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四文屋姉妹  作者: 五十鈴 りく


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〈二十八〉

 家に帰ると、りんが香ばしい匂いをさせながら待っていた。

 表で茄子を焼いていたのだ。七輪の上の茄子は、焼き茄子にしては切り方が変わっていて、輪切りにしてある。そして、それを三つ串に刺し、焼いている。夕餉の菜というよりも、売り物にするための何かを試しているのだろう。


「姉さん、ただいま」

「ああ、おかえりなさい。おじゅんと、徳次さんも」


 にこやかにりんが言うと、徳次は、ああ、と短く答えてやや素っ気なく家に戻った。りんが少し寂しそうに見えたけれど、さっきまでじゅんと交わしていた話の内容がいけない。徳次も気まずかったのだろう。

 じゅんはそれをごまかすようにして言う。


「姉さん、胡麻を買ってきたわ。――ねえ、そうやって焼いているところを見ると、今度の売り物は、茄子なのかしら?」


 すると、りんは茄子の刺さった串をくるりと裏返した。


「そうよ。茄子田楽」


 ひっくり返された茄子には田楽味噌が塗られていたのだが、よく見ると焦げ目のついた田楽味噌はそれぞれ色が違った。


「この味噌――」


 りんはうなずいてみせる。


「うん。三種類の味噌にしてあるの。江戸甘味噌、京味噌、三州味噌」

「豆腐田楽は甘味噌よね?」

「ええ、春に作っていた木の芽味噌は京味噌よ」


 味噌といっても色々とある。食べ比べるのは楽しいだろう。じゅんも味噌の焦げる匂いを嗅ぎながら早く食べたくて仕方がなかった。

 りんはそれがわかるのか、フフ、と笑って言った。


「もう少し焼いてから持っていくわ。お味噌汁をよそっておいてくれる?」

「うんっ」


 じゅんは屋台の台の上の盆と売り上げの銭、それから買ってきた白胡麻とを家の中に入れた。汚れた盆を拭いて伏せ、それからりんに言われた通りに味噌汁をよそって用意されていた膳の上に置く。夕餉の膳には珍しく、焼いた握り飯が載っていた。醤油を塗って焼き上げてある。


「さあ、できたわ」


 りんが茄子田楽を仕上げて戻ってきた。

 皿の上にてん、と載った茄子田楽。匂いだけですでに美味しい。


「さあ、いただきましょうか。今日も一日お疲れ様」

「うん、姉さんもお疲れ様。いただきますっ」


 手を合わせて食べ始める。

 じゅんは真っ先に出来立ての茄子田楽にかぶりついた。茄子は噛み締めると水気がじわりと出てきた。甘みも感じられる茄子に、味の濃い味噌が口の中で合わさって絶妙だった。


 甘味噌だけでなく、京味噌も美味しい。これは味噌だけ米に載せて食べても十分に美味しいから、何に合わせてもいいのかもしれない。三州味噌には鰹節が練り込んであった。三種類の味噌、どれも甲乙つけがたい。だからりんは三種類とも使いたくてこんな形にしたのかもしれない。


「姉さん、お茄子が美味しいわ。今日買ってきた胡麻はどこに使うの?」


 すると、りんは味噌汁の椀を膳に戻してから握り飯を指さした。


「ここに入れたかったの。これはまだ試しだからいいけど」

「え? ここ?」


 握り飯に胡麻を混ぜ込んでから焼くつもりなのか。合わなくはないかもしれないけれど、なくてもいい気もする。


 そんなことを考えながら握り飯を手でつかんでかぶりつくと、思った以上の歯応えがあった。握り飯がガリ、と音を立てる。


 ガリガリガリガリ。


 じゅんは握り飯を咀嚼しながらその音の正体を見た。


「き、金平牛蒡?」


 すると、りんは照れたように笑った。


「そうなの。手軽に食べるにはどうしたらいいかなって考えて、それでいつもより少し細かく切ってご飯の中に入れてみたんだけど、そのままだとご飯が乾いて美味しくないから、さらに醤油をつけて焼いたんだけど」


 確かに、これならば飯を炊くのが面倒な独り身の男には丁度いいかもしれない。


「姉さんっていろんなことを思いつくわねぇ」

「考えるのは楽しいわ」


 本当に、富吉が生きていたら、今度こそ上手く商っていくことができていたのではないだろうか。富吉の商才はなくとも、りんがいたらこの商売は向いているといえる。


 富吉の位牌の前に握り飯が置かれていた。うめぇなぁ、と子供のような顔をしながら握り飯にかぶりつく父の姿が思い起こされる。

 しかし、それでも、徳次に内緒であんな話をしていたのだから、食えない大人だとじゅんは少し可笑しかった。



     ◇



 団子を一度やめて、新たに三色茄子、金平入りの焼き握りが見世先に並ぶと、これもまた評判になった。団子が好きだったのにと残念がる客もいたのだが。


「お団子はまたするかもしれませんけど」

「おお、そうなのかい? また食いてぇが、こっちも今のうちに食っとかねぇとな」


 りんは朝、間に合わなかった分だけ出来上がってから持ってきてくれた。金平入りの焼き握りを台の上に並べつつ、ふぅ、と息をつく。


「姉さん、明日は湯屋に卸す日よね。今回は何を持っていくの?」


 あれからも駒形町湯屋には相変わらず三日には品物を置かせてもらっている。絹の代わりに入った由美ゆみという売り子は、絹のようにべたべたしておらず、気風のいい姉御肌で、じゅんとしてもやりやすかった。


 袖が、団子を買いに一度だけ絹が来たと言っていた。絹に対し、袖がなんと言ったのかは教えてくれなかった。代わりに、じゅんに小言を言う。


「でも、あんたも悪いんだよ。あんたは周りのことなんてさっぱりわかっちゃいないから」

「どこがわかってないのよ?」


 そんなことを言われるのは心外だった。しかし、袖はやれやれといったふうに首を振った。


「あんたはなんとも思ってなくとも、相手がどう思うのかをちょっと考えてから動きなよ。あたしだって、あんたらが急に団子売り出して気に入らなかったし」

「お袖さんったらはっきり言うんだから」


 商売をするなら、周りをよく見て動かなければならないのは身に染みた。

 じゅんはあれから、湯屋への納品の際は二階へは上がらないことに決めている。また厄介なことになると困るから。じゅんはどうにも厄介事のもとになりやすい。平太郎が正しかったということになるのか。


 もう夏が終わろうとしているのに、あれ以来、その平太郎の姿は一向に見えなかった。りんはそれに勘づいているのか、以前のように、平太郎は来るかと訊ねてこない。まるで、来ていないことを知っているかのように。


 ――あんな顔は別に見たくない。腹が立つだけだ。

 そんなふうに思い込もうとするのは、ほんの少し傷ついている自分を認めたくないからか。露骨に避けられている。それが本心では悲しい。


 そのうち――と言いながらひとつの季節が終わりつつあった。

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