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第二十一話

今回の話は短めです。

理緒とのデートは浩也にとっても楽しい一日だった。普段、女子として然程意識をしない相手である理緒だが、やはり彼女は可愛く性格的にもいい奴だと感じられた。ただ浩也にしてみれば、理緒ならいつでも代理彼氏では無く、本当の彼氏をつくれるだろうにと思ったし、そういう相手を理緒が早く見つけられたら良いのになどと考えていた。とは言え、そもそも理緒の好みの男子ってどんな奴なのかに関心すら持ってなかったのだ。それが代理彼氏を経験した事で、少しは理緒の男子の好みに興味を持つまでにいたったのは多少の前進だろう。ただ自分をその対象に含めないところは、相変わらず浩也らしかった。


そうして普段の生活に身を投じて数週間が過ぎると、季節はグッと夏に近付いてくる。日差しの強さも日の長さも夏のそれとなり、空調設備のない旧校舎の教室内は、よりダラけきったものとなる。そしてそんな中でもこれまでと変わらない浩也と理緒の日常がある。


「浩也ーっ、暑いーっ。扇いで〜」


下敷きを使って扇いでいた浩也の前で、だらしなくワイシャツをはためかせた理緒が、やってくる。


「嫌だ。俺が暑くなるだろう」


「ええーっ、ケチーっ。ほらサービスカット。どう、どう?」


理緒はそう言ってワイシャツの裾を少しめくり、チラチラとその肌を露出する。浩也はそれを冷たい目で見やった後、大きく溜息を零す。別に今更肌が多少見えたところで、暑さが和らぐわけでもない。


