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第十六話

副会長、いやー苦労しました。取り合えず作者的にはこれで副会長のくだりは完結です。その後の話はほのぼのとしたものを書きたくてちょっと蛇足気味。ちなみ次回は理緒とのデート編の予定ですが、GWの更新が不定期な感じになりそうな予感がしていますので、ご容赦下さい。

副会長山崎健人は打ちひしがれながら、トボトボと家にたどり着く。学校から家までの間、有里奈に言われたパートナーではないと言う言葉と有里奈が「ヒロ」と呼んだときの嬉しそうな笑みが頭の中を繰り返しぐるぐると回り、その度に胸の奥がギュっと痛みを覚える。どうして、こんな事になったのか、自分の何がいけなかったのか、自問しても結局は何も思いつかず、ただ自分は彼女の側にいる権利が初めからなかったのだという事実だけが、心に重くのしかかった。


健人は家に入りリビングに向かうと、そこにはソファに寝転がり、スマホ片手にテレビをつけている妹の茜がいた。妹の茜は同じ海生高校に通っているが、特進科の山崎とは違い、普通科の1年だ。成績も優秀とは言えず、海生高校も何とか受かった口だ。山崎と茜は犬猿の仲で、顔を合わせれば、いがみ合う為、今打ちひしがれている状況では、間違いなく会いたくない相手の1人だった。


茜はリビングに入ってきた兄の健人を見て、露骨に嫌そうな顔をする。ただ一瞥して嫌そうな顔をしたあとは、無視を決め込んだのか、スマホに視線を落とし、挨拶をする素振りも見せない。健人も敢えて火種を振りまこうとは思わず、鞄をテーブルの脇に置くと、キッチンの奥にある冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いでぐいっと一飲みする。するとどんな気まぐれか、茜のほうから健人に声がかかる。


「クソ兄貴、元気ないじゃん、なんか女子にでも振られたみたい。マジ、ウケる」


「なっ、そ、そんなことあるかっ」


健人は別に告白したわけでもないが、拒絶されたのは事実で、思わず動揺してしまう。


「えっ、マジ、マジなの?本当に振られたの、チョーウケるんだけど」


するとその動揺を敏感に察知したのか、寝転がったソファから上半身を起こして、茜が楽しそうに追い打ちをかける。健人は尚も動揺を隠せないまま、しどろもどろに反論する。


「違う、そんなことあるかっ、別に告白なんかしてないっ。お前の勘違いだ」


すると茜は、今度はハハーンと思い至った顔をして言う。


「ああ、告白する前に振られたんだ。だよね、クソ兄貴に告白なんかする根性、あるわけないもんね。まあそれでもウケるけど」


「くっ、俺と生徒会長はそんなんじゃない。俺はただ副会長として会長を支えられれば良いんだっ」


茜の安い挑発にまんまと健人は乗ってしまい、つい生徒会長と口走ってしまう。それを茜は逃す事もなく、驚いて大きな声を出す。


「ええっ?生徒会長って、あの生徒会長?あんたバカなの、アホなの、鏡見た事あるの?死ねば良いのに、山崎家の恥さらし」


「ええい、うるさい。違うと言っているだろうっ。確かに彼女は素晴らしい人だが・・・」


健人がそう言って有里奈の美辞麗句を並べようとしたところを茜は遮る。


「だから、そんな事は知っているから。海生高校で1,2を争う超絶美女よ。すらっとしたスタイルでアイドル顔負けの美貌を誇るあの榎本有里奈生徒会長よ?アンタなんかただ生徒会が一緒なだけの空気の癖に、生徒会長に恋慕なんて、100億年早いわ、死ねば良いのにっ」


「生徒会が一緒なだけの空気・・・だとっ」


「そうよ、アンタ身の程、判ってんの?これまで多くの男子が告白して振られまくっているのに、どうしてアンタなんかが選ばれると思ってるの?バカなの?生徒会で一緒にいたら付き合えるとでも思ってるの?アンタなんか生徒会で同じ空気吸ってるだけでもおこがましいのに、マジキモい」


健人はここでまたしても打ちひしがられる。少なくても生徒会にいるときは、自分が一番彼女に近い男子だと思っていた。側にいれるのが自分の特権だとさえ思っていた。近くにいれば、いつかは自分のものになるんじゃないかとそう思えた。


「ふざけるな、それでも僕が彼女の側にいるのは間違いないっ」


「はぁ?じゃあアンタ生徒会長の何を知ってるのよ?側にいるんでしょ?言ってみなさいよ?」


茜は自分の兄がアホだとは思っていたが、ここまでアホとは思わなかった。正直、呆れ半分でアホな兄貴を徹底的に追い込みにかかる。


「会長の事、知っている事・・・」


すると健人は反論しようとするのに、何も言い返せない自分に愕然とする。彼女の外見の良さも性格の優しい事も知っている。ただどんなものが好きで、どんなものが苦手で、どんな友達がいて、これまでどう過ごしてきたかなど、何一つ知らないし、知ろうとはしなかった。そんな兄貴を見て、茜は蔑むような目線を送る。


