第三十話
今回もヒロイン露出は少なめです。孝太を弄り出すと歯止めが効かないです。
結局、孝太と伊藤はその後も言い争いながらも、なんだか楽しそうにしながら帰って行った。勿論お代は孝太持ちだが、それは致し方ないと浩也は思う。ちなみに浩也が感じた伊藤の気配に孝太は気付いた素振りはなく、浩也は残念な奴だと、理緒が聞いたら自分の事を棚に上げてと言われかねないような事を考えていたりする。
その後も店の客はひっきりなしに訪れ、その日はディナーの客も立て込んで、店が落ち着くようになるのは、ラストオーダーの21:00になろうかという頃だった。浩也は、結局最後の客を送り出すまで残っており、後片づけを終わらせて、さあ帰ろうというところで、珍しくキッチンから声がかかる。
「浩也、ちょっと待て、話がある」
浩也は雄二から呼び止められて、少しびっくりするが、直ぐにキッチンにいる雄二の前に移動する。
「どうしました、なんかミスりましたか?」
浩也自体は思い当る事はなかったが、雄二に呼び止められる事自体、滅多にない事なので、何かやらかしたかと心配になる。雄二はそんな浩也の様子にも余り表情を変えずに、淡々と話し出す。
「いや、ミスとかじゃない。浩也お前、学校っていつまでだ?」
「はあ、7月25日までですが」
「悪いが夏休みに入ったら、バイト先ここじゃなく、海に行ってくれ」
「へっ、海ですか?」
何を言われたか理解できなかった浩也は、思わずヘンな声を出すと、浩也の後ろからクスクス笑う声が聞こえる。
「もー、雄二君、それじゃ流石に浩也もわからないわよっ」
「んっ、そうか。浩也、すまん」
どうやら口下手な雄二が説明を端折って言ったらしい。そこで浩也は声の主である由貴に説明を求める。
「雄二君の叔父さんが浜茶屋を経営していて、夏になると海水浴場に海の家を出すのよ。雄二君、ここの店を出す前までは、毎年お手伝いをしてて、今年も頼まれたんだけど、流石に自分の店があるでしょ?だから浩也に白羽の矢が立ったわけ」
「まあそういう事だ」
「あー、成る程。ちなみに夏休み中って事ですか?」
浩也は、流石に夏休み丸々潰れるのはと思い、質問する。すると、その辺は由貴が把握しているようで、細かい説明を始める。
「夏って、お盆過ぎるとクラゲが出るでしょ。お客さんも少なくなるから、その前までで良いって。時間は朝から夕方までだけど、休みは土日以外は調整していいって話だから、応相談ね。あ、あと1つお願いが」
「お願い?」
「そう、女子でバイトしてくれそうな人っていない?本当は有里奈に頼もうかって思ったんだけど、あの子受験でしょ?流石に引っ張り込むのはまずいかと思って」
そこで浩也は考える。有里奈が推薦に舵を切るなら、まあ有りかも知れないが、まだ悩んでそうだったし、そもそも夏は夏期講習とかもある。聞くだけ聞いてみるが、望み薄だろう。じゃあそれ以外となると・・・。
浩也は考え込むと雄二が気を遣ってフォローする。
「まあ、いなきゃ、いないで構わん。どのみち叔父が何とかする」
「んー、まあね。向こうは向こうでバイトを集めているみたいだし。あんたも人見知りだから、知ってる人くらいいたほうが良いんじゃないの」
由貴もさばさばとした表情で、どっちでも良いようなニュアンスを言ってくる。浩也としては、由貴のいう事も一理あるので、選択肢は残しておく。
「まあ、話はわかりました。知り合いもちょっと声をかけてみます。あ、あと店の方は大丈夫なんですか?」
浩也は、そう言って店のほうの心配をする。何だかんだ浩也は店のバイトの主力だ。抜けるのは決して小さくない穴である。ただそこは流石に考えているらしく、由貴はニッコリしてそれに答える。
「そこは心配しなくても大丈夫。うちでも新しくバイトを入れようと思ってるから。ほら私もそろそろ妊活したいし、いつまでも店のシフトに入ってらんないでしょ。何より、夫婦の時間がもっと欲しいし」
ここぞとばかりに由貴は雄二に対してアピールをしてくる。雄二はそれにも余り表情を変えずに、返事をする。
「ん、まあな」
浩也としては、夫婦の間の事は、俺を挟まずにやって欲しいと思いつつ、話に区切りをつける。
「取り敢えず、話はわかました。海の家の件は了解です。あと他の候補の件は、ちょっとあたってみます。ああ、バイトの補充に関しては、人が決まったら教えて下さい。他になければ、今日は上がらせてもらいますが」
「ああ、頼む」
「はいはい、お疲れーっ」
「じゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でしたっ」
浩也はそう言って店を出ると、思ったより遅くなったと足早に駅へと急ぐのであった。
そして次の日、早速浩也は有里奈にLINEを入れる。
『今日の昼は生徒会室にいるか?ああ、副会長がいないほうが良いんだが』
すると直ぐに有里奈から返信が返ってくる。
『今日は山崎君、学校休みなんだって。何でも夏風邪とか。だから大丈夫だけど』
『なら昼休み生徒会室行く。よろしく!』
『しずは良いの?』
『しず先輩は問題ない』
『うん、わかったー!』
よしよし、山崎がいないのは運が良いと浩也はほくそ笑む。ただ有里奈はあくまで保険だ。出れたとしても土日のみとかが良いところだろう。とは言え、候補としては押さえておきたい。場合によっては、しず先輩も巻き込みたいが、まあそっちは望み薄かななどと思う。有里奈もだが、受験生である。
その後、浩也は誰か候補はいないかと考える。理緒は、部活があるからまず無理なので、除外。そうなると学校の女子に友達のいない浩也は、候補がいなくなる。伊藤さん?篠崎さん?、最近しゃべった事があるのは、その辺だが、流石に夏のバイトを誘えるほど近い関係でもない。となると学校外というところで、浩也は閃く。
『陽子ならどうだろう?春香やめぐみは?陽子は帰宅部って言っていたが、他の2人ってなんかしてたっけ?』
浩也はそう考えると、事情を知ってそうな奴を視界に捉える。
「おーい、朋樹、ちょっと、ちょっと」
あからさまにニヤニヤした浩也にやや警戒心を滲ませつつ、朋樹が浩也のもとへとやって来る。
「なんだ、なんか用か?余り良い感じはしないんだが」
「なあ朋樹、はるはるって、今部活とかやってんのか?」
「春香の部活?今春香はチアやってるぞ。元々チアやりたくて藤女に入ったんだし」
朋樹は訝しげな表情を見せながらも、素直に答える。ちなみに同じサッカー部だった浩也はそんな春香の高校の志望動機を全く知らない。なんだ、随分前から、春香のことを気にしてたんじゃねぇか、などと浩也は思うが、それは別として、ここで候補が1人消える。
「そうなのか?ならめぐみはどうだ?部活入っているか知らないか?」
「めぐみ?めぐみちゃんなら孝太の方が詳しいだろ。たまにLINEでやり取りしてるって言ってたぞ。孝太ーっ」
すると朋樹が孝太を大声で呼ぶ。孝太はやや暗い目で浩也達の許へとやって来る。どうやら昨日の後遺症が未だ残っているらしい。所謂、パンチドランカーだ。
「なんだ、いきなり大声で」
「ああ、なんか浩也がめぐみちゃんが部活やってるかどうか知りたいらしいんだが」
「めぐみちゃんの部活?」
先ほどの朋樹同様、孝太も同じように訝しげな表情になる。浩也はお前ら違うリアクションができないのかなどと理不尽に憤る。
「敗残者孝太よ。包み隠さず話したまえ。素直に話さなければ、伊藤という名の正義の鉄槌が下るぞっ」
「くっ、こいつ、まだそのネタ引っ張る気か」
孝太は今度は苦悶の表情となって、身悶えする。浩也は何だ、昨日楽しげに帰ったくせに、さてはMなのかなどと考える。ただそれを引っ張っても話が進まないので、あえてそれを封印し、話を元に戻す。
「で、めぐみは部活、やってんのか?」
「今度はいきなり素に戻りやがったっ。まあいいか、えーとめぐみちゃんの部活だろ?確か帰宅部だったと思うぞ。はっきりは聞いてないけど」
浩也は、ふん、不確定情報か、役に立たんなどとやはり不遜な事を思う。とは言え、そこは陽子にでも聞けば良いかと浩也は開き直る。
「そっか、判った。参考になった。もう用はない!」
「ええーっ、何の為に聞いたか喋んないのっ?すげー気になるじゃんっ」
するとすっきりと話を終わらせようとした浩也に対し、孝太は突っ込みを入れる。
「ん、そうか?あー確かに彼氏である朋樹には教えないと失礼か。朋樹、耳を貸せ」
浩也がそう言うと、耳を近づけた朋樹に対して、浩也は事情を簡単に説明する。なんて事はない話なのだが、朋樹は納得した表情を見せる。
「ああ、それなら春香は縁が無かったな。チアって結構練習大変って言ってたし」
「うーん、なら陽子かめぐみかな」
「ええっ、陽子ちゃんも出てくるの?何?何の話っ?」
「残念ながら、彼氏ではない孝太には説明できない話だ。本人のプライバシーに関わる事だからな。ちなみに孝太への情報開示は伊藤さんの承認が必要になる」
「ぐほっ、ここでぶり返してきたっ」
孝太はそこでライフが0になったのか、がっくりと項垂れる。最近やたら、この姿勢が似合ってきたななどとやはり不遜な事を考える浩也だった。