「だーっ、鬱陶しい、おーい孝太、理緒を扇いでやってくれっ、おヘソサービス付きだ」


すると少し離れていたところにいた孝太とその他の男子陣が浩也に近寄ってくる。


「今おヘソがなんだって?」


話の流れが見えない孝太は、そう言って浩也に聞き返してくる。すると浩也はニヤリとして、寄ってきた男子陣に大仰に答える。


「おお、勇者達よ、今こちらにおわす理緒姫が風をご所望だ。もっとも強き風を送ったものは、なんと姫がそのヘソをお見せくださるとの事だ。さあ、扇げ、扇ぐのだ!」


「おおっ、井上さんのおヘソっ!?マジかっ」


「俺こそが1番の風を送るっ」


「ふざけるなっ、俺こそが1番だっ」


そう言って孝太を含む3人の男子は猛烈な勢いで扇ぎ始める。最初こそ涼しげな風が理緒の周囲に送られてくるが、競争が激化し、なにやら男子の目的が少しづつ変わってくる。


「おお、なんか風でワイシャツが煽られると、チラチラと地肌がっ」


「いやそれよりも、胸の形がくっきりとしてくるぞっ」


「うおー、風よ吹けっ、後少しでスカートがっ」


猛烈な勢いで風を送られた理緒は思わず慌ててふためく。確かに風に煽られた理緒のスカートが多少はためき、ワイシャツがくっきりと体のラインを映し出す。


「ちょっとあんたら、やり過ぎ、ちょっ浩也助けてっ」


理緒は思わず浩也の背に隠れると、今度は浩也を中心に風が送られる、


「おおっ、めっちゃ涼しいっ、下民よ、もっと風を送れっ」


調子に乗った浩也が更なる風を所望するが、そこでピタッと風が止む。


「ふざけるな、なんで浩也を扇がなきゃならんっ」


「そうだ、姫を出せっ、姫を」


「ヘソはどうした、むしろパンツでもっ」


「おい、流石にパンツは駄目だろ」


浩也は暴徒と化した面子に、やや呆れがちにそう言うと、後頭部に鈍い痛みが降りかかる。


「ちょっと、人をダシに使わないでよねっ、私そんな安売りしないんだからっ」


「痛っ、こらいきなり殴るのやめろ、いいだろ、減るもんじゃなし」


「ほほう、浩也は私が男子のスケベな視線の的になってもいいと」


理緒は少し恥ずかしかったのか、顔がやや赤らんでいる。浩也は思わず言い過ぎたと思い、慌ててご機嫌を取りに行く。


「それは違いますぞ、姫。ああやって言っておけば、あの下民どもは…」


すると孝太を筆頭に男子3名が浩也へと襲いかかる。


「コイツ今、俺らを売ろうとしやがった」


「制裁を与えるべしっ」


「あと少しで井上さんのおヘソが見れたはずなのにっ」


「うわぁっ、止めろ、しっ死ぬ、むさ苦し死ぬっ」


浩也を含めた4人の男子による真夏のじゃれ合いを朋樹は遠巻きに見ながら、決して彼らに近寄らないよう、ジッと息を潜めていた。


そんな不毛な闘いのあった日の昼休み、浩也の携帯にLINEが入る。LINEの相手は陽子からで、今日バイトに行くのかの確認だった。


『今日もバイト。遊びに来るのか?』


『ちょっと遅めの時間になるかもだけど、寄ろうかと思って』


『そりゃ嬉しいけど、何時くらいだ?』


『西ヶ浜で用を済ませてからだから、19:00くらい?』


『了解!ご来店お待ちしてます』


浩也は最後にそうLINEをそう打って終了する。すると朋樹が浩也に話掛けてくる。


「浩也、お前今日バイトか?」


「お前も今日バイト先に来るのか?」


浩也は同じようなタイミングで話を聞いてきた朋樹に対して、怪訝な表情を見せる。


「お前も?」


「ああ、今陽子からも同じようなLINEが入ってさ」


すると浩也は朋樹にその画面を見せて、何事かと目線で質問する。すると朋樹は少しだけバツの悪そうな顔をして、小声でで事情を説明し始める。


「実は今日春香と会う約束をしててな。そこに陽子も来るんだ。結果次第では、2人きりになれるように、気をきかせる為に、行き場を確保したんじゃないか?あー俺も結果次第では、バイト先に行こうと思ったし」


「2人して考える事は一緒か。因みに今日告白するで良いのか?ん?なんで陽子がついてくるんだ」


小声で話す朋樹につられて、浩也もなんとなく小声になる。


「いやー、陽子にはもうお願いしてて、途中で2人きりになるタイミングをつくってくれって言ってあるんだ。最初から警戒されて告白するのも辛いし、もし失敗したら、春香のフォローも欲しいしさ」


すると浩也は少し呆れ顔になり、朋樹に言う。


「お前が振られるとか、ないだろう?それにその後のフォローって、どんだけお人好しなんだ?」


「うるせっ、いざ告白される側からする側になると、すげぇビビるんだよ。しかも春香とは学校違うし」


「ははっ、なら俺には関係ないな。告白された事もする予定も当面はないからな」


すると今度は朋樹の方が呆れ顔になり、浩也に言う。


「お前、最近女子と話すようになったろ?」


「理緒以外でか?」


「ああ、バイトのお客さん絡みで」


「ん?まあリピーター客狙いの営業がてらな」


「どうやらその中でお前が良いと言っている客が結構いるらしいぞ」


朋樹はそう言ってニヤリとする。しかし浩也はピンとこないのか、不思議そうな表情をする。


「店を気に入ってくれたなら良いじゃないか」


すると朋樹はガクッと肩を落とし、それを否定する。


「違う、そうじゃなくて店以上にお前を気に入っている女子が増えたって話だ」


「はぁ?普通にただウェイターしてるだけだぞ?そんなんで、惚れる物好きいないだろう?」


浩也はどうせ朋樹が担いでいるだけだと、話を真に受けたりしない。朋樹は朋樹でこの鈍い友人に一から説明したい衝動に駆られるが、理緒を始め、多方面に影響が出そうなので、自重し、大きな溜息を吐く。


「ああ、わかったわかった。まあそう遠くないうちにわかるだろ。そうなったら、精々苦労しろ」


しかし浩也はどこ吹く風で、人の心配をするくらいなら、自分の心配をしやがれなどと思っていた。



そしてその日のバイトの時間で19:00を回った頃、カランコロンと玄関のベルが鳴り響く。浩也が受付に向かうと予定通りそこには何故か疲れ切った陽子が立っていた。


「いらっしゃいませ、お客様はお一人ですか?」


「むー、浩也君、ちょっと聞いてよっ」


どうやら相当ストレスが溜まっているらしい、陽子が、堰を切ったように喋り出す。ただ浩也は面食らいつつも、それを一旦宥めにかかる。


「だー、まてまて陽子、今はまだバイト中だ。とりあえず席に案内させろ。バイトが終わったらじっくり聞いてやるから」


「あっ、うん、ごめん」


「とりあえずケーキでも食べていくだろ?一旦、席ついてのんびりしてくれ」


浩也はそう言うと、陽子を席へと案内する。陽子も流石に焦りすぎだと反省したのか、大人しくついてくる。そして案内された席に着くと浩也が話を切り出す。


「まあなんか色々あったってのはわかったから、細かい話は後で聞くけど、とりあえず上手くいったって事で良いのか?」


「うん、まあなんとか?でもほんと私がいた意味がわからない」


「それに関しては同意だな。とは言え友人の祝いごとだ。今日は奢ってやるから、好きなもの食べてくれ。気苦労代込みだ」


「やった!浩也君ありがとう。ちょっとだけ報われた気がするわ」


陽子はそう言うと顔を綻ばせる。浩也はその陽子の表情を見た後、優しげな表情を作り、うやうやしく接客を始める。


「では改めて、お客様、本日は当店にご来店いただきありがとうございます。ご注文がお決まりの頃、また参りますので、そちらのメニューよりお選び下さい。」


そして会心の営業スマイルを見せるのだった。


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