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サイドストーリー 井上理緒の独白

理緒目線の浩也との距離の縮まりを描いた話です。有里奈の話もそのうちタイミングで入れようと思います。話は長くなるので、2、3話かかると思います。

私と浩也の付き合いは中学一年生でクラスメートになった時まで遡る。中学1年生の頃は流石に男子・女子の意識もなく、浩也もただのクラスメートの一人だった。浩也はいつも同じ部活の藤田朋樹君と一緒にいて、男子はともかく女子とは殆ど会話すらしていなかったと思う。ただそれは中学生に成り立ての少年にとっては、特別な事ではなく、浩也に限らず殆どの男子がそうだったのだろうと思う。私自身、男子とは隣の席で一緒だった生徒くらいしか、会話は無かったと思う。そして浩也と隣の席になる事も無かった為、一年生の時の彼と私は、今のように話をする関係ではなかった。


そんな私と浩也が会話するようになったのは、2年生の夏休みからである。2年生も同じクラスになった私と浩也は最初の一学期はやはり会話は無かった。浩也は、藤田君が同じクラスにならなかった為、別の部活の友人達と一緒にいる機会はあったが、藤田君ほど頻繁に一緒にいることはなく、時々、一人ボーッとしている事が多くなった。中学2年生ともなると男子は成長期真っ盛りであり、1年生の頃と比べ背も顔付きも大人びた印象に代わる。私もその頃から、チラホラ男子に声をかけられる機会が増え、胸の膨らみも目立つようになった。浩也もご他聞に漏れず、背が伸び、元々整っていた容姿が男子としてのカッコ良さを増していった。私の周囲の女子も、浩也に対し、興味や好意を抱く生徒が現れ始め、偶々去年から同じクラスだった私に質問をしてくる女子まで現れた。


ただ当の本人は一切気付いていないようだった。多分周囲に気を向けていなかったのだろう。女子とは相変わらず会話はなく、男子との会話もぶっきらぼうで、時々いたずらを思いついたような笑みを見せるだけ。別に暴力的だとか、いじめっ子というわけではないのだが、近寄りづらい、話しかけ難い雰囲気を醸し出していた。私も少し怖い印象があり、他の女子同様、浩也と接点を持つまでにはいたらなかった。そんな私と浩也の初めての接点らしい接点は、夏休みの部活の時である。私たち女子バスケ部は体育館内で練習。真夏のうだる様な暑さの中である。直射日光を避けられるだけましなのだろうが、暑いものは暑い。教師から休憩が言い渡された時、私は真っ先に体育館の開かれた扉を目指し、タオル片手に歩いて行く。風通しの良い場所は何箇所かあり、その内の人気の少ない日陰の場所を目指して移動した先に浩也が寝そべっていた。私はびっくりして違う場所に行こうかとも思ったが、また違う場所に移動する気力も湧かず、勇気を出して、浩也の隣にしゃがみ込む。


「あれーっ、高城君、さぼりー?」


その時目を閉じていた浩也は目を開け、目線だけを声のする理緒へと向けると眠たげな声で返事を返す。


「んー、何だ。井上か。休憩だ、休憩。ここが涼しいのは知ってたからな、この後タイム走だから休まないと死ぬ」


「タイム走って何秒以内に全員が走らないと何度もやり直しってやつ?」


「そうそう、あれ絶対、一度はタイムクリアしててもクリアしてないって繰り返されてるぜ。宮田なら絶対そうしてる」


宮田とはサッカー部の顧問をしている先生だ。その顧問を呼び捨てにして悪態をつく浩也に理緒は苦笑いをする。


「ははは、うちもあるけどあれ辛いよねー。でも鍛えてる感はするけど」


「ん~、まあな。一本目にクリアしたら練習にならんしな。っと、お呼びがかかったな。じゃな」


浩也はそう言って寝そべっていた状態から立ち上がると、軽く理緒に手を振って、校庭へと走っていく。理緒はしゃがみ込みながら、あっけに取られて浩也を眺めていて、少しだけ頬を染める。


