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第三十三話

女子同士の会話に男子が困惑する話です。

その日の理緒は、絶好調だった。何が良かったかでいえば、何よりゲームを楽しんでいた。集中し、それでいて余裕がある。時折、相手の虚を突いたような、3ポイントが決まるかと思いきや、うちに切り込んで、レイアップシュートを決める。楽しさとは伝染するものだ。大会初戦、特に3年生には最後の大会、本来なら緊張して然るべきなのだが、楽しそうにゲームをする理緒につられて、他の選手達も大きな声と笑顔が広がる。


『どうやら、大丈夫そうだな』


あらかた大勢が決まったゲームを見ながら、安堵する。隣で同じく試合を観戦している高崎も同じような表情を浮かべて、浩也に話しかける。


「この試合は大丈夫そうだな。って言うか、井上絶好調じゃん」


「ははっ、確かに明らかに相手の戦意を削いでるな」


するとたまたま理緒と目が合うと、理緒が嬉しそうに手を振り、浩也はサムズアップでそれに返す。それを見ていた高崎は、浩也を見上げて羨ましそうにする相手選手を見かけて、違う意味で戦意を奪っているんじゃないかと乾いた笑いを零す。


「まあ取り敢えずは良かった。今日はのんびり帰れそうだ」


「あれ、高崎は何処に住んでるんだ?」


「ああ俺は学校近く。孝太と中学は学区が一緒だから、最寄り駅は西ヶ浜だな。バスで来たんだろ?なら駅までは一緒だな」


浩也はそれを聞いて、ニヤリとしだす。


「んっ?彼女と2人帰らなくていいのか?」


「ああ、前に一回そういう事した時に、その後の追求が半端ないって、詩織嘆いてたからな。だから、駅までは一緒に行くさ。今日は高城がいるから助かるよ」


逆にそれを聞いて浩也は顔を顰める。


「なんかそれって、晒し者的な流れじゃねーか?」


すると高崎はにっこりとして、それを肯定する。


「安心しろ、晒されるのは、お前だけじゃない。俺も一緒だ」


「くっ、俺は今無性にこのまま帰りたくなった。高崎、後を託していいか?」


すると高崎は浩也の肩をガッチリ掴み、逃さない。


「高城、残念ながら、その選択肢は許さない。そもそもそうして、その後の井上を宥める自信があるのか?少なくとも、俺にはない」


そんなもの当然、浩也にもない。まして今日は理緒の誕生日で、流石にそれをブッチしたら、その後の事を考えると恐ろしいという感情しか湧かなかった。


「はあぁ、高崎、俺はもう応援に二度と来ないと誓うよ」


「安心しろ、俺もそう思っていたが、その誓いは反故にされた。これから勝ち進めば、また機会は訪れる。高城、応援されたら、頑張れるって言われて、断る自信はあるか?」


「な・・・ない」


浩也は元体育会系なだけに、応援が力になる事をよく知っている。しかも理緒にあの手この手で懇願されたら、きっと受けてしまうだろう自分が想像出来た。そうして2人は、試合会場を黄昏た目で只々、眺めるのだった。


試合は無事、海生高校女子バスケ部の大勝で終わる。浩也達はその後、バスケ部女子メンバーと合流し、予定通り、好奇の目で晒される。


「あーやっぱり高城君だ。応援しに来てくれたの?」


そう言ったのは、去年同じクラスで、この前、店にも遊びに来た三上佐知だ。浩也はこの場をやり過ごす手段として、猫被りモードを発動させる。


「ああ三上さん、今日は理緒に誘われてね。それにしても、みんな凄い活躍で、正直びっくりしたよ」


「ふふふっ、今日は本当に楽しかった。理緒が絶好調で、あんな楽しそうにゲームしてるんだもん。みんな釣られちゃったよね」


するとその隣にいた結城和美も同意する。彼女も前に理緒と遊びにきたメンバーの1人だ。


「そうそう、まあ相手も元気なかったから、余計ね。私服の男子の応援も効いたんじゃない?」


「ねえ、ねえ?彼は理緒の彼氏なの?」


すると170cm近い、背の高い女子が3人の会話に絡んでくる。前髪のないおかっぱショートで、カッコいい感じの女子だ。多分、3年生だろう。


「あっ、キャプテン。あー、高城君は知らないよね。バスケ部キャプテンの滝沢先輩。彼は理緒のクラスメートで中学からの友達の高城君です。私も去年、同じクラスだったんです」


佐知が気を利かせてキャプテンに紹介すると、浩也もそれに合わせて、猫被りモードで挨拶をする。


「2年2組の高城浩也です。理緒とは、中学からの友達ですが、彼氏ではないですよ。仲良くはしているので、良く勘違いはされるのですが」


すると浩也の爽やかな笑顔にキャプテンの滝沢香奈は思わず頬を染める。少し見上げるような背の高さで、並んで立つと綺麗な顔がそこにあるのだ。しかもこっちに対して優しく微笑んでいる。ドキドキしない方が、おかしいのだ。


