サイドストーリー 井上理緒の独白 2
サイドストーリーその2です。この辺から今の理緒っぽくなります。
結局理緒は夏休み中、祭りの後の部活で浩也に会いに行く事は出来なかった。気持ちの整理がつかず、気を抜くとあの時の浩也の笑顔が思い浮かび、胸が軋んだ。多分これが初恋なんだろうと自分で納得するまでにその顔を見る事は出来なかった。
ただ自覚すればするほど、たった一つだけ理緒には確認しなくてはいけない事ができた。自分の初恋が既に報われないものなのかどうか、その一点だけが気になった。
浩也はその容姿から女子には密かな人気はあった。とは言え、特定の女子との間に付き合っている等の噂が立ったことは無い。相手の榎本先輩も同様だ。彼女に告白する男子は数知れず、実際にバスケ部の先輩でも玉砕したという話を聞いた事がある。そして2人が学校で一緒にいるところも見たことがなく、付き合っているという噂すら聞いた事がない。それなのに、お祭りの時の2人は、恋に疎かった理緒でも付き合ってると言われれば、不思議にも思わないほど自然な感じだった。どうにか確かめたい、クラスで浩也を見かける度にその思いは募っていく。
だから理緒は行動に出た。浩也の事を知ってそうな人物にあたりをつけて聞いてみる事にした。
「藤田君、ちょっと話があるんだけどいい?」
理緒が選んだのは藤田朋樹だった。彼は1年の頃から部活で浩也とつるんでいる。学年一のイケメンと噂されるほどのモテる男子だった。ただ2年になって浩也達とは別クラスとなり、今は隣のクラスになっていた。
そしてある放課後、クラスの中も人気が少なくなり朋樹が部活に行く前の瞬間を見計らって声をかけたのだ。人気が少なくなったとしてもいないわけではない。学年一のイケメンに数多の男子の告白を断り続けていた理緒が声をかけたのだ。少なくないどよめきが、クラス内に響く。
「ん、部活に行くまでの少しなら良いけど、何?」
朋樹は突然、理緒に声をかけられびっくりはするものの、何やら真剣な表情で聞いてきた理緒に警戒心を見せる。理緒も流石に周囲に注目されたこの状況で会話を続ける気にはなれず、場所を移したい旨を伝える。
「ちょっと、聞きたい事というか、相談というかがあるんだけど、ここじゃちょっとアレなので、ついてきてくれる?」
「うん、わかった。流石にここは目立つしね。でも井上に声をかけられるとは思わなかった」
流石に朋樹も周囲のそれとない視線が気になったのか、苦笑いをしつつ理緒に話を向ける。
「うん、ごめん。でも他に思いつかなかったの。付き合わせてごめん」
理緒は本当に申し訳無さそうに、それだけ言うと朋樹を先導するように人気のないところへと移動する。中学校という狭い空間の中で人気のない場所というと、ある程度場所は限定される。理緒と朋樹は、校舎と体育館へと続く道を少しそれて、体育館脇のスペースで会話を再開させる。
「それで話って何なんだ?告白とかじゃ無さそうだけど」
朋樹と理緒は体育館の壁を背に並んで立っている。朋樹はなんとなく理緒から告白特有の甘い感じがせずに、理緒の用がそれ以外のものだと感じていた。
「藤田君って、3年生の榎本先輩って知ってる?」
「榎本先輩って、有里奈さんの事か?」
『ビンゴ!藤田君は榎本先輩の事を知っている。なら私の知りたい答えも知っているに違いない』
理緒は胸の鼓動が早くなるのを感じるが、表面上は何もないかのように取り繕う。
「あっ、やっぱり知ってるんだ。実はバスケ部の先輩で榎本先輩を好きな人がいてちょっと頼まれたんだ。榎本先輩に彼氏がいるんじゃないかって、疑ってて、何でもその相手が高城君なんじゃないかって」
理緒は顔を上げずに俯き加減でぼそぼそと言葉を紡ぐ。本当に知りたいのはその架空の先輩なんかではなく、理緒自身だ。嘘を付いている罪悪感もあり、朋樹と目を合わす事ができずに苦しげな表情になる。ただ朋樹は妙に合点がいったような表情になる。
「あー、そういう事か。井上もめんどくさい事に巻き込まれたな。お前そういや2年連続浩也とクラスメートだもんな。その先輩も自分で何とかしろって話だよな。ああ、ちなみに浩也と有里奈さんは付き合ってないぞ。ただの・・・ではないかも知れないけど、幼馴染だな。俺も何度か話したことがあるけど、仲は凄く良いけど、浩也にしてみれば、家族みたいなもんだとか言っていたからな」
理緒は心がスーッと軽くなり、喜びが湧くのを抑えつつ、質問を続ける。
「ただの?じゃないの?」
「ああ、何でも親同士が元々友達で産まれた時から一緒だそうだ。生粋の幼馴染だな。あんな美人と一緒だったら好きになってもおかしくないだろうに、逆に近すぎて家族にしか見えないって言ってたぞ」
「ふーん、じゃあ先輩にもチャンスがあるのかしら?」
「それに関しては微妙だな。有里奈さんは浩也以外の男子に興味無さそうだし、そもそも男子が苦手だからな。俺も浩也を介してでしか話しかけられないし」
理緒はその言葉に確信する。やはりあの女子の笑顔は浩也だけに向けられる特別なものだった。理緒は納得すると同時にライバルの強大さに心が挫けそうになる。
「やっぱりうちの先輩には高嶺過ぎる花みたいね。でもなんだって幼馴染だって言わないんだろ。言っても良いのに?」