『なんだ、全然普通じゃん。緊張して損した』


多分それがきっかけだったのだろう。浩也は話しかければ、普通に言葉を返してくれる。偶々、休憩で気持ちが緩んでいただけなのかも知れないが、邪険にもされず無視をするわけでもない。名前も知っていてくれたのは、正直嬉しかった。それから、休憩の度に理緒はその場所に足を運ぶようになる。浩也は居る時もあれば居ないときもあったが、居る時は話しかけるとキチンと応じてくれて、少しだけ距離が縮まった気もした。


「理緒~、最近休憩の度にあそこに行くけど、そんなに涼しいの~」


「う、うんっ。風通しがいいからね~。でもそんなにどこも変わらないけど」


バスケ部の友人からは、時折、理緒が一人で少し離れたところに休憩しに行くのを聞いてくる子も居たが、理緒は他の人が来ると浩也が話してくれなくなる気がして、なんとなくはぐらかす。


『別に内緒にしているわけじゃないんだからねっ』


心の中でそんな言い訳を言ってみたりもしたが、友人に教える気にもならなかった。普段女子とは全然話さない男子と時折理緒だけが話すことが出来る。それは理緒にとって少しだけ特別な事に成りつつあった。


そんな理緒の2年生の夏休みもある出来事で大きな変化を迎える。理緒たちの住む地域には海岸沿いに結構由緒ある神社があり、毎年そこで夏祭りがおこなわれる。夜の時間には小規模ながらも花火が上がり、地域の住民たちの楽しみの一つでもあった。中学生である理緒達にとっても地元のお祭りというのは楽しみなものであり、理緒もご他聞に漏れず、バスケ部部員の男女十数名で祭りに繰り出していた。神社の周辺では出店が立ち並び、既に多くの人で賑わっている。理緒も女子の友人達と買い食いに走り、りんご飴を片手に笑い合いながらお祭りを楽しんでいた。


「理緒、今度はたこ焼き行こうよ、たこ焼きっ」


「えーそんなに食べれないよ。私休憩、美智行って来て」


バスケ部の友人はまだまだ食べたり無いのか、たこ焼き屋の屋台を見かけた途端、大声出して理緒を誘ってくるが、ここまでの道中で既にお好み焼きも平らげていたので、流石にそんなには食べきれない。理緒は、人通りの少ない座れそうな場所を見つけると、そこに座り込み、友人を笑顔で送り出す。


『ああ、私も浴衣でなければ、もう少し食べられたかもな~』


理緒はその日、お祭りに行くと母親に言ったところ「なら浴衣着なくちゃね」と笑顔で言われ、浴衣を着せられていた。本当はもう少し動きやすい服装できたかったのだが、ノリノリの母を止める事は出来ず、結果浴衣で来る羽目となる。幸い他の女子も何人かは同じく浴衣を着ていたので、浴衣を着てない子達からは羨ましがられたが、今となっては、理緒の方が羨ましかった。


「井上は休憩か?」


そこに3年のバスケ部の男子が理緒に声をかけてくる。


「あっ、先輩。お疲れ様です」


「いや、お祭りでお疲れもへったくれもないだろうに」


律儀に立ち上がって挨拶をする理緒に、苦笑いでその先輩は応じると、遠慮なしにその先輩は理緒の隣に座る。


『あちゃー、美智と離れて失敗した。こんなに直ぐに来るなんて』


理緒は内心苦い顔をする。この祭りに参加した男子達の中に理緒を好きという男子が何人かいるという話を理緒は友人から聞いていた。本当であれば、女友達と一緒に回って、男子は避けるつもりだったのだが、一瞬の隙をつかれて近寄られてしまったのだ。理緒は正直、この頃は恋愛というものに興味がなかった。まだ異性というものを自分の中で上手く消化しきれずに、男子から好意を向けられる事が怖かった。だから今隣に平然と座る先輩に自然と嫌悪感しか沸いてこない。


