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91反撃

 その後、カケルはクレナ王宮を離れ、馬車が都の外に出た頃合いで影武者と交代。本人はいつもの商人の格好をして、再びヨロズ屋へ戻ってきた。


「どうしよう。もう手が洗えない」


 気持ち悪いぐらいにニコニコしているカケルを前に、ラピスは何から突っ込めば良いの分からなかった。コトリの手を握ったのは確かだろうが、そこまで大袈裟なことになる意味が不明なのである。


「確か、以前貰った文に、彼女のお母上の墓地から都をまで手繋ぎで散歩したとか書いてませんでしたっけ? 別に初めてのことでもあるまいし」

「分かってないな、ラピス。あの時は、ソウがカナデ様の手を握っていた。でも今日は、カケルがコトリの手を握っていたんだ!」


 やはり、嘘偽りの無い本来の姿で相対できるというのは違うらしい。


 しかし、帝国出身の親をもつラピスからすれば、クレナやソラの外では、男女関係なく握手の習慣はあるし、ある程度親しくなったり世話になっている間柄では、ハグという軽い抱擁も日常茶飯事。この程度で騒ぐのは馬鹿馬鹿しいのである。


 暫し白い目を向けていたラピスだが、ひとまず王宮でのあらましを聞き出すことにした。


「なるほど。暴行を加えられた挙げ句、好きな楽師をくれてやるといった約束まで反故にされたと」


 ラピスは呆れたように小さく笑った。彼にかかると、一連の話は完全にクレナの落ち度となってしまうが、これは事実である。


「早速、クロガ様に報告せねば。コトリ様を簡単には渡してくれないのは想定内だけど、やり方が酷すぎる」

「やっぱり、誰も選ばなかったのは不味かったかな?」

「いえ、酷いのは親方じゃありません。クレナの方です。親方は、落ち着いた判断ができていたと思いますよ」


 と、明らかに落ち着きのないカケルに告げるラピスだ。


 彼によると、闇雲に適当な楽師を見繕ってきたところで、クレナが本当に来年以降も楽師団を派遣するかどうかは信頼できない。クレナ王をつけ上がらせるだけ、とのこと。


 それよりかは、クレナがかなり下手を打ってくれたのを逆手に取り、次はソラから仕掛ける番だとラピスは言う。


「クレナがそう出るのであれば、ソラは神具を売り渋ることにしましょう。ソラ全域に、クレナに売る際は通常の五割増の価格にするよう通達するんです。そしてクレナ王家との取引はやめましょう」

「それは……クレナ王の反感を買いすぎないか?」

「クレナ王は元々神具嫌いの方という噂です。むしろ喜ばせることになるかもしれませんね」


 その話はカケルも耳にしたことがある。しかし、王はよくとも民はどうなるのだろうか。神具を使ってる人は、なんだかんだで多いものだ。価格が急高騰しては買えない者も続出するだろう。


「だからこそですよ。神具の価格が上がったのは、クレナ王がソラの王子の不興を買ったからだという噂を流します。きっと民は、さらに王家を非難するようになるでしょう。王の権威はますます落ちますね」


 少なくとも、今回のワタリ王子の暴挙は目撃している人が多い。あれだけの数の女が集まっていたのだ。人の口に戸は立てられない。もしかすると、あの悪行は、既に市井へ知れ渡っているかもしれない。


 ラピスは悪い顔で笑った。


「それに、ソラから買えないとなると、クレナの神具店であるヨロズ屋は、ますます繁盛するかも!」


 確かに、一理ある。しかし、それではヨロズ屋も、ある意味火の粉をかぶることになるかもしれない。


「つまりヨロズ屋は、神具の増産が必要になるってことか」

「そうなりますね」


 と返事したところで、ラピスの顔が固まってしまった。カケルは彼の肩を重々しく数度叩く。


「テッコンのところでの修行の成果、しっかり見せてもらうぞ。今夜からは当分徹夜を覚悟しろ!」

「え、そんなぁ」

「大丈夫、俺も付き合うから。あ、そうだ。人手が足りないならば、ラピスも弟子をとればいい。紫に集まってきた者の中から、手先が器用な奴を連れてくればいい。たぶんユカリ様も喜ぶぞ」

「は?!」

「心配するな。俺がお前を弟子にしたのは、もっと若い時だった。それに何より、神具を作るのって楽しいからな! 絶対皆に分かってもらえる」

「駄目だ……神具馬鹿には何を言っても無駄だ……」


 その後は、ラピスとの話し合いの結果、当初の約束通りコトリをソラへ引き渡してくれたら、神具の売買については元通りにするという条件をつけることにした。他に詰めが甘いところがあれば、クロガがよく考えて内容を精査し、クレナへの書簡としてまとめてくれることだろう。


 それにしても、とカケルは思う。クレナ王とワタリ王子は、ここまでする人物だっただろうか。以前から不穏な空気を感じることはあったが、最近は感情任せだったり、手段を選ばないことが増えてきている。このままでは、ソラへの仕打ちもさらに過激になり、コトリの束縛もますますキツくなるかもしれない。


 カケルは自室に戻って、ラピスに頼んでソラ王宮から運んできた木箱の蓋を開けた。黒光りする円筒形の筒。つるりとした表面を手で撫でると、冷たさがじわりと伝わって来た。


「母上……今こそ、これを完成させます」


 それからカケルは、三日三晩不眠不休で工房に籠もった。その傍らでは、ラピスが死にそうになりながら、売れ筋の神具の増産に追われる姿があった。


 目を閉じると、あのコトリの笑顔が蘇る。

 返事こそ聞くことはできなかったが、カケルには確かな感触があった。


 コトリはきっと、自分の元へ来てくれる。


 ここまで、長い長い道程だった。だが、やっと光が見えた。もう焦らない。もう迷わない。もう悩まない。ただただ着実に、不安の種は尽く潰し、来たるべき機会を見定めて準備するだけだ。


 カケルには、神具を生み出す才がある。


 コトリを守り、クレナ王を討ち、望みを叶えられるだけのものを作り上げるのだ。



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