「ああ、俺たちが1年の時にサッカー部の3年の先輩が有里奈さんに惚れて、浩也経由で口説こうとして浩也それを拒否ったんだよ。そのときその3年の先輩に浩也、結構いたぶられてさ、それ以来学校では幼馴染だって広まるのを避けてんだよ」
「えーなにそれ、その3年生ひどくない?」
理緒はその3年に憤りを覚える。
『自分で行動もしない癖に、嫌がらせなんて、なんて小さい奴なんだ』
理緒の怒っている姿に朋樹は笑みを零し、理緒を宥め始める。
「はははっ、でもその3年、それにムカついて本気を出した浩也にレギュラー取られてサッカーやめちゃったけどね。あん時の浩也、マジ鬼だったよ。ことごとくその先輩をデュエルで負かしにいったし、わざわざその先輩のポジションを志望して結果出しまくるしさ」
理緒はポカンとしてあっけに取られる。浩也はやられてやられぱなしになる男子ではないらしい。思わず理緒は笑い声を上げる。
「ぷっ、フフフッ、なにそれ、ひどい。私の怒りを返して欲しいわ、アハハッ、最低ッ」
「まあ浩也はそんな奴だ。まあさっきの先輩には言っておいてくれよ。付き合ってはいないけど、幼馴染は最強だぞってな。あーこの話、浩也には内緒な。これ俺が言ったと判ると苛められる。じゃあ、俺は部活に行くよ」
「うん、藤田君ありがとう。本当に助かったわ」
朋樹は振り向かずに手をひらひらさせてその場を立ち去る。理緒はまだ自分にチャンスがあることを実感し、嬉しさを噛み締めながら、暫くその場に立ち尽くした。
そこからだ。理緒の攻勢が始まったのは。理緒は果敢に壁を越える事を目指した。浩也には本人には自覚はないが、他人と距離を置こうとする壁がある。その壁を越えなければ勝負にならないのだ。多分、あの先輩は壁を感じた事など一度もないのだろう。あの時垣間見た笑顔が当たり前だと思っているのだろう。でも理緒は違う。スタートラインが違うのだ。ならまずそのスタートラインに並ばなければ、浩也はいずれ、先輩のものになる。折角初めて恋をした相手なのだ。最初から諦めるなんて嫌だ。同じ駄目でも競い合って、それでも駄目で諦めたい。この辺が理緒の良さだった。要は負けず嫌いなのだ。バスケ部女子を舐めるなと言ったところだった。
そんな闘争心に火を灯した理緒に、運命の神様も味方した。2学期に入り、最初の席替えの時に理緒は浩也の隣の席になったのだ。この2年間で理緒が浩也と近くの席になったのは一度もない。少なくても前後、左右で同じ場所になったことは一度もないのだ。でもこの2学期の席替えで初めて、理緒は浩也の席の隣になった。
「あっ、高城君。今度隣なんだね、不束者ですが、よろしくお願いします」
「井上、何だその不束者って。別に結婚するわけじゃないだろう」
「まあ軽いつかみじゃん、気にしない、気にしない。でも2年連続で同じクラスなのに、近くの席になるの初めてだよね」
「ん?そういえばそうか?まあ俺の場合、女子とは話す機会がないからな。誰が隣とかあんまり関係ないけど」
浩也は、そう言って少し考え込む。理緒はそんな浩也を少し不満そうに咎める。
「ちょっとちょっとお隣さん、折角隣になったんだから、もう少し興味を持とうよ。どう、絶世の美女よっ」
「あーはいはい。かわいい、かわいい、つーか絶世の美女とか盛りすぎだろ」
「はい、すいません。盛りました。精々クラス一くらいにしておきます」
「うん、今の発言でクラスの女子ほぼ全員を敵に回したな」
「ふふーん、まあ私がモテるのを知っている女子は多いから、そんな事でいがまれる心配は無し。しかも鼻にかけるキャラでもないから、またアホな事言ってるくらいにしか思われないから、そこも問題なし。んっ、誰だー私を馬鹿にしたのはーっ」
話の流れ的にどう考えても自作自演なのだが、理緒は掴みを取りに行くのに必死である。浩也も最初こそ引き気味だったものの、徐々に理緒のバカさ加減に思わず笑ってくる。
「ククッ、井上、お前ホントアホだろ。あー女子に向かってアホは駄目だな。うーん、イカレてる?狂ってる?」
「こらっ、どんどん酷くなってる。女子、女子よ、私」
「あー、すまんすまん。まあ百歩譲ってお茶目だな。くっ、なんかそれは良く言い過ぎて負けた気がするな」
「まあ、それで良しとしよう。取り合えずこれからよろしくね、高城君」
「はー、へいへい。よろしくな井上」
浩也はそう言って、少し疲れた表情を見せつつも、優しく笑みを見せてくれた。理緒はそのことが嬉しくて、思わず顔がニヤけるのを我慢しつつ、ばれない様に今度は反対側の男子ともあえて積極的に話しかけた。
そうして2人が隣の席になってからは、理緒は積極的に浩也へと話しかけていく。勿論、周囲に理緒の反応がバレない様に、反対側や、前後、周囲の男子とも比較的話すようにする。本当は浩也以外には余り興味がないのだが、今の理緒は、浩也に話しかけても問題ないくらい社交的な女子を演じなければならない。
そして、教室内だけでなく、部活の時にも見かければ積極的に絡んでいく。そのおかけで、なにやら周囲の男子はよりとっつき易くなった理緒に対して、積極性を増すようになってきたが、それはそれで、理緒は引き続き細心の注意を払いつつ、穏やかに振り続けていた。そして浩也のほうも変化があり、顔を合わせば挨拶や、軽い会話くらいなら振られるようになる。
そして冬も半ばという頃に、理緒と浩也はもう一つの転機を迎えるのだった。




