第二十二話
今回の主役は陽子。彼女のキャラ設定も中々難しい。油断していると理緒と似てきてしまう。一応理緒より真面目成分が多目なキャラなんですが。
陽子はケーキと紅茶を注文し、手持ちの通学鞄から文庫本を取り出すと、暫く店の中でのんびりと過ごす。店は食事目当ての客も増えたため、多少騒々しくはなったが、それでも十分に寛げる時間だった。また時折浩也も陽子を気にかけて話かけてくる。そう長話は出来ないが、それでもその合間の談笑も楽しいものだった。出て来たケーキも美味しく、つい先ほどの気疲れのする状況に比べれば、はるかに心地良いと陽子はご満悦だった。そして程なくして浩也がバイトの終了を告げに来ると、陽子は荷物を纏めて、入り口にて浩也を待つ。時間は20時を過ぎていた為、辺りはすっかり暗くなっている。それでも夏の気配を感じる夜の空気は過ごしやすいものだった。
「おう、お待たせ。遅くなったけど、家は大丈夫なのか?」
「うん、お姉ちゃんには連絡入れてあるし、両親も帰りが遅いから」
「ん?陽子ってお姉ちゃんがいるのか?」
浩也は陽子の家族構成まで知らなかったので、流れで話を広げると、陽子は少し曖昧な表情でそれに答える。
「うん、バツイチで実家に戻ってきてるんだけどね。結構歳が離れてて、10歳も年上なんだけど」
「へーそれなら、由貴姉と同じ位か。ん?バツイチ?」
「そうそう、2歳になる娘と一緒に実家に戻ってきたの。両親は孫と一緒に暮らせて大喜びだけど」
「そりゃまた大変だな。って、あんまり掘り下げたら不味いか?」
「ううん、本人も離婚に関しては、あっけらかんとしてるし、姪っ子はかわいいしね。お姉ちゃんもそろそろ働きにでようかしらなんて言ってる位だし、周りがあんまり気を遣うのもアレだから」
そう言って、陽子はさばさばとした表情になる。浩也もまあ家族の問題なだけに、それ以上は深堀をせず、話を今日の問題ごとへと移す。
「まあ、そんなものか。それはそうと、今日の朋樹、はるはるペアの様子はどうだった?」
「もー、大変だったよ。主に春香が。朋樹君は朋樹君で妙にテンパってるし。って言うか何で私がそれに付き合わなきゃならないのか、ホント意味わかんなかったわよ」
「ははっ、そりゃ災難だったな。そもそも今日はどう言うシチュエーションだったんだ?」
「えーと、始めはね・・・」
そう言って数時間前に起こった出来事を陽子は溜息混じりに語りだす。結局は朋樹と春香のカップル誕生秘話である。
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「おう、2人とも待たせたか?」
春香と陽子が西ヶ浜のロータリーで待っていたところに朋樹がやって来る。朋樹は部活に顔を出してから合流するといっていたので、駅の違う陽子達より遅れて到着している。とは言え陽子達も、その場には10分も待っていなかった為、タイミング的には丁度良かった。
「ううん、私達も今さっき着いたばかりだから」
そう春香は朗らかに返答する。陽子は朋樹より連絡を貰い、朋樹が今日告白をする気であることを知っている。ただ春香は表向き、この前遊んだ時の写真を見せ合う為に待ち合わせをしたと思っており、朋樹がそういう気であることを知らなかった。
「そうそう、今さっき着いたばかりだから、気にしなくても良いよ。それとどっかお店でも入る?」
「ああ、そうだな。写真見るなら店の中のほうが良いだろうし、そこのファミレスとかでいいか?」
「うん、私はそれで良いよ、陽子ちゃんもそれでいい?」
「ええ、それで構わないわ」
「なら決まりだな。取り合えず店に入ろうぜ」
そう言って、朋樹は2人を先導する。そうして3人は店に入り、暫くの間は3人で先日の遊びに行ったときの話に花を咲かせる。ここまでの段取りは実は朋樹と陽子の2人にしてみれば、予定通りだった。そして話の頃合となったところで、陽子がその場を離れるというのが作戦だった。
「まったく、浩也君があそこまで意地悪だったとは思わなかったわよ」
「はははっ、浩也は中学時代からあんなだったよ。ただなにぶん、女子とは殆どしゃべらなかったから、その生態が知られてないだけだ」
「なにそれ、天然記念物的な?」
「そうそう、だってまともに会話する女子って、井上と陽子と春香くらいだったろ。陽子も学校行事がらみだし、春香は部活絡みだから、素の浩也と話をしているのって、そういった意味では井上くらいしかいないからな」
