、その事態が訪れる前に、モヤモヤを解消するべきだったのだ。ただ、仕事に追われて、会話するタイミングを逃し、浩也は残念な事にその時を迎えてしまう。時間は18:00過ぎ、あたりは夕焼け空から少しづつ夜に近づいてくるタイミングで、その集団は、店に訪れる。
「いらっしゃっいませー」
だいぶ挨拶が身についてきた水谷が、玄関へと客を出迎えに行く。浩也も様子を気にして玄関に向かうとそこには、先日応援に行った、女子バスケ部の面々が立っていた。
「浩也ー、遊びに来たよー」
その集団を代表して、浩也を見かけた理緒が声をかけてくる。
「ああ、皆さんいらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
浩也は取り敢えず猫被りモードで接客をすると、なぜか水谷が険しい表情で理緒を見ている。
「あ、お久しぶりです。井上先輩、まだ高城先輩に纏わり付いていたんですね」
声をかけられた理緒の方も相手が誰なのかに気付いたらしく、挑発的な表情に変わる。
「あー、わざわざ追いかけてきたんだ。大して仲良くないのにね」
その光景は一触即発といった様相で、浩也の背筋に何故か冷や汗が流れる。するとパンパンと手を鳴らした田中詩織が、2人に言う。
「なんだか2人が知り合いなのはわかったけど、お店の迷惑。高城君、席に案内してくれる?」
「あ、ああ。どうぞ皆さん、お席へ案内いたします」
一瞬フリーズしかけた浩也は、詩織の行動になんとか反応する。そして今この瞬間、高崎は良い彼女を捕まえたなと心より思うのだった。