『もう美智~、どこに居るの?早く戻ってきてっ』


先ほどたこ焼きを買いに行った友人の方を見ると、友人は他のバスケ部の男女で楽しそうに会話している。理緒はその光景を見て、思わず絶望する。どうやら友人は足止めを食らっているらしい。下手したらグルかも知れないが、今その詮索は後回しだ。目の前の危機にどうにか対処しようと気力を奮いおこす。


「井上はここのお祭りに来るのは初めてか?」


「いえ、去年は家族で一緒に見て周りました。先輩は?」


「俺はずっと地元だから、小学校から毎年きてるよ。去年はクラスの奴ときた。結構西条中の奴も来てるぜ」


「へー、そうなんですね。私は小学6年の時に引っ越してきたので、お祭りは去年が初めてで、今年で2回目です」


理緒は両親が念願のマイホーム購入をきっかけに、引っ越して来ていた。理緒には3つ離れた弟が居るが、その前までのマンションではその弟と同じ子供部屋だった。なので、引越しを機に自分だけの部屋がもてた事が非常に嬉しくて、小学校は転校となったが、転校自体は別に嫌というわけではなかった。地域は同地区で新築ラッシュでもあり、同じような転校生が何人も居たのも大きかった。


「ああ、家って北口側だっけ?あの辺新しい家多いもんな」


「はい、でも南口に比べれば、お店も少ないので、コンビニ行くのにも少し歩かないといけないんですけどね」


「帰り遅くなったりとかしたら、暗くて危ないんじゃないのか?」


何気ない会話の何気ない言葉なのだが、理緒はなんとなくではあるが、警戒をする。


「えー、大丈夫ですよ。美智もなっちも家が近所で帰り一緒ですから」


「ああ、バスケ女子が3人も揃ってれば、変態が襲ってきても大丈夫か。なるほど、なるほど」


「えー、先輩ひどいですっ」


理緒は心の中で、ほっと溜息を零す。とりあえず、第一関門突破だ。正直今の流れで、送ってやるとか言われても迷惑でしかない。そもそも男子を家の近所まで連れて行きたくないし、その道中も苦痛だ。とは言え、先輩に対し過度に拒否をしてもカドがたつ。無難に冗談として、受け流せた事に安堵する。


「はははっ、悪い悪い、とは言えかわいい後輩達が誰かに襲われでもしたら大変だしな。お前らの中で誰か彼氏とかいたりしないのか?」


「みんな部活に塾に忙しくて、それどころじゃないですよ。そんなもの作っている暇はありません」


「ふーん、でも好きな奴くらいいるだろう?」


「他の二人はわからないですが、少なくても私にはいませんよ。男子と付き合うとか、今は全然ピンときませんし」


一難去ってまた一難である。人の恋愛事情なんてどうでも良いだろうにと思いつつ、その気がない事を理緒はハッキリとその先輩に伝える。するとその先輩は思案顔をしたあとに、とんでもない事を言い出す。


「井上、なら試しに俺と付き合ってみないか?ピンとこないなら付き合ってみれば、わかると思うし、俺は井上の事を気に入っているからな」


その先輩は少しテレを含みつつ、良い笑顔で理緒に告白してきた。少し冗談っぽく言っているのは、振られたときの為に言い逃れをしやすくする為だろう。理緒はその先輩が座る左側の腕に鳥肌が立つのを感じる。ただ懸命に顔に嫌悪感が浮かぶのだけを堪え、やや引きつりながらも笑顔で、それを拒否する。


「嫌だな~先輩。冗談でもそう言う事は言わないほうが良いですよ。勘違いしちゃう子もいますから」


「い、いや、勘違いしてくれても良いんだけど。俺は結構マジだし」


すると冗談で交わそうとした理緒の願いも空しく、先ほどよりも少し真剣な口調でその先輩は迫ってくる。


「ええーっ、本気なんですか?私、本当にそういう気が今ないんで、普通に先輩、後輩で良いんですけど」


そこで理緒はより一層困った顔を見せて、オブラートに包みつつも拒否の姿勢を見せる。その先輩もそれ以上の押しは見せず、強張らせた笑顔で、「冗談、冗談。少し井上を試してみただけだから」などと言って誤魔化し始める。理緒も「もう、ちょっと冗談は止めて下さいよ~」などと言ってその場を流す。すると様子を伺っていたらしい友人達も二人の周囲に戻ってき始める。告白が失敗に終わったのが見て取れたのだろう。そしてメンバーは再び祭りの雑踏の中にまぎれていくのであった。


そしてそんな祭りの帰り道である。理緒はバスケ部の友人2人と一緒に祭り会場を後にしていた。友人2人は何やら祭りのときに話をした男子の事で盛り上がっているが、理緒は一人疲れ果てていた。あの後友人を問い詰めたら、たこ焼き屋のところで案の定、先輩が告白をするからと引き止められていたらしい。お陰で理緒はそこで気力を使い果たし、後の祭りを純粋に楽しむ事が出来なかった。


『高城君みたく、あっさりと付き合えたら良いんだけど』


ふと理緒は最近話をするようになった男子の事を思い浮かべる。ぶっきらぼうでろくに笑顔すら見せない同級生。彼は理緒に対して淡々と接してくれる。変に思わせぶりなところもなく、自然に振舞ってくれる事が理緒には心地よかった。そうだ、明日またあの休憩場所に行ってみよう。そんなことをなんとはなしに思っていた。


そんな時だった。浩也が女子と楽しげに歩いている姿を見かけたのは。


相手の女子は見た事があった。多分3年生だろう。162㎝の理緒より少しだけ背の高い、すらっとしたモデル体型の美人だ。理緒と同じく浴衣姿で、髪を綺麗に結っていて美人で容姿がかわいらしく微笑んでいる。確か榎本先輩だっただろうか。以前、クラスの男子が噂をしていたのを聞いた事がある。女子の理緒が見ても見蕩れるほどのかわいらしさだった。そしてその隣にいる浩也を見て、より一層驚く。この夏休みの間に浩也が理緒に見せた、遠慮がちな笑顔ではなく、屈託のない、気の許した相手にだけ見せる笑顔だった。元々整った顔立ちだとは思っていた。ぶっきらぼうでもキチンと接してくれるやさしい人だとも思っていた。でも理緒が知っているのはそこまでで、今その3年生に向けている笑顔を理緒に向けることは一度も無かった。その事を知った理緒は急に胸が苦しくなる。


『ずるい、ずるい、ずるい』


それはその笑顔を向けてくれない浩也に対する悲しさでもあり、その笑顔を向けられているその女子の先輩への羨望でもあった。


『ずるい、ずるい、ずるい、私にも、私だけにも向けて欲しい』


理緒がこの夏休みに近づいたと思った浩也は、実は偽者だった。あくまで壁の外から浩也を覗き見ているだけだった。それだけしか知らなければ、理緒はそれを本物として満足できたかも知れない。でも理緒は本物を知ってしまった。理緒にとって少しだけ他の女子と違い近づいたと思った浩也がまだ他の女子と同じ場所にいるのだと気付いてしまった。特別なのは彼女だけで、彼女だけが近くにいたのだ。胸が苦しい、泣きたくなる。気付くと理緒は立ち止まり、角を曲がって見えなくなった二人の残像を思い描いていた。すると立ち止まって泣きそうになった理緒に気付いて、友人2人が心配そうな顔で戻ってくる。


「理緒、どうしたの?下駄の紐でマメでも出来た?」


「大丈夫?泣きそうだよ」


すると理緒は両手を広げ、何も言わずに2人に抱きつく。2人は理緒の様子が変なのに何がなんだかわからなかったが、とりあえずやさしく抱き返すのだった。

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