「ほんとアンタアホね。相手のことも知らない、知ろうともしない、勿論、逆も一緒。自分の事を知ってもらうことも話すことすらしない癖に、どうして好かれると思ってんの?頭湧いてんじゃないの?」


そこで健人は浩也の事に思い至る。自分の事も相手の事も判ってるから、相手を大切に思えるんだという事に。そして有里奈のあの表情を思いだし、あの表情がアイツだけに向けられることの意味を思い知る。彼女が誰よりも理解しているからなのだと。そこで初めて大きな敗北感と過ちを感じる。


『ああ、だからアイツは彼女の側にいられるんだな』


茜は罵声の後についに沈黙した健人を訝しげに見た後、再びソファの上に寝転がってスマホを弄りだす。思ったよりからかいがいがなく、つまらなくなったからだ。すると今度は健人のほうから声が上がる。


「茜、女子が特定の男子に嬉しそうに笑うのって、意味があるのか?」


「はぁ?そんなの好きだからに決まってるでしょ?バカなの?」


健人はそこで苦笑いをし、「ああ、バカだな」と言葉を零して、自分の部屋へと戻っていった。


副会長山崎の件があった次の日、浩也は普段どおりの日常を過ごしていた。昨日の件の報告は昼休みにLINEでしずから報告があったが、なぜか山崎は憑き物が落ちたかのように普通に戻っていたらしい。有里奈には謝罪も入れていたそうで、その後の生徒会活動も至って平穏だったそうだ。昨日までとの違いと言えば、なぜか有里奈に対し、積極的にコミュニケーションを図ろうとしていたくらいなのだが、元々男子が苦手な有里奈なので、会話がスムーズとは言えず、副会長もコミュニケーション能力が高い方ではない為、しず曰く、お見合いの現場を見ているようで、キモいらしい。浩也は普通になったのであれば、大丈夫だろうと思い、心の中で有里奈に対し「まあ頑張れ」と心の中だけで応援する事にした。



ちなみにその日は生憎の雨で、浩也がバイト先に着く頃には制服のズボンの足元がぐっしょりと濡れていた。浩也は裏口から入ったところでタオルを取り出し、取り合えず手で鞄と濡れた部分を軽く拭いて、控え室に向かおうとしたところで、由貴と会う。


「あー、浩也、濡れてるねーっ。控え室で良いからそのズボン干しておきなさいよ。ロッカーに入れっぱなしだと帰り臭くなるわよ」


「ああ、由貴姉、そうさせてもらう。それにしても凄い雨だぜ。今日お客さんはどう?」


『カフェ ジラソーレ』は立地的に駅前からは気持ち遠い。海生高校からも駅へ向かう途中少し道をそれたところにあり、雨の日には若干客足が鈍る。今日のような強い雨の日は尚更寄り辛くなる為、浩也は心配して聞いてみる。


「うーん、確かに少し少ないわね。まあこの雨だし仕方ないけどね。梅雨の間は暫く我慢かもね」


「まあ確かに学校から来る客も少なそうだしな」


「まあ、アンタがそんなことを気にしてもしょうがないわよ、さっさと着替えて仕事、仕事っ」


由貴は気を取り直したように明るい声でホールの方へと向かっている。確かに気にしたところで、客足が増えるわけではないので、浩也も頭を切替えて仕事モードへと移行する。


「さーて、今日も頑張りますか」


浩也は姿見の前で引き締めた表情を作ると、軽く気合をいれるのであった。


案の定、その日の客は少なく、浩也も持て余す時間が多くなる。それでもお客様は店内で楽しそうにおしゃべりしてくれているのだから、楽しい時を提供するお店としては、及第点なのだろうとその客達を見ながらそんなことを考える。するとそんなのんびりとした空気の中に、カランコロンと来客を知らせる音が鳴り響く。浩也はそのまま入り口まで客を迎えに行くとそこにはよく知った顔の2名が立っていた。来客者は、朋樹と孝太だった。浩也は取り敢えずいつも通りの接客から開始する。


「いらっしゃいませ、お客様。冷やかしなら出口はあちらですので、お帰りください」


浩也はそう言って悠然と今2人が来た扉を丁寧な所作で案内する。行動はいつも通りだが、話す内容は失礼極まりない。


「いや冷やかしじゃないから。普通に客だから」


すかさず孝太が浩也の冗談に突っこみをいれる。ちなみに浩也は半分以上は本気だ。


「ちっ、だいたいお前ら、部活はどうした、部活は?」


「今日はこの雨で中止。校内で筋トレって話もあったんだけど、流石に他の運動部もいるから、今日は止めにするかって話になってな。そしたら野球部もミーティングだけで終わったって言うから、なら浩也を冷やかし、ではなく遊びに行こうと言う話になった」


朋樹は平然と事の成り行きを説明する。一部本音が漏れかけていたが。


「はぁ、しょうがない。今日は客も少ないから、まあ良いか。ではお客様、こちらへどうぞ」


そう言って2人を周りに人がいない席へと誘導する。どうせ何やかんや騒がしくなるのだ。浩也も絡む機会があると思うと、他の客の迷惑にならない場所が良いだろうと考えた。その後2人から注文をとり、浩也が飲み物の準備をしているところで、由貴が声をかけてくる。


「あれ、奥の子達、浩也の友達?」


「ああ、高校のな。サッカー部と野球部の奴だ。勿論、坊主が野球部な」


浩也が接客してところを見ていた由貴が声をかけてきて、それに浩也は端的に答える。


「ならなんかサービスする?」


「んーそうだな。あいつら男子だから、ピザでも奢ってやるか」


浩也の友人に対するサービスは基本、浩也の持ち出しだ。だからよっぽど親しい奴らにしか奢らないし、それ以外の知り合い程度だと、リピーター獲得用のお土産クッキーを渡すくらいだ。まあ朋樹と孝太なら一度くらいは奢ってやっても良いだろうと浩也は由貴にそう言う。


「毎度ありー」


由貴は早速とばかりにオーダーをキッチンへと通しに行く。この辺、浩也の従姉殿はちゃっかりしているのである。浩也は注文された飲み物を持って、孝太と朋樹のところに行くと、2人は先日の遊びの後の事を話していた。


「で、朋樹。あの後はるはるとはどうなった」


「お前がはるはる言うなっ、なんかムカつく。まあ普通に家の近くまで送っていったよ。浩也にも話したけど次2人で遊びに行く約束もした」


「おおーっ、マジで。朋樹もついに彼女持ちかー」


そう言って孝太が感慨深げに頷いているところで、浩也がテーブルに飲み物を並べる。


「それな、学校内で広まったら、マジで女子の断末魔が響き渡る。朋樹、もう広めても良いか?」


「いや、まだ付き合ってないから。せめて正式に付き合ってからにしてくれ」


ニヤニヤしながら言う浩也に対し、勘弁してくれと言わんばかりに溜息をつく。孝太はその浩也の言葉にのって、嬉しそうに言う。


「うーっ、早く広めてーっ。そしたら伊藤の泣き叫ぶ顔が目に浮かぶ。この前の恨み、この機会に晴らしてやる」


「あれ、そういえば、孝太、伊藤さんと幼馴染なんだっけ?」


朋樹は孝太の個人的な恨みごとに巻き込まれるのは心外に思いつつ、話を逸らしにかかる。


「ちっ、幼馴染なんてそんな甘い響きな関係なんかじゃない。腐れ縁だ、腐れ縁。幼馴染と言ったら、もっとこう、魅力的な存在であるべきだろう?」


「いや、お前のその幻想はわからんが」


浩也はそう孝太に同意を促されたが、軽く引きつって返事をする。浩也にとっての幼馴染と言えば、有里奈だが甘いって何だ?などと考えていた。まあ浩也にとって有里奈は幼馴染以上に近い存在で、家族のような感覚である。姉とも妹とも言えないが、側にいて違和感のない存在なので、ピンとこないだけなのかも知れないが。


「いや、俺はなんとなくわかるぞ。俺にはそれらしい存在はいないけど、いたら羨ましいもんな」


「そうそれ、幼馴染と付き合って結婚みたいな。それこそ小さい頃結婚の約束をしててとかな」


そう言って朋樹と孝太は盛り上がる。未だピンとこない浩也はそう言えば、そんな話、昔したことがあったっけなぁなどと考えている。


「まあ俺らが大人になったら中学の同級生も幼馴染扱いになるかもだから、浩也なんか理緒とかそんな扱いになるかもしれんぞ」


「理緒が幼馴染?ならはるはるも同じ扱いになるぞ?」


理緒が幼馴染と言われても全くピンとこない浩也は首を傾げながら朋樹に言い返す。


「くっ、また話が戻ってくるとは」


「あ、俺それなんて言うか知ってるぞ、因果応報って奴だな。で、朋樹、いつはるはるに告白するんだ」


「だからお前ら、はるはるって言うなっ、それ完全に定着しちゃうやつだからっ」


その後、朋樹と孝太、時折浩也は、浩也の奢りのピザを満足そうに食べながら、ワイワイと下らない話に興じるのであった。


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