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四文屋姉妹  作者: 五十鈴 りく


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〈十八〉

 三日に湯屋へ品を卸すことが本決まりになったのは、桜がすっかり散って葉桜になった頃。晩春の時である。

 湯に浸かりに行った際、りんも交えて作造と話した。


「二階は男客ばっかりだから酒の肴になるもんがいい。でもまあ、甘いのが好きな客もいるからな。そこは売れ行きを見ながら並べてみてくんな」

「ええ、わかりました。春も終わりですから、田楽味噌もそろそろ木の芽から変えようと思っています。何か考えてみますね」


 そうした具合で話がまとまったのだ。

 りんはこれから始まる夏に向け、新たな品を考え続けていた。田楽に関してはわりとすぐに新たな味つけに変えられた。甘味噌を使っているのだが、そこに少量の唐辛子を振りかけてある。程よい辛みが徐々に暑さを増す中で丁度いい。


「姉さんにしてはしっかりとした強めの味ね」


 新しい季節に向けての田楽の試作を頬張りつつじゅんが言うと、りんは穏やかに笑ってうなずいた。


「体が疲れていると、ぼんやりした味では舌が美味しいと感じてくれないのよ。夏は汗を掻いて疲れやすいから、余計にね」


 そういうものらしい。りんは毎日の食べ物に細やかな気配りをしてくれていたようだ。


「あと、品数を増やしたいの。お団子にしようと思うんだけど、花咲饅頭で餡を使うから、甘くないお団子」

「醤油と海苔とか?」

「これも食べてみて」


 差し出された皿の上にあったのは、四つの団子を串に刺したものが二本。一本はじゅんが言ったように醤油を塗って焼いた団子に海苔を小さくちぎって貼りつけてある。食べる前からわかる。これは美味しいやつだ。


「うん、美味しい」


 まだほんのりとあたたかくて柔らかい。

 海苔で巻いたり、細長く切った海苔を貼りつけていない辺りがりんらしい。ひと口で食べやすいようにという気遣いが見えた。


「じゃあ、こっちも」


 もうひとつも醤油の香ばしい匂いがする。見た目がまた変わっていた。


「鰹節?」


 醤油味の団子に細かく削った鰹節がまぶされている。


「そう、鰹節」


 と、りんがにっこり笑っている。じゅんは鰹節を零さないようにして団子にかぶりついた。醤油と鰹節の相性は抜群だ。そして、ここにも微かに唐辛子が利いていたのだ。


「んっ、ぴりっとする」


 醤油と鰹節、それに唐辛子。団子だが、おやつというよりも小腹を満たすのに丁度いい。辛みと同時に鰹節の風味がふわりと香る。


「どう? 無難に海苔にした方がいいかしら」


 りんがそう言いながらじゅんをじっと見つめる。じゅんは団子に再びかぶりついてからそれを呑み込むと言った。


「両方置いたらいいんじゃないの? だって、お団子は一緒だし、海苔か鰹節と唐辛子か、つけるものが違うだけならそんなに手間は変わらないわ」

「それもそうね。唐辛子は最初からかけないで売れてからにしましょうか。苦手な場合もあるし、かけるかかけないか、聞いてからでもいいかも」

「うん、そうしましょう」


 二人、顔を見合わせてフフ、と笑った。こうして話し合っていると、次々に色んなことを思いつく。そこはやはり姉妹だから息も合うのだ。


「姉さんが考える品物はどれも美味しいもの。これもきっと評判になるわ」

「だといいわね。でも、お団子を焼かなくちゃいけないから、七輪を増やさないと。お団子は蒸してから焼くつもりだから、お饅頭も今までの数を蒸していたら間に合わないわ。そこが難点なのよ」


 と、りんは思案し出す。

 花咲饅頭の売れ行きが好調になってから、奮発して蒸篭を買った。それによって饅頭を蒸す際に均一に蒸せるようになったのか、慣れて火加減が上手くなったのか、今までよりも皮が割れにくくなった。それに、数も蒸せるようになった。とはいえ、団子もとなると蒸すのもなかなかの手間だ。


 今までの品を減らさずに新たに加えるには、どのようにして仕上げるのか段取りが大事だ。あれもこれもというのは難しい。


「朝、広小路に行くのを少し遅らせる?」


 そうしたら、少し手間をかけて支度できる。しかし、りんはかぶりを振った。


「それはしたくないわ。だって、朝から待っていてくれるお客様がいるかもしれないし」

「じゃあ、品数を増やす代わりにそれぞれの数を減らす?」


 今、花咲饅頭は四十個、田楽は三十本作っている。

 それぞれ十ずつ減らしたら、団子を二十本追加してもできるのではないのか。

 そんな安直なことを考えたのがりんには透けて見えたらしい。苦笑されてしまった。


「ねえ、全部四文なんだから、そこを減らしたら売り上げは変わらないわ」

「あ、本当ね」

「新しい商品を作るのは、飽きられてしまわないためと、売り上げを上げるためだから。――じゃあ、こうしましょう。まず、できるだけの量を作っておじゅんが先に広小路に行った後、私が残りを仕上げて運ぶわ」


 りんの提案にじゅんが難しい顔をしたのは、それでりんが疲れないかと心配したからだ。りんもそれをよくわかっている。


「そんなに重たくないわ。平気よ。このところはちゃんと寝ているし」


 それはそうだ。りんは倒れてからというもの、しっかりと眠るように心がけている。それならば平気だろうか。


「そうね、それじゃあ一度やってみましょうか。それできついと思ったらまたその時に考え直しましょう」

「ええ、そうね」


 それで話はまとまった。

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