第二話
今日の投稿は6時くらいに3話目までを予定しています。とりあえず二話目です。
夕暮れ時、外の街灯がつき始め、窓の外が暗くなり始めた頃、4人の女子が大きなバッグを肩にかけながら来店する。いかにも運動部女子のいでたちである。浩也は扉の鐘がカランコロン鳴るのに合わせて営業スマイルと共に入り口に向かい、声をかける。
「いらっしゃいませ、お客様は4名でいら……、なんだ理緒か」
「ちょっと、ちょっと、さっきの営業スマイルはどこいったのよ。お客様のご来店なんですけどっ」
「ああ、理緒以外の3名には、申し訳ない。いらっしゃいませ、当店は初めてですか?」
浩也は理緒を一旦無視し、営業スマイルでその後ろに控える3名の女子に愛想良く話しかける。
「あっはい、初めてです」
「なら、良い席をご用意しますので、どうぞこちら……うぉっ、理緒、ちょっといきなり後ろから襟を引っ張るなっ」
「ちょっと人が折角部活の友達を連れてきたのに、その挨拶は無いんじゃないっ、あんまり意地悪すると怒るわよっ」
浩也は理緒に引っ張られた襟元をさすりながら、既に怒ってるじゃねーかと内心思うが、確かにからかい過ぎたかとも思い反省する。
「勿論、理緒も他の友達も来てくれて嬉しいよ。お詫びにちょっとサービスするから、機嫌を直してくれ」
「サービス?」
「ああ、ケーキを一つ好きなのを選んで食べてくれ。それは友人としての奢りだ。理緒の友達3人もね。ただ、今日限り、特別だからな」
「ええっ、いいの?やったーっ。浩也、愛してる」
現金なものである。先ほどまでの怒りをすっかり忘れてやがる。
「愛はいらねえ。その代わり、皆様、今後ともご贔屓にお願いします」
浩也は丁寧にお辞儀をすると、女子の面々に笑いかける。が、理緒を筆頭に女子の面々はケーキケースに顔を張り付かせ、浩也そっちのけである。浩也は思わず苦笑いを漏らすと、女子面々に声をかける。
「はいはい、お客様、ご注文は後ほどお伺いしますので、まずは、お席にお移りいただけませんか?」
「はーい」
この時ばかりは先ほど腹を立てていた理緒も素直に返事をする。そうして、姦しい体育会系女子は席につくやいなや、更に楽しげに会話を繰り広げていく。そろそろ夜の食事をメインにする客もチラホラ現れる時間帯なので、浩也は彼女達を横目に店の中を慌しく動いていくのだった。
暫くたってケーキに舌鼓を打っていた少女達も一段落ついたのか、浩也が手の空いたタイミングを見計らって、話しかけてくる。
「ウェイターさーん、ちょっと」
浩也に呼びかけたのが理緒と言う事で、浩也はやや警戒しつつ、お伺いを立てる。
「はい、お客様、御用は何でしょうか?」
「うーん、浩也、今日は何時上がり?」
「当店では、ウェイターのプライベートに関しては、お答えできないのですが」
すると脇を通りすぎる由貴が耳聡く返事をする。
「今日の混み具合なら、20時には上がっちゃってもいいよ~」
ちなみに現在の時計は19時半を指している。こら由貴姉、勝手にばらすんじゃねぇ、と心の中で悪態をつき、由貴を一睨みする。それを聞いてにやーと理緒は顔を緩ませる。
「なら帰り、送ってよ。他の子達は家が近所で徒歩帰りなんだけど、私だけ電車なんだよね。いいでしょ、帰り道一緒だし」
「いや、まだ上がるのに30分以上かかるぞ。あんまり遅いと親御さんが心配する。さっさと帰れ」
「大丈夫、今LINEでママに浩也が送ってくれるからって言ったら、ごゆっくり~って返信きたから」
理緒は嬉しそうにスマホの画面を見せる。ごゆっくり~の後がきっちりハートマークのオマケつきである。理緒のお母さんには体育祭とかの学校行事で挨拶をしたことがあり、顔見知りである。勝気で元気な理緒とは違い、やさしげでおっとりとした雰囲気のお母さんだ。挨拶した時は猫かぶりモードだったので、印象は悪くないのだろう。ハートマークは緩い感じのお母さんだけに、ご愛嬌だろう。
「これで送らなかったら、信用無くすパターンじゃねえか。はぁ、じゃあバイト上がるまでまってろよ。ちなみに他の皆さんも残るの?」
「いやいや、近所とはいえ、付き合ってもらうのは気がひけるので、先に帰ってもらうわよ。支払いは私しとくから、明日割り勘ね」
「あらあら、理緒ったら夜道でデート?」「理緒そう言うことかー」「理緒もしかして抜け駆け!?」とかそれぞれ理緒を囃したてる。理緒は理緒で、「いいでしょー」とか冗談ぽく受け流しているので、実際にそう言うのを真に受けているわけでもないみたいだ。浩也も理緒との関係が色っぽいものではないのを疑われているわけでもないので、気にせずに3人を送り出す。
「はいはい、取り合えず理緒は送っていくから、みんなも気をつけて帰ってくれ。理緒なしでも勿論歓迎するので、またのお越しをお待ちしております」
「ふふふっ、家はここから本当に近いから、また遊びに来るね」
「あっ、佐知ずるい。わたしもわたしも、高城君、その時はよろしくね」
「うちは彼氏がいるから、今度、彼氏とくるねーっ」
浩也は入り口まで三人を見送って、手を振ったあと、お店の中に戻ったところで、ジーッとこっちを見つめる理緒と目が合う。
「浩也って、バイトの時は随分と愛想が良いよね」
「むしろ愛想の悪い店員に接客されたいか?」
「ふんっ、そう言うことじゃないけど」
何に機嫌を損ねたか判らずに、浩也は首を傾げる。とは言え、今は仕事中なので、一旦棚上げし、いそいそ仕事に精を出すのだった。
その後20時過ぎになり、店が落ち着いたタイミングでその日のバイトを切り上げた浩也が、裏口から店を出て、店の前で理緒と合流する。
「待たせて悪かったな」
先ほどの気まずい雰囲気を引きずるように、浩也はなんとはなしに謝罪を口にする。
「んー、別にー。待ってるって言ったの私だし」
どうやらなんとなく機嫌が悪いのは継続中らしい。
「そういえば、さっきの子達は全員バスケ部か?」
「そうそう、一人は去年同じクラスだったから、知ってるでしょ。三上佐知。あと結城和美と田中詩織。三人とも今、三組なんだ」
「へー、そう言えば今日、他の三組の女子も店に来たよ。伊藤と篠崎って言ってたっけ。俺はしゃべった事無かったし、顔も知らなかったんだけど、向こうは俺の名前を知ってて、びっくりしたよ」
「ふーん、俺って意外とモテんじゃねー自慢?感じ悪ー」
浩也はむしろ今のお前のほうが感じ悪いんじゃないかと思いつつも、取り合えず、それは否定する。
「いや、その前に朋樹の噂をしてたから、俺の名前を知っていたのはオマケだな。そもそもお前や朋樹と違って、俺はモテないから、そんな勘違いはしないって、言ってて空しいな、これ」
「クククッ、藤田君との比較なら仕方ないわね。スペックが違うわよ、スペックが」
浩也の自虐ネタに気を良くしたのか、理緒の雰囲気が柔らかくなる。
「うるせー。言われなくても判ってる。それよりお前こそ、こうして男と連れ立って歩いていて、変な噂が立つと困るんじゃないのか?」
「ふふーん、私は別にモテなくても困らないから、浩也と噂になっても問題なーし。大体、あんまり知らない人に告白とかされても困るのよね。ああ、でも知ってる先輩とかに告白されたら、その時のほうが困ったか。知らない人だとバッサリいけるけど、知っている人って、その後の関係もあるからねぇ。全く、どう言う基準で告白しているんだか」
「まあ余り知らない奴はあわよくば的な感じかもだけど、知ってる先輩ってのは、脈ありと踏んでのことじゃないのか?理緒は八方美人だしな。なんか勘違いさせるきっかけがあったんだろう」
浩也はなんとなく理緒が罪作りなところがあるのを知っている。基本、誰に対しても距離が近い。当人は意識がないから近くに居れるのだろうが、そういう理緒の性質を知らない奴は、勘違いするのもしょうがないのだろう。贔屓目にみても見た目は十分かわいい女子なのだから。
「知らないわよ。勝手に勘違いされても。だから普段からバスケが恋人で、彼氏なんか作らなーいって言って予防線も張っているのに。どうしてそう簡単に色恋に結びつけるのかしら。ほんと、面倒くさいっ」
「まあ、モテる女の宿命だな。あきらめろ。俺は見守っているから」
「それって見てるだけで、助けてくれない奴だよね。そこは友人として俺が守ってやるくらい、言えないわけ?」
「ダイジョーブ、オレガマモッテヤルー」
「キーッ、全然心が篭ってない、ほんとムカつく」
浩也と理緒がそういって、いつもながらの言い合いをしながら駅までの道のりを楽しんでいた。