朋樹はそう言って、おかしそうに話す。朋樹と浩也は本当に仲が良い。勿論、ふざけあったり、馬鹿にし合ったりもするが、基本、相手の事が好きなのがわかる関係性だ。すると今度は春香がそれに乗っかる。
「そうだよね、浩也君って、何だかんだ壁を作るようなところがあるでしょ。理緒ちゃんはああいう性格だから、壁を気にせず突き進んじゃうけど、大抵の女子は気後れしちゃうもんね。でも陽子ちゃんもそういう意味では、理緒ちゃんと一緒だけど」
「はいはい、どうせ私も猪突猛進型ですよ。まあ私もあんまり壁とか気にしないたちだけどね。でもこの間会ったときの浩也君は全然壁なんか感じなかったけどなぁ」
そう言われて陽子は先日の浩也を思い返す。いきなり人の事を名前で呼んでみたり、カラオケとかボーリングでは朋樹達と張り合ってみたり、いたって普通だった。それに対して、朋樹は納得顔で説明をする。
「それは確実にバイトの影響だな。浩也、今、ウエイターのバイトしてるだろ。接客業で人に壁なんて作っている場合じゃないから、外面は良くしてるんだよ。その影響で、結構、学校の女子とかとも話をするようになって、本人の意識外でその壁がなくなりつつあるんだ」
「へー、理緒以外の女子とも話をするの?」
「ああ、圧倒的に井上が多いけど、それ以外の女子、特に店に遊びに来た女子とは良くしゃべるな。本人曰く、営業活動の一環らしいが」
「へーなら、今日楽しみかも。私この後、浩也君のバイト先に遊びに行くんだよね」
「えっ」
陽子が思わず漏らした言葉に春香がいち早く反応する。陽子は内心しまったと動揺するが、顔は何とか平静を保つ。それを見て朋樹が何とか話を修復しようと試みる。
「陽子はこの後、浩也のところに行くのか。なら春香は俺が家まで送るか。陽子は浩也に送ってもらうんだろ?」
「う、うん。浩也君のバイトの終わる時間次第だけど、家には遅くなるって言ってあるから、多分そうなると思う」
「えっ、よ、陽子ちゃん。この後一緒に帰るんじゃないの?」
春香は動揺を隠さず、陽子の手を掴んで離さない素振りを見せる。以前春香と話たことだが、春香も薄々朋樹が告白してくるのではと警戒している。朋樹に告白されること自体は嫌ではないらしいのだが、何故だが気持ちの整理が追いついていないらしい。だから突然朋樹と2人きりになる状況は、今は避けたいのだろう。ただ陽子にしてみれば、どのみち告白されるのなら、遅かれ早かれである。だからこそ今回の朋樹の相談に乗ったのだ。
「あーうん、西ヶ浜の本屋さんで参考書も見たかったから、本屋さんによってから浩也君のバイト先に行こうかと思って。帰りも遅くなりそうだから、家族にも言ってあるしね」
「ええーっ、なら、私も浩也君のバイト先に行くよっ」
陽子のあっさりとした同意に慌てる春香は、自分も一緒に行くと言い出す。それに泡を食ったのが朋樹だ。何とか春香を思い留まらせるように説得を始める。
「いや春香、今日は遅くなるって家族に話をしているのか?してないならご家族が心配するだろう。それに陽子も浩也に会うのに春香が一緒とは言ってないんじゃないか?いきなり行くって言われても浩也もびっくりするだろう」
「うっ、でもでも・・・」
「そうそう、今日は私1人で遊びに行くって行っちゃたから。それに流石に2人も帰りに送らせるのは悪いよ。家は浩也君の家と同じ方向だからまだ良いけど、春香の家は反対側だし」
そもそも陽子は浩也に送ってもらうとは約束をしていないが、浩也のバイト帰りで一緒に帰るのなら、途中まで一緒だし良いかと考えていた。それに浩也なら言えば送ってくれるとも思っていた。ただし、それが2人となると流石に迷惑だろう。するとそこで朋樹がダメ押しの一言を付け加える。
「春香は俺と一緒に帰るのじゃ駄目なのかな?」
「ええーっ、駄目じゃないよっ、駄目じゃないけど」
「けど?」
「えーとっ、男の子と2人きりとか少しだけ恥ずかしいと言うか」
すると陽子は少しだけ呆れ返った表情で、春香を嗜める。
「春香、私も今日は予定があるの。ここは大人しく朋樹君に送ってもらいなさい。送ってもらうの嫌じゃないんでしょ」
「うっ、うん。嫌じゃないけど」
「はい、じゃあそういう事でね。朋樹君も春香を任せちゃって良い?」
「お、おう。なんか色々悪いな」
朋樹はそう言って少しはにかんだ笑顔を見せる。陽子は更に憮然とし、2人に言う。
「本当よ、後は2人で仲良く何とかしなさい。私は浩也君に徹底的に愚痴らせて貰うから」
それを聞いた朋樹と春香はお互い顔を赤くしながら、気まずそうに笑うのだった。




