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第十四話

今回不評をいただく副会長が冒頭で病んでますが、次回には良い方向で終結しますので、一旦はお付き合い下さい。

山崎は授業中、教鞭をとる教師の説明も一切耳に届かず、憤懣たる思いを抱いていた。


『またあいつに邪魔をされた。またあいつにっ』


あいつは生徒会長の榎本有里奈の幼馴染の親戚だという。本人はただの顔見知りといい、実際学校内で生徒会長と話している姿を見た事もない。その存在を知ったのもこの間生徒会室に生徒会長を訪ねてきたときが初めてだ。にも関わらず、既に自分の前から3度も榎本有里奈を連れ去っていった。1度目は、その生徒会室で、僕が遮ったのにも関わらず、会計の早瀬を味方につけて会長を連れ去った。2度目は幼馴染のお店で。本当なら僕が彼女を家まで送り、会長に感謝されるはずだったのに、幼馴染が指名したのは僕ではなく、あいつだった。副会長の僕ではなく、ただの知り合いのあいつがだ。そしてさっき、あの会長に告白をするという馬鹿な男が僕に手を出せば、暴力を理由に停学でも退学でも追い込めたというのに、あいつが何食わぬ顔で話しかけてきたお陰で、彼女の周りにいる不逞な輩を排除する事が出来なかった。しかも彼女を不逞な輩から守る役目の僕に対し、脅迫までしてきた。全くもって許しがたい。


大体彼女ももう少し自分の立場を考えて欲しい。僕のパートナーである生徒会長であるのに。彼女は生徒会長に相応しい。その美しい容貌もやさしい気遣いの出来る性格も、何もかもだ。ただ少しだけ不満なのは、生徒会長という立場を時折忘れる事だ。勿論、どんなに優れた人間でも少なからず欠点はある。あの忌々しい会計と仲良くしているのも、まあ許容しよう。でも公人である彼女が、同じ公人であり、パートナーでもある副会長の僕よりもあんな顔見知り程度の男を優先するなんて、流石に許容の範囲外だ。確かにあいつの見た目は良いのかも知れない。しかし所詮はただの生徒であり、生徒会のパートナーに勝るものではない。


『生徒会長には少しばかり学んでもらわないといけないかもしれない』


優秀な彼女にも至らない点はあるのかもしれない。それを正すのもパートナーの仕事だ。元々山崎の頭にあった浩也への憎悪が別の方向へと傾き始める。それと同時にその顔には後ろ暗い笑みが浮かんでいた。



その日の放課後、浩也はいつもとは違いのんびりと帰り支度をしていた。いつもならば既にバイトに向かう為、教室を飛び出しているところであるが、今日はそんな素振りを見せない。そんな浩也に不思議そうな顔で理緒が話しかけてくる。


「浩也、今日バイトじゃないの?」


「ああ、今日はバイト休み。髪を切りに行く」


浩也は端的に理由を述べる。別に隠し立てする事でもないし、おおっぴらに喧伝する事でもない。なので普通に答えた。


「ふーん、どこの美容院?」


「ん?駅前の床屋。美容院とか洒落たもんは行かない。大体、顔剃りもマッサージもないだろ」


浩也は断然床屋派だ。美容院ではカットだけでも結構な値段がするし、顔剃りもマッサージもない。浩也自体は特段髭が濃いわけでもないのだが、顔剃りによりさっぱりする魅力には抗えない。勿論、マッサージも同様で、肩凝りがひどいとかそういうわけではないが、マッサージをされている時についついうたた寝をしてしまうあの瞬間が堪らないのだ。


「なんか理由がおっさん臭いね」


「ぐっ、別にいいだろ。ほっとけ。それに知り合いの店だから、お任せと言ってもそれなりに仕上げてくれるから、便利なんだぞ」


その知り合いの店と言うのは、バイト先の店長で従姉の由貴の旦那である雄二の友人が経営している店だ。以前、雄二に紹介してもらい、その後通わせてもらっているので今ではすっかり顔見知りである。床屋の店長は寡黙な雄二とは違い、チャラく、口の上手いタイプの人なのだが、その見た目に反して一途な人で、今の彼女とは高校からずっと付き合っていると言っていた。勿論結婚も考えているらしい。カットの腕も優秀でなんかのコンクールで入賞した事もあるそうで、そういう意味でも安心感のある店だった。


「一高校男子として、便利ってどうなの?もう少しお洒落に気を使うとか」


「いいんだよ。別に頑張ったってモテないしな。そんな気にする事もないだろ」


呆れ口調で話す理緒に対して、浩也は一睨みをしたあと、荷物を抱えて教室を出て行こうとする。すると理緒が浩也を慌てて呼び止める。


「ああ、まって。下まで一緒に行こうよ。別に急いでないでしょ。ちょっと待って」


「別に明日も、普通に会うんだから別に良いだろうに。ったく、早くしろ」


浩也は憎まれ口を叩きつつも、理緒が来るのを待ってやる。理緒も急いで荷物を纏め、浩也の元にやって来ると、ニシシッと笑い浩也に言う。


「こんな美少女がモテない男子に付き合ってあげるんだから、文句言わないの。光栄に思いなさいよ、並んで歩きたくても歩けない男子、一杯いるんだから」


「へーへー、ありがとうございます。モテない男子を気遣っていただいて」


浩也はどうでも良いとばかりに、気のない返事を返す。理緒は少し剥れた表情をしたが、すぐに気を取り直し、楽しげに話し出す。


「もう、まあそれはいいわ、それより日曜日、忘れないでよね」


「はいはい、ちゃんと覚えてますよ。お嬢様」


「ふふーん、ならよし」


「とは言え何をするかは考えてないけど、それは良いのか?」


浩也はご満悦そうな理緒を見ながら、ノープランである事を素直に明かす。考える必要があるなら考えなければならない。


「うん、その日は私に付き合ってもらうんだから、私の言うとおりにしてもらうわ、覚悟してなさい」


「畏まりました。仰せのままに、お嬢様」


浩也はそこで恭しくお辞儀をする。考える必要がないのであれば、それはそれでありがたい。浩也はそれ以上深く考える事を放棄して、理緒と2人、玄関口までの道のりをのんびりと移動する。