「へ、へーっ。付き合ってないの?ふーん。じゃあなんで応援に?」


「ああ、それこそ理緒に半強制で誘われたからですよ。まあ自分も暇だったので、気軽に受けてしまった訳ですが」


浩也はそこで、渋々と言った表情を作る。するとようやく帰りの支度ができたのか、理緒が着替えて、やってくる。勿論、部活なので制服姿だ。


「浩也お待たせー。あれ?キャプテン、どうしたんですか?」


「ふぁっ、り、理緒。いや、何でもないよ、何でもない。高城君が理緒と付き合っているか聞いてただけだから」


そこで理緒は勘を働かせる。浩也がそれを肯定することはないので、きっと否定したに違いない。そこであわよくば的な思惑を抱いたのだろう。ちなみにその隣にいる、佐知や和美も同罪だった。


『もう全く、油断も隙もない」


憤慨する気持ちもあるが、ここは冷静に対処する。


「浩也は友達で間違いないですよ。あー、でも今日は私の貸切なんで、他の方はご遠慮下さいね」


「えーっ、理緒ずるい。少しくらい良いじゃん」


「だーめっ。今日は私誕生日なんだから、誕生日に一人とかって、さびしいでしょ。だから、今日は貸し出しません」


浩也はそんな女子のやり取りを聞いて、貸し出しって何だと思っていたりするが、あえて深く突っ込んだりはしない。ここは沈黙が吉だ。一方の理緒は、部活女子メンバーにキッチリと防衛線をはる。まあ流石に今日は理緒の誕生日だと言うのは、知っていたので渋々ではあるが、引き下がってくれたのは幸いだった。


その後、面々は集合した後、バスにて駅へ向かう。


「もう、みんな浩也を呼んだのは私なのに、こういう時ばっか、ノってくるんだからっ」


「ハハッ、俺としては助かったよ。流石に女子3人に囲まれるとか、荷が重い。しかも1人は先輩だしな」


そう言って、浩也と理緒その奥に詩織と高崎がいる並びでバスに乗り込んだ、その奥にいる女バスメンバーを気にしながら、声を落として話す。バスは他の学校の女子も乗っており、多少、混雑している。


「いや、俺も別のところで芸能レポーターさながらに、話を聞かれたけど、ホント困るよな」


「あら、幹夫への女子の関心は、それこそゴシップでしょ。高城君へのそれとはちょっと違うわよ」


すると詩織が、彼氏を見て、そんな事を言う。浩也も高崎も共に首を傾げて不思議そうな顔をする。それに対して、理緒はちょっとしかめ面をして、詩織に釘を刺す。


「ちょっと詩織、余りそういう事言わないで。本人は判ってないんだから。そのほうが、色々都合が良いの」


「あーっ、やっぱりわざとか。理緒も大変だね。私は余りそういう心配は無いけど、理緒の方は、あれだもんねーっ」


「ううっ、ええ、そうよ。だから余計な心配増やしたくないの」


理緒と詩織はそう言って、なんだか良く判らない抽象的な会話で、お互い理解を深める。浩也と高崎はさっぱり話がわからず、アイコンタクトで語らうが、当然答えが出ない。なのでお互い諦め顔で苦笑いしあう。所詮男子には、女子のそういった話は理解できないようになっているのだ。


「なあ理緒、この後は取り敢えず、学校に戻るのか?」


「あ、ううん。駅で解散。電車通学組もいるからね。浩也はその後どうするの?」


「ん?誕生日なんだろ?ならケーキくらい一緒に食べようぜ。まあ制服で、荷物もあるから、そう遠くにはいけないけどな」


すると理緒は嬉しそうな表情になって、浩也に答える。


「うん、ありがとう。さすがは浩也、愛してるっ」


「はいはい、だから愛はいらない。感謝で充分」


「ホント、私の愛がいらないなんて、浩也くらいのものよ。でもありがとう」


そう言って、理緒は珍しく素直に感謝する。浩也もそれで充分なので、薄く笑みを浮かべる。すると高崎が、浩也に聞いてくる。


「高城達は、この後どっか遊びに行くのか?」


「ああ、理緒の誕生日だから、ケーキでも食べに行こうかって話をしててな」


すると高崎は今度は詩織に話しかける。


「なあ詩織、なら俺たちも一緒に行かね?なんか甘いもの食べたいし」


「はぁ、私は今そんな気分じゃないの。もう、本当に気がきかないわねぇ」


詩織は冷たい目で高崎を一瞥し、それを断る。そして今度は理緒に向けて、優しく笑みをこぼす。


「私たちは、私たちで勝手に過ごすから、そっちはそっちで楽しく過ごしてらっしゃい」


「うん、詩織も頑張ってね!」


そう言って2人はワイワイと喋り出す。やはり浩也と高崎は目を合わせて、諦め顔になるのであった。


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