エピローグ
僕はゴーグルを取った。文字通り、物理的な意味でのゴーグルだ。それからいくつかのガジェットを取り外し、僕は素の姿に戻った。眼前には広い空間が広がっている。その中央のベッドに僕は寝転んでいた。
ダイブしていた時間はおよそ5日。1周間を予定していたが、それよりも早い帰還だった。それだけ単純な世界であったし、それだけ集中していたともいえる。ダイブの途中、自身のアバターが眠りに落ちた時や、単純な行動を行っている時に、オートに設定し、何度か現実世界に戻って来はしたが、仮想世界と現実世界との境界は実に曖昧なものだと改めて感じる。実際は動いていないはずなのに、体は重く、寝転んでいる体勢から動かすことができない。
首だけ動かし、ゴーグルから伸びる音声認識の端子に立体ディスプレイを表示するよう要請する。
天井付近から映像が降りてきて、僕はそこに表示されている文字を読み取る。
「クリアレベルA:78点」
辛辣な点数だ。アマナとマナミの解釈を間違えた点がマイナスに評価されているのだろうし、あるいは、ミツキの前に訪れた一人目の外からの使者について、仮想世界で言及しなかった点も失敗だったのだろう。物語の開始時点から犠牲者を出さずに結論まで辿り着く方法もあったのかもしれない。
「今のエリアの人民のデータを出力して……」僕は最後の約束のためにズルをする。「ラーサ、あるいは……本物のマナミ」
「同一人物です」
「それじゃあラーサでいいや。彼女を別のステーションへ移して」
「権限がありません」
「管理者権限で。パスは……」
しばらく待つと、一覧表からラーサの名前が消える。これで約束は果たしたことになる。仮想現実世界の住民とはいえ、約束は守るべきものである。
「それからクルドのデータを」先ほどの自分なりの解答だ。「話すタイミングがなかっただけで、これでも一応途中で見当はついてたんだよ。彼、外の世界に詳しすぎなんだよね」
画面に表示されたクルドのデータ。60年前にあのステーションに降りた設定になっている。当時の女王に見初められ、そこで遺伝子を残し、以来住民の一人となる。もともと医学の知識があり、女王の間に入る資格を有していたため、医者として女王他の住民の健康管理を一手に担っている。
別のステーションにも行ってみたいが、そこでは何が待っているか分からない。すぐにダイブするのは身体的、精神的負荷が高い。
最初の書いた職業ダイバー、というのは現実世界でのことだ。といっても職業というのは嘘で、ほとんど趣味のようなものだけど。仮想世界に小宇宙を創造し、今から50年前からスタートしたプロジェクト。ステーションに訪れていない時は時間の進み方が10倍に設定してある。僕がこのプロジェクトに参加して、まだ数ヶ月だけど、思ったよりも早く地球から宇宙に飛び出した人類が、多くの宇宙ステーションを作り出し、そこに入植していた。無論進化の過程は多くの仮定が含まれており、現実とは異なるものとなるだろう。それでも、得られるものがあるかもしれない。
以前は、宇宙創世、あるいは地球創世から現在までの時間を早送りで疑似体験できるプロジェクトもあったが、その発展形だと思ってもらえば分かりやすいだろうか。とにかく、僕はそのプロジェクトの一員として参加しているわけだ。そこで何が起きるかわからないし、今回のような隔絶された世界でいびつな社会が形成されていることもある。そこで殺人事件が起きたのは偶然だろうが、未知の世界を旅できる、いわばファンタジーゲームのようなものだ。
うん、こんな話は面白くないし、今回の話のメインではない。
「失礼してよろしいですか?」
ディスプレイから会話マークがポップアップし、少し離れたところにあるヘッドフォンから小さな声が聞こえる。
「予定よりも早く終了したようですね。お着替えをお持ちします」
「ありがとう」僕は音声が認識されるよう少し大きな声を上げる。「えーっとほぼ、5日だね。食事は途中で食べたけど、用意をお願いできる?」
「かしこまりました」
「それから数回垂れ流したんで、ベッドシーツも」
「それはいつものことですから、用意出来ています。気になりますか?」
「いいや、全然。すごい吸収量だね」
「もう少し進歩すると、食事もきちんと食べられるようになるでしょうから、大きい方も垂れ流すことになるかもしれませんね。特にあなたの様な中毒者は」
「まじめな研究者と呼んでくれ」
「いかれた道楽趣味でしょう」
「きびしいなぁ」
「つきました。すぐに扉を開けて大丈夫ですか?」
「大丈夫。まだベッドに寝たまんまだから」
「それでは失礼します、ミツキ女王様」
女王の密室遊戯、おしまい
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。これはさすがに単発でしかできなミステリでした。落ち(?)も三段階用意出来たので、そこそこ満足です。ミステリ部分は卑怯なので、そっと目をつぶってくださいませ。
なつでした。