「じゃあまたな」


「うん、せいぜい格好良くしてもらってきなさい」


そんなやり取りで理緒と別れた後、浩也は1人駅前の床屋へと向かう。道中、昼間の事が気になったので、スマホを取り出ししずにLINEを送る。


『しず先輩、昼間はありがとうございました。お陰さまで事なきを得ました』


『聞いたよー。アレ大変だったんでしょ。本当最悪』


『まあ一番迷惑したのは告白した人だと思いますが』


『それは結果見えてるじゃん。いてもいなくても答え同じと言うか』


『結構良い人だったので、もっとすっきりさせてあげたかったですけどね』


『まあそれもこれもアレの所為だけどね』


『ところで今日も生徒会ですか?』


『うん、夕方くらいまでかかるかも』


『なら自分は駅前にいるので、帰るときに連絡下さい。送りますので』


『有里奈をでしょ。了解。終わったらLINE入れるね』


しずから入るLINEには時折イラストのスタンプがついてくる。今送られたスタンプはなにやらウサギっぽいイラストが繰り返し敬礼をし、吹き出しで「了解!」と言っている。浩也から送るのはテキストのみなので、随分やり取りが賑やかになる。浩也も何か面白いスタンプでもと思いもするが、キャラじゃないと結局はテキストで済ませてしまう。


『お手数ですが、よろしくお願いします』


浩也は自分の融通の利かなさになんとなく苦笑いをして、こういうところがモテない理由だろうななどと考えていた。



その後、浩也は予定通り床屋で散髪をしたあと、駅前にある書店で立ち読みをしながら、時間を潰す。時間は18時前。そろそろLINEが入る頃だろうからとカフェなどには入らなかった。


浩也は意外にもよく本を読む。元々は幼い頃に本好きだった有里奈の影響で、読み始めたものが多かったが、小説や物語が好きな有里奈とは違い、浩也の読む本の傾向は雑多だ。それこそHOWTOから歴史物、果ては洋書にいたるまで手を広げている。ちなみに洋書を手にし始めたきっかけは、翻訳版の文章に納得がいかなかったからで、辞書を片手に苦心して洋書版を読んで、漸く納得したりとかしている。基本、荷物になるからハードカバーは持たず、文庫を買っているが、たまに好きな作家の新刊が出た時は、思わずハードカバーでも手にとってしまう事もある。


今浩也が立ち読みしているのは、料理本のコーナーで、その手に取っているのはイタリア料理のレシピが載っているものだ。バイト絡みで興味を持ち出したもので、今度の休みの日にでもチャレンジしてみようかと考えていたりした。


すると胸のポケットに入れたスマホが震えたのを感じる。どうやらLINEが入ったようだと思い、浩也は見ていた料理本を棚にしまうと、本屋から出てスマホを取り出す。


『幼馴染君、今どこ?ちょっと不味い事になってるかも』


浩也はしずから着ていたLINEに軽く目を剥く。何かトラブルかとあわててLINEに返信する。


『今、駅前の本屋です。どうしましたか?』


『有里奈が副会長と出て行ったっきり帰ってこないの。もう一時間以上、そんなにかかる用じゃないはずなのに』


浩也はその文を読んだ瞬間、学校へと走り始め、LINEではなく直接電話へと切替える。


「あっ、高城です。しず先輩ですか?」


「あー幼馴染君、どうしよー、有里奈帰ってこないよーっ」


しずは気が急いているのか、不安げな声で浩也に訴える。浩也は学校へと走りながら、しずへと話かける。


「あー、今学校に向かってますので、状況だけ教えてもらえませんか?走ってるので10分後くらいにはつけると思います」


「うっうん、えっと、生徒会の指導をしている榊原先生から、パソコン関連の備品の確認を頼まれたんだけど、本当は私と有里奈で行こうとしたんだけど、副会長の山崎が、自分が行くって言い張って、私も有里奈もパソコンの備品とかってあんまり詳しくないから、それなら有里奈と山崎で確認してくれって榊原先生に言われて、仕方なく私は生徒会室に残ったんだけど、出て行ったっきり、有里奈帰ってこなくて」


「榊原先生は?」


「先生、今日は夜に別の高校との会合があるって事で、いないの。報告は明日で良いからって」


「備品の置いてある場所は?」


「旧校舎一番奥の図書室。その奥に荷物置き見たいなスペースがあってそこに備品がしまってあるの」


「図書室の受付の奥ですか?それなら図書委員か担当の先生がいるはずでは?」


「図書室は17:30で閉まっちゃうから、その前には帰ってくると思ったんだけど」


「判りました、取り合えず俺が様子を見てきます。学校なんで、滅多な事はないと思いますが、しずさんは生徒会室で待っていて下さい」


浩也はそう言って、電話を切ると走る速さを若干上げる。周囲の空はもう6月とは言え、18時を過ぎると暗くなりはじめる。しずにも言ったが、流石に学校でそう滅多な事は起きないだろうと浩也は思っているが、相手はあの副会長だ。今日の昼にも問題があったばかりである。浩也は用心に越した事はないか、と考えながら、暗くなる道を学校に向かって走って行った。


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