第三話
取り合えず天然イケメンの浩也君とかわいい理緒ちゃんの冒頭ストーリーが完了です。この後暫くは一日一話ペースでお話を進める予定です。
浩也と理緒は、程なくして西ヶ浜駅へと到着する。
駅は帰宅する大人達で混雑しており、浩也達はその波に逆らうように、改札口へと向かう。ちなみに浩也と理緒の住んでいる家は、西ヶ浜から下りで2つほど先にある西条という駅である。都心から50分とやや微妙に離れた駅ではあるが、それでも通勤圏内として多くの人が行き来するベットタウンである。逆に西条を過ぎると、一気に乗客も減り、むしろ温泉街などの観光スポットのほうが近くなる。なので、ここ西ヶ浜と西条間の区間は時間帯によっては非常に電車が混雑する。しかもその日は、運が悪いことに人身事故の影響で、大幅なダイヤの乱れが起きているようで、駅のホームに付くと想像以上の混雑に浩也は軽く目を剥く。
「あーこれ、最悪かも」
「乗る人もそうだけど、電車の中もやばくない?」
浩也の零した感想に、理緒も思わず同意する。確かに今来た電車の中もかなり混雑しており、微妙に乗客も殺気立っている気がする。西ヶ浜から乗る人は本来なら決して多くはないのだが、ダイヤの乱れで混雑している状況で、足踏みしているのか、電車が来てもなかなかその数が減らない。
「うーん、取り合えずこの電車は見送って、次の電車で多少無理してでも乗るか。それこそ1本2本、見送っても変わらなそうだし。あんまり帰りが遅くなるのも不味いしな」
「うーん、でもちょっと怖いかも」
「取り敢えず理緒、荷物を交換しようぜ。お前のデカイバックをお前が持ってたら、どこに流されるかわかんないし。俺のバックは軽いからお前が持っててくれ。さすがにカバン2個はきつい」
「うん、ありがとう」
さすがに理緒も状況的に素直に従う。そうして荷物を交換した後、次に来る電車を待って列へと並ぶ。
「それから乗るのは最後な。俺が押し込んでスペース作るから、そこに乗ってくれ」
西ヶ浜と西条は開くドアが一緒だから、最後に乗るほうが、都合がいい。ちなみに途中駅は反対側のドアだ。
「いいけど、真ん中のほうが良くない?乗れるかわかんないよ?」
「まあそこは何とかする。っと、電車が来たな」
浩也は入ってくる電車に顔を向けて、車両の中を覗く。案の定、車両の中はすし詰め状態だ。ここ西ヶ浜で多少人は降りるが、乗る乗客もいるので、すし詰めは変わらないだろう。程なくして電車は完全に停止し、ドアが開かれると堰を切ったように人が溢れかえる。車両の中からは「ここで降りまーす」「ちょっと、降ろして」などの声も響く。もはや譲り合いもへったくれもあったものじゃない。中の乗客は少しでも自分達の立ち位置を確保しようと、なかなか頑なに動こうとしないのだ。乗客があらかた降りた後、今度は乗る乗客の番だ。中に入り、一人でも多く乗り込もうと、電車の中へ突進していく。浩也と理緒はその最後尾。ドアの前には既に、人が溢れんばかりに立っている。浩也はドアの天井に手をかけ、「すいませーん、乗るので少し押しまーす」とドア付近の乗客に声をかけつつ、入り口付近にスペースを作る。
「理緒、乗れ」
理緒も浩也が作った僅かなスペースに身をねじ込ませ辛うじて電車の中へと乗り込む。
『わっ、わっ、浩也が近いっ』
状況が状況なので仕方がないのだが、理緒は浩也の腕の中に納まるようにそのスペースに立ち尽くす。程なくして理緒の背中に閉じた扉の感触を感じると、進行方向と逆側に乗客の圧力が流れる。浩也は天井にかけた手を閉じた扉に肘から突いて、理緒が他の乗客に揉みくちゃにならないように、体に力を入れる。
「理緒、どう?大丈夫」
「ふぇっ、いや、私は大丈夫だけど、浩也は大丈夫なの?」
「ははっ、結構キツイけど真ん中で揉みくちゃになるよりはいいだろ。くっついちゃうけどちょっと我慢しろ」
「う、うん。ありがと」
理緒は少し赤らむ頬を感じながら、少し俯き加減でお礼を言う。浩也は浩也で余裕がないのか、珍しくテレた理緒を茶化す余裕も無く、じっと耐えながら、ドアの窓から見える外の景色に目を凝らす。とは言え、もう夜なので、時折見える街頭の明かりと真っ暗な空間しか見えないが、多少なりとも辛さを我慢する為に気を紛らわすようにじっと見入る。すると腕の中の理緒がボソッと呟く。
「浩也、なんだか甘い匂いがするね」
「ん?ああ、バイト先のケーキの匂いが移ったかな?」
浩也は理緒に目線を向けるが、理緒は俯き加減の為、その表情は見えず、諦めて目線を窓へと戻す。
「うーん、こんなに近くにいるから判るのかな。ふふふっ、良い匂い」
理緒の声音はどこと無くやさしげで、浩也は少しだけくすぐったく感じるが、まあ機嫌が良いならそれでいいかと、乗客の圧に耐えながら、理緒にはあえて話しかけず、窓の外の暗闇を眺めながら、扉が開かれるのを待ち続けた。
浩也達は満員電車から解放された後、駅を降りて真っ直ぐ理緒の家を目指す。理緒の家は南口、北口と2つある出口の南口で、比較的町としては新しい部類に入る地区である。閑静な住宅街ということもあり、夜道は街灯に照らされてはいるが、行きかう人もまばら。一人出歩いていたら、少しだけ寂しい印象を感じさせる。ちなみに北口側にある浩也の家のほうが、夜中までやっているスーパーやレンタルビデオショップチェーンとかもある為、人通りも明るさも南口側より賑やかだ。なので、夜道を女子高生一人で歩かせるのは少しばかり心配にもなるので、こうして家まで送ってやること自体はしょうがないと浩也は思っていた。そんな浩也の心情など気にせず、理緒は電車を降りてから終始楽しげだ。まあ一人の帰り道よりかは楽しいのだろうと浩也は思う。
「なあ理緒、部活帰り結構暗くなるけど、大丈夫なのか?」
「ん~、なになに、さっきみたいに浩也がナイトしてくれる?」
おどけた表情で前を歩いていた理緒が振り返り、後ろ向きに歩く。ちなみにその手にしているのは未だに浩也の軽いカバンで、理緒の大きい荷物は浩也が持っている。
「タイミングが合えばな。とは言え俺のバイトは20時過ぎないと終わらないし、だったら部活帰りで真っ直ぐ帰ったほうが、まだましか。部活の終わり時間がそのくらいになるなら、送ってやってもいいけど。ああ、でも彼氏ができるまでな」
「確かに普通なら18時には部活も終わるから、こんな遅くにはならないかも。でもたまに遅くなるときもあるから、その時はケーキ付きでお店に行っても良いかもね。ちなみに、彼氏なんて作らないから、浩也が専任ね」
「えーっ、やっぱお前彼氏作れよ。いちいち送るの面倒くさいし。大体、俺と違って、引く手数多だろう。俺に相談にくる奴だけでも2,3人は知ってるぞ。そんなもん、自分で何とかしろと突っぱねてるけど」
浩也の元には理緒に関する探りが時折入る。付き合っているのではないかとか、彼氏がいるのかとか、ひいては紹介してくれまである。実際、理緒と男子との交友関係は余り多くない。男子ともその場にいれば気さくに話をするが、特定の誰かと仲が良いというのは、浩也と、あとは浩也と良くつるんでいる朋樹くらいしかいない。まあ部活絡みの交友関係は知らないが。
「ふふーん、そこはキチンと防波堤してくれているんだね。感心、感心。でもいらない。大体、よく知りもしない相手とよくみんな付き合いたいと思うよね。一目惚れとか、意味わかんない」
浩也はまあ人によって一目惚れとかもあるのだとは思う。事実、身近な存在で、従姉の由貴が雄二に惚れたのはまさにそれだ。今の2人を見ていると、決してそれが間違いだとは思わない。所詮、付き合う付き合わないはきっかけに過ぎず、付き合ってからお互いを認識し合えば良いという考え方もあるのだ。とは言え、理緒に限らず、浩也自身も一目惚れには縁遠いだろうなあとは思っている。
「まあ、それは人それぞれだろ。付き合ってみて駄目なら別れればいい位で付き合う奴もいるだろ。まあどっちにしろ、俺には縁遠い話ではあるがな」
理緒はぼそっと呟いた浩也の話を聞いて、じっと浩也の顔を見た後、はぁ~と深く溜息をつく。
「学校で愛想悪いから、怖がってなかなか話かけられないだけなんだけど。バイトくらいの愛想を見せれば、コロッとくる子もいるのに」
理緒は浩也には聞こえない音量でいう。浩也に教えたところで、浩也が実践するとは思わないが、そうなったらなったで、きっとイラッとするに違いない。だからあえて教えようとは思わない。
「ん、なんて言ったんだ?」
当然、浩也は聞こえなかったようで、怪訝な顔をして聞き返す。理緒は悪戯が成功したようなしてやったりの顔をして、浩也に今度ははっきりとした声で言う。
「なら、引き続き私のボディーガードよろしくって言ったのよ。しっしっしっ」
浩也はうへぇっと言葉を漏らし、苦虫を噛み潰したような顔をする。
『この私の専属ボディーガードをできるんだから、もう少し嬉しそうな顔をしなさいよね。バカ浩也』
理緒は後ろ向きで歩いていた体を正面に戻すと浩也に見えないように、嬉しそうな笑顔を見せるのだった。




