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第三十一話

イベント毎への準備が確実に進んでおります。

そしてその日の昼休み、浩也は予定通り生徒会室へと訪れる。今生徒会室には、浩也と有里奈、しずの3人だけだ。浩也は購買で買ったパンを片手に2人に話しかける。


「あー、やっぱり新校舎は涼しいなぁ。旧校舎と比べたら、天と地の違いがある。3年生は羨ましいな」


「フフッ、でも私達だって2年間、辛い思いをしたんだから、ヒロもそれくらい我慢しなきゃね」


「そうそう、流石に受験生を灼熱地獄に落とす訳には、いかないんだから」


有里奈もしずもそう言って浩也を宥める。浩也はそれでも憤然とした表情で2人を見やる。


「まあ来年から3年が旧校舎とかになったら、大暴れする自信はあるが、暑いもんは暑いっ」


「はいはい。それでヒロ、話って何なの?」


「ああ、有里奈って、夏休みの予定は?」


「夏休み?夏期講習には行くつもりだけど、そう言う事?」


「それって毎日なのか?それとも期間集中みたいな奴か?」


有里奈は用件がわからず、キョトンとしているが、しずは明らかに勘違いをして、茶化し出す。


「あれーっ、それってお泊りデートしたいみたいな話?なら私、席を外そうか?」


「ふぇっ、お泊り?」


それをモロに反応した有里奈は、顔を赤らめ動揺する。ああ、これは放っておくと、昼休みで終わらなくなると、軌道修正をはかる。


「いや、普通にバイトのお誘い。何で今更、有里奈とお泊りデートなんかしなきゃならないんだ?」


「だよね、ヒロだもんね」


何故か話を持ち出したしずではなく、有里奈が返事をする。しかもあからさまにがっくりしており、しずは思わず苦笑いをして、浩也に質問する。


「それって由貴さんのお店のバイト?」


「ああ、店じゃなくて、夏だけ海の家を手伝う事になったんですよ。それで女子のバイトを探してくれって言われて、有里奈に声をかけた訳です。勿論、しず先輩も大歓迎ですが」


「えっ、海の家のバイト?なんか面白そう。でも夏期講習あるからなぁ。それって土日だけとかって駄目なの?」


思った以上の食いつきを見せた有里奈は、浩也が相談しようとした事を自ら言ってくる。対して、しずは申し訳無さそうに断りを入れてくる。


「あーごめん。私は無理。夏期講習もそうだけど、夏って毎年、家族旅行で1週間位いなくなるから。有里奈はどうするの?」


それに対して、浩也が補足を加える。


「土日だけってのは、聞いて見なきゃわからんけど、OKだったら、やるか?」


「もちろんヒロもするんだよね?」


有里奈にとっては最重要事項だが、浩也は不思議そうな顔をする。


「ん?ああ、俺は雄二さんの代打だから、必須だな」


すると有里奈は嬉しそうに顔を綻ばせ、返事をする。


「なら、やるね。うーん、楽しみっ」


浩也は喜ぶ有里奈を見ながら、バイトは遊びじゃないんだが、などと思ったが、まあ本人が楽しそうにしてるならいいかと、優しく笑みを浮かべた。


さて、候補1人はゲットした。とは言え、土日限定と戦力としては、心許ない。やはり、浩也のパートナーとして勤務できる存在が欲しい。なので、浩也はその最有力候補へ連絡をする。時間は21:00をまわっており、少し遅い時間になったが、バイトを終わらせて家に帰って、すぐの連絡だから、仕方がないと割り切る事にする。


電話は数回コールをしたところで目的の相手に繋がると、浩也は会話を始める。


「ああ、陽子か?俺、浩也だけど」


「あー、ひーろー?ようこちゃんねー、いまおふろーっ」


でた相手はいかにも舌ったらずで可愛らしい声のまいだった。浩也は思わず面食らうも、相手にあわせて優しくゆっくり話す。


「おーまいちゃんか、お兄ちゃんのこと覚えているのか?」


「うんっ、ひーろーのことおぼえてるよー。このまえおみせであったひーろーでしょー」


どうやらまいにはひーろーと認識されているらしく、浩也は少しこそばゆく感じる。するとスマホから別の声が聞こえる。


『あれっ、まい誰と喋ってるの?って言うか、それ陽子ちゃんのじゃないっ』


するとまいの持つスマホが取り上げられたのか、少し大人びた声に相手が代わる。


「あーごめんなさい、陽子の姉です。すいません、うちの子が勝手にでちゃって」


「あー大丈夫ですよ。以前、一緒に遊んだ事もあって、覚えてくれてたんで、嬉しかったですから。自分は高城と言いますが、陽子さんは、いらっしゃいますか?」


相手が陽子の姉というのがわかったので、浩也はすかさず猫被りモードに切り替えて、丁寧な応対をする。ちなみに電話口の奥では『ひーろーひーろー』と小躍りするようなまいの声が聞こえる。


「へっ、まいと遊んだって、あーもしかして浩也くん?」


「は、はあ、高城浩也です」


「あー、そっか、そっか。君が浩也君かーっ。陽子ちゃんが顔を真っ赤にさせて、男子に名前呼びされたって恥ずかしがってたあの浩也君かーっ」


「うっ、その浩也君で間違いありません」


浩也はどういう話が伝わっているのかと、思わず冷や汗を流しつつ、肯定する。


「フフッ、こないだまいとも遊んでくれたんでしょう?ありがとね」


「いやそれはたまたまなんで。それににこちらも楽しかったので、気にしていただく必要は」


「あら、駄目よーっ。そういうのはキチンとお礼しないと。陽子ちゃんの事も含めてね」


「陽子の事ですか?」


「そう、陽子ちゃんも含めてね。陽子ちゃん、名前呼びされた頃からすっかり可愛らしく、女の子っぽくなって『おねーちゃん!?それ私のスマホ、って誰と話してるの?』あら、見つかっちゃった」


浩也はようやく陽子が風呂から上がったのかと、少し安堵する。スマホの先では姉妹の会話が聞こえてくる。


『浩也君からの電話をまいが取っちゃって、今お詫びをしてたところ。まいと陽子ちゃんの事もお礼したかったし』


『ええっ、浩也君?あっ、私、こんな格好っ』


『陽子ちゃん、スマホなんだから、格好なんて関係ないわよ。あらあら相手が浩也君だからって、動揺しちゃって』


『も、もう、おねーちゃん、いいから貸してっ』


流石にここまで話しが筒抜けだと、浩也も困るのだが、あえてここは気にしない振りをしようと考えてると、電話口が陽子へと切り替わる。


「あー浩也君、ごめん、掛け直す」


ツーツーツーッ


「ええーぇ」


なんだか北見一家に振り回され、浩也しばらく呆然とブラックアウトしたスマホの画面を眺める事しか出来なかった。


そして10分程たった後に、浩也のスマホがブルブルと震えだす。表示先を見ると陽子だったので、そのまま通話を開始する。


「はい、高城ですが」


「浩也君、ごめんなさい。まいとかお姉ちゃんとかが勝手に喋ってたみたいで」


「ちなみにちゃんと服着たか?」


「キャーッ、なんで知ってるのっ」


浩也は陽子の叫び声に、思わずスマホを遠ざける。


「陽子、耳が痛い」


「ああっ、ご、ごめんなさい、って、なんで知ってるの?」


多少音量を弱めた陽子が慌てて謝罪する。


「ああ、なんか聞こえた。通話口押さえて無かったんじゃないか?」


「ううっ、この事は忘れて下さい」


電話口なのに、真っ赤になった陽子が想像できる浩也だが、そこはあえて触れないでやる。大体、姿を見てたわけではないのだが、どうやら恥ずかしいものらしい。


「まあ気にするな、それよりちょっと話があるんだが」


「ああそうだよね、浩也君が電話くれたんだよね、どうしたの?」


ようやく話が進められると、浩也は安堵する。


「ああ陽子、夏休みって、なんか予定あるか?」


「夏休み?まいとプール行こうとか、春香やめぐみと遊びに行こうとか、単発なのはあるけど、纏まったのはないよ」


「よしよし、夏期講習とかは、受けないのか?」


「あーそれって、来年は嫌でも受けなきゃならないでしょ?だから今年くらいはのんびりしたいなって思って」


現状の陽子の予定を聞いて、浩也はほくそ笑む。


「なら丁度いい。陽子、夏休みの予定を俺にくれないか?」


「ふぇ、それってどういう・・・」


浩也は、おっと話をはしょり過ぎたと雄二を思い出す。浩也も存外、人の事は言えない。一方の陽子はと言うと、明らかに勘違いをし、夏の予定を俺にくれって、遠回しに付き合ってくれとか、どっかに泊まりで遊びに行こうとかっていう誘いなのと1人やきもきしている。そんな陽子の心情など知るよしもない浩也は、残酷にも事実を告げる。


「あーすまん、説明が足らなかった。夏休みに海の家でバイトをする事になったんだが、陽子もそのバイトしてみないかっていうお誘いだ。陽子なら気心知れてるし、予定が無いなら丁度いいかなって思って」


すると陽子は自分の勘違いに動揺する。


『もー浩也君がそんな誘いしてくるわけ無いじゃ無い、私のバカーっ』


脳内で会話を繰り広げる陽子は思わず黙り込む。すると心配になった浩也が、陽子に話しかける。


「ん?陽子?聞いてるか?」


「ああごめん、聞いてる、聞いてる。バイトの話だよねーっ。バイト、バイト、って、えーっ?海の家でバイトっ?」


浩也の言った話に漸く追いついた陽子の頭が、再び動揺する。それに対して、浩也は呆れの混じった声を出す。


「いやだから、今そう言っただろ?西ヶ浜海岸の海の家でのバイト。一応、土日は必須で平日はシフトで休めるみたいだから、単発の予定なら、こなせるだろ。それと期間はお盆までらしいから、夏休み後半はのんびり出来るらしいし」


「あーでも私、バイトとかやった事ないけど、大丈夫かな?」


そこで陽子がそう言って、不安げな様子を見せる。


「まあ大丈夫だろ。簡単な接客がメインだから、陽子なら人見知りもしないだろうし」


浩也はそう言って、陽子の不安を和らげようとする。実際に浩也はその辺はあまり心配していない。陽子の人当たりの良さは、よく知ってるし、何より物怖じしない。


「一応、家族にも相談してみるね。勿論、浩也君もバイトにいるんでしょ?」


「ああ、俺は必須だからな。陽子がOKなら俺のパートナーだから、そうなったら、よろしくな」


「う、うん。お手柔らかにね。でもOKだったらね」


陽子は少しだけ嬉しげにそう返事をする。浩也も流石にこれ以上は無理強いもできないので、希望だけ口にする。


「ああ、期待して待っているよ。陽子が一緒だと助かる。それとめぐみって、そのバイトに誘えないか?候補は多い方がいいからな」


「うーん、聞いてみなきゃだけど、めぐもバイトしてるからなー」


「へー、そうなのか?何してるんだ?バイト」


「めぐはね、ファミレスの店員さんなの。なんか制服の可愛いお店で、それが気に入ってバイト始めたんだ」


「ほう、そりゃまた、孝太の喜びそうなネタだな。とはいえ、そうなるとそっちは望み薄かな」


「まあ一応聞いてみるわ。私もめぐがいると心強いし」


「ああ、ならそっちは期待しないで、待ってるよ」


浩也と陽子はその後、雑談をしながら、気がつけば結構な時間、楽しげに会話を繰り広げるのであった。